終電を逃し、疲れ果てて会社に泊まったあの日。気づけば深夜二時、意識はぼんやりと薄れ……そして気づいたら、私は死んでいた。
そんなはずはない。なのに――気づけば、目の前には冒険者風の筋肉モリモリ兄ちゃん。
これは悪い夢に違いない――そして目が覚めたら。
「はいっ、こちらギルド・シルフィード支部でございます。え? 魔狼退治の証拠? あ、はい、牙の部分で結構ですよー!」
……働いていた。
目の前には何人もいらいらしながら受付を待つ冒険者、背後には「依頼受付」「戦利品買取」「死亡報告はこちら」と書かれた木製のプレート。
ログハウスのようなカウンターの奥には、同僚らしき制服姿の女性が一人……いたけど、よく見たら休暇届けを握りしめながら泣きそうな顔でバックヤードに走っていった。
カウンターに一人残された私は、制服のスカーフを整えながら、改めて現実を受け入れた。
「ちょっと待って? なんであたし、ギルドで受付してるの?」
「死んだはずでは? いや、生きてるっていうか働いてるっていうか――」
「っていうか仕事してるぅぅぅぅうううう!!??」
ヤバい、これじゃあたし……独り言のキモ女そのものだ。
カウンターの下でこっそり叫ぶ私の横では、さっきの筋肉兄ちゃんが渡した魔狼の牙を笑顔で検品しているスタッフ……じゃなくてあたし。
え、これあたし? いつの間に? 身体が勝手に?
「おかしいな……死んでようやく仕事から解放されたと思ったのに……どうしてこうなった……」
空を仰ぐと、天の上に雲で「ようこそ異世界へ!」の文字が大きく描かれていた。
もうやだこの世界、帰りたい(どこへ?)。
それでも、なぜか制服はサイズぴったりで可愛く、背中には「新人受付嬢・しおりちゃん」と手描きの名札まで付いていた。
――うん、たぶんこれ、異世界だ。たぶん死んで、転生して、ギルドで受付してる。
「……って、また働いてるやないかーい!!! しかも何で日本語使えるねん! どうなってるのこのガバガバ異世界」
かくしてあたしことしおり(元・OL)は、今日も元気にギルドカウンターに立つ。異世界でも、やっぱり労働は逃れられないのであった。
ねえ神様、あたしそんなに前々世で悪いことしたの? 転生先でもこの仕打ちはあんまりです……。
――と愚痴っても、目の前の仕事が減るわけじゃない、現実ってビターよね。
気を取り直してお仕事お仕事、さー、何か胸のときめくようなスイートな美少年との出会いってないかなー……。
……そんなおいしい話あるワケ無いか。
受付カウンターの扉がきしみを立てて開いた。
「次の依頼ですか?」
とあたしが声をかけると、そこに立っていたのは透き通るような銀色の髪と大きな瞳の美少年。
「あ、あの……魔法使いのリデルと申します」
その声は少年のものとは思えないほど落ち着いているが、どこか年齢不詳な雰囲気が漂う。
あたしは思わず眉をひそめた。
「……デリヘルくん? あっ、違うわそれ!!!」
思わず叫んだ自分の声に、受付カウンターの周囲が一瞬ざわついた。
慌てて手で口を押さえる。やばいやばいやばい。異世界でも私の口は社会的に死ぬ発言をするのか。
よりによってデリヘルって……失言にも程がある。
「えっと……リデル、ね。リゲルじゃなくてリデルくん。ごめんごめん、ちょっと聞き間違えた。ちょっと下ネタ混ざってすみません」
「いえ、よくあることです。……でも、デリヘルっていうのは初めてですね。それって魔法の名前ですか? それとも……武器?」
「うん、あー……どっちでもない……いや、ここで説明すべきじゃないやつ……」
「?」
リデルくんは無垢な瞳で首をかしげている。
これはアカン。説明したらダメなタイプのやつだ。
「えっと……じゃあ、こっちを教えて。デリって、なんですか? ヘルなら名前とかでもよく聞きますが」
「デリバリー……」
ああ、そっか。異世界だから、そりゃ“配達”って言葉が通じないのも当然か。
私の言葉に、リデルは首を傾げたまま真剣な表情になる。どうやら“お仕事の話”にはちゃんと向き合う子みたいだ。
「うーん……そうね、“デリバリー”っていうのは――遠くにいる人に、ものを届けることかな」
