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<伍・タタリ。>

 時間はもう、残されていなかった。それはあまりにも明白だった。

 何故ならばさらに数日後、私はニュースを見ることになるからだ。




『愛知県在住のマンションにて、十四歳の田中美瑠さんが亡くなっているのが発見されました。彼女は腹部を大きく割かれた状態で死亡しており、警察は……』




 ネットには、もっと詳しい情報が載っていた。

 彼女が中学で女子バスケ部に所属していたこと。そして、レギュラーになれたばかりであったこと。

 それから――直前にネット掲示板に書き込みをしていたことなど。




528:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ

あたし、それ見ただけじゃない

あのさ、学校から家に帰ろうとしたらさ、家のすぐ真正面の道路に祠あってさ


怖くて横すりぬけようとしたら、みしみしって音がして

見ちゃったんだ

あたしが横を通った瞬間、祠壊れたの

あたしなんもしてないのに、壊れたの


ねえ、kろえ、これtt




532:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ

あたししにたくない

まだ中学生なのにしにたくないやっと女バスのレギュラーなれたのに死ぬのとかやだ

やだやだやだ、お願いです、誰か助けて!!!!!!




 それらの情報は、彼女のプロフィールと完全に一致していた。間違いなくこの書き込みは、死亡した少女・田中美瑠が行ったものだろう。

 それらは魚拓を取られ、拡散され、同じまのまのの動画を見たことがある人々を戦慄させるのに充分だったのだ。何故ならこの時にはもう、祠が出現した、幻を見たという人が少なからず存在したのだから。

 人々の間に、さらなる噂が広まった。

 祠を見て、さらにその祠の傍を通った時に祠が壊れたら――そうしたらもう逃れることなどできないのではないか、と。

 祠を〝壊した〟人間は死ぬ。

 あの動画を見た人間は、その呪いに感染するのだと。




●滝森コットン @cotton998

どうしよう。まのまのの動画見てから、本当に帰り道に祠が見えるようになった。

避けて通ってるけど、ここから先、避けられない道に出てきたら……



●魔女っ子さりちゃん @fhJQl9ZxCvb4

 返信先: @cotton998

コットンさん落ち着いて

そういうのは、専門家に連絡した方がいいよ



●滝森コットン @cotton998

 返信先: @fhJQl9ZxCvb4

近くの神社に相談にいったけど、その話はどんどん相談持ち込まれてて対処できないとか言われた……

どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう



●魔女っ子さりちゃん @fhJQl9ZxCvb4

 返信先: @cotton998

わかった、私の方でもなんか、効きそうなおまじないとか対処法とか片っ端から探してみる。

だから、コットンさんも諦めないで!




 ネットのあっちこっちで、パニックが広がっている。まのまのの動画は、未だに拡散され続け、被害も広がっているのだ。最初は祠を見たことがなかったという人も時間を置いて目撃するようになったり、実際祠が壊れるのを見てしまったという人もいる。

 祠が壊れたら、直に死ぬ。

 それも、まのまのや田中美瑠のような、苦痛に満ちた死に方をする。

 恐ろしいことに、あの動画が危険だと知っていながら広める馬鹿も少なくないのだ。面白半分で――あるいは、自分だけ死ぬのが嫌で、人を道連れにする目的で。

 まさに、世も末だろう。

 ただ、そんなネットの民たちの興味は時に、思いがけない成果を出すこともあるのだ。




12:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ

信じて貰えないかもしれないけど、聞いてほしい

俺、まのまのが行ってた尾中村ってところの隣の村に行って話を聞いてきた

つか、その隣の村、俺のジイちゃんの家だったから


それで、ちょっとだけわかったことがあるんだ……




 ***




「本職に、頼るしかねえよ」


 その日の学校帰り、歩きながらぽつりと日葵が言った。


「明らかにやべえ呪いじゃねえか。俺らみたいな一般人に、どうにかできるシロモンじゃ、ない」

「うん……」


 最初に動画を見てから、半月。

 この間に、まのまの以外に犠牲者は五人出ていた。が、恐らくこれはこの件とそっくりな死に方をしたとはっきりしているだけの人数だろう。

 それこそ、ベッドの上で悲惨な死に方をしたからニュースになっただけ。

 それこそ山奥で事故にあった人なんかはそうだとわからずにカウントされないだろうし、遺体が見つかっていない人も同様であるはずだ。まだわかっていないだけで、もっと被害者は多いはず。それが、私と日葵の共通の見解だった。


「ネットでも大騒ぎになってる。……まのまのは、やっぱりヤバイ祠を壊しちゃって、その呪いが動画を通して拡散したんだって」


 うう、と私は呻くしかない。


「なんで?本当に、なんで不用意にそんなことして、しかも動画上げるなんて!それをみんなが見なかったら、みんなは犠牲にならずに済んだかもしれないのに!」

「そうだけど、撮影した動画が呪物になるなんて誰にもわからねえよ。それに、俺らにそれ、責める資格あんのかなって」

「なんで」

「ヤバイ祠を壊した!ってサムネにはっきり書いてあったんだぜ。それなのにクリックして中身見たの、俺らじゃん」


 怯えているはずなのに、どこか日葵の声は冷静だった。ひょっとしたら数日かけて、どうにか腹をくくったのかもしれない。私はまだ、他人のせいにしたいキモチだけが残っているというのに。


