太った狐の仔が、雨の街をほてほてと歩いている。
狐の仔―――
この国では雨は、最高神たる雨龍、つまり皇帝の心が揺らいだ時に降るものとされている。敬虔な民は、雨が降ったら家にこもり、雨龍の心が安らかになることを祈るのだ。
しかし、狐の仔である
夏の昼間の雨なので、明るくて気温もちょうどいい。絶好の散歩日和だと満喫していると、
廟は崩れかけており、雨風が吹き込んでいる。雨宿りに向かない場所だ。
あれじゃ、雨に当たっちゃう。
興味本位で、珠珠は男性の姿を観察しに近づいた。どうせ今は太った狐の仔の姿。仔犬と見間違えられるくらいなので、人間に見つかっても問題ない。
近づくにつれ、男性が着る服が妙に上等だと気付いた。
金糸の波模様が縫い込まれた絹の長袍が、雨に濡れて深い色になっている。それを着る男はまだ若い。若くして波紋の模様を身に着けられる人物は、この玉都では限られている。
うわぁ。軍師様、だあ。
珠珠は目を丸くした。
憂鬱そうに雨に濡れている男は、玉都の有名人だ。
先般、
噂通り、とても格好良い……!
無造作に足を投げ出しているにも関わらず、獅子か豹が寝そべっているかのように威厳のある佇まい。長袍の下の均整の取れた体付きが、逆に目立っている。
肩口に掛かる漆黒の長髪は、神仙に近いとされる高位の官らしく綺麗に手入れされており、髪の合間からのぞく頬の稜線は爽涼だ。軍人だが知略をもって戦を制する者らしく、知性と理性を感じさせる顔つきで、伏せられた切れ長の瞳と薄い唇は冷ややかな風情。
この軍師様は、飄々と口八丁で相手を
品の良い笑みを絶やさないという噂の男が、なぜか
眼福~~! 狐で良かった!
珠珠は、しばし男の美貌を観賞して幸福に
雨に濡れてるじゃん! 可哀想!
水もしたたる良い男だが、風邪を引いてしまっては駄目だ。
珠珠は急いでぽてぽて引き返し、木陰に隠しておいた傘をくわえた。人間の姿に戻った時に入り用かと、念のため持ってきておいたのだ。
仔狐の姿だと傘を広げられないから、軍師様の足元に持っていってやろう。
そう思い、口を頑張って大きく開け重い傘をくわえた。
ずるずる傘の柄を引きずりながら、
その気配を感じたのか、若き軍師は顔を上げる。
夜明けの空に浮かぶ月のような黄金の瞳が、仔狐の姿をとらえ、見開かれた。