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<陸・オワリ。>

 そもそもが相当昔の話。

 しかもはっきり記録が残っているでもなく、人伝に聴いた話なのでどこまで本当かはわからない――と書き込み主もそう言っていた。

 ただ。




28:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ

いやほんと、残酷な真似考えるなって思ったよ……。

他の人も言ってるけど、この拷問簡単に血が出ないんだよね。だから後処理が少ないとか、証拠が残りにくいってメリットがあったんじゃないかな。

排泄禁じられて汚水飲まされるって、下手に痛みを与えられる拷問よりも地獄だったと思う。

本当にお腹が破裂したかはわからない……いや、ひょっとしたらお腹に切れ込みとか入れてたのかも?少なくとも、内臓は損傷しただろうって……。




「やり方はあまりにも残酷だし、近代的理性に照らし合わせてみれば絶対にありえない話。ただ、そういうことを正当化するためか、いつしかあの池にはお腹が破裂した死体を捧げて生贄にする……みたいな風習が残った、って。それを神様に捧げて、安寧を守る、みたいな」

「……なるほど。神様への供物だから仕方ない、って正当化したのか」

「うん。戦争が終わって、軍はなくなったけど集まった人たちは残って村を作ってた。……神様なんかいなかったのに、神様って存在を勝手に作って、残酷な風習だけが残ったって形みたい」


 こう、と私は手で目玉の形を作った。


「一説によると、とても気持ち悪い姿の偶像を作って、祠に祀ってたんだってさ。目玉があって、上半分だけの唇があって、下から指が生えている……そんな気持ち悪い怪物。残酷なものを好む醜い神様がいるってことにして、風習を正当化させてたんじゃないかって」

「……クソじゃねえか」

「本当にね」


 恐らく、あの土地に神様なんてものはいなかった。

 しかし、スパイや裏切者相手とはいえ、残酷な拷問をして殺すための大義名分が欲しいと誰かが思ったのだろう。その結果、あの土地にはそういうものを好み、生贄を捧げることで土地を守ってくれる神様がいる――いつしかそういう話になっていったのではないか、という。

 恐ろしいのは、神様よりも人間の心だったということだろう。

 やがてその村には、村の民意に逆らったり、和を乱す者は同じように生贄にしていいという風習が残ってしまったのではないかと、そういう話だった。


「待て、その理屈で言うと……祠に封印されている神様なんてものはいないんだよな?」


 日葵がはっとしたように声を上げる。


「じゃあ、俺らを今祟ってるものって、なんなんだよ?」

「そう、思うよね。でも、この話には続きがあるの」




41:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ

人間の方が、下手な邪神より悪魔より怖いってな。

……ある時、村の有力者の求婚を断った女が生贄にされることになったらしい。村で一番の美人で、しかも特別な力を持つと言われた女だ。

そいつの名前は『まつこ』っていうらしい。

彼女は死の間際まで必死で抵抗した。その結果、拷問の前に両手足の骨を砕いて、腱を切って、目を潰すという手間をかけたらしい。普通の生贄よりも苦痛を受けることになったわけだな。

彼女も他の生贄同様に、水でパンパンになって腹が破裂して死んだ。そして池に沈められたんだけど……。


そのあと、村には疫病が流行るようになった、らしい。




「まつこ、って名前の女性を生贄にしてから村の様子がおかしくなり、おかしな病が流行した。その結果、まつこが祟りを起こしてるってことになって、彼女を鎮めることにしたみたい。彼女を、村の〝存在しない神様〟と同じ祠に祀ったんじゃないかって。でも」

「でも?」

「祠は異様なほど早く朽ち果てた。何度も何度も修繕したけど、全然追いつかなくて困ってたみたい。……それで、最終的には……ってことなんだと思う」

「祠だけじゃ、完全に封印はできなかったのか」

「うん」


 恐らくだが。

 まつこ、という女性は恨みから村中に祟りを振りまいた。村人全員を自分と同じ殺し方で殺して、最終的に池に引きずり込んだということだろう。死体が見つからなかったのはそのためと思われる。


「ここからは私の予想なんだけど」


 背中に冷たい汗を流しながら、私は続ける。


「村人を全て殺したことで、まつこは一端落ち着いたんじゃないかな。それで、ボロボロの祠でもギリギリ封印が保てるくらいになったんじゃないかなって。でも……」

「そこにまのまのが来ちまったのか」

「うん。しかも、動画を撮影して、祠を壊すところをネットにバラ撒いちゃった。それで、封印が完全に溶けて、まつこは出てきてしまったんじゃないかって……」


 まのまのに悪気はなかっただろう。なんなら、彼女が壊したとも言い切れない状況だったはずだ。

 それでも、まつこはそれを不敬と捉えた。そして、村の外から来た人間も自分を虐げると、そのように解釈してしまったのではないか。

 だから、呪いをより、広く拡散することを選んだ。

 動画を見ただけの人間も、じわじわと浸食されるようになるほどに――。


「……ダメだ、これ」


 日葵が呟いた。


「これ、完全に、ダメなやつじゃん。本職に頼むしかないけど……でも、けど、それで、本当になんとかなるのか?人間に、何とかできるレベルの呪いなのか?」


 再び、私達の足が止まった。もう一つの橋までもう少し――といったところで、なんと橋のたもとにあの祠が佇んでいるのが見えたのである。

 完全に、先回りされていた。私の足ががくがく震える。


――ど、どうしよう。あっちの道もダメ?じゃ、どうやって、帰れば……。


 グーグルマップで調べれば、もっと別の遠回りルートが見つかるかもしれない。でもそっちの道でも先回りされていたらどうなるのか。結局横を通るしかできなくなるのではないか。

