< 登場人物>
タカシ(30)… 芸人。芸名ニモリ
吉沢ハイ(31)… タカシの相方。
コンビ名:キャベッツ
ハルナ(24)… 会社員。
前田司令官(26)… 芸人。タカシの後輩。
コンビ名:唐突バズる
神月ルカ(25)… モデル。
高原(40)… マネージャー。
〇自宅(朝)
ボロいアパートの外観。
六畳間。家主を起こさないようにネズミ
がうろついている。
煎餅布団の上で小さくなっているタカシ。
工事現場の音がしてきて、タカシは布団
の上でビクッと反応する。それから、タ
カシは目ざめ、体を伸ばす。半身を起こ
す。
タカシ「うわ~っ。だるっ」
その部屋に他に人がいても聞こえないよ
うな小さな声でボソボソと喋る。
六畳間の窓際に、段ボール箱をそのまま
台にしたものがあり、上は雑多なもので
散らかっている。その中に、飲みかけの
エナジードリンクがある。
タカシ、飲みかけのエナジードリンクを
飲む。
タカシ「まずっ」
タカシ、えずく。そのままトイレへ。
嘔吐する音が聞こえる。
口元を手でぬぐいながら、六畳間に戻っ
て来るタカシ。
タカシ「あ~。なんか、突然売れてるとかね
えか。いや、あるわけないだろっ」
多少、声量は上がっている。
〇シャインサン通り(昼)
空撮。
シャインサン60ビル。
それを目印としてシャインサン通りが伸
びる。
*
シャインサン通りの路上。
行き交う人々。学生や大人、外国人観光
客など。
タカシ、スーツの舞台衣装。手に『お笑
いライブ500円』のボードを持って、
行き交う人々に宣伝している。
タカシ「お笑いライブいかがですか~。50
0円で生のお笑いが見れます」
立ち止まる人はいない。
タカシが一人宣伝している状況がしばし
続く。
ようやく、一人、中年男性が立ち止まる。
タカシ「お笑いライブ、どうですか?」
中年男性「へ~。楽勝問題とか、出る?」
タカシ「いや、出ないっすよ(苦笑)。若手
中心のライブでして…… 」
中年男性「(タカシの言葉を最後まで聞かず)
あ、そう」
中年男性、なんの躊躇もなく立ち去る。
タカシ、ボードを握りしめる。
シャインサン通りから引くと、通りの建
物の上に大きな看板がある。そこには、
神月ルカがポーズをとった広告がある。
『疲れに負けルカ!』という文字とサプ
リメントの商品名。
*
シャインサン通りの路地を横に入り、雑
居ビル。
雑居ビルの二階の窓に『ESTA池袋』
の文字。
〇エスタ池袋(昼)
雑居ビルの階段をのぼっていき、二階の
入口、そしてもう一つの扉の先にライブ
ハウス。
50人入れば満員になるような小劇場。
申し訳程度の段差でステージがある。
*
ステージ上。
暗転中に出囃子が流れる。
がなり「キャベッツ」
明転。
上手からキャベッツの二人が出てくる。
三八マイクを前に上手に吉沢ハイ、下手
にタカシが立つ。
吉沢「(タカシを示し)こいつ、カタカナで
ニモリっていうんですけど、人権が足りて
ないから下の名前がなくて、漢字表記も使
えないんです」
タカシ「うるせえ。お前は真実の愛を知るま
で元の姿に戻れないらしいな」
吉沢「野獣か。ニモリと吉沢ハイで、キャベ
ッツで~す」
*
客席。まばらな客。女性5人、男性3人。
キャベッツの大きな声量の掛け合いだけ
響くけれど、客の反応は薄い。
*
吉沢「次はパン焼こうと思って」
タカシ「もういいよっ」
タカシのツッコミで、キャベッツのネタ
は終わる。
楽屋へと引き上げてゆくキャベッツ。
そこから、客席の後ろに回って他の芸人
のネタを見る。
がなり「唐突バズる」
唐突バズる(前田司令官、高梨)の二人
が出てくる。
高梨「僕が高梨といいまして」
前田「俺か?俺は前田司令官だよ」
高梨「高梨と前田で唐突バズるです。おねが
いしまーす(フェイドアウト)」
タカシの顔と漫才をする唐突バズる(唐
突バズるの声はOFF)のカットバック。
客が少ないのでドッカンドッカンという
わけではないが、キャベッツよりも受け
ている。
貧乏ゆすりをするタカシ。だが、唐突バ
ズるのネタが面白いので、悔しいが笑っ
てしまう。
*
エスタの入るビルの一階へと続く階段に
芸人が十二~十五人並ぶ。そして、観客
を見送る。
エスタのビルの階段の下で所在なくして
いたタカシ。
タカシ「ありがとうございました」
どこか投げやりな声。
観客の一人、ハルナ、来る。
ハルナ、タカシにエナジードリンクを差
し出す。
ハルナ「これ」
タカシ「おぉ。いつもありがとう」
ハルナ、特に喋るわけでもなく、満足気
に頷いて去る。
見送るタカシ。
手でエナジードリンクを握りしめ、しば
