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第4話 :白い婚姻の崩壊

セクション1:裏切りの夜


ルーチェは書庫でアレクトと対峙したときから、不穏な予感を抱いていた。彼の冷たい態度の裏に隠された何か――それは、単なる利用や支配以上の、彼の本当の計画を示しているように思えた。だが、その全貌を知るには至っていなかった。


ある夜、彼女は使用人から、アレクトが屋敷の地下室で密会をしているという報告を受けた。誰と、何の目的で会っているのか。それを知る必要があると感じたルーチェは、静かに自室を出て、地下室へ向かった。



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地下室の前に到着したルーチェは、耳を扉に押し当てた。中から聞こえる低い声――それは間違いなくアレクトの声だった。そして、もう一つの声は、何かを企むような不気味な響きを帯びていた。


「計画は順調か?」


「ええ。あと少しで、彼女の存在が私たちの計画を完成させる鍵となる。」


「彼女というのは、あの『呪われた花嫁』のことか?」


「そうだ。彼女を利用し、その噂を社交界全体に広げれば、敵対勢力を追い詰めることができる。そして……」


アレクトの言葉を耳にした瞬間、ルーチェは胸の中に込み上げる怒りを感じた。彼は最後まで自分を利用するつもりだったのだ。これまで少しずつ見えてきた彼の人間らしい部分に、どこか期待していた自分を嘲笑したくなった。



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扉を押し開けて中に入ったルーチェは、アレクトとその密会相手に向かって堂々と歩み寄った。アレクトの目が驚きに見開かれるが、すぐに冷たい仮面が戻った。


「ルーチェ、お前がここに来るとは思わなかった。」


「思わなかった? あなたの計画を知った今、黙っている理由なんてないわ。」


彼女の声には怒りと冷徹さが混じっていた。


「私を利用するつもりだったのね。この『呪われた花嫁』という噂さえ、あなたの計画の一部だったの?」


アレクトは答えなかった。彼の沈黙が、彼女の問いを肯定しているように感じられた。その様子を見たルーチェは、冷たい笑みを浮かべた。


「もういいわ。あなたが何を考えようと、私はあなたの計画の駒ではない。」


「ルーチェ――」


彼が何か言いかけたその瞬間、彼女は彼の言葉を遮った。


「私はこの『白い結婚』を破棄するわ。あなたとの契約など、もはや私にとって価値のないものよ。」


その一言に、アレクトの表情が一瞬だけ揺らいだ。冷徹な仮面の奥に潜む何かが、彼女の宣言に動揺しているように見えた。しかし、彼は何も言い返さず、ただ静かに彼女を見つめていた。



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その後、ルーチェは自室に戻り、深い息をついた。怒りと疲労が混ざり合い、体中から力が抜けるようだった。しかし、彼女の中には新たな決意が芽生えていた。


「私は私の人生を取り戻す……。」


アレクトの計画から抜け出し、自分自身の力で未来を切り開く。そのためには、彼との結婚という枠組みから完全に解放される必要があった。


翌朝、彼女はエマに告げた。

「エマ、これから私は、アレクトの妻ではなく、ルーチェ・アストレアとして自分の道を歩むわ。」


エマは驚きながらも、彼女の目に宿る決意を見て小さく頷いた。

「奥様……いいえ、ルーチェ様。私はこれからもあなたをお支えします。」


その言葉に、ルーチェは微笑みながら答えた。

「ありがとう、エマ。一緒に未来を作りましょう。」



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ルーチェの宣言は、彼女の心に新たな炎を灯した。彼女はもはや、誰かに利用されるだけの存在ではない。アレクトの計画を崩壊させ、自分自身の力で人生を築き上げる準備を進めていくのだった。



セクション2:独立への道


「白い結婚」を破棄することを宣言したルーチェは、それまでの自分とは違う、新たな人生を歩み始めていた。アレクトの計画の駒ではなく、ルーチェ・アストレアという一人の女性として、自らの力で未来を切り拓こうと決意したのだ。その一歩を踏み出した瞬間、彼女の人生は大きく変わり始めていた。



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アレクトとの冷たい関係が続く中、ルーチェは社交界での活動を本格化させていた。彼女はこれまで以上に積極的に舞踏会や茶会に出席し、自分の名前を取り戻すために動いていた。