 もはや、日葵は声も出ない様子だった。私達が震えたまま固まっていた時である。


「普通のお寺や神社では、解決することなんてできませんよ」


 背後から、声がした。はっとして振り返れば、黒いスーツ姿の男がそこに佇んでいる。

 端正な顔に、にこやかな笑みを浮かべた痩身の男。長い黒髪を、首元で一つに結んでいる。年は二十歳そこそこ、だろうか。何かのエージェントかといった雰囲気だ。


「ああ、失礼。私は、秋風英と申します。一応、霊能者のはしくれでございまして」


 彼はそう言いながら、自分達に名刺を差し出してきた。それを見て私は眉根を寄せる。『宗教法人・浄罪の箱 特別指定祭祀 秋風英』。どう見ても、カルト教団の幹部ではないか。あからさまに怪しい。


「あの、その、私達宗教に入るつもり、ないんですけど……」


 やばい勧誘に関わるつもりはない。ややドン引きしながら言った私に、「ああ、すみません」と彼は苦笑いして言った。


「そうですよね、勘違いさせて申し訳ない。お二人を勧誘するつもりは一切ありません。あくまで、私がそう言う所属の者だというだけです。……新興宗教なんて信じられなくて当然。ただ、霊能力者としては、それなりの力を持つ者のつもりなんです」

「霊能力者、ですか」

「はい。そして、独自の方法で除霊なども行っています」


 彼はすっと、橋のたもとを指さして笑った。




「あの祠。……お二人、見えていますね?」

「!!」




 私は思わず日葵と顔を見合わせていた。今日まで生活してきて気が付いているのだ。あの祠は、動画を見た人間にしか見えない。正確には、動画を見た人間が、それぞれ違う場所に祠が見えることが多いらしい。

 つまり、関係ない者に祠は見えない。

 見えるとしたら彼も動画を見たか――そういうものを見分けられる特別な能力者か、だ。


「し、知ってるんですか?ていうか、見えるんですか!?」


 誰にも助けて貰えない、そう思っていた。そんな時、本物らしき力を持つ人間が現れたら、縋らずにはいられないのが人間だ。

 思わず声を上げる私に、「見えますよ」と彼は言った。


「いやはや、とんでもない呪いを引っ張り出してしまった方がいたようで……大変なことになりましたね。あの怪異は、祠が壊れるところをなんらかの媒介で目撃するか、それによって祟りを受けた人間が死ぬところを同じくなんらかの媒介で目撃するか……そのどちらかで感染する、と我々は踏んでおります」

「し、死ぬところを見た人も、なんですか」

「はい。ちなみに私はその能力で貴方たちと同じ祠が見えてはいますが、あくまで幻視という形ですので、祠が壊れるところは見えません。動画を見ればその限りではないでしょうが」


 我々もこの件を解決したいと思っているのです、と彼は優し気に言った。


「神社や寺でも、解決には動いているでしょうが……いかんせん、動画という形で拡散してしまったのがまずい。そして、この怪異そのものに対処するのは容易なことではない」


 そんなに強い怨霊なのか。ごくり、と唾を飲み込む私。


「ですが、この怨霊は、呪いを振り撒ける先がなくなれば諦めるタイプです。うちの教祖様が仰っていましたし、私も同じ見解。つまり……貴女がたのような、怪異の条件を満たしてしまった〝感染者〟に、呪いを奮えないようにしていくのがてっとりばやいのです」

「呪いを奮えないように?私達が呪われないようにするってこと?そんなことできるの?」

「はい、私達の力ならば」


 希望の光が、宿った。

 呪いが解ければ、当然殺されない。あのような残酷な死に方をしなくて済む。


「ひ、日葵!」


 相手はうさんくさい自称霊能者だ。しかし、今は藁にも縋りたい状況である。


「た、助けてもらおうよ!このままじゃ、私達家にも帰れないよ!何より殺されちゃう!」

「そ、そうだよな、うん」


 日葵は、まだ少し秋風のことを疑っている様子だった。カルト教団の幹部ともなれば、通常警戒するのが当たり前だ。

 しかし今は、背に腹は代えられない状況である。


「……わかった。行く。具体的にはどうするんだ?」

「少し面倒な手順があります。ついてからご説明しますよ」


 もし。

 私達が冷静であったなら、もう少し頭が回ったなら、気づいただろうか。

 怪異そのものに対処できない。

 呪いを奮えないようにする。

 そのわかりやすい方法が、たった一つ存在していることに。




 ***




「はい、感染者二名、収容しました。……ええ、滞りなく処分しましたよ、教主様。動画の削除と並行して、こちらも発見と収容を続けます。……どのような怪異も、既に死んでしまった者は呪えませんからねえ」


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