し見つめる(冒頭のエナジードリンクと
同じもの)。
〇居酒屋(夜)
池袋の掃き溜めのような場所にある、汚
い居酒屋。
今にも潰れそうな天井。年代物のサイン
色紙が多数。
混みあった店内。
二人がけの席でタカシと前田司令官がサ
シ飲み(窮屈そう)。
タカシ「いや、今日のネタ良かったよ」
前田「ありがとうございます!(笑顔)」
*
ビール瓶が増えていく。
*
まだビールを注ぐ前田。
タカシ「明日、早いの?」
前田がテーブルにビール瓶をドンッと置
く。悪酔いしているようだ。
タカシ「ビックリした」
前田「あのですねえ、ニモさん」
タカシ「ニモさん」
前田「俺は悔しいですよ」
タカシ「酔ってんなあ」
前田「なんで、僕たちより事務所ライブで下
にいるんですか」
タカシ、カチンときて眉がぴくっと反応
する。
前田「キャベッツさんはね、もっと評価され
ていいはずっす。面白いじゃないですか」
タカシ「人気ねーもん」
前田「せめて僕たちが出てるとこまで上がっ
てきてくださいよ」
タカシ、貧乏ゆすりが止まらない。
前田「なんで、漫才1(ワン)も、コント・
オブ・キングも一回戦で落ちてるんですか」
タカシ「…… 」
前田「ぼ、僕の、俺の憧れてるニモさんは、
そんなダサくないはずなんです」
タカシ、貧乏ゆすりでテーブルまで震わ
す。しびれを切らす。
タカシ「あ~、もう。飲もう。とことん飲も
う」
タカシ、ビール瓶をラッパ飲みし始める。
*
なぜか肩を組んで飲んでいるタカシと前
田。他に客はいない。
前田「ハルナちゃんってニモさんのファンの
子、めっちゃ可愛くないっすか」
タカシ「なに、お前、狙ってんの?」
前田「ニモさんのファンいかないっすよ」
タカシ「別に俺のファンってわけじゃ…… 」
前田「ニモさん、彼女いないっすよね。いっ
たらいいじゃないっすか」
タカシ、なぜか前田を軽くげんこつで殴
る。
前田「殴られた~」
もう店員が片付けなどを始めている。
視界がグルングルンになって居酒屋の店
内を見まわす。
〇シャインサンシティビル・屋外広場(夜)
『この場所で寝ないでください』の貼り
紙。
ベンチで横になっているタカシ。
タカシ、目を覚ます。
タカシ「どこだここ?頭痛え」
頭をおさえる。
タカシ、スマホを開く。
LINEの画面。「前田」から「ありが
とうございました」という同じ文言が二
十件くらい送られてきている。
タカシ「あいつ、大丈夫かな…… 」
ハルナ(声)「あの…… 」
暗がりからハルナ現れる。
虫が集まっている外灯が二人を照らす。
ベンチに座ってハルナを見上げるタカシ。
タカシ「ハルナちゃん…… 」
ハルナ、ベンチでタカシの隣に座る。
タカシ「こんな時間に、大丈夫?って、いま
何時だ」
ハルナ「ライブの待ち時間とか、一人でよく
ここで時間潰すんです」
タカシ「へ、へえ(興味なさそう)」
ハルナ「今日も眠れなくて。夜もあったかく
なってきたし、ちょっと散歩しよう、って。
それで、ここに来たらニモリさんがいて」
タカシ「(話が見えず)う、うん?」
ハルナ「こんなときじゃなきゃ言えないんで、
言います。好きです。付き合ってください」
タカシの正面顔にドリー・ズームイン。
言葉を失うタカシ。
(フラッシュバック)
前田「いったらいいじゃないっすか」
(フラッシュバック終わり)
タカシ、首を振って。
タカシ「え、なに、ドッキリ?」
ハルナ「?」
タカシ「いや、ドッキリでしょ、これ。焦っ
たー」
ハルナ「??」
タカシ、辺りを見回してカメラを探す風。
タカシ「あっ。ドッキリだったら、俺が気づ
いてたらダメか。(スタッフに言うように)
すみません、ここカットで。もう一回、演
技しますね」
ハルナ「???」
タカシ「はぁー、俺もついに『水曜日のアッ
プダウン』デビューか。いきまーす」
タカシ、横目でハルナを見て、察してく
れという表情。
そのタカシの頬に張り手が飛ぶ。
タカシの意識、飛ぶ。
○タワマン・寝室(日替)(朝)
タワマンの外観。その一室。4LDKく
らい。
ベッド、それもシングルベッドではなく
キングサイズ。
ふかふかのベッドで寝ているタカシ。
タカシ、目覚める。ベッドで体をもぞも
ぞさせる。
タカシ「なんか、いつもと寝心地が」
パッと起き上がると、いつものアパート
ではないことがわかる。
タカシ「?」
そして、タカシは気づいてしまう。
自分が今まで寝ていたところの隣に、女
性がいる。女性が、寝返りをうったので、
タカシは顔をのぞきこむ。
女性(神月ルカ)、目を開ける。
ルカ「(甘い声で)どうしたの、たーくん?」
