「まのまのじゃねえか。有名だよその人」
翌日――学校の教室にて。
友人の
「こなみはホラー小説書いてるし、もうとっくに知ってるかと思ってたよ。オカルトユーチューバー界隈じゃ結構有名な人。俺もよく動画見てる」
ちなみに日葵は女子だが、昔から一人称は『俺』らしい。女らしく喋るのが嫌いだからそうしてる、とのこと。親にしょっちゅう注意されるのが嫌で、逆側に思いっきり振り切ってしまったのだと言っていた。
実際彼女はショートカットでボーイッシュな見た目である。普段着を着ていると男の子と勘違いされることもあるのだとか。はっきり言って、まったく違和感がない。
「なんていうかさ、不法侵入とかダメなのはわかってるけど……サムネの作り方とかうまくて、バキュームされちゃうっつーの?」
「ああわかる……サムネがダイソン並の吸引力の動画ってあるもんね」
「そうそ。ユーチューバーってさ、サムネで相手を引き付けなきゃいけないし、とにかく見て貰って再生数稼がないと広告収入になんねーからさ。おすすめで出てきちゃっただけで反社t系にクリックしちゃうところもあるっつーか、まのまのもそれが上手いっていうか」
「た、確かに……」
動物のもふもふ動画を見ていたはずが、気づけば手が勝手にクリックしていた感はある。しかもその後の作りこみも結構うまくて、ニ十分近い動画だったのに全部通しで見てしまったのだ。
昨今の動画は、短ければ短いほど見て貰える確率が上がる。ニ十分近い動画というのはそもそもクリックしてもらうまでにハードルがあるのだ――今時の若者はとにかくタイパを重要視するというのもあるだろう。
それなのに、私が見た時点で動画の再生回数は一万を超えていた。アップされた当日であったはずだというのに。はっきり言って、破格の再生回数と言っていいだろう。
「その動画、俺も見たやつだと思うな。昨日SCPの動画あさってたら出たから」
「まあ、SCPもホラーと言えなくはないし、関連性はあるかもねえ」
有名なネットミーム、SCP。小説のネタの宝庫でもあるため、私もよくサイトを閲覧している。動画でもわかりやすく情報をまとめたものが上がっていてかなり面白いのだ。
「まのまのってさ、とにかく人の興味を煽るのが上手いんだよな」
朝のホームルーム前の時間。時計をちらりと見る日葵。
「入っちゃいけないところに入る。やっちゃいけないことをやる。……みんな、そういうの興味持っちまうんだよ。でもってさ、人がやるのを動画越しで眺めるだけなら犯罪じゃねえ。だから、自分の代わりにそういうことをしてくれる人ってのをついつい追いかけちまうんだ。ダメってわかっててもさ」
ほんとそれ、と私は苦笑いするしかない。
村を滅ぼしたという、池の畔の祠。村のおばあさんはまのまのに「近づくな」と必死で止めていたようだった。インタビューの様子も少し映像に残っていたからわかる(もちろん顔と声は加工していたが)。
それでも、まのまのは取材をやめなかった。見ている私達も、やめないでほしいという気持ちになっていた。禁じられた祠とやらを、安全圏から眺める。その欲望にどうしても勝てなかったためである。
恐怖心がまったくなかったのは、その動画がアップされたばかりというのもあっただろう。一週間前の取材だと言っていたのに、彼女は一週間無事だったのだ。祠とやらを壊しても問題なかったのだろう、と皆が判断するには充分だったことだろう。
「とはいえ、祠壊すのはやりすぎだけど。あれ、器物損壊になんねえのかな」
「だよねえ……」
あの動画の終盤で、池の畔にある赤い屋根の祠に辿り着いたまのまの。
廃村の北の端にある小さな林の中、コケだらけの汚い池が存在していたのだ。その畔に、誰も手入れすることがなくなってボロボロに朽ち果てた小さな祠があったのである。しめ縄らしきものはかかっていたが、カビだらけで変色してしまっていた。長いこと雨風に晒されていた影響だろう。
奥に小さな扉があり、その向こうにご神体が収められていたと思われる。まのまのも流石に躊躇したのか、ご神体の映像は撮影しなかった。そのかわり。
『うあ、きもちわるう……』
なんと彼女は戸を小さく開けて、中を覗き込んでそんなコメントをしていたのである。何かの神様であるはずなのに、その呟きはいかがなものか。コメント欄にも『馬鹿なやつ』『やめとけってマジで呪われるぞ』などの書き込みが頻発していた。
どうやら中にあったご神体か神像は、相当不快感をともなう姿をしていたらしい。振り返ったまのまのの顔がやや青ざめていたほどだったから。
あるいは、雨風に晒されて酷く腐っていたとかそういうパターンなのかもしれなかった。そのあたりでは最近雨が降っていなかったのに、地面がぬかるんでいて祠周辺もびしょ濡れだったとまのまのが証言している。
その上で、彼女は最後に。
『ど、わああああああああああああああああああああ!?』
わざとなのか、それとも本当に滑ったのか。ぬかるんだ地面に足を取られ。思い切り祠にけっつまずいてしまったのだった。その結果。
バキバキバキ、ボキ!
