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憧れの軍師様にいつの間にか拾われて、専任おやつ係になっていました ~雨龍国狐嫁綺譚~
憧れの軍師様にいつの間にか拾われて、専任おやつ係になっていました ~雨龍国狐嫁綺譚~
空色蜻蛉
異世界恋愛和風・中華
2025年05月24日
公開日
2.8万字
連載中
狐に変身できる女の子、珠珠(じゅじゅ)は雨の玉都で、最近噂の美貌の軍師様と出会う。仔狐の姿で会ったせいで、うっかりペットにされそうなところを逃げ帰った。 人間の姿に戻った珠珠は、勤め先の餅屋の店主から、糕点師試験に出たいから俺の代わりに菓子作りをしろと命じられた。仕方なく糕点師試験に出たところ、軍師様と再会する。本当は珠珠が菓子を作っていることを見抜かれ、専任のおやつ係にスカウトされてしまった。 あれ? 結局ペットみたいになってない? 軍師様、私が好きって、それは本当ですか。

出逢い

第1話

 太った狐の仔が、雨の街をほてほてと歩いている。

 狐の仔―――珠珠じゅじゅは、雨の街を散歩するのが大好きだ。ここは水の国として有名なりんの中心、皇帝おわす玉都ぎょくとなれば、昼間は数え切れぬ人々が賑やかに通りを行き来する。しかし雨足で人が少なくなると、しんと静まり返って空気が穏やかになった。雨の玉都は、珠珠専用の散歩道になる。

 この国では雨は、最高神たる雨龍、つまり皇帝の心が揺らいだ時に降るものとされている。敬虔な民は、雨が降ったら家にこもり、雨龍の心が安らかになることを祈るのだ。

 しかし、狐の仔である珠珠じゅじゅは、そんな信仰どうでも良かった。

 飛檐ひえんの軒先から雨がしたたるのを眺めながら、えんじゅ木陰こかげ灯篭とうろうの下を縫って進む。

 夏の昼間の雨なので、明るくて気温もちょうどいい。絶好の散歩日和だと満喫していると、さびれた城隍廟じょうこうびょうの下に、足を投げ出して座り込む男性の姿が見えた。

 廟は崩れかけており、雨風が吹き込んでいる。雨宿りに向かない場所だ。

 あれじゃ、雨に当たっちゃう。

 興味本位で、珠珠は男性の姿を観察しに近づいた。どうせ今は太った狐の仔の姿。仔犬と見間違えられるくらいなので、人間に見つかっても問題ない。

 近づくにつれ、男性が着る服が妙に上等だと気付いた。

 金糸の波模様が縫い込まれた絹の長袍が、雨に濡れて深い色になっている。それを着る男はまだ若い。若くして波紋の模様を身に着けられる人物は、この玉都では限られている。


 うわぁ。軍師様、だあ。


 珠珠は目を丸くした。

 憂鬱そうに雨に濡れている男は、玉都の有名人だ。

 先般、りょうとの戦で見事味方を勝利に導いた立役者。遠征の指揮を取った第一皇子と共に玉都に凱旋した時、その美しい容姿もあいまって一躍、時の人になった。


 噂通り、とても格好良い……!


 無造作に足を投げ出しているにも関わらず、獅子か豹が寝そべっているかのように威厳のある佇まい。長袍の下の均整の取れた体付きが、逆に目立っている。

 肩口に掛かる漆黒の長髪は、神仙に近いとされる高位の官らしく綺麗に手入れされており、髪の合間からのぞく頬の稜線は爽涼だ。軍人だが知略をもって戦を制する者らしく、知性と理性を感じさせる顔つきで、伏せられた切れ長の瞳と薄い唇は冷ややかな風情。

 この軍師様は、飄々と口八丁で相手をけむに巻くのが得意らしい。何を考えているのか分からないところも良いと、店に訪れた貴族の女性客がうっとり語っていた。そう、この美貌の軍師は現在、玉都中の女性の抱かれたい男番付一位に入賞している。

 品の良い笑みを絶やさないという噂の男が、なぜかうれいに沈んだ素顔をさらしている。その破壊力たるや。


 眼福~~! 狐で良かった!


 珠珠は、しばし男の美貌を観賞して幸福にひたり……はっと気付いた。


 雨に濡れてるじゃん! 可哀想!


 水もしたたる良い男だが、風邪を引いてしまっては駄目だ。

 珠珠は急いでぽてぽて引き返し、木陰に隠しておいた傘をくわえた。人間の姿に戻った時に入り用かと、念のため持ってきておいたのだ。

 仔狐の姿だと傘を広げられないから、軍師様の足元に持っていってやろう。

 そう思い、口を頑張って大きく開け重い傘をくわえた。

 ずるずる傘の柄を引きずりながら、城隍廟じょうこうびょうの前まで歩いていく。

 その気配を感じたのか、若き軍師は顔を上げる。

 夜明けの空に浮かぶ月のような黄金の瞳が、仔狐の姿をとらえ、見開かれた。


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