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第2話「支援魔術師を追放したい!」

 ◆


「次のご相談者様、どうぞ」


 エリーナは次のファイルに手を伸ばしながら、声を掛けた。


 間もなくして、カウンターの前に新たな人影が現れる。


「おお、ここが編成相談窓口か。話は聞いているぜ」


 威勢のいい声と共に現れたのは、赤い髪を逆立てた、いかにも血の気の多そうな男だった。


 その身にまとう装備は比較的新しく、それでいて使い込まれた痕跡が見て取れる。


 肩には「火竜の剣」というパーティ名が刻まれたエンブレムが誇らしげに輝いていた。


 ──今度は「火竜の剣」のリーダー、アルフォンス様ですね。噂はかねがね


 エリーナは内心でそう呟きつつ、表情には出さずに営業用の笑みを貼り付ける。


「ようこそお越しくださいました。本日はどのようなご相談でしょうか」


「ああ、単刀直入に言うぜ」


 アルフォンスは胸を張り、自信満々に言い放った。


「ウチのパーティにいる支援魔術師、あれを追放したいんだ」


「ほう、支援魔術師の方を、ですか」


 エリーナは少しばかり眉を動かす。


 支援魔術師とはバフ、デバフを主とし、弱いながらもパーティ全体の活動時間を底上げする継続回復魔法を使える支援職だ。


「理由をお聞かせいただけますでしょうか」


「理由? そんなの決まってんだろ」


 アルフォンスは鼻を鳴らした。


「あいつは攻撃魔法を一切使えねぇ。ただ後ろでフワフワなんかやってるだけだ。そんなんじゃ、この『火竜の剣』には不要なんだよ」


 ──出ましたね、典型的な「攻撃力こそ全て」論


 エリーナは表情を変えずに、手元の記録水晶を操作する準備を始めた。


「なるほど、直接的な戦闘力に欠ける、と」


「そうだ! 俺たちは力で敵をねじ伏せるのが信条なんでな。ちまちました補助なんざ、まどろっこしいだけだ」


 アルフォンスは腕を組み、ふんぞり返る。


「承知いたしました。それでは、アルフォンス様のパーティ『火竜の剣』の記録を確認させていただきますね」


 エリーナはアルフォンスの冒険者証から魔力を読み取り、記録水晶を起動させた。


 淡い光が室内に広がり、壁一面に彼らの活動記録が映し出される。


「こちらが追放をご希望の支援魔術師、セシルさんですね」


 水晶には、控えめな印象のローブを着た女性が映し出されていた。


 彼女は戦闘中、後方で杖を掲げ、仲間たちに淡い光を降り注がせている。


「そうだ、そいつだ。見た目は悪くねぇが、戦いじゃまるで役立たずでな」


 アルフォンスは映像のセシルを指差しながら、不満そうに言う。


「では、こちらの戦闘記録を詳しく見てみましょうか」


 エリーナは水晶を操作し、あるゴブリンの集団との戦闘シーンを再生した。


 アルフォンスが先頭で剣を振るい、他のメンバーも果敢に戦っている。


 セシルは後方で呪文を唱え、アルフォンスの剣に赤いオーラをまとわせた。


「これはセシルさんの『筋力強化(ストレングス)』の魔法ですね」


 エリーナが冷静に指摘する。


「この魔法により、アルフォンス様の攻撃力は約1.3倍に上昇しています」


「ふん、そんなもん、気合でどうにでもなる」


 アルフォンスはそっぽを向くが、その表情にはわずかな動揺が見て取れた。


「次に、こちらの場面です」


 エリーナは映像を少し進める。


 パーティの盾役がオークの強打を受け、大きく体勢を崩した瞬間だった。


 セシルが即座に防御力を高める光の障壁を盾役に展開し、追撃を防いでいる。


「『守護障壁(プロテクション)』。これがなければ、盾役の方は戦闘不能に陥っていた可能性が高いですね」


 エリーナの淡々とした説明が続く。


「事実、この直後の記録では、盾役の方が『危なかった、セシルの魔法がなけりゃ死んでた』と感謝を述べておられますが」


「ぐっ……そ、それは、たまたまだろう!」


 アルフォンスの声が少し上ずる。


 顔も心なしか赤くなってきたようだ。


「では、こちらはいかがでしょう」


 エリーナはさらに別の記録を提示する。


 それは薄暗いダンジョンでの探索中、パーティ全員が疲労の色を見せ始めている場面だった。


 セシルが詠唱すると、メンバーの足元から柔らかな光が立ち上り、彼らの疲労が和らいでいく様子が記録されている。


「『継続回復(リジェネレーション)』と『疲労軽減(リフレッシュ)』。これにより、あなた方の探索可能時間は平均で約2時間延長されています」


 エリーナはデータを示す。


「結果として、より多くのモンスターを討伐し、より多くのアイテムを発見できているわけですが」


「そ、そんな細かいこと、いちいち覚えてられるか!」


 アルフォンスは声を荒らげるが、その勢いは明らかに削がれている。


 額には汗も滲んでいた。


「細かいこと、でしょうか」


 エリーナは静かに首を傾げる。


「この『細かいこと』の積み重ねが、パーティの生存率と収益に直結しているのですよ」


 彼女は記録水晶に新たな指示を与えた。


