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ひろまる、ひろまる。
ひろまる、ひろまる。
はじめアキラ
ホラー都市伝説
2025年05月24日
公開日
2.4万字
完結済
『ひょっとしたらあたし、近いうちに呪い殺されちゃうのかもしれません。マジで怖いので、とにかく記録だけでも残しておこうと思います』  女子高校生のこなみがYouTubeでたまたま見かけた動画。それが、オカルト系ユーチューバー『まのまの』の動画だった。彼女はなんと、とある廃村にあった祠のようなものをうっかり壊してしまったというのである。しかも、その様子をばっちり撮影して動画としてアップロードしていたのだ。  その動画はかなり有名になっており、親友の日葵も同じ動画を見ていた。  最初は「なんて罰当たりな」と呆れていた二人。  まさか動画を見ただけの自分達にまで呪いが降りかかってくるだなんて、予想してもいなかったことで……。

<壱・ドウガ。>

『うっほほーい!皆さん、こんにちはー!』


 画面の中、派手なピンク頭の女性が手を振っている。あれ染めるの結構大変じゃないかなあ、と私は板チョコをかじりながら思った。

 いつものように、寝る前にYouTubeを開いて動画を見ていたのである。明日も学校はあるが、私みたいな文化部の人間に朝練なんて面倒なものはない。高校まで少し距離があるので多少早起きはしなければいけないが、それでもちょっぴり夜更かしをするくらいなんてことはないのだ。

 動物系の動画でなごんでいたところ、たまたまオススメで出て来た動画がそれだった。おどろおどろしいサムネイル、タイトルは『ちょっとヤバイ祠を壊しちゃったかもしれない件』。ピンク髪の動画配信者の女性が、ひええええ!というムンクの叫びみたいな顔をしていたのがなんだかおかしかったのである。

 元々文芸部でホラー小説を書く程度にはオカルトに興味がある。というわけで、なんとなくそれをクリックしてみたのだ。どうせやらせだろうと思ったのもあるし、仮に本物のヤバイ祠を壊しちゃったパターンだとしても、呪われるのは撮影した彼女らだけだろうと考えたのである。

 人間ならばそれが普通だ。

 だからこそ、迷惑系ユーチューバーと言われる人達の中に、一定数『入ってはいけないところに勝手に入ってしまうオカルト系ユーチューバー』が含まれてしまうのだろうが。


『サムネでどどーんと出してますように!えー、今日はちょっとですね、やばいことしちゃったことを報告しようと思ってまして。あ、もちろん、やろうと思ってやったわけではないです。本当にたまたま、たまたまとある村の取材に来ていたらそれっぽいものにけっつまづいちゃった……みたいな?』


 アハハハハ、と頭を掻きながら笑う女性。チャンネル名通りならば、名前は『まのまの』だろうか。名前のセンスは悪くない。とはいえ、いかにもな祠をぶっこわしちゃってろくに悪びれもしないのはどうかと思うが。


『ひょっとしたらあたし、近いうちに呪い殺されちゃうのかもしれません。マジで怖いので、とにかく記録だけでも残しておこうと思います。万が一の時は皆さんが証人です。あたしと同じようなことをしないように……そして、できれば解決策を見出してくださることを祈っております。まる!』


 まる、は句点のつもりなのだろうか。両腕で大きくマルを作る女性。

 ちなみに、今彼女が語っているのは自宅の部屋っぽいところである。あまり部屋が綺麗なわけではないらしく、背景には漫画や雑誌が雑多に積み上げられているのがわかる。


――あー、私も部屋、片付けないとなあ。


 人様の部屋が汚いのを見てしまうと、どうしても自分の部屋も気になってしまうものだ。そういえば、夏休みまでになんとか片付けなさいと親には言われていたような、いなかったような。後ろを振り返り、ため息をついた。女子高生の部屋が汚部屋なんて夢がなさすぎる。わかってはいるが、どうしても推し活グッズとオタク同人誌が溢れてしまっていけない。


『というわけで、まずあたしが一週間前に行った場所について解説しようと思いますのでえ、聞いてくだしあ!』


 動画の中では、呪いに怯えているとは思えないほど明るい女性の声が響いている。

 オカルト系のつもりなら、もう少し恐怖煽ればいいのに――私はそんなことを思ったのだった。




 ***




 まのまの、はユーチューバーとしては中堅クラスくらいらしい。ちゃんねる登録者数二万人というのは、充分頑張っている方だろう。

 他の動画一覧をざっと見たかんじ、思った通りというべきか廃病院だの、幽霊が出ると噂の廃村だの、潰れたボーリング場だのといったところに積極的に入り込んで撮影をしているタイプのようだった。コメントで「不法侵入じゃないの?」とつっこんでいる人も時々いるが、完全にスルーしているらしい。

 というか、大半の視聴者が面白がったコメントばかり残しているので埋もれていると言った方が正しいか。


『あたしが行ったのはですね、山梨県にあります尾中村おなかむらというところでございますねえ!』


 うきうきした口調で彼女が話し始めると、動画が切り替わった。表示されるのは地図。どうやら、ある程度の編集技術は持ち合わせているということらしい。Googleマップっぽい地図の中心に、ココ!と赤い矢印と住所が記載されている。


『ちなみにこの尾中村、現在は廃村になっちゃってましてだーれも住んでません。昔はそこそこ栄えてたのか、草ボーボーに生えちゃった団地の痕みたいなのとか、診療所の痕みたいなのとか、いろいろ発見できましたですの!』


