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第4話 あんた、俺のことをはめたな⁉

「最後は『魔術試験』です。魔術の素養がないものは無理に受けなくて良いので、受験を希望する者だけ、前へ出るように」


 エインスさんの号令に応じたのは10人ほど。残りの100人くらいの子は、魔術が使えないということだろう。


 逆に10人もいたのがすごいというべきかもしれない。

 実戦で魔術が使える冒険者はかなり少ないからな。俺みたいに軽く属性魔術付与エンチャントができるだけでもわりと重宝されるし、魔術が使えるなら『ギルドの受付嬢』じゃなくて、冒険者そっちを目指すのもありじゃないか?



「それでは『魔術試験』の受験を希望する者は、あの的に向かって最も得意な魔術を放ってください」


 エインスさんが指さしたのは、20mほど先に設置された1mほどの円形をした的だった。

 魔術訓練でよく使われるタイプの的で、一定以上の威力を持つ魔術、または魔法で攻撃しないと防護魔術が発動して、攻撃がはじかれてしまうという代物だ。


 つまり、その防護魔術を突破できるような威力で攻撃できるかを測る試験、ということだな。


「攻撃系以外の魔術が得意なものは、別の試験を行うので申し出るように」


 治癒魔術や属性魔術付与エンチャント、それこそ防護魔術なんかの支援系は、的に向かって放つものがないからな。

 って、誰も手を上げないの? 10人もいて、みんな攻撃系の魔術持ちってこと? それはそれで珍しいな。まあ、冒険者になるための試験ではないし、そういうこともあるか。


「それでは全員横一列に並び、魔術・魔法の行使を始めてください。各々のタイミングで詠唱を行って良いので気を楽にして」


 えっ、一気に全員試験するんですか?

 的は1個しかないのに、それでちゃんと確認できるんですか?


 と、一瞬焦ったが――。



「なんだこれ……」


 5分経っても誰も的に向かって攻撃が飛んでいかないな。

 1番良かった子で、5cmほどの火の玉を2m飛ばしたくらい……。なんならまだ詠唱中で魔術が発動していない子もいる……。これは魔術を使えると言って良いレベルなのか……?


「アッシュ、貴様は何をサボっているんだ? さっさと試験に臨め」


「あ、いや、俺は攻撃魔術は使えないんで……」


 俺は剣士だからね。


「貴様が使えるのは属性魔術付与エンチャントと身体強化魔術だったか」


「そうです。よくご存じですね。一応……見ますか?」


 見せないと試験が終わらないならやりますけど。


「これを使って属性魔術付与エンチャントを見せてみろ」


 エインスさんが投げてよこしてきたのは、銀色の手袋だった。


「何ですか、これ?」


「両手に装着しろ。ミスリル製のグローブだ。その指先に属性魔術付与エンチャントをするんだ」


「ミスリル製⁉ そんな高価なものをいったいどこで……」


「ごちゃごちゃうるさいな。黙って属性魔術付与エンチャントをしろ。まずは炎からだ。指先に集中!」


「は、はい!」


 エインスさん、いつにも増してピリピリしているな……。さっき剣術で負けたのを根に持っているんだろうか。

 しかし、剣先じゃなくてグローブをはめた指先に属性魔術付与エンチャントなんて聞いたことがないな。もちろん試したこともないが……。


「お、お? 普通にできた……」


 マジか。

 ミスリル金属製のグローブだから、剣先と同じイメージで属性が付与できるってことか。


「これはすげぇ!」


 大発見じゃないか⁉


「続いて、水属性!」


「は、はい! 水属性付与しました、と」


 炎属性を消して水属性を付与、と。

 普通にできちゃうな。ミスリル製のグローブって便利だな。


「違う、同時に。右手に炎、左手に水だ」


「えっ、マジすか」


 同時に2属性? いけるのかな?