タカシ、パニック。すっぴん(もともと
神月ルカはナチュラルメイクで)だが、
神月ルカだとわかる。
タカシ「??」
ルカ「たーくん」
タカシ、慌ててベッドの傍らに脱ぎ捨て
られていた私服を着はじめる。
タカシ「ま、間違えましたー」
服を着たタカシ、逃げるように、玄関か
ら通路に飛び出る。
〇タワマン・エレベーター(朝)
エレベーターに乗り込みボタンを押すも、
なかなか下に着かない。
タカシ「あ、そうだ。ケータイ」
と尻ポケットを触ると、スマートフォン
がある。そのスマートフォンが振動。
タカシ「ビックリした」
スマートフォンには着信。『高原マネ』。
タカシ、電話に出る。
タカシ「すいません、やらかしたかもしれな
いです」
高原(声)「やらかしてるよ。もう『クリン
トン』の撮影はじまってるよ」
〇ロケ現場(朝)
テレビ番組『クリントン』の撮影現場。
特撮に使われるような広い敷地に、お笑
いコンビが七組ほどいる。
とにかく、規模の大きなロケ。
クレーン車の先端に風船が吊るされてい
る。
芸人たち、だいぶん上のほうにある風船
を吹き矢で割ろうと四苦八苦している。
その様子の前で、高原マネージャーがス
マホで通話している。
高原「どうなってるの?ちょっとテングにな
ってるんじゃない?」
〇タワマン・エレベーター(朝)
タカシ、呆然。
タカシ「俺、売れてる?」
〇ロケ現場(昼)
休憩中の芸人たち。
高原と吉沢とタカシが、プロデューサー
に頭を下げている。
三人「申し訳ありませんでした」
プロデューサー「いいって、いいって」
*
ロケバスに乗り込むタカシと吉沢。
高原「ちょっと待機しててね」
と言い残し、去る。
〇ロケバス(昼)
前のほうと後ろのほうで離れて座るタカ
シと吉沢。吉沢は、スマホをポチポチ。
タカシ「あ、あのさ。驚くなよ」
吉沢「うーん」
タカシ「朝、起きたらさ」
吉沢「うーん」
タカシ「隣で誰が寝てたと思う?」
吉沢「うーん」
タカシ「隣で神月ルカが寝てたんだよ。やば
くない」
吉沢「…… じゃーん」
タカシ「だから、神月ルカがいたんだって」
吉沢「付き合ってんじゃーん」
タカシ「は?」
吉沢「話おわった?夜飯食うレストラン探し
てるから黙ってて」
狐につままれたようなタカシ。
〇遊園地(日替)(昼)
狐につままれたような表情のまま、引く
と遊園地に来ているタカシ。相変わらず、
事態が飲み込めていない表情は続く。
タカシの隣には、サングラスをした神月
ルカが、タカシにカチューシャをつけて
いる。
周囲の観光客からバシャバシャとスマホ
で盗撮される二人。
観光客A「あれ、神月ルカじゃない?」
観光客B「あれ、神月ルカとキャベッツじゃ
ない?」
観光客C「ルカルカ、ほんとに彼氏いるんだ」
観光客D「だれだっけ、キャベッツの」
観光客C「えーっと、キャベッツの二、ニモ
リ」
観光客D「そう、ニモリ」
観光客B「いや、神月ルカと釣り合ってない
だろ」
キッチンカーの前のテラス席で相変わら
ず呆然としているタカシ。カチューシャ
など勝手につけられている。
ルカ「はい、あーん」
ルカが、タカシにクレープを食べさせよ
うとしている。
タカシ、目がうつろなままクレープは食
べる。
〇モンタージュ・様々なアトラクション
タカシはずっとうつろな目。
隣のルカはずっと楽しそう。
観覧車、メリーゴーランド、コーヒーカ
ップ、ジェットコースター。
タカシの表情は徐々に現実を受け入れ、
楽しそうな表情に変ってゆく。
〇モンタージュ・複数のテレビ番組
T『いわし御殿』。
いわし師匠がぶん回しているトーク番組。
いわし「せやろ、ニモリ」
タカシ「そうっすねえ」
いわし「いや、そこは否定せんと。かぁぁぁ。
なんやねん、お前。なあ、吉沢」
吉沢「…… は、はい?」
いわし「そこは、『そうっすねえ』やろ。あ
かんな、キャベッツ。かぁぁぁ」
*
T『水曜日のアップダウン』。
アップダウン(松木、浜野)の番組。
浜野「続いてのプレゼンターはキャベッツ~」
プレゼンターで出てくるキャベッツ。
松木「もう釈放されたんか」
タカシ「捕まってねえんすよ」
浜野「ウワッハッハッ」
吉沢「やめてください。執行猶予中です」
タカシ「(台本を叩きつけ)あぁ?じゃあ、
もう、ほんとにやってやるぞ、ゴルァ」
浜野「ウワッハッハッ」
*
T『鬼リピちゃん』。
VTR出演するキャベッツ。
吉沢、キーを外して失敗。
*
T『世界探偵団』。
ワイプで抜かれるキャベッツ。
びっくり影像を見る。
*
T『テレビキャベッツ』。
ロケ番組。
吉沢「良い柱選手権~」
タカシ「待て、待て、待て。柱で一本やる