「ほう……なるほど。遠くに……。たとえば、街の外で戦ってる冒険者の方に、温かいスープとか?」
「そうそう! それそれ! あと唐揚げとか、ハンバーグとかもね!」
「素晴らしい! それ、魔法でやれたらきっと喜ばれます!」
どうやら話を聞くと彼は、空間魔法が使えるという話だった、だが……王宮魔法師になるには血筋や学歴が無いと無理だという話で、ここでも所詮は世界はコネと資格かとあたしは思い知った。
彼なんてどう見ても貴族様の息子にしか見えない美少年なのになー。
そしてあたしは配達ってシステムを彼に説明すると リデルくんの瞳が、キラッと輝いた。
簡単に説明したが、バイクとか車ってのは多分わからないと思うので、あくまでも馬とかドラゴンとしておいた。
すると、リデルくんはそれなら転送や空間転移でどうにかなるんじゃないかと言ってたけど。
「じゃあ君が……空間転移魔法が使えて、配達業に興味があるっていう魔法使いで……」
リデルくんはあたしをキラキラした目で見ている、お願い……そんな純粋な目で見ないで、あたしが罪深い汚れた存在に感じちゃうから。
「空間転送を応用すれば、料理の温度も保ったまま指定座標に送り込めます。
一応、軽度の防御障壁も張っておけば、途中で魔獣に食べられたりしません」
「それって……マジでいけるんじゃ……?」
――こうして私は、気づけば受付嬢兼、副業デリバリー起業家になっていた。
しかし、自称だ。実際に仕事を始めなければ起業家とは言えない。
「……ねぇ、リデルくん? その……ちょっとショタっぽいけど、何歳なの?」
「えっと、ショタって言葉はよくわかりませんが、実はぼくハーフエルフで、年齢は……お姉さんよりはずっと上ですよ」
その言葉に、あたしは少し驚きつつも、つい「守ってあげたくなるタイプ」だと直感した。
「まあ、年齢はともかく、何か手伝ってくれるんならいいけどね」
こうして、あたしたちの“異世食事配達計画”は静かに幕を開けたのだった。
しかし、あたしは残念ながら料理が作れない。
そして……リデルくんも肉を焼くと炭火焼どころか炭になる大火力しか使えない調整が出来ない、たとえるなら業務用大型ガスバーナー。
ギルド・シルフィード支部の受付カウンターは、今日も戦績登録や依頼管理の紙で埋め尽くされている。
「お疲れ様です、しおりちゃん」
バリスタおじさんがいつものように奥の小さな厨房から声をかけた。
彼は白い髭のダンディーなおじさんで、片目に眼帯をつけている。
見た感じだけではどう見ても料理人には見えず、むしろ傭兵か暗殺者だ。
「今日も忙しいですねぇ」
あたしは書類の山を見上げてため息をつく。
受付の仕事は、単に依頼を受け付けるだけじゃない。冒険者の戦績登録、装備や報酬の管理、軽い応急処置、時にはクレーム対応もある。
もっとひどい場合は町に出現したモンスターの解体処理の書類なんてものもあるが、これがまたややこしい扱いで、国王軍、自治体、自警団、商業ギルド等のいくつもの団体に関わるので出来るだけ町にモンスターは出現してほしくない。
「最近、魔獣退治の依頼が多くてさ。おかげで戦利品の検品が追いつかないんだよね」
「それに、依頼の急なキャンセルとかで混乱するし……胃が痛いわ」
そんな中、あたしは昼休みに作ってきた手作り弁当をつまんでいた。切って盛っただけだがそれでも生で食べれるように食材にこだわったものだ。
生ハムとレタスとパンで作ったサンドイッチ、手抜きでも素材が良ければ料理になる。
そこへ、透き通る銀髪のリデルくんが颯爽と現れた。
「こんにちは、しおりさん。今日もお疲れ様です」
「はいはい、お疲れさま~」
あたしは指を止めて軽く手を振る。
リデルくんは弁当に興味津々で覗き込む。こんなの手抜きの素人の手作りなのに……。
「それ、美味しそうですね」
「そう? でも、生だし素人の手作りだしあんまり売り物にはならないかも」
あたしがそう答えた瞬間、リデルくんの目がキラリと光った。
「焼いたら美味しいかも。ちょっと火の魔法使ってみますね」
「え!? ちょ、ちょっと待って!!」
「えっと……初級の魔法で、ファイヤッ!!」
あたしは思わず後ろにのけぞってしまった。
ボォオオオオッッ!!