なんとも嫌な音がして、屋根が外れ、柱が折れ、しまいには祠そのものが土台から外れてしまったのである。一言で壊したといってもいろいろあるだろうが、それはもう見事な破壊だった。一瞬にして、土砂崩れにでも巻き込まれたレベルで祠が潰れてしまったのである。
『う、うわあああああ!?やややや、やっちゃった、これやばいやばいやば……あばばばば』
最後はまのまのがパニクって祠を直そうとしたところで記録が終わっている。締めのトークで彼女は、『直そうとしたけどもうボロボロで無理っした!あれ器物損壊になるの?ど、どしよう、黙って出てきちゃったけどお!』とか半笑いで語っている。そのせいか、本当に事故だったのか故意だったのか怪しくなっている状況だ。
何にせよ、彼女のそんな行動が面白がられたのか、動画の再生回数には間違いなく貢献したということらしい。あのぶっ壊しっぶりは普通にダメだろう、と思うのだけど。
「所有者がいれば、その人に声かけて謝って判断を仰ぐところなんだろうけどさ」
私は頬を掻きながら言う。
「あそこ、廃村になってるんだよね。尾中村だっけ。村長さんとかもいないし、土地の所有者とか登録されてももういなくなってそー……」
「俺、ちょっと調べたんだけどさ。その村、廃村になる前は駐在さんもいたみたいだぜ。で、神隠しの時そのオマワリさんたちもいなくなっちまったんだと」
「うわやば」
そのまま廃村になったので、結局近隣には交番のようなものもない、というわけだ。
誰も見てない気にしないならそのままでいいやとまのまのが思ってしまうのもわからないことではない。というか、正直に言ったら不法侵入に取られそうという心配もあったのだろう。結局壊れた祠はそのままになっているのだと思われる。
――で、動画編集してアップしちゃいました、と。……わざとかもしれないし、罪悪感もないんだろうなあ。
本当にやばい祠だったらどうするんだろう。私はそう思ったが、思っただけである。
なんせまのまのは一回動画を見ただけの赤の他人、自分達はその動画を見ただけだ。少なくとも映像の中に変なものは映っていなかった。神隠しが起きたとかいいうが、それも本当だったのかどうか怪しいくらいには昔である。きっともう神様なんかいなかったのだろう――その時はそう結論づけていたのだった。
「ま、俺らには関係ない話だしなー」
日葵も私と同じ考えだろう。笑いながら「そうそう」と手を振ってきた。
「どうせならこなみ、お前この動画のやつネタにして小説書いてみろよ。もちろんそのままじゃダメだろうけどさ。ちょっとアレンジすればイケんじゃね?ほら、短編ホラー賞に応募する作品書いてるって言ってたじゃん」
「ええ、いいのかなあ?」
「モデルにするくらいなら問題ないってー!固有名詞出すわkれじゃないし、ユーチューバーがつっこんでいってやばい祠壊しちゃいましたみたいな話は珍しいもんじゃないだろ。導入としてむしろありふれてるレベルだ。書いちまえ書いちまえ」
「う、うーん……じゃあ検討する」
一か月後に締め切りが迫った短編賞。一万文字以内というハードルの低さだったが、ネタがなかなか思いつかずに困っていたのだ。受賞すれば、大手出版社が出版する短編集に収録してもらえるチャンスがあるという。もちろん賞金も出る。ぜひとも狙っておきたい、というのが本当のところだった。
――まあ、確かに……モデルにするくらい、プロの人もやってるし、いいよね?
とりあえずプロットをまとめて、イケそうなら書いてみることにしよう。その日は、そう考えていたのである。
ところが――私が結局、『まのまの』をモデルとした小説に挑戦することはなかったのだ。できなくなった、と言った方が正しいだろうか。
というのも、それから数日後のことであったのである。
『次のニュースです。東京都〇〇区のアパートの一室で、女性が亡くなっているのが発見されました。近隣住民から異臭がするとの声があり、管理人が確認したところ、自宅ベッドの上で亡くなっている女性を発見したとのことです。亡くなった女性は、この部屋に住む
ぼんやりと自宅リビングで見ていたネットのニュース映像。そこに現れた女性の写真に、私は釘付けになったのである。
ピンクに染めた髪、派手な化粧、陽キャを主張するような華やかな笑顔。
間違いない。彼女は――まのまの、だ。
『木下さんは動画配信者まのまのとして活動しており、前日に出かけて戻ってくるのを同じアパートの住民の方が目撃していました。部屋には鍵がかかっており、警察は事故や自殺も視野に入れて捜査をしているとのことですが……』
最後に語られた言葉に、私は戦慄することとなる。
『部屋は水浸しであり、彼女は大きく割腹された状態だったとのことです。凶器はまだ見つかってないそうで……』