の?」
吉沢「そうです」
タカシ「未来かっ」
〇テレビ局・楽屋(夜)
高原マネージャーと吉沢とタカシ(私
服)。
向かい合って話している様子の高原とタ
カシ。
離れたところで吉沢はスマホを見ている。
吉沢「う~ん。今日よる何にしよっかな~」
高原「どうですか、ニモリくん。そろそろ結
婚とか」
タカシ「いや~、どうっすかねえ」
高原「いや~、お相手さんの事務所が寛大で
助かったよ」
タカシ「でも、結構、束縛とかすごいですよ」
高原「のろけないで」
タカシ「いや、マジで」
高原、スマホを確認し、
高原「明日、本当にエスタ出るんですよね?」
タカシ「そうっすねえ。な、吉沢」
吉沢「う~ん」
タカシ「いや、ほんとにオーナーにはお世話
になったんで」
高原「大変なことになっちゃうんじゃない
の?」
〇エスタ池袋(日替)(昼)
満員のエスタ池袋。立ち見もいる。
出囃子。
がなり「キャベッツ」
出てくるキャベッツ。
漫才(声OFF)。
客が手を叩いて笑っている。
エスタの入るビルが揺れるのではないか
というくらいドッカンドッカン受けてい
る(笑い声ON)。
スローモーション。
〇エスタ池袋・外(昼)
凄い数の出待ち。しかし、タカシと吉沢
は丁寧にサインや写真撮影など応じる。
ひとしきり対応を終えたところで、ふと
タカシの視線の先に、ハルナがいる。
ハルナが駆け寄ってくる。
タカシ「おっ。ひさしぶ」
しかし、タカシの横をハルナは通り抜け
てゆく。
タカシ「?」
タカシが振り向くと、そこには親しそう
に話すハルナと前田の姿があった。
ぶぜんとした表情のタカシ。なにか引っ
かかる表情。周りの音はOFF。
時間がとまったようになるなかで、吉沢
に肩を叩かれるタカシ。
吉沢「いくぞ」
タカシ「…… 。お、おう…… 」
ハルナが前田にエナジードリンクを渡し
ている。
〇タクシー(昼)
後部座席にタカシと吉沢。
吉沢、スマホをいじっている。
吉沢「きょう何食べよっかな~」
吉沢の隣で腕を組んでいるタカシ。
(フラッシュバック)
ハルナと前田。
(フラッシュバック終わり)
腕を組んでタクシーの天井を見上げるタ
カシ。
タカシ「い、いや。なに、気にしてんだよ、
俺」
吉沢「う~ん」
タカシ「俺にはルカルカがいるんだぞ…… 」
吉沢「う~ん」
タカシ「いや、どう考えてもルカルカがいい
よな。うん」
吉沢「う~ん」
タカシ「そう。ルカルカがいい」
吉沢「う~ん」
タカシ「そう。当たり前だよ。決まってるじ
ゃん。ルカルカだよ?だって」
吉沢「あ、ルカルカ」
タカシ「え?」
吉沢が指さした車外を見ると、ルカがチ
ャラついた男と腕を組んで歩いている。
吉沢、スマホで写真を撮ろうとするが、
車窓は流れていく。
ぶぜんとした表情のタカシ。
タカシ「いや~。見間違いじゃない?」
スマホの通知。
タカシ、スマホ画面を見る。
見出し『スクープ撮神月ルカ、まさか
の四股疑惑』。
タカシ、スマホで記事を開く。
記事内容『人気モデル、神月ルカ(2
5)。お笑いコンビ・キャベッツのニモ
リ(30)と堂々街中デートを繰り返し、
お互いの所属事務所も関係を否定してい
ない。神月ルカによる交際宣言も間近か
と思われた矢先、神月が複数の男性と同
時に関係を持っていることが週刊文芸の
取材でわかった』。
タカシの顔は凍りついてゆく。
〇タワマン・リビング(夜)
テーブルを挟んで向かい合うタカシとル
カ。
ルカは泣きっぱなし。
ルカ「ごめんなさ~い」
タカシ「い、いや。うん」
ルカ「いちばん好きなのはたーくんだから」
タカシ「う、うん。え?俺以外も好きは好き
なの?」
ルカ、急に真顔になって。
ルカ「いや~。だって、一度きりの人生だよ。
まだ結婚してるわけでもないのに、なんで
一人に絞り込まなきゃいけないわけ?いや、
冷静に考えてみてよ。色んな人と付き合っ
たうえで、そのなかから厳選していくのが
どう考えたって合理的でしょ?じゃあ、な
に?とりあえず勢いで結婚してみて、で、
やっぱ無理って離婚って。いや、ルカの経
歴に傷つけたくないわけよ。そりゃ、文芸
に撮られて多少はさ、名声には傷ついたか
もしれんけど、戸籍上はノーダメだから。
戸籍さえ汚されなければべつに、ねえ。た
ーくんもそう思うでしょ?私のたーくんだ
もんね?(フェードアウト)」
タカシ、徐々に感情が失われていき、無
表情に。
〇テレビ局・楽屋(日替)(夜)
高原と向かい合っているタカシ(無表
情)。
高原「ニモリくん。こういう時はパーッとや
ったほうがいいよ。今日、おごるからさ。
付き合ってよ」