リデルくんの火魔法はまるで業務用ガスバーナーのような凶暴な熱さで、哀れあたしのお弁当の生ハムサンドはあっという間に真っ黒な炭に変わってしまった。
炭になった生ハムサンドからは煙がもうもうと立ち上り、彼が焦った顔で慌てるのを見て、つい笑いがこみ上げた。
……あたしのお昼ごはん返して。
「す、すみません! す、すぐ元に戻します」
「え? 元に戻すって……?」
なんと、リデルくんは消し炭になった生ハムサンドイッチを時間を戻し、少しだけ焙った状態の時間で固定した、その焙るまでの時間……およそ0.03秒。
アタシは程よくこんがりとなった生ハムホットサンドをリデルくんと分けて食べた。
「でもこれを空間転移魔法で温かいまま届けられたら、きっと売れるんじゃないですか?」
「え、えー!?」
その言葉がきっかけだった。
あたしは昔のOL時代のストレスから解放されたと思ったのに、また働かされることになった。けれど、ここでは少しでも自分の工夫や魔法を使って楽にできるかもしれない。
バリスタおじさんは元暗殺者という噂もある、妙にキレのいい経営者で、厨房も貸してくれると言う。
どこかの船でコックをやっていたという噂もあるけど、謎の人物だ。
「ウチの喫茶店の素材を使ってみたらどうだ? 良い料理が作れそうだし、ここで配達の拠点にもなる」
ギルド長はどうやらあたしの元上司で、昔のあたしの働きぶりを知っている。
転生後のあたしは前の記憶がないけど、人手不足のギルドであたしを副業から引き戻そうと必死だが、今は新しい試みに興味津々で陰ながら見守っている。
「しおり、無理はするなよ。ギルドの仕事も大切だ」
料理はプロフェッショナルのバリスタおじさんが作ってくれることになった。
そして最高の美味しさのまま、リデルくんの時間凍結魔法で腐ることもなく届ける事が出来る。
よし、これなら勝ったも同然よ!
魔法と工夫で温かい料理を届け、ギルドの戦いに疲れた冒険者たちの心も体も満たしていく。
……と思ったんだけど、どうやって届けるの? それに……危険な場所に呼ばれたら戻るのどうすればいい?
あーダメだー、結局あたしの計画はとん挫するしかないんだー……。
――まだまだ波乱の毎日が続く。
「冒険者って、意外とごはん適当なのね……」
ギルドの受付カウンターで、今日も依頼票とにらめっこしながら、あたしはため息をついた。
冒険から戻ってくるたび、へとへとで立ち食いパンか干し肉で済ませる冒険者たち。栄養偏りまくりで、そのうち倒れるんじゃ……と、こっちが胃を痛めてる。
「もし……温かい料理を届けられたら、みんな喜ぶんじゃないですか?」
ふと横から、銀髪の少年――リデルくんがぽつりと呟いた。
それ前の日にあたしも考えたけど、結局“危険な場所に呼ぶのは無理がある”ってあきらめたやつじゃん。
モンスター使い雇ったらむしろそれで賃金代で予算オーバーよ。
それに盗賊とかも出るとしたら強い人でなければ運べないとなるとますますハードル上がる。
「え、無理でしょ。届けるって言っても……ダンジョンとか砂漠とか、配達員が死んじゃうわよ」
「では、こういうのはどうでしょう?」
そう言って、彼が差し出したのは、きらりと光る小さな札――魔力のこもった『お食事券』だった。
「これに“食べたいもの”と“時間”を刻印してもらえば、僕が転移魔法でその場に飛んで、料理を届けて……すぐ戻る」
「ちょ、ちょっと待って、待って!? そんな便利に転移できるの? しかも安全に?」
「はい。『指定座標合流魔法』と『帰還転移』を組み合わせれば、最短で五秒もいらずに配達と撤退が可能です」
ごめん、難しい言葉でよくわかんないけど、ようは右10マス上15マスみたいなものかな?