「奥様、最近のルーチェ様は社交界でも評判ですわ。」


エマが微笑みながらそう言うと、ルーチェは少しだけ笑みを浮かべた。

「ありがとう、エマ。でもまだ始まったばかりよ。」


実際、社交界でのルーチェの評判は日増しに高まっていた。「呪われた花嫁」という悪名は、今や「冷静で優雅な女性」としての新たな評価に置き換わりつつあった。彼女はその変化を感じ取りながらも、気を抜くことなく自分の目標に向かって進み続けていた。



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そんなある日のこと、ルーチェはある貴族の令嬢から茶会への招待を受けた。その令嬢は以前、ルーチェを避けていた一人だったが、今では彼女と親しくなりたいと願うようになっていた。


茶会に出席したルーチェは、優雅な態度で令嬢たちと会話を交わしていた。周囲の貴族たちは、彼女の堂々とした振る舞いに感嘆し、次々と話しかけてきた。


「ルーチェ様、最近のご活躍には本当に驚かされます。あの冷たいご主人と一緒にいながら、どうしてそんなに輝いていられるのですか?」


その問いに、ルーチェは微笑みを浮かべながら答えた。

「輝くかどうかは自分次第ですわ。他人の評価に振り回されるより、自分の目指す未来を信じて進むことが大切だと思っています。」


その一言に、周囲の女性たちは感銘を受けた様子で頷いた。彼女の言葉には、自らの苦境を乗り越えたからこその重みがあったのだ。



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一方で、アレクトの計画は崩壊の一途をたどっていた。ルーチェの行動により、彼が練り上げた復讐の計画は次々と瓦解し、彼の敵対勢力に対する優位性も失われつつあった。


その結果、アレクトは社交界での影響力を失い、孤立するようになっていた。これまで冷徹に振る舞い、誰にも感情を見せなかった彼の表情には、少しずつ疲労と焦燥が滲み出ていた。



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ある夜、ルーチェはアレクトが書庫で一人、静かに資料を見つめているのを見つけた。彼の背中はどこか疲れ切っているように見えたが、ルーチェはそのことに同情するつもりはなかった。


「計画がうまくいかないようね。」


彼女の冷たい声に、アレクトは振り返らず、低い声で答えた。

「君のせいだ。」


「ええ、そうね。でも、それはあなたが私を利用しようとしたからよ。」


アレクトは静かに立ち上がり、ルーチェに向き直った。その目には、いつもの冷徹さではなく、どこか虚ろな光が宿っていた。


「君は……いつからそんなに強くなった?」


その問いに、ルーチェは微笑みながら答えた。

「強くなったわけではないわ。ただ、自分の人生を自分で選ぶと決めただけよ。」


その言葉に、アレクトは何も言い返さなかった。ただ、彼の目には一瞬だけ悔しさと寂しさが浮かんでいるように見えた。



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その後、ルーチェはアレクトとの距離をさらに広げるように行動した。彼女は自分自身の力で社交界での地位を築き上げ、アレクトの影響を完全に断ち切ろうとしていた。


「私はもう、彼の助けを必要としない。」


そう自分に言い聞かせるたびに、彼女の決意は強くなった。そして、彼女がその道を進むたびに、アレクトの計画はさらに崩れていった。



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その夜、ルーチェはエマとともに新しい舞踏会の招待状を確認していた。彼女のもとには、これまで接点のなかった貴族たちからの招待が増えていた。それは、彼女が一人の女性として認められ始めた証だった。


「ルーチェ様、最近は本当にお忙しいですね。」


「ええ。でも、この忙しさは私が望んだものよ。自分の力で掴み取った未来だもの。」


彼女の言葉には、自信と誇りが満ちていた。彼女はもう「呪われた花嫁」ではなかった。彼女は、困難を乗り越え、自分の道を歩む強い女性へと成長していたのだ。



セクション3:心の葛藤


ルーチェが社交界での立場を確立し、アレクトの計画が崩れつつある中、二人の間に漂う空気は一層複雑なものとなっていた。互いに遠ざかるようでいて、どこかで繋がりを感じる不思議な関係――その中で、ルーチェは自分の人生を取り戻すために動き続けていたが、彼女の心には拭いきれない疑問が芽生え始めていた。



