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第23話

ドウッと勢いのいい爆風と共に、弾丸が破裂する。自分よりも遥かに大きいそれが、我孫子の一撃で無惨にも爆発したのだ。

爆風が頬を撫で、全身を包み込んでいく。あまりの熱風につい顔を顰めてしまうが、致し方がない。暴風の中を突き抜け、その先にいる本体の頭上を叩きつけた。だが、鉄の装備はそう柔くはないらしい。弾丸と同様の力で撃ち抜いたのにも関わらず、小さなヒビを入れることしか叶わなかった。慌てて宙へ飛んで、距離をとる。


――瞬間。ブォンッと振り被られた腕が、我孫子の脇腹を叩きつけた。

咄嗟に受け身をとったとはいえ、綺麗に入ってしまった攻撃に乾いた声が零れる。体が壁に叩きつけられる直前、身を捩って回避する。壁に足をつけて口の中に溜まった血を吐き捨てれば、ジンジンとした痛みが身体中を駆けて行った。


「ッ、!」

「女とはいえ、手加減はせぬぞ」


どこからともなく聞こえる、男の声。初めて聞くその声が、鼓膜を叩いた瞬間――追撃とばかりに振り下ろされる、アグレッサーの脚。踏み潰そうとせんばかりに下ろされた足に、反射的に腕を頭上で交差させれば、両腕にずしりと重い物が勢いよくのしかかって来た。


「ッ、く……!」


ビキビキと音がするのを感じつつも、その衝撃を受け止める。ガクガクと震える四肢に、息が詰まりそうだ。

(お、もいっ、……!)

機体すべての重みが一気に襲い掛かってくる現状に、今にも腕が折れてしまいそうだ。グッと上から押し付けるように力が加わり、足が震える。全身が潰れそうなほどの力強さに、我孫子は歯を食いしばった。


「ぐ……ぅ、」


……だが、そんな抵抗も虚しく、我孫子の膝がガクンッと折れる。思わず膝をつけば、重みがさらに加算された。

(ま、ずいっ、……!)

打ち付けられた脇腹が、強く痛みを発する。気を抜いてしまえば、きっとこのまま踏み潰されてしまうのだろう。――そんなのは御免被りたい。とはいえ、逃げるにも安全地とはだいぶ距離がある。滑り込んだとして、ギリギリ間に合うかどうか。そう、画策した時だった。


「――『ラムバス・キャノン』!」

「――『天雷乙女椿』!」


ボウッと音が響き、聞きなれた声が聞こえる。それと同時に、自身を押し付けていた脚が一瞬にして薙ぎ払われた。急に軽くなった上部に、カクリと身体が倒れてしまう。咄嗟に手を出せば、顔面がコンクリートに当たるスレスレで止まった。……危なかった。


「大丈夫!? 我孫子ちゃん!」

「……」


ネオの言葉に震える腕で起き上がりつつ、コクリと頷く。手の砂を払う。……指の先まで痛みや痺れが走っているが、動かないわけではなさそうだ。だが、これでは最大限の攻撃は出来なさそうだ。足は無事だが……やはり少し、痛みが走る。

淡々とそんな自己分析を開始した我孫子に、ネオは心配そうに首を傾げた。


「ど、どうしたのっ? も、もしかして、喋れないくらい痛い?!」

「……ううん。大丈夫。問題ない」

「そ、そっか……よかった」


心底心配そうな声をするネオに我孫子は少し驚きつつ、大丈夫だと首を振る。ホッと胸を撫で下ろす彼彼女の反対側では、アグレッサーが二人の攻撃に体制を崩して地面に倒れ込んでいる。今のうちに、こちらの体制も整えなければ。


「ねえ。千種ちゃんは?」

「……あっち」


ネオの言葉に、我孫子が指をさす。千種の居る場所を見れば、彼女の姿が認識できた。みるみるの内に大きく見開かれるネオの瞳。

(……この人も、相変わらずだな)


「えっ!? あれ、もしかして千種ちゃん!?」

「そう」

「えええっ!?」


叫びながらもバタバタと走っていくネオの後ろ姿を見送り、我孫子は未だ周囲に視線を投げるアイルを見た。彼女の視線の先には綺麗に切り落とされた、アグレッサーの片腕。他にも、切り取られた部品がゴロゴロと転がっている。人間に例えればかなりグロテスクな状況だが、落ちているのは所詮鉄の塊である。軍人である彼女が、恐怖を感じているとは思えなかった。

しばらくして徐ろにこちらへ向けられたアイルの疑問を持つ視線に、我孫子は納得すると同時に口を開いた。


「……千種の技」

「!、あの子が……?」

「そう。すぐ、気絶したけど」


我孫子の言葉に、アイルが驚愕に顔色を浮かべる。……確かに、彼女のお人好し具合から考えるとどうにも納得しづらいのは、理解できる。しかし、本当に彼女がやったのだ。そこに嘘偽りは一切ない。

じっとアイルの瞳を見つめれば、彼女は暫くして納得したような表情を浮かべた。アイルは先ほどネオが飛び立った方へと視線を向けると、赤い瞳が少しだけ心配そうに揺れる。そのことに意外さを感じながら、我孫子はアイルを見つめ続けた。


「千種の状態は?」

「今は、寝てるだけ」

「……そう」


アイルの問いかけに簡潔に答えれば、彼女は苦い顔で頷いた。……この中で一番現状を理解しているであろう彼女。軍人である一体何を考えているのかはわからないが、きっと一般人である我孫子には、想像もつかないくらい難しい事なのだろう。……どちらにせよ、我孫子にとっては興味すらないものなのだが。

痺れる腕を軽く回し、血液を巡回させていく。しかもついさっき気づいたのだが、どうやら自分の右手首は骨折してしまっているらしい。これでは普通に戦うのは難しいだろう。アイルと共に千種とネオの元へと向かう。千種の隣で心配そうに彼女の顔を覗き込むネオに、我孫子は少しだけ心臓に痛みを覚えた。けれど、それを振り切るように我孫子は一歩、足を下げた。

(二人いるし……大丈夫)

我孫子は誰も見ていない背後で仮面を取ると、大きく息を吐く。目の前の二つの背中を見て我孫子は内心で軽くエールを送ると、静かに変身を解いた。自分の仕事は、ここまで――。


「ネオ。決着つけに行くわよ」

「……うん」

「我孫子、千種の事、頼んだわよ」

「……わかった」


……だったけれど、どうやらもう少し延長になったようだ。我孫子は飛び立つ二人の背中を見送り、ゆっくりと彼女の隣に腰を下ろした。あどけない表情が、少しだけ……羨ましかった。


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