あたしは思わず、目の前の少年をまじまじと見つめた。いや、見た目ショタでも中身のスペックがバグってるんよ。
「でもさ、食事って腐るし、冷めるし……」
「そこで、昨日も試した時間凍結魔法の出番です」
「……マジか、君、万能か」
思わず呟いたあたしの手には、すでに試作品の“異世界お食事券”が握られていた。
バリスタおじさんは素材と厨房を貸してくれるって言ってるし、あたしは食材の仕込みを担当。料理はプロに任せて、リデルくんが届ける。
「じゃあ、やってみる? お試し版、冒険者向けデリバリーサービス」
「……はい!」
こうして、あたしとリデルくんの“異世界デリバリー計画”、その第一歩が始まった。
――そしてこれがあたしのレポート、実際のお客さん体験談ね。
◾️1人目:新米冒険者の「泣きながらの昼食」
「あの、これ……ほんとに届くんですか……?」
依頼票を出しに来たのは、駆け出しの新人冒険者・メル。まだ十代前半くらいの女の子だ。
「昨日、任務中に倒れちゃって……でも、ギルド戻るのも遠くて……その、栄養あるものがほしくて……」
あたしはにっこり笑ってお食事券を手渡す。
「任せて! 食べたら元気出るよ、特製・若芽入りクリームシチュー弁当!」
翌日、洞窟の入口近くにしっかり届けられた湯気立つシチュー。蓋を開けた瞬間、メルはその場でぽろぽろ涙をこぼした。
「……あったかい……ほんとに……届いた……」
その日、メルは仲間と共に任務を完遂し、ギルドで笑顔を見せた。彼女の紹介で、駆け出し冒険者の間にデリバリーの評判が広がっていく。
アンケート内容:とても……おいしかったです、ありがとう。
◾️2人目:二日酔い魔法使いの「胃に染みる回復食」
「まったく、もう……また朝帰り!? ってか、リデルくんこれ見て、あの人また“回復粥”の依頼入ってる!」
あたしが掲げたのは、ぐしゃぐしゃな文字で書かれた依頼票。
『ギルド裏庭、昼前、動かず待機 胃が死んでる おかゆ うめ入り』
依頼主は、噂の酒好き魔法使い・バルノア。寝起きで魔力暴走しかけるほど二日酔いの常連。
だが、その日届いたのは──
「薬草と白身魚入りの“回復粥・特濃ver.”。栄養と塩分、ぬかりなしだよ」
それを受け取ったバルノア、しばらく黙ってから一言。
「……こんな優しい味……初めてだ……」
その日は魔法暴走もなく、午後には珍しく“通常営業”で依頼をこなしていたという。
アンケート内容:二日酔いで動けない時に重宝する、もしもこれで何回も使えば割引というシステムがあれば間違いなく朝昼晩全てにおいてこれを使うであろう。吾輩の研究が捗る事で、魔法業界のさらなる進展が見られるとなると、このサービスは無くてはならないものであると言えよう! そう、これこそが真意である。
……後半、何を言いたいのかがよくわからないけど、ようは回数券あればいいって事ね。
◾️3人目:ツンデレ斥候の「秘密のティータイム」
「しょ、しょしょっ、食事なんかに期待してるわけじゃないんだからなっ!!」
誰も頼んでないのにカウンターに依頼票を叩きつけたのは、斥候ギルドのララ・ヴィス。
内容はというと──
『誰にも見られない場所で、紅茶とスコーン。バター控えめで、甘さひかえめ。あと、ハーブ少々』
あたしはリデルくんと顔を見合わせ、くすっと笑った。
「こっそり昼休みに高台でティータイムだってさ。かわいいかよ」
「座標指定、丘の松の木陰ですね。完璧です」
お昼どき、リデルくんがこっそり紅茶セットを届けると、そこには本を読みながらそわそわしているララの姿。
手渡されたスコーンを一口食べると、ぱっと表情が緩んだ。
「……やっぱ、こういうの、大事よね……ふふ」
その後、ララが他の誰にも秘密でデリバリーを使い続けていたのは、あたしとリデルくんだけの知る話。
アンケート内容:まあまあね、もっと生クリームたっぷりだったらよかったけど、ハチミツが溶ける前だった状態で持ってきてくれたから今回は良しとするわ、また使ってあげるから、感謝するのね。