「別の剣先に属性魔術付与エンチャントをするイメージだ。それはお前の指ではない。剣だ」


 なるほど。

 たまたま俺の指先に付与するだけで、別の剣先に付与するのと同じ。


「お、できた! 両手に同時付与! こんなことができるんだな」


 この年になってもまだ新しい発見があるとは。

 エインスさんに感謝だな。


「一度すべての付与を消せ。次は右手の人差し指に炎、中指に水を付与しろ」


「両手ではなくて片手……」


 難易度が上がるな。

 隣接している剣に、別々の属性を付与するのはかなり難しい。術者のイメージがしっかりしていないと、干渉しあって消えてしまうからな。


「集中……お、おおー。できちゃったわ」


 俺、なかなかやるじゃん。

 と思ったけれど、このミスリル金属って、鉄なんかと比べるとすごく属性魔術付与エンチャントがやりやすいし、消えにくいんだな。さすが希少な金属だけある。


「アッシュ、貴様はほかに何の属性が付与できる?」


「一応全部できますよ。無属性、雷属性、地属性、風属性。それと光属性と闇属性ですね」


 俺がソロで高難易度クエストをこなせるのは、全属性の属性魔術付与エンチャントが行えるおかげだからな。

 有利属性を付与して、あとはひたすら斬るだけだ。


「8属性か。よろしい。8本の指を使って、それぞれに属性付与を行え」


「いや……同時に維持するのは、かなり集中しても4つが限界で……」


「これは試験だ。限界を超えて試せ」


「えー、はい……」


 属性魔術付与エンチャントは付与したら終わりじゃないんだよな。

 術者と魔力のパスは繋がっているし、意識して属性ごとに練った魔力を送り続けないと付与が消えちまう。

 前に試した時は5つ目を付与したら最初の1つが消えたから、俺のキャパは4つ同時付与が限界なはず……。


「まずは右手に炎……水……雷……地……」


 ここまではなんとか維持できる。

 5つ目からが問題だ。


「左手に風……お? いける、な?」


 新記録更新じゃん。


「無……光……最後に闇……あれ、全部できちゃったわ?」


 8属性同時付与。

 そして維持できている。なんだこれ? 俺、超進化?


「よろしい、よくやったな。理由は私が説明しよう。付与を継続したまま話を聴くように」


「お、お願いします」


 属性付与が消えないように意識しつつ、エインスさんの言葉に耳を傾ける。


「1つ目の理由。それはそのグローブがミスリル製であるからだ。ミスリルは魔力伝導率が極めて高く、属性魔術付与エンチャントとの相性が良いとされている」


 おー、やっぱりさっき感じたのは気のせいじゃなかったか。

 魔力伝導率ね。普段あんまり意識していなかったな。


「2つ目の理由だが、貴様が付与したのが剣先ではなく、グローブをはめた自分の指先だからだ。属性魔術付与エンチャントは術者と付与対象の距離が離れれば離れるほど、魔力伝導率が下がる」


 そういうことかあ。

 たしかに、どこかでその話は聞いたことがある気がする。

 実際、近くで戦っているパーティーメンバーくらいにしか属性魔術付与エンチャントはできないものだ。対象との距離ね、なるほどなあ。


属性魔術付与エンチャントは、本人が使う剣先に付与するのがもっとも効率が良いと言われているが、それよりも魔力伝達の効率が良いのが、本人の指先だ」


「ま、まあ、俺に一番近い……というか、指は俺自身ですからね」


 でも属性魔術付与エンチャントは金属にしか付与できないから、薄いミスリル製のグローブをはめてそこに付与、か。なるほど、考えたなー。


「ちょっとこの状態で、あの的を殴ってみたりしても良いですか?」


 魔力伝導率が良いって言うなら、剣よりも威力が出たりしてな。

 わくわくしてきた!


「ああ、かまわないが、絶対に壊すなよ」


「……気をつけます」


 そっとね、そっと撫でるだけ……。

 まずは右手の人差し指に付与した炎属性で――。


 ドゴーーーーーーーン!


「あっ」


 的が……爆発した……。


「ちょっと触れただけなのにぃ⁉」


「貴様……あれほど言っておいたのに、当ギルドの備品を破壊したな?」


「あ、いや……今のは故意ではなくてですね……。すみません、弁償します……」


 いくらでしょうか……? できるだけ分割払いでお願いしたいんですけど……。


「金貨500枚だ」


「500⁉ それはさすがにぼったくりでは⁉」


 どんなに高くても、あの的は金貨1枚もしないでしょ!