 すると、セシルがパーティに加入する前と後での、負傷による治療費やポーション消費量の比較データがグラフで表示された。


「セシルさん加入後、負傷による治療費は平均で4割削減。ポーションの消費量に至っては6割も減少しています」


 エリーナはグラフを指し示す。


「これは、彼女の適切な回復支援と状態異常解除、そして先ほどの防御支援の賜物と言えるでしょう」


「……」


 アルフォンスは言葉を失い、ただグラフを呆然と見つめている。


 自慢の赤い髪も、心なしかしおれているように見えた。


「さらに、これはアルフォンス様ご自身も気づいておられないかもしれませんが」


 エリーナはいたずらっぽく微笑んだ。


「セシルさんは、あなた方が強敵と遭遇した際、密かに敵の能力を分析し、弱体化させる呪文をかけています」


 水晶には、巨大なミノタウロスとの戦闘シーンが映し出された。


 アルフォンスたちが激しく攻め立てる中、セシルが小声で何かを唱えると、ミノタウロスの動きが一瞬鈍り、攻撃の精度が僅かに落ちる。


「『分析(アナライズ)』と『弱体化(ウィークネス)』。効果は微々たるものに見えるかもしれませんが、この僅かな差が生死を分けることもあります」


 エリーナの声は、まるで授業を行う教師のようだ。


「事実、このミノタウロス戦では、セシルさんの支援がなければ、アルフォンス様が致命傷を負っていた可能性を示すシミュレーション結果も出ています」


 画面には、もしセシルの支援がなかった場合のシミュレーション映像が流れ、アルフォンスがミノタウロスの斧に打ちのめされるショッキングなシーンが映し出された。


「ひっ……!」


 アルフォンスは短い悲鳴を上げ、顔面蒼白になる。


 もはや威勢の良さは見る影もない。


「いかがでしょうか、アルフォンス様」


 エリーナは静かに問いかける。


「それでもセシルさんは『支援魔術しか出来ない役立たず』で、『火竜の剣』に不要なメンバーだとお考えですか?」


「……いや、その……なんというか……」


 アルフォンスは視線を泳がせ、言葉を探している。


「お、俺は、ただ、もっとこう、ドカーンと派手な魔法で敵を薙ぎ払うようなのが……」


「派手さ、ですか」


 エリーナは小さく溜息をついた。


「冒険はサーカスではございません。戦果とは、地道な貢献の積み重ねによって得られるものです」


 彼女は記録水晶の表示を切り替える。


 そこに映し出されたのは、パーティメンバー全員からのセシルへの感謝の言葉を集めたものだった。


「セシルちゃんがいると安心する」「彼女の支援なしじゃ、ここまで来れなかった」「いつもありがとう」といった言葉が並んでいる。


「他のメンバーの方々は、セシルさんの貢献を正しく理解し、感謝しておられるようですね」


 エリーナの言葉は、アルフォンスの胸に静かに、しかし確実に突き刺さった。


「……そうか……みんな、そう思ってたのか……」


 アルフォンスはがっくりと肩を落とし、カウンターに手をついた。


「俺だけが、何も見えてなかったってことか……。リーダー失格だな、こりゃ」


 その呟きには、先程までの傲慢さは消え、深い自己嫌悪の色が滲んでいた。


「リーダーの役割は、個々の力を最大限に引き出すことにもあります」


 エリーナは諭すように言った。


「派手な能力だけが全てではありません。それぞれの役割を理解し、尊重することが、強いパーティを作る上で最も重要なことなのです」


「……わかった」


 アルフォンスは顔を上げ、その目には先程とは違う、決意のような光が宿っていた。


「俺が悪かった。セシルに……いや、パーティのみんなに謝ってくる。そして、もう一度ちゃんと話し合う」


「賢明なご判断です」


 エリーナは穏やかに微笑んだ。


「今回の追放申請は、取り下げということでよろしいですね?」


「ああ、もちろんだ! こんな馬鹿げた申請、取り下げてくれ!」


 アルフォンスは力強く頷いた。


 まるで憑き物が落ちたかのように、その表情はいくぶんかスッキリしている。


「承知いたしました」


 エリーナは書類に『申請取り下げ』と記入する。


「今後も『火竜の剣』のご活躍を期待しております」


「おう! 任せとけ! 今まで以上に強くなって、ギルドに貢献してやるぜ!」


 アルフォンスはそう言うと、今度は力強い足取りで窓口を後にした。


 その背中は、来た時よりも少しだけ大きく見えたかもしれない。


「ふう」


 アルフォンスの姿が見えなくなると、エリーナは椅子の背にもたれかかり息を吐いた。


 また一つ、無用な衝突とパーティ崩壊の危機を未然に防ぐことができた。


 ──なかなか素直でしたね


 窓の外は、すっかり夕焼けに染まっていた。


 エリーナは手早く次の相談のための準備を始めながら、今日の出来事を反芻する。


 この編成相談窓口の仕事は時に厄介で、時に滑稽で──そして、時に誰かの未来を少しだけ良い方向に導くことができる。


 だからこそやめられないのかもしれない、とエリーナは密かに思うのだった。

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