素直になれない女の子って感じの書き方だなー。
◾️4人目:大食漢の冒険貴族・ゴドウィン卿の「限界満腹フルコース」
「我が名はゴドウィン・グラントール三世! 高貴なる血と豪胆なる胃袋を兼ね備えた、完璧なる男であるッ!」
ギルドの食堂で豪快に笑うその男は、鎧の隙間から筋肉と贅肉がはみ出した、いかにも強そうな貴族冒険者だった。
彼は三食きっちりと食べる為、普段は料理人をパーティーに同行させているようだ。
ゴドウィン卿の名前を聞いた途端、厨房のバリスタおじさんの眉間にしわが入った……どうやら過去に何かあったのかもしれない。
「……で、その方がなんでうちのデリバリーに?」
あたしの問いに、食堂のウェイトレスさんが小声でささやく。
「……ダンジョン中、毎回食料切れで動けなくなるらしくて……でも食事は豪華じゃないとダメなんですって」
「クセがすごい……」
依頼内容はこうだ──
『地底迷宮の中層。午前と午後に一回ずつ、肉中心の豪華な三品構成。汁物厳禁。あと、熱々で』
あたしは真顔で頷く。
「肉は火入れ直前に凍結保存、現地で魔法加熱……完璧に再現できます」
「よし、やったろうじゃん!」
そして当日。
「ふむ……これは……!」
地底の広間に届いたのは──
・分厚いステーキの魔法プレート焼き
・燻製ソーセージと香草焼きポテト
・ハチミツとナッツのパイ、デザート付き!
「ンンンン~~~ッ! これぞ、勝利の宴にふさわしき滋味なりッ!」
ゴドウィン卿は腹鼓を打ち、嬉々として再出撃。その日の迷宮制覇報告書にはこう記されていた。
『敵は強かった。しかしそれを上回る、ステーキの厚みであった。』
どうやら彼はかなり満足してくれたようで、次回も頼むと言ってくれた。
お得意様になってくれたゴドウィン卿はとても金払いも良い上客だったんだけど……一つ問題が。
「……でさ、毎回時間と場所を細かく指定されるし、地底迷宮だと座標ズレも怖いじゃない?」
あたしが苦い顔で、配達報告書に目を通す。ゴドウィン卿の豪華フルコースは完食、満足度は天元突破。でも、毎度のことながら場所が深すぎる。
「しかも、食後に“次の依頼は明後日14時、地底第六層の火口前”って巻物で送ってくるの。もう貴族のマイルールやめて……」
「大丈夫です、ぼくに任せてください」
「リデルくん……?」
憔悴しきったあたしと違い、リデルくんは自信に満ちた表情でアタシを見返していた。
そして次の日、リデルくんはあたしに小さなリングを渡し、使い方を教えてくれた。
「そうか、確かにこれなら!」
あたしは買い物先からリデルくんに使い方を教えてもらったリングで食材を送ってみた。
なーるほど、確かにこれなら使える。
あたしは静かに頷きながら、次の日、リングをしまっていたカウンターの奥から取り出した。
「というわけで、リデルくんが開発しました。“追跡リング”と“魔法式回数券”。」
「リングは?」
「装着者の魔力反応を追跡して、転送座標のズレを最小限に補正します」
「回数券は?」
「お得です。あと毎回の刻印手続きが省略できます」
「……うわ、地味にすっごい便利」
こうして生まれた「高頻度VIP顧客向けサービス」は、最初の利用者ゴドウィン卿によって正式導入された。
その名も──
《冒険者向け・追跡対応プレミアム回数券 追跡リング付き》
「これで迷宮の奥でも! 昼でも夜でも! 熱々の肉料理が届くッッ!」
配達三回目にリングをつけてくれたゴドウィン卿は、料理を頬張りながら満面の笑みでこう言った。
「君たちの名は、やがて《胃袋の神官》として迷宮に刻まれるであろうッ!」
こうしてあたし達は名実ともに料理配達人として有名になっていった。
アンケート内容:美味である! 誠にもって美味である! 冒険貴族の名を持つ我が保証する! 誠にもって美味、それもその辺りにあるような食堂のものでは無い、まさに一流の腕である。我が知る限り、これ程の腕の料理人は数える程しかいない、しかしここは新参であるにもかかわらず、その味と同じものが味わえる……誠にもって美味である!