タカシ「え、珍しい」
多少、浮かれた表情になり気持ちの翳り
が消えるタカシ。
〇ビル街(夜)
ビルの外観。怪しげ。
〇カジノ(夜)
あちこちでポーカーをやっている。
客もたくさんいる。
タカシ「これ、合法なやつですよね?もちろ
ん」
高原「いや、当たり前でしょ」
他の客が明らかにチップを現金に換えて
いる。
ある卓を見ると吉沢が「う~ん」とうな
っている。
タカシ「(呟き)お前もいるんかい」
タカシ、高原を見ると、壁に話し掛けて
いる。
高原「いや~。嫁と子供に逃げられちゃって
さ。まあ、ここ通いのせいなんだけどさ。
でも、やめられないよね。というか、むし
ろ、ようやく本気出せるっていうか。もう
失うものないんだもん」
タカシ、高原には聞こえないだろうと思
いつつ、
タカシ「あ…… 。ちょっと、暑いな。外の空
気吸ってきます」
〇シャインサン通り(夜)
夜のシャインサン通りに立つタカシ。
ガールズバーの客引きが多くいる。
立ち尽くすタカシ。
(フラッシュバック)
序盤でエスタのライブの宣伝をしていた
タカシ。
(フラッシュバック終わり)
タカシ「い、いや…… 。あの時には戻りたく
ねーよな。絶対、今の、ほうが…… 」
タカシは気づくと、エスタ池袋の入るビ
ルの前まで来ていた。
(フラッシュバック)
ハルナからエナジードリンクを貰うタカ
シ。
(フラッシュバック終わり)
フラッシュバックかと思いきや、本物の
ハルナが現れる。
ハルナから見られるが、タカシを見る目
は落ちているゴミでも見るような目で、
まったく関心のない様子。
ハルナの行く先には前田が待っていた。
二人、腕を組んで歩きだす。
その様子を見ているタカシ。
(フラッシュバック)
前田「いったらいいじゃないっすか」
(フラッシュバック終わり)
タカシ、目がバッキバキで、駆けだす。
そして、ハルナの腕を取って連れてゆこ
うとする。
ハルナ「え!?」
前田「ちょ、ちょっと」
前田が伸ばす手は既に遅く、タカシはハ
ルナを引っ張って夜の街へ。
〇池袋(夜)
夜の街。
スローモーション。
ハルナの腕を引くタカシ。
仕方なくついて行かざるをえないハルナ。
街のネオンサインが乱れる。
〇シャインサンシティビル・屋外広場(夜)
序盤でタカシが眠っていた場所と同じ。
息を切らすタカシとハルナ。
ハルナ「キャベッツのニモリ…… ?」
二人、ベンチに座り込む。
タカシ「なあ。ちょっと、今から訳わかんな
いこと言うけど、聞いてくれる?」
ハルナ「…… (震えている。恐怖のあまり言
葉もない)」
タカシ「おれ、キャベッツのニモリね。うん。
で、キャベッツは売れてるじゃん。この世
界では。でも、俺がもといた世界では、キ
ャベッツは全然売れてないのね。いや、意
味わかんないこと言ってるのはわかってる
よ。俺だってわかってるんだよ。それで。
で、前いた世界では、あなた。ハルナちゃ
ん。あなたは俺のファンでした。うん。こ
っちの世界では俺のこと興味ないかもしれ
ないけど。前の世界では俺のファンでした。
なぜなら…… 」
ハルナ「??」
タカシ「あなたは俺に告白をしてきました。
俺には別に彼女がいたわけではありません
でした。前田司令官とか、付き合っちゃえ
よ、みたいな言われました。でも、俺は、
あなたが真剣に告白してくれたのにも関わ
らず、真摯に向かいあおうとしませんでし
た。だから、別に振るとかでもなく、ノリ
でその場をやり過ごそうとしました。そう
したら…… 、そうしたらそこからちょっと
記憶が曖昧なんですけど、多分あなたにビ
ンタされたんだと思います。それで、俺の
意識は落ちて、目が覚めたら、隣に神月ル
カが眠ってました。神月ルカと付き合って
る世界でした。そして、めっちゃ売れてま
した。いわし師匠とか、アップダウンの番
組に出てました。夢みたいでした。彼女が
浮気してたのとか、マネージャーとか相方
が闇カジノに出入りしてたのも発覚しまし
た。でも、そんなんは些細なことで。なん
か…… 。達成感がないんです。何もしてな
いのに急に売れっ子になってたから。そり
ゃ、前の世界でも必死に売れたいと思って
ました。どんな手を使ってでも売れたかっ
た。でも、はっきりと分かったんです。方
法を間違ってる。だって、これじゃあチー
トじゃないですか。この売れ方だけは違う。
贅沢を言ってるのかもしれません。でも、
俺はこの世界にいるべき人間じゃない。な
んだろうな。どこでもドアは便利だけど、
電車とか飛行機とか乗る楽しみがなくなっ
ちゃうじゃん、みたいな。もう、わかんな
いよね。どうでもいいから、もう一度ビン