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「あなたは、私を利用するだけの存在だったのかしら?」


ルーチェはエマとともに新しい舞踏会の招待状を整理しながら、ふと呟いた。その言葉にエマは手を止め、不安げな表情を浮かべた。


「ルーチェ様、何かお悩みですか?」


「いいえ、悩みというほどのことではないわ。ただ……最近、彼の態度が変わった気がするの。」


アレクトが計画の崩壊を目の当たりにしてからというもの、彼の冷徹さが少しずつ揺らぎ始めているのをルーチェは感じていた。以前のような完全な無表情ではなく、どこか疲労感や内面的な葛藤を抱えた様子が垣間見えるのだ。


「でも、それに惑わされるつもりはない。彼が私を利用した事実は変わらないもの。」


そう言いながらも、ルーチェの胸には微かな揺らぎが残っていた。



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ある晩、ルーチェは自室の窓辺に座り、月明かりに照らされた庭を眺めていた。アレクトとの生活が始まってから、数えきれないほどの困難を乗り越えてきたが、彼の本心に触れたことは一度もなかった。


「彼は一体、何を考えているのかしら……。」


そのとき、静かにノックの音が響いた。返事をすると、そこにはアレクトが立っていた。彼は珍しく緊張した面持ちで、少し戸惑いながらルーチェを見つめていた。


「……何か用かしら?」


ルーチェが冷たく尋ねると、アレクトは少しの間沈黙した後、低い声で答えた。


「話がある。」



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二人は書庫に移動し、向かい合って座った。アレクトが自ら話を持ちかけるのは初めてだったため、ルーチェは内心の驚きを隠しつつも冷静な表情を保っていた。


「計画のことなら、もう聞くつもりはないわ。」


彼女が先に口を開くと、アレクトは首を振った。


「違う。今日は計画の話ではない。」


「では何の話?」


その問いに、アレクトは深く息を吸い、しばらくの沈黙の後に口を開いた。


「私は……ずっと君を道具として見ていた。それは事実だ。だが、それが全てではない。」


その言葉に、ルーチェの心が大きく揺れた。彼の口からこんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。


「何を言いたいの?」


「私は君を守りたいと思っていた。だが、それがどうすればいいのか分からなかった。」


アレクトの声には、これまでにはない弱さと真剣さが混ざり合っていた。その瞳には、冷たさではなく、迷いや後悔の色が浮かんでいた。



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ルーチェは彼の言葉に困惑しながらも、冷静に問いかけた。


「守りたい? それが本当なら、どうして私を利用したの? 私を駒のように扱ったのは、あなた自身よ。」


「そうだ。だが、私は……自分の計画を優先するあまり、大切なものを見失っていたのかもしれない。」


その言葉に、ルーチェは思わず息を呑んだ。アレクトが自らの過ちを認める姿を目にするのは初めてだった。


「今さらそんなことを言われても、私はあなたを信じることはできないわ。」


ルーチェは冷たい声でそう言い放ち、立ち上がった。だが、その背中にアレクトの声が静かに響いた。


「君には、感謝している。」


その一言に、ルーチェの足が止まった。彼の声はこれまで聞いたことのないほど静かで真摯だった。その言葉が彼女の心に届くと同時に、彼女の中にある感情が大きく揺れ動いた。



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ルーチェは振り返らずにその場を後にした。だが、部屋に戻った後も彼の言葉が頭から離れなかった。


「感謝……?」


彼の真意が分からないまま、彼女の心には複雑な感情が渦巻いていた。それは怒りや憎しみだけでなく、彼が見せた弱さに対する同情や、どこかで彼を理解しようとする気持ちも含まれていた。



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翌日、ルーチェはエマにこう告げた。


「私は彼に揺さぶられるつもりはない。私は私の道を進むわ。」


エマはその言葉に安心したように微笑んだ。


「ルーチェ様ならきっと大丈夫です。」


しかし、その微笑みを見ながらも、ルーチェの心の中には未だ消えない疑問が残っていた。彼の言葉は本当だったのか? それとも、また別の計算が隠されていたのか?