「器物損壊なのはわかってたし、それが呪物なのもわかってた。でも、俺らは面白がって見たんだ。仮にそれがやべえもんでも、動画見るだけなら安全圏にいられると思い込んでさ。……そりゃ、それだけで罪だと言われたら納得いかないけど……まのまのだって、面白がる人間がいなけりゃそんな動画上げなかっただろうし、さ」

「日葵……」


 ふと、自分達は足を止めた。

 学校から駅に向かう途中に、私達はある小さな川を渡る。そこにかかっている一本の細い橋、これが駅への近道だったのだが。


「……迂回、しよう」


 震える声で私は言った。


「そ、傍を通ったら、壊れるかも、しんない……」

「……おう」


 日葵の声にも力がない。

 ものすごく遠回りになることを承知で、私達は別の橋の元へ向かった。労力がかかるとかなんとか、そんなことを言っている場合ではない。

 ネットに溢れている情報で、いろいろわかってきたことがあるのだ。それは、祠が出現したら、傍を通ってはいけないらしいということ。本人が傍を通った時、そのタイミングで祠が勝手に壊れる可能性があること。

 恐らく祠が壊れたら、もう死は逃れられないということ。


――事前に気づいたら、道を替えるしか、ない。


 だが、私達も気づいていた。それはあくまで、時間稼ぎでしかないということを。というのも。


「いつまでこうしてやり過ごせるんだろうな」


 日葵がくしゃりと顔をゆがめた。


「遠回りでもいいから、道を替えられる時はまだいい。でも直前で気づいたら、無理だろ」

「うん」

「一本道だったら、どうあっても無理だし」

「うん」

「……家の前とか、家の中とか、そういうところで出現しない保証もねえ、じゃん?」

「……うん」


 そういうことだ。

 道を替えて逃げ回れるのは、恐らくそう長いことではない。その前に手を打たなければ、私も日葵も恐ろしい死に方をして終わるのだろう。

 死にたいはずが、ない。

 だが、ネットに書かれていたいろいろなおまじないのようなものを試しても、祠が消えることはなかった。やはり、素人にできる退魔法程度では効果なんてないのだ。


「あのさ、日葵」


 もう一本の橋に向かう途中、私は呟く。夕焼けの光を浴びて、小川はキラキラと光っている。河川敷で遊ぶ子供の声が聞こえて、ついつい思ってしまった――自分達はこんなに苦しんでるのに呑気に遊びやがって、と。

 そんなこと、思っていいはずがない。

 その考えに行きつく先は、他人を巻き込んで不幸にしようという行動だ。自分だけ落ちるのが嫌な人達が、積極的に動画を拡散して他人を巻き込もうとしているのだから。


「みんな、自分なりに真実を知ろうと頑張ってるみたいでさ。……ネットに、書き込みがあったんだ。尾中村の……隣の村に、行った人がいるんだって。もちろん、大型掲示板の書き込みだから、どこまで本当かわからないけど」

「え」


 日葵が目を見開く。


「それで、何かわかったのか?」


 微かな希望。そう、この事件を引き起こしたものの正体がわかれば、事態が解決に向かう可能性はある。

 本職に頼るしかないとはわかっていたが、それでも真実を知りたいキモチは誰にでもあるはずだ。


「うん。少し、だけど」




15:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ

尾中村って実は……昔軍の大きな施設があったらしくて。戦時中とかに、スパイを拷問して情報を吐かせるとか、そういうことをしてたんだってさ。

もちろん今の法律では、拷問ってのは絶対やっちゃだめだろ?でも、そういうのなりふり構わなかった時代があって……その死体を、村の北の池に捨ててたらしい。




 尾中村。

 それは正式な名前ではないという。お腹を裂いてでも真実を暴き出す――そういう意味で、通称としてつけられた名前が定着したらしい。

 元々は村というより、軍の施設があって、関係者が住んでいた集落だったようだ。

 そしてスパイを閉じ込めて収容していた。彼らを拷問し、拷問した死体は底なし沼と呼ばれた北の池に全て捨てていたらしい。その沼に沈んだものは、二度と上がってこられないと言われていたからだ。


「拷問……」


 私の話を聞いて、日葵が眉を寄せる。


「なあ、それって……その拷問の方法ってやっぱ、あれか?」

「うん。そういうこと、みたい」


 私は手で、針と糸を手繰るような動作をした。


「罪人の尿道と校門を完全に縫い合わせたうえで、ひらすら汚水を飲ませる拷問ってのをしてたんだって。……最終的に罪人の腹が破けて死んじゃうまで」


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