……同じ言葉何回言ってるの? そしてこのアンケートを見たバリスタおじさんが苦笑いをしていた。
やっぱり過去に何かあったんだろうなー。
――そして数日後、あたし達の今後を変える客が訪れた。
「……最近、噂になってるよな。“どこでもホカホカ弁当、魂の味つき”って」
ギルドカウンターに依頼票を出してきたのは、中堅パーティー《斬風の牙》の隊長ルドガーだった。筋骨隆々の斧戦士だが、なぜかちょっと目が潤んでる。
「いやあ……一度食ってみたくてさ。“明日、山岳遺跡でボス戦なんだ。朝飯、お願いできるか?”って」
「明日!? ボス戦前!? そ、それって……何時です?」
「朝の五時出発予定。食うのは四時半」
「し、仕込み、いまから……ギルド終わったら、厨房……あああ、もう……」
カウンターの下でごちゃごちゃ計算してたあたしは、ついに覚悟を決めた。
「……よし、受けた。魂の味つき、届けてやんよ!」
深夜、ギルドの裏にある厨房で、あたしはリデルくんとせっせと仕込み作業。
「メニューは? 滋養強壮系ですか?」
「当然。肉メインで、スタミナ焼き。あとあたしのおすすめ、例のピリ辛炒めも追加で」
あの、“バチバチ爆ぜる実”――ハジケナッツ入り。
「……本当に入れるんですか? 火魔法当てると暴発しますよ」
「大丈夫、リデルくんの魔法で温めるでしょ? ちょっと香りが立つくらいで止めれば――」
翌朝、指定の時刻。リデルくんが転移魔法で山岳遺跡の近く、崖上に着地。
「座標、誤差三メートル内。よし、成功です」
「すご……マジで一発かよ。あたし、いま異世界技術に震えてる……」
目の前には霧に包まれた岩場。その先で、ルドガーたちのパーティーが集まっているのが見える。気づいて手を振ってる。
「さ、魔法石で軽く温めて……っと、あ」
「ダメです、それ以上火を――」
バチバチッッ!
ハジケナッツが一斉に爆ぜ、辛味とスパイスの香りが爆発的に広がる。
「うわ、目がー!! 目がーショボショボするー! やっぱ入れすぎた!」
そのとき――
「リデルくん、あれ……音しない?」
風の向こうから、ずしん……ずしん……と地響き。
「……来ます。大型魔物。方向は……真下」
ギギギギ、と崖下の岩肌が割れ、灰色の爪が突き出した。
「ちょ、ちょっと待って!? ここ、戦場!? なにドラゴン!? レッサードラゴン!?」
全長三メートルほどの灰色の竜、煙を吐きながら崖をよじ登ってくる。
「転移、今すぐ発動してっ!!」
「だ、だめです、スパイス煙で座標が乱れた……再調整中!」
「なにそれ!? 香辛料で脱出失敗とか新しいわ!!」
レッサードラゴンの咆哮とともに、アタシとリデルくん、完全にピンチ! これは詰んだ!!
そんな焦ったアタシと違い、リデルくんは焦らず即座に魔法詠唱――
「防護結界・三重展開!」
青白いバリアが次々に展開され、ドラゴンの吐く火のブレスを防ぐ。熱波が肌を刺す。
「ったくもぉぉぉぉぉ……! こうなったら、アタシだってやってやる!!」
バッグの中から、残っていたスパイスとハジケナッツ、さらにマスタードとコショウを取り出す。
「弁当の敵は、スパイスで制す!」
魔法で風を巻き起こし、スパイス一式をドラゴンの顔めがけて投擲!