 人がいなくなるってこういうことなんですねえ、としみじみした声が響く。


『いい写真たくさん撮れてます。本当は夜の方がいいんでしょうけどね……雰囲気的には。ただ、さすがに街頭もなんもなくて危なそうなところなのでしてねえ。申し訳ないと思いつつお昼に行ってきました』


 何枚もの写真が表示される。それなりに写真撮影のスキルはあるらしい。どれもこれも見やすくてセンスのある写真だ。雑草にまみれた団地。看板がサビて外れかかっている診療所。そして、今は明らかに誰も住んでいないとわかる、壁や屋根に穴があいたボロボロの木造一戸建て。

 廃村、なのは間違いないだろう。どの建物も緑に埋もれて飲み込まれそうになっている。村が滅んだのは、そう最近の話でもあるまい。


『この村、なんで廃村になったかわからないそうなんです』


 次々表示される写真とともに、意味深なまのまののメッセージが流れる。


『廃村になっちゃったんで、もちろん住人はもう誰も住んでません。ただ、少し離れたところにもう一つ村があって、そっちにはまだ人が住んでました。ていうわけでー、そっちの住人さんたちにいろいろインタビューしてみたわけですね。特に、結構いい年のおばあさんとかに』


 そしたら!と彼女の声が跳ねる。


『あの村、ある日突然住人がみーんないなくなっちゃったんですって!どうにも、沼の畔によくわからん祠があって、そこによくわからん神様を祀る文化があったらしいんですが……なんつーか、その神様の像?が結構不気味な姿だったらしく。皆さん、なんか気持ち悪くてあんま関わり合いにならないようにしてたとかなんとか』


――おう、よくある因習村ぽいやつ?


 なんというか、使い古されたネタだ。

 昔ながらのやばいかんじの古い村、あかんかんじの儀式、祟るようなおぞましい神様。大昔から大御所作家の皆様方が書いているホラー長編のネタである。

 とはいえ、それが今でも愛されているのは、未だにそういう和製ホラーに興味がある人が多いからということなのだろう。同時に、山奥の村ならば令和のご時世でもそういうものがあるかもしれない、という期待もあるのかもしれない。


『昭和後期のことだったらしいんですけどね。……そのおばあさんによると、隣の村の人がいなくなる前日に彼女たちの村を尋ねて来たらしいんです。その村の人、なんだか不自然に怯えてたそうで。なんでも、池の中から神様が出てこようとしてる、自分達は生贄に持っていかれる、あの祠だけじゃ抑えきれない……みたいなことを言っていた、と』


 それで、とまのまのは続ける。


『翌日、おかしいと思って尾中村を見に行った人達は、村の妙な様子に気付いたそうです。なんと、村中が水浸しだったそうで。血が混じった水が、村のあちこちに飛び散ってて、その中には肉片のようなものも残されていた、と。生きた人間は一人も残っていなくて……そのまま廃村になってしまったと』


 まるで、何かに喰われたかのようではないか。さすがに気分が悪くなり、眉をひそめるまのまの。

 さすがにその様子をAIか何かで再現して動画にすることはしなかったようだ。まあ、YouTubeの審査はかなり厳しいので、グロっぽい画像の一枚でも混じっていたら通らないのかもしれないけれど。


『というわけでそれを踏まえて!』


 写真が、元の部屋の様子に戻る。まのまの、は身振り手振りで楽し気に話を続けていた。


『写真だけじゃ物足りないですよね?みんな、リアルタイムのちょっと怖い映像見たいですよね!?ご安心ください、あたしが例の村を訪れた時の取材映像ばっちり撮ってあります!もちろん、皆さんが一番見たいものもね』


 一番見たいもの。

 まさか、おばあさんが言っていた〝池〟とやらも探したのだろうか。


――大丈夫なのかなあ。そういうところって、オカルト以前に物理的に危なかったりするんだけど……道が崩れたりとか、そういうので。


 あの有名な『八幡の藪知らず』も、入ってはいけない理由の半分くらいが〝中が崩落していて危険だから〟だと噂されている。人の命を脅かすものは、何もオカルトだけではないのだ。


――でも、その池と祠とやら、どんなものなのかは気になる、かも。


 いつの間にか動画は残り半分くらいになっていた。ちょっとだけのつもりでクリックしただけなのに、とんだ時間泥棒である。これだからYouTubeは恐ろしい。


――そもそも、サムネで祠壊しちゃった、って予告してるんだよねこの人。……その池とやらまで辿り着いたことは、確定か。


 切り替わる映像。聴覚を一気に突き刺したのは、みんみんと蝉が煩いくらいに鳴く声だった。あたり一面、緑。森の中の道を、ざくざくと踏みしめる音とともにカメラが進んでいく。


『はい、やってきました尾中村。……そろそろカメラマン雇った方がいいのかなあ。あたしの素敵な顔がみんなに見られなくなっちゃう!あれ、みんな興味ないって?そんな冷たいこと言わずにー』


 一人ノリツッコミとともに、視界が開けた。荒れ果て、雑草の中に飲み込まれた団地の風景が浮かび上がる。

 今だ日が高い時間。天気も良好。眩しいほど明るいのに――妙な不気味さを醸し出している。


『この尾中団地も、かつてはいっぱい人が住んでいたらしいんですけどねえ。みーんないなくなっちゃったそうな』


 やれやれ、という風にため息をつく女性。


『入れるところ多いんで、いろいろ解説しながらGOします!もちろん……例の祠もばっちり撮るつもりなんで、よろしくです!』


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