タしてみてくれませんか?」
ハルナ、首を横に振っている。震えも止
まらない。
タカシ「だよねー」
投げやりなタカシ。
前田が近づいてくる。
前田「お巡りさん。こっちです」
警官A、警官B、来る。
タカシ、立ち上がって両手を上げる。
警官A「動くな」
タカシが空を見上げた視線の先には大き
な月がある。
タカシ「(小声で)もういいよ」
警官B「なんだ?言いたいことがあるのか?」
タカシ「(腹からの大声で)こんな世界、も
ういいよっ」
〇地球
表が薄いガラスのようにパリンと割れ、
地球が粉々に。
そして、散らばった粉がまた集まって再
度地球に。
〇シャインサンシティビル・屋外広場(夜)
序盤と同様に、ベンチに並んで座るタカ
シとハルナ。
ハルナ「好きです。付き合ってください」
タカシ「…… 」
間。
ハルナ「ニモリさん?」
タカシ「お、俺のことが好きなの?」
ハルナ、頷く。
タカシ「お~。そう。前田司令官じゃなくて、
俺が好き?」
ハルナ「し、れい、かん?」
タカシ「いや~、ありがとう。ありがとう。
んま~、そうね。俺はハルナちゃんのこと
よく知らないし、お友達からなら」
タカシの頬に張り手が飛ぶ。
〇地球
地球が粉々に。
そして、粉が集まって再度地球に。
〇交番(日替)(夜)
執務机に伏せて寝ているタカシ(警察制
服)。同じく制服の前田が傍らに立って
いる。
前田「二森巡査長。二森巡査長」
タカシ、目覚める。
タカシ「(前田を見て)おお、前田。警察の
コントやるのか?」
前田「しっかりしてくださいよ。通報来てる
んですから」
タカシ「通報?」
前田「シャインサン通りの飲食店から、閉店
時間を過ぎても客が帰らないという通報で
す」
タカシ、立ち上がり、頭をかく。
タカシ「今度はなんだ?警察もののコントの
撮影かなんかか?」
前田「行きますよ」
前田、タカシの腕を引いて交番から飛び
出す。
〇居酒屋(夜)
序盤で登場した居酒屋。
奥のほうのテーブル席で、顔を赤らめた
吉沢が飲んでいる。テーブルにはたくさ
んのビール瓶。
タカシと前田、入店。
店員に案内され、二人は吉沢のところへ。
タカシ「なんで、相方が?やっぱり、ロケ
か?」
前田「(吉沢に)お兄さ~ん。ちょっとお話
いいかな?」
前田に背中を押されたタカシ、何かのス
イッチが入ったように口調が変わる。
タカシ「お兄さん。気分よく飲んでるとこ、
ごめんね」
吉沢「う~ん」
タカシ「あのね、もう閉店時間すぎてるの」
吉沢「う~ん?」
タカシ「僕たちもね、お兄さんが気持ちよく
飲んでるのを邪魔したくないのよ。ただ、
続きはよそでやってもらえないかな~って
いう提案なんだけどもね」
吉沢「う~ん」
タカシ「お店の人もね、怒ってないの。ただ、
ちょっと困ってて僕たち呼ばれちゃってる
だけなのね。お店の人がね、出て行ってほ
しいな~っていうお願いなんだけども」
吉沢「逮捕する気か?」
タカシ「い~や、全然、全然。そんなつもり
ないよ。ただね、一応、お店の人が出て行
って、と言ってて、これで出て行ってくれ
ないと、お兄さんね。これ、不退去罪とい
うことで、僕たちがね、お兄さんに手錠を
かけないといけなくなるの」
吉沢「う~ん」
タカシ「今のうちに、出て行ってもらえると、
僕たち、とっても助かるんだけどな。どう
だろう?」
〇交番(夜)
一仕事終えて帰ってきたタカシと前田。
前田「さすがの、二森さんでしたね。怒らせ
ないやり方が」
タカシ「いや。なんか、茶番じみてるのは気
のせいか?」
前田「茶番?」
タカシ「お前、前田司令官だろ?」
前田「なに言ってるんですか。僕は、巡査で
すよ」
タカシ「めんどくせー」
前田「なんなんですか?さっきから」
タカシ「いやさ…… 」
*
声OFFで、タカシと前田が向かい合っ
て話す。
*
前田「パラレルワールドねえ…… 。働きすぎ
じゃないですか?有給とります?」
タカシ「まあ、でもさあ。考えてみたんだけ
ど。売れてない芸人の世界線から売れてる
芸人の世界線へって、都合よすぎるのかも
な。もしも警察官になってたら、の世界線
に飛ぶことのほうが、むしろパラレルワー
ルド的なのかも」
前田「二森さん、相当ヤバいっすね。僕から
部長に言いましょうか?」
タカシ「い、いや…… 。また、あの子にビン
タされればいいのかな…… 」
前田「その、二森さんが芸人だった世界線で
は、僕も芸人だったんですね?」
タカシ「そう。前田司令官っていう芸名」
前田「…… 。あれ。おかしいな。僕って下の
名前なんでしたっけ?」
タカシ「いや。司令官の印象が強くて本名思