「目、潰れろォォォォ!! アタシの苦しみ、お前も味わってみろぉおおっ!!」
バチバチバチッ!
爆ぜたナッツとスパイスの嵐がドラゴンの顔面にヒット、咆哮とともに暴れ出すレッサードラゴン。
その瞬間――
「今です!!」
《斬風の牙》のルドガーが叫び、仲間とともに突撃! 炎纏う剣が、ドラゴンの首を一刀両断!
静寂――
倒れたドラゴンの残骸を前に、ルドガーが振り返る。
「助かった! あのスパイス攻撃、効いてたぞ!」
「……いや、攻撃じゃなくて調味料なんですけどね……」
帰還転移、再起動。
「しおりさん、今度こそ、帰りますよ」
「……うん、あたし今日、一生分のアドレナリン出した……」
こうして、“異世界デリバリー”、まさかの戦闘巻き込まれ初体験。
口コミでの広がりは、もう止まらない──。
アンケート:非常に良かったッ! この受付嬢たちの協力が無ければ、きっとオレ達はドラゴンを倒せなかったッ!
食事もとても美味く、力が漲ったッ! あの一撃は、まさにあの料理のおかげッ!
今のオレ達があるのは、彼女たちのおかげだッ!
また頼むッ!! 必ずッ!!
レッサードラゴン退治の冒険者チーム《斬風の牙》が大活躍したあの日から数週間。
噂はあっという間に広まり、街はお祭り騒ぎのような熱気に包まれていた。
そんな中、ギルドの受付嬢であるあたしの副業――異世界食事配達サービス――がまさかの大繁盛を迎えていた。
「これも全部、あの冒険者チーム《斬風の牙》のおかげよね!」
と笑顔で言いながら、あたしは次々と届く注文を処理していく。
以前はのんびりとできていた配達も、今や次から次へと鳴り響く依頼の嵐。冒険者たちの口コミで「美味しい」「便利」「早い!」と評判が広がり、注文数はうなぎのぼり。
「え、こんなに忙しくなるなんて…!」と驚きつつも、あたしは配達バッグを背負い、今日も街中を駆け回る。
――だが、実はここからが問題だった。
本業のギルド受付業務と、異世界食事配達の副業の両立は予想以上にハードだったのだ。
「朝から晩まで配達、配達、配達…」
「休む暇なんてどこにもない!」
あたしの生活リズムは完全に崩れ、睡眠時間も減っていく。配達中に迷子になりそうになったり、途中で配達品を落としそうになったり、もうトホホの連続。
それでも「あの冒険者チームの役に立ちたい!」という気持ちだけで、今日も頑張っている。
「副業で楽するはずだったのに、これじゃ全然楽じゃないじゃん!」
と、心の中で叫びつつ、配達先の屋敷の門をノックする。
「お待たせしました!ご注文の…ぽてりこスナックセットでございます!」
と元気よく届けると、子供たちが目を輝かせて喜んでくれた。
そんな笑顔に疲れも吹き飛ぶけど、配達が終わったらまた新たな注文通知が鳴る。
「あたしの生活どうなるのー!?」と叫びたくなる日々。
それでも、異世界のあちこちで「ギルド受付嬢が来てくれた!」と話題になるのは悪い気はしない。
忙しすぎて疲れるけど、この異世界食事配達のおかげで、街の人たちと冒険者たちの笑顔が見られる。
「楽する副業」が「めちゃくちゃ忙しい副業」に変わったけど、それもこれも全部あのレッサードラゴン退治が呼んだ奇跡の賜物。
これからもきっと、てんてこまいの日々は続くんだろうなぁ…。
そう思いながら、あたしは今日も背中に食材の調達用バッグを背負い、風のように街を駆け抜けるのだった。
――でもせめてあと一人くらいスタッフが欲しいよー!!
さあ、あたしのこの冒険者ギルド受付と異世界食事配達業、いつになったら楽が出来るのだろうか。
まあ、可愛い男の子のリデルくんが一緒にやってくれるからもうちょっと頑張ってみるかな。