そのファミレスは、私の家の近くだった。
とりあえずそのまま日葵を駅まで送っていくことにする。その間、私達は終始無言だった。
――あるわけない。
自分自身に、ひたすら言い聞かせる。
――あるわけない、あるわけない、あるわけない。……そんなの、絶対あるわけない。動画見ただけで、呪われるなんて。だって、祠壊したの、私たちじゃないんだから。
きっとそうだ。
SCPとかでもあるではないか。特定の映像とか音を見たり聞いただけでミーム汚染を受けるというもの。多分、それだけなのだ。ただあの動画を見たせいで、祠の幻を見る人が出た。きっとそれで終わりだ。あまりにも動画と、まのまのの死がインパクトありすぎて、そういうものだと思ってしまう人が出ただけではないか。
だってそうだろう。そう考えなければ、あまりにも恐ろしい。
あの動画は今でも再生回数を伸ばし続けている。まのまのが死んだとして、より興味を持ってしまう人も増えただろう。なんせ、動画を見るだけで危ないなんて誰も思わないからだ。それだけで、自分達が呪われるかもしれないなんて考えもしないからだ。多少噂があったところで、それを心から信じる人間が一体何人いるだろう?
そして、仮に動画が削除されたところで、一度ネットに出てしまったものを完全に消すことなんか不可能だ。誰かがDLして、転載してくる。今までだってそうだろう。バイトテロの動画も、違法アップロードも、誰かが消せばまた別の誰かが面白がって拡散する。だから止まらない、終わらない。そういうものだと、みんなが知っているのだ。
だから。
――あっていいはずがない。
あの有名なホラー映画『リング』の貞子の場合は、呪いの根源がビデオテープだったからよかった。ビデオを手にして、それを自分でデッキに差し込んで再生しなければ影響をうけなかったからだ。
でも動画は?
オススメで強制的に出てきてしまえば、それが危ないとわからない限りクリックしてしまう可能性はある。Twitterにょうな場所のタイムラインでは、フォロワーのフォロワーがリツイートするだけで目の端にひっかかってしまう。拡散力が、ビデオテープの比ではないのだ。
もし本当に、あんなものが広まってしまうとしたら。それが本当にやばい呪いの類だとしたら、一体どうやってそんなもの止めればいいのか――。
「ひっ」
突然、引きつった声を上げて日葵が立ち止まった。何が、と言いかけて私も止まる。
小学校の、校門の横。日葵がぶるぶる震える指先を向けていた。私もまた、その先を見てしまう。
古ぼけた小さな三角屋根。
折れそうな柱。こけむした壁に、柵。そして染みだらけになったしめ縄――。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
日葵が頭を抱えてしゃがみこんでも、私は何もできなかった。はっきりとこの目に映ってしまったからだ。
――なん、で。
見えている。
ああ、見えてしまって、いる。
私の目にも――あの動画にあったのと同じ、祠が。
***
【ホラー系】つべの怖い話教えてたもれ! part12【動画配信者】
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505:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
あー、そんなにいるのか……まのまのの動画見た人
506:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
そりゃ、ねえ?
507:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
最近めっちゃ伸びてたし、友達からも勧められたし
508:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
つか、つべのオススメって誰がどう選んでるんだろうな。関係ない実況動画見てたらおすすめに来たんだけど
509:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
何か未知の力が働いてるぱたーん?
510:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
>>509
やめれ、怖いから
511:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
まのまのがどんな風に死んだか、警察は伏せたかったみたいだけどメディアにもろに出ちゃってるよな
お腹弾け飛んで死ぬとかぐっろ
512:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
まだそうと決まったわけじゃないけど、なんかこう、それっぽい死に方だったよね
513:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
一体どうしたら腹が膨れてぶちまけられて死ぬみたいなことになるんだろう
やっぱりオカルト系?
密室だったみたいだしさあ
514:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
そりゃ祠壊すような罰当たりなことしたらダメだべ
515:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
みんな、他人事みたいな顔してるけどさ。
まのまのの例の動画のコメント欄、見た?まのまのが壊したのと同じような祠を幻覚で見るようになったって人、ちらほらいるみたいなんだけど
516:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
やめろって
517:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
俺ら動画見ただけじゃん。そんなのあるわけないない
518:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
でも、貞子のビデオテープは見ただけで呪われるんだよな……
519:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
>>518
だからやめろって
520:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
……私見てる
今日会社から家に帰ろうとしたら、何もなかった空き地に、祠みたいなのあった
慌てて逃げてきたんだけど
521:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
俺も見た、そういうの
522:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
は?
523:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
お前らさあ、ふざけんなよマジで
524:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
ふざけてなんかない本当に見た!自分も見た、見たんだよ!!!!
525:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
うそ、これ、ほんと?私だけじゃなかったの?
526:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
あのさ……見たって言ってるやつ、みんなID違うんだけど……
527:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
なんでそういうこというの?冗談にしてはちょっと悪質すぎるんですけど!?
528:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
あたし、それ見ただけじゃない
あのさ、学校から家に帰ろうとしたらさ、家のすぐ真正面の道路に祠あってさ
怖くて横すりぬけようとしたら、みしみしって音がして
見ちゃったんだ
あたしが横を通った瞬間、祠壊れたの
あたしなんもしてないのに、壊れたの
ねえ、kろえ、これtt
529:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
はあああああああああああああああああああああああああ!?
530:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
お、おおおお、落ち着けって!
531:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
いやいやいや、そんなのないから、ないから!
532:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
あたししにたくない
まだ中学生なのにしにたくないやっと女バスのレギュラーなれたのに死ぬのとかやだ
やだやだやだ、お願いです、誰か助けて!!!!!!
533:いざゆかん、大いなる名無しさんの海へ
そ、そんなこと、言われても
***
「ひぎ、ぎぎゅ、ぐっ」
苦しい。
あたしは薄闇の中、ひたすら両手足をばたつかせるしかできない。
部屋の奥、開いたカーテンが風もないのに揺れている。あたしが使っている中学の制服といっしょに、まるで何かに怯えるように揺れている。
「ぎゅう、うぎゅっ」
両手足が、布団に貼り付けられたように動かない。拘束されているわけでもないのに、体がガチガチに硬直してしまっているのだ。
しかも、髪の毛を誰かに強く掴まれている。頼りない月明りだけでは、そいつが真っ黒な影のようにしか見えない。左手で後頭部を掴まれ、右手で――何か、チューブのようなものを口にねじ込まれている状態だった。かびくさい味のするチューブは、喉の奥まで入っていて吐きそうになる。呼吸を確保するため、どうにか鼻で息をし続けているが恐ろしく苦しかった。
冷たい水が、どんどん喉の奥から胃の腑へ落ちていくのがわかる。胃袋が驚いて痙攣しても、吐き戻すことなんかできない。水はさらにお腹の奥の奥へ沈んでいく。腸をいっぱいに満たし、パニックになったままどうにか水分を吸収しようとしているのがわかる。
でも、出口がない。
お腹はゴロゴロ鳴って苦しくて痛いのに、どんどん膀胱が溜まって張りつめて痛いのに、あたしの意思と関係なく括約筋が緩む気配がない。まるで接着剤で封じられたみたいに、お腹に力を入れても何も出てこない。
このままではどうなってしまうか、なんて明らかだった。どんどんお腹が、妊婦さんのように膨らんでいくのがわかる。お腹の皮膚がぱつぱつに張って、血管が浮き出してくるのまでわかるようだ。
「ぎゅうう、うううう、ぐううう、ふぐうっ!」
苦しい、やめて、お願い、助けて。
どうにか口からチューブを外そうともがいても、抑えつけてくる手はすり抜ける一方だった。こんなにチューブの硬い感触を感じるのに、何故か一切掴むことができない。まるで幽霊に抑えつけられてでもいるかのよう。苦痛と酸欠で霞み始めた頭で、あたしはじわりと涙が滲むのを感じていた。
――なんで、どうして?
あのまのまの、って人の動画を見たから?
祠ってやつが、傍で壊れるのを見たから?
そんなはずない。自分は何も悪いことなんてしていない。祠だって勝手に壊れただけだ――それなのに。
――こんなところで、意味もわからないまま、死ぬの?誰も、誰にも助けてって言えないまま、どうして死ぬのかもわかんないまま……?
お腹が雷のような音を鳴らす。あまりの苦痛に、手足がびくびくと勝手に跳ね上がる。それでも幽霊らしき存在は、一切手を緩めてくれない。腐った匂いのする水を、あたしの喉の奥へ流し込み続ける。
――たす、け、て。
「ぎゅ」
びちいい、と腹の皮膚がきつく突っ張る感触を覚えた。限界だ。ぐるん、と目が裏返る、そして。
「ぎゅ、ぎゅううううううううううううううううううううううううううう!」
ぶちぶちぶち、ぶちい!
お腹の皮膚が張り裂け、中身が飛び出してくるのを――あたしは恐怖と激痛の中で感じ取ったのである。