い出せねえなあ」
前田「もしかしたら僕、下の名前ないかもで
す」
タカシ「そんなわけないだろ。ちょっと、警
察手帳見せてみろよ」
警察手帳『巡査 前田』。
タカシ「噓だろ、そんなわけ」
前田「二森さんはどうです?」
タカシ「え?」
警察手帳『巡査長 二森』。
タカシ・前田「…… 」
タカシ、人差し指を顔の前に立てる。
タカシ「この世界って、下の名前がないのか
もな、みんな」
前田「でも、下の名前っていう概念そのもの
はあるじゃないですか」
そう言って、前田、資料を手に取り、中
身を改める。
前田「あー、でも。田中、山本、高橋、木下、
松本…… 、ここで管理してる記録にも、下
の名前みたいなものはちっとも出てきませ
ん」
タカシ「いや。ちょっと待てよ。俺が疑問に
思うのはまだわかるじゃん?お前まで疑問
に思ってたら、おかしいだろ。パラレルワ
ールド的に」
前田「だから、僕も一緒にパラレルワールド
っちゃったんじゃないですか?」
タカシ、顎に拳を当てる。
タカシ「でも、困ったな。あの子。あの子に
ビンタされないと俺はたぶん元の世界に戻
れないんだよ。それでな、俺はあの子の下
の名前しか知らなかったんだよ。あの子、
あの子って言ってるけど、下の名前がない
世界線っぽいから、もう出てこないのね。
具体的な名前が」
前田「い~や、なんか、不条理演劇みたいで
すね。もしかしたら、夢なんじゃないです
か?」
タカシ「はあ?」
前田「いや、さすがに、これ、夢ですって。
パラレルワールドとかじゃないですよ。こ
れ、全部二森さんが見てる夢なんじゃない
ですか?」
タカシ「じゃあ、起きればいいのか?」
前田「そうです!(と人差し指を立てる)」
タカシ「どうやって起きればいいんだろう」
前田「そりゃ、やっぱり夢の中で死にそうに
なったら目が覚めるじゃないですか。だか
ら、こういう風に」
と言って、前田、携帯していた拳銃を口
に入れ、発射して脳天を打ち抜く(銃
声)。
タカシ、前田に駆け寄る。
タカシ「前田。おい、しっかりしろ」
タカシ、前田の体を揺するが、反応はな
い。
警察官A、来る。
警察官A「なにしてる?おい、大丈夫か」
警察官Bも来る。
警察官B「おい、大変だぞ」
*
新聞『警察官同僚警察官に自殺教唆の
疑い』。
〇法廷
タカシが被告で裁かれている。
裁判長「被告人。なにか述べたいことはあり
ますか?」
タカシ「い、いや…… 。(スゥーっと息を吸
い)こんな茶番、もういいよっ」
〇地球
表が薄いガラスのようにパリンと割れ、
地球が粉々に。
そして、散らばった粉がまた集まって再
度地球に。
〇シャインサンシティビル・屋外広場(夜)
序盤と同様に、ベンチに並んで座るタカ
シとハルナ。
ハルナ「好きです。付き合ってください」
タカシ「…… 」
間。
ハルナ「?」
タカシ「おお。戻れた。でも、こっちの世界
も前とまったく同じ世界だとは限らないよ
な」
ハルナ「あの。ニモリさん。クスリやってな
いですよね?」
タカシ「うん?どうかした?」
ハルナ「なんか、様子がおかしいから」
タカシ、立ち上がって、走り池袋の闇に
消える。
〇シャインサン通り(夜)
ガールズバーの店員を横目に、シャイン
サン通りを疾走するタカシ。
タカシ「あっぶね。あの子にビンタされたら、
またパラレルワールド行くとこだよ」
ふいに立ち止まるタカシ。
タカシ「なんか、空っぽだな…… 」
タカシ、池袋の夜空を見上げる。星など
は一つもない。多くのビルの上部によっ
て切り取られた夜空は、なんの味気もな
い。
〇エスタ池袋(日替)(昼)
舞台衣装のタカシと吉沢。
ステージ上。
吉沢「(タカシを示し)こいつ、カタカナで
ニモリっていうんですけど、人権が足りて
ないから下の名前がなくて、漢字表記も使
えないんです」
タカシ「うるせえ。お前は…… 」
(フラッシュバック)
前田「もしかしたら僕、下の名前ないかもで
す」
(フラッシュバック終わり)
タカシ「…… 」
吉沢「どうした?」
タカシ「お前は元の姿に戻れない野獣みたい
だな」
吉沢「ニモリと吉沢ハイでキャベッツで~す」
○エスタ池袋・外
雑居ビルの前。
タカシ(私服)、缶コーヒーを手に考え
る。
タカシ「(呟いて)人権が足りてないってあ
いつが言うから、本当に人権が足りなくな
るのか?」
吉沢、来る。
吉沢「なんだよ、話って」
タカシ「あのさ、あのツカミ、変えない?」
吉沢「ツカミ?」
タカシ「あの、人権が足りないとかいうやつ」
吉沢「いいけど、他にアイデアあるのかよ」
タカシ「そりゃ…… 。考えとくよ」
