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第2話

【業務内容】

 本日は、ナリーシャさんに何度か教わったクエストの受付をしました。冒険者さんは、希望クエストが冒険者レベルよりも上のものをやりたいとおっしゃったので、懇切丁寧にご説明したら、理解して変更してもらえました。西ウィカテ地区の冒険者の皆さんはとても優しくて、安心しました。クエストの受付の後の処理はナリーシャさんにやってもらったので、明日からできるように復習したいと思います。

【特記事項】

特になし


メリーア





「あ、あ、あの。日誌、書けました……」


 目からは涙がこぼれ落ちそうになりながら、メリーアがナリーシャに日誌を提出した。


「ん、帰っていいよ……お疲れ様でした」


「お、お先に失礼します」


 脱兎の如く帰っていくメリーアを見送ったナリーシャは、日誌に目を落とし、叫んだ。


「特記事項、ありまくりだよね!??」






 メリーアの早期退職を予測したナリーシャは、業務を幅広く教えることよりも、数日でも即戦力として動けるように簡単な業務だけを教えることとした。それがクエストの受付だった。受付後の処理はナリーシャ自身がやればいいけれど、冒険者は待たせすぎると暴れ出す者もいる。いちいち注意するのも面倒だし、受付だけでも覚えてくれたら、数日だけでも業務が楽になるだろうと見越してのことだった。


「じゃあ、次の冒険者のクエスト受付、頼んでいい?」


「は、は、はい!」


 プルプルと震えるメリーアが受付に立つと、ニヤリと笑った、あるパーティーが、そそくさとクエストを持ってきた。


「嬢ちゃん、新人か? これ、頼んだ」


 乱暴に投げられたクエスト用紙とギルドカードを震えながら受け取るメリーアは、いじめられた子犬のようだった。

 思わず、ナリーシャが声をかけようとするのと同時に、メリーアが口を開いた。


「あ、あ、あの、この、クエスト……皆様のランクでは……受付、できないです」


 冒険者ギルドなんて縁遠そうなメリーアが、クエストランクと冒険者ランクを的確に見分けたことにほぅ、と、関心の息を吐きながら、ナリーシャは開きかけた口を閉じた。


「あぁん? くそ、バレたか。でもよ、俺たちBランクパーティーとはいえ、経験豊富なんだよ。Aランクのクエスト、今回は黄金熊だ。何度も倒した方があるから、余裕だと思うんだよ」


 実践経験があれば、ランク上のクエストが受付可能になる。例外としてそのパターンもあるが、今回は対象外だ。流石にパーティーの実力まではわからないだろう。なら、自分が出よう、と、ナリーシャがメリーアの肩に手を置いた……はずだった。


「み、みみ、皆様、今の私の動き、追えましたか?」


 先ほどまでメリーアのいたはずの場所には何もなく、三人の冒険者たちの顔面寸前にメリーアの両手の拳と足が突きつけられていた。


「は……?」


 ナリーシャが驚き、冒険者たちが口をつぐむ中、メリーアが声をかけた。


「こ、今回のクエストで出現する、黄金熊の、は、速さを、再現してみました」


 手足を元の位置に戻し、メリーアは震えた指でクエスト用紙を指差した。


「ふ、普通の黄金熊は、こ、この地区よりも、き、北にいます。な、南方に、お、降りてきた黄金熊は、ふ、普通遭遇し得ない生物たちに遭遇し、は、反射能力が飛躍的に向上します」


「……」


 誰もが呆気に取られているうちに、クエスト用紙を回収したメリーアが別のクエスト用紙を取り出した。


「み、皆様の実力では、に、逃げ帰ることも叶わないと思います。た、大切な命、無駄にするつもりは、あ、あ、ありませんよね?」


 誰よりも先に正気を取り戻したナリーシャがメリーアに、取り上げたクエスト用紙を戻してくるように指示する。


「は、はい!」


 目をうるうるさせて逃げていくメリーアの姿は、完全に冒険者に泣かされた新人受付嬢のものだ。


「……で、あなたたち。あんなか弱いこの動きにも反応できないのに、あのクエストは受けさせられないわ。あの子がせっかく初めて選んでくれたんだから、こっちにしておきなさい」


「お、おう。あの嬢ちゃんの初仕事をおじゃんにするわけにいかねーもんな?」

「そうだな、リーダーの言う通りだ」

「俺もそうも思うぜ」


 先ほどまでメリーアをいじめようとしていた冒険者たちは、毒が抜かれたかのように素直に言われたクエストを受注するのだった。



「……あれって、“懇切丁寧に説明したら、理解してもらえた”って表現はあってなくない? 不正なクエスト受注になりかねなかったし、あれは特記事項って明日きちんと教えておかないと。それにあの迷惑冒険者の受付をして、“冒険者さんが優しい”? 国一番の荒くれ者が集まる、西ウィカテ地区だけど!?」



 そんなナリーシャの声と共に日が暮れて行ったのだった。

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