セクション4:決別と新たな道


ルーチェが「白い結婚」の契約を破棄し、自らの道を歩むことを決意してから数週間が経った。アレクトとの関係は冷え切ったままだったが、彼の中に時折見える変化は、ルーチェの心を少しだけ複雑にしていた。それでも、彼女は迷わなかった。この関係を終わらせることで、完全に自由になる必要がある――それが彼女の結論だった。



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その朝、ルーチェはアレクトの書庫に向かっていた。これまで避けてきた場所だが、今日だけは違う。彼との最後の話し合いのために、自ら足を運ぶことを選んだのだ。彼女が扉を叩くと、中から低い声が聞こえた。


「入れ。」


扉を開けると、そこにはいつものように無表情で資料を読んでいるアレクトの姿があった。彼は顔を上げると、少しだけ眉をひそめた。


「何の用だ?」


ルーチェは一歩も引かずに彼を見つめ、静かに言った。

「私たちの結婚を正式に終わらせたいの。」


その言葉に、アレクトの目がわずかに動いた。彼はしばらく無言のままルーチェを見つめた後、深く息を吐いた。


「……そうか。」


それだけだった。彼の返事は短く、感情の見えないものであったが、ルーチェはそれを意外に感じなかった。彼が感情を隠すことには慣れているのだ。



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「あなたには、私を道具として利用しようとした責任があるわ。でも、私はそれを憎むつもりはない。」


ルーチェの言葉に、アレクトは少しだけ目を見開いた。彼女がこれほど冷静に語るとは思っていなかったのだろう。


「私は、あなたとの結婚生活の中でたくさんのことを学んだ。だから、もう過去に囚われるつもりはない。ただ、自分自身の人生を歩みたいだけ。」


「……本当にそう思うのか?」


アレクトの声は低く、少しだけ揺れていた。ルーチェはその微かな変化を聞き逃さなかったが、冷静さを保ったまま頷いた。


「ええ。本気よ。」


彼女の目には決意が宿っていた。その強い意志を感じたアレクトは、短く息を吐き、静かに言った。


「分かった。お前の望み通りにしよう。」



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その夜、ルーチェは自室で荷物を整理していた。明日にはアレクトの屋敷を去る予定だ。過去を捨て、新しい人生を歩むために。そんな中、突然のノック音が響いた。扉を開けると、そこにはアレクトが立っていた。彼は珍しくスーツ姿ではなく、どこか気の抜けた装いをしていた。


「……最後に話がしたい。」


その言葉に、ルーチェは一瞬戸惑ったが、彼の目の中にある真剣さを感じ取り、黙って頷いた。彼を部屋に招き入れ、二人は向き合った。



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「私は、君に感謝している。」


最初に口を開いたのはアレクトだった。その言葉に、ルーチェは驚きを隠せなかった。


「感謝……?」


「君が私の計画を崩壊させたおかげで、私は多くのことに気付いた。自分が何を失い、何を求めていたのかを。」


その言葉には、これまでのアレクトとは違う、どこか柔らかいものが感じられた。だが、ルーチェはそれに答えるつもりはなかった。


「それでも、あなたが私を利用しようとした事実は変わらないわ。」


「その通りだ。私は君を利用した。そして、それが間違いだったと今になって分かった。」


アレクトの言葉には後悔が滲んでいた。それが本物かどうかは分からなかったが、ルーチェはそれ以上追及しなかった。



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「あなたに言いたいことはただ一つ。私はこれから、自分の人生を歩む。あなたの影響を受けることなく、私自身の力で。」


その言葉に、アレクトはしばらく沈黙していた。そして、低い声でこう言った。


「君の未来が明るいものであることを願っている。」


その言葉が彼の本心から出たものだと信じたかった。だが、ルーチェはただ短く頷き、こう言った。


「ありがとう。」



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翌日、ルーチェはアレクトの屋敷を後にした。新たな人生を歩むための第一歩を踏み出すために。アレクトは屋敷の窓からその姿を見送っていたが、最後まで何も言わなかった。


その後、ルーチェは自らの力で社交界での地位を築き上げ、独立した存在として成功を収めた。一方で、アレクトは彼女を遠くから見守り続けることを選んだ。彼女が新たな道を進むことを支える存在として。



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