吉沢「たしかに、他にもパターンほしいもん
な」
吉沢、タカシの肩をポンッと叩き去る。
〇エスタ池袋(日替)
タカシと吉沢、舞台衣装。
吉沢「(タカシを示し)こいつ、カタカナで
ニモリっていうんですけど」
○回想・カフェ
タカシは水、吉沢はアイスコーヒーを前
に向かい合う。
吉沢「ツカミ考えたのかよ」
タカシ「いや、まあ…… 」
吉沢「まあじゃねえよ。ネタ俺が考えてるん
だぞ」
タカシ「それはね、本当、感謝してるよ」
吉沢「ちょっとはお前もアイデア出せよ」
タカシ「いや、でも、あの人権っていうの。
あれ、ちょっと、人権ってあんまりお笑い
で出していいワードじゃない気がしてさあ」
吉沢「だから、他のアイデアはあるのかって
聞いてるんだよ」
タカシ「それは…… 」
〇エスタ池袋(回想戻り)
吉沢「(タカシを示し)こいつ、カタカナで
ニモリっていうんですけど、人権が」
タカシ、咄嗟に吉沢の口を手で塞ぐ。
舞台袖から見ている前田。
吉沢「うっ、うっ」
タカシ、吉沢の抵抗にもめげず、吉沢の
口を手で塞ぎ続ける。
前田「あれ、やばいって。ちょっとニモさん」
前田がステージ上に行き、タカシを羽交
い締めにする。
暗転。
〇病院・廊下(夜)
ベンチに座るタカシと前田。
(インサート)
ベッドで眠ったままの吉沢。
(インサート終わり)
前田「ニモさんが口を塞いだってことよりも、
精神的なショックによるものだって、医者
も言ってたじゃないですか。すぐ元気にな
りますよ」
タカシ、うなだれる。
タカシ「もう解散だろうな。さすがに」
前田「なんで、あんなことしたんです?」
タカシ「たぶん、俺、頭おかしくなったんだ
と思う。なんか、パラレルワールドに行く
夢みたいなんを頻繫に見るんだよ。例えば、
目が覚めたら急に売れっ子芸人になってる、
とか。そうかと思えば、元の世界に戻って
きてて、なのにまた別の世界で今度は警察
官になってる、とか。もう意味わかんねえ
よ」
前田「…… (心配そうな目でタカシを見つめ
る)」
タカシ「警察官の時はな、お前がさあ」
前田「俺っすか?」
タカシ「そうだよ。お前も同僚警察官で、拳
銃で自分の頭撃って死んだんだよ。やっぱ、
病院行ったほうがいいのかな」
前田「こういう風に、ですか?」
前田、拳銃を口に含み、発砲。
凍りつくタカシの顔。
*
前田「ニモさん?ニモさん?」
(前田の拳銃自殺はタカシによる幻覚)
タカシ「うん。やっぱり、病院行ったほうが
いいな」
前田「いや、ここ病院じゃないっすか。つい
でに診察してもらいます?」
タカシ「はあ…… 」
前田「それで?ハイさんの口塞いだ説明はま
だ聞いてませんよ。どういう意味があった
んです?」
タカシ「(膝を叩き)そうなんだよ。あいつ
がツカミで人権が足りないっていうくだり
あるだろ?それのせいじゃないかと思って」
前田「はい?」
タカシ「だから、あいつが俺の人権が足りな
いとかいうから、実際に俺が人権足りなく
なって、人生弄ばれてるんじゃねえか、っ
て話だよ。コトダマ、みたいな?」
前田「…… (返す言葉もない)」
タカシ「なんだよ、その目は」
前田「いや」
タカシ「(徐々に声が大きくなり)俺がおか
しなこと言ってるって目してるよなあ?」
前田「(小声。タカシを手で制し)ここ、病
院ですよ」
タカシ「おれ、もう、なんか嫌になってきた
よ。それもこれも全部、結局俺たちが売れ
てないのが理由だろ。まともに会社行って、
家庭を持って、子供を自立させて、年老い
て死んでいく、っていう、そういうのがい
いのかな」
前田「それはそれで大変だと思いますけどね」
タカシ「そうだけど、こんな訳わかんない、
人生賭けてギャンブルしてるようなもんだ
ろ」
前田「それがニモさんじゃないっすか。俺の
憧れのニモさんでいてくださいよ」
タカシ「さすがに、金ないとか、売れないと
か、モテないとか、慕われないとか、そう
いうのはどうでもよくなってきたよ。でも、
もう精神状態がまともじゃないんじゃあ、
もうどうしようも…… 」
前田、首を傾げ、
前田「これが、その解決になるかは分からな
いですけど」
タカシ「うん?」
前田「芸名変えればいいじゃないですか。そ
のカタカナのニモリっていう芸名のせいで、
あのツカミになってて、それで本当にニモ
さんが言うように人権が足りなくなるのだ
としたら、ですよ、漢数字で二の森で二森
でしょ、それで、ニモさん、下の名前なん
でしたっけ?」
タカシ「そんなもんあるわけねえだろっ。も
ういいよっ」
前田「えっ?」
タカシ「えっ?」
タカシ・前田「えっ?」
【おしまい】