 どこのギルドでも普通に使っている練習用の的じゃないですか!


「そのミスリル製のグローブの貸与も含めの金額だ。給与から天引きで支払ってもらうから覚悟しろ」


「え……ええ……。エンシェントドラゴンを倒しても、報奨金って金貨30枚とかなんですけど……」


 俺、どれだけ高難易度クエストをこなさないといけないんですか……。


「って、このミスリル製のグローブをもらえるんですか⁉」


「やらん。当ギルドの備品だから、あくまで貸与だ。絶対に壊すなよ」


「は、はい……」


 壊したらたぶん殺されるわ……。


「だが、それを使えば貴様の戦闘の幅も大きく広がるだろう」


「たしかに。左手に無属性付与ができるなら、盾はやめて防御もこのグローブでいけるかもしれないな……」


「ほかにも属性付与がしやすいように、ミスリル製のバスターソードを貸し与えても良い」


「マジですか⁉ 片手で長剣を振り回すよりもバスターソードのほうが、片手も両手も使えるし、さらに幅が広がるな!」


「ただし、金貨2000枚だ」


「2000⁉ 死ぬまでに返せますかね……それ?」


「死ぬ気で返せ。むしろ死んで返せ」


「俺、高額な保険金か何かを掛けられていますか……⁉」


 まさかこれって、巧妙な保険金詐欺的な何かなのでは……。


「ということで、これからはセシリスに倣い、しっかりと生活態度を改め、今まで以上に稼ぐようにしろ」


「は、はい……」


 生活態度……。

 唐突に借金を負わされて、俺の冒険者のんびりスローライフが……。


「勤務は月曜日から土曜日の週6だ。9時出社・18時退社の固定シフト。遅刻厳禁、1時間前出社を心がけろ!」


「えっ?」


 いったい何を?


「貴様は冒険者たちを送り出した後、日中には日帰り出張高難易度クエストにいってもらう。夕方、冒険者たちを迎えるまでには必ず帰社するように」


「えっえっ?」


「なんだ、ここまでで何か不明点があるのか?」


 エインスさんが不思議そうな顔で見てくる。


「いや、不明点も何も……勤務? 出社? いったい何を……?」


「ああ、言い忘れていたな。アッシュ=エンドリス、貴様は『ギルドの受付嬢』試験に合格した。ただいまをもって、当ギルドの職員となったのだ。合格おめでとう」


「え?……俺が『ギルドの受付嬢』に……?」


 エインスさんはいったい何を言っているんだ……?


「そうだ。早速、雇用契約書にサインを。セシリス、書類の用意を」


 いつの間にかセシリスが闘技場にやってきていた。

 めっちゃ笑顔だー! あの笑顔の時って、絶対何か無茶振りしてくる時ー!


「はい。こちらにご用意しております。さ、アッシュさん、こちらに魔力紋を」


 セシリスさんが、俺の指に無理やり書類を押し付けてくる。


「おい、お前! 何を勝手に⁉」


「はい、たしかに契約が成立いたしました。これでアッシュさんは『冒険者、兼ギルドの受付嬢』ですね~。つまり私の後輩に♡」


「ギルドの受付嬢⁉ そんなの俺は承諾していないぞ⁉」


「雇用契約書にアッシュさんの魔力紋が入りましたし、完璧に合法で契約成立です♡ いつまでも指に属性付与したまま魔力を垂れ流しているのが悪いんですよ~」


「それはエインスさんが付与を継続したままにしろって……まさか、エインスさん⁉」


 あ、わかりやすくそっぽを向いた⁉

 あんた、俺のことをはめたな⁉


「解約だ解約! 不当な契約の解約を求める!」


「無理ですよ~。雇用契約の解約には『甲乙双方の合意が必要になる』って書いてありますし~。契約期間は『乙が死亡するまで』って書いてあります♡」


「そんな契約あるかぁ!」




 こうして、俺の冒険者、兼ギルドの受付嬢地獄の社畜奴隷ライフが始まった。


 始まってしまった……。





「えっ? このフリルたっぷりのエプロンドレスを俺も着るんですか⁉」



 どうしてこうなったーーーーーーーーーーーーーーー⁉



 【完】

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