此処、S県S区の柿田川の河川敷下。
現在、西の水平線には真っ赤に燃えるような夕日が半分欠けており。共に水平線に、蜃気楼が生まれ全体的に妖しく揺らめいている。もうすぐ、本日の主役が終幕を迎えるであろう……、最後の灯がいつもより儚げであった。
さらに瞳を上へ向けると、白みがかった紺色のグラデーションが広がっていた。その中にちらほらと自己主張し始めている星たちの輝きが視界に入ってきた。
この河川敷から、少年が一人佇んでいた。
彼の名は、神龍時 嵐。
齢、十二。この地域では有名な、六つ子の三番目である。
いつもは、河川敷の下へは下りない。素通りして、小学校から駄菓子屋へ行って、大好物のチーカマをツケで食べるか、それとも真っすぐ帰宅するのが日常だ。
━━━なのに、気になった。理由は、分からない。
でも、虫の知らせのように胸の中がザワついた。胸の奥からナニカが起き上がるように手探りで込みあがってきたのだ。
理由は、━━━本当に分からない。
でも、気になってしまう。
人間に備えられた〈好奇心〉という欲求が疼いてしまったから。
背中に背負っている黒いランドセルのまま河川敷の下へ降りると、無造作に放置された野生の雑草たち。足首くらいまでの背丈に囲まれている中。その先端が肌に擦れくすぐったい。
普段、青々としている雑草。今は陰り、別の顔をしている。そんな中、虫が潜んでいてもおかしくない状況だ。それでも、歩を進めていく。
まるで、こっちにおいで━━━と、言わんばかりに。
そして、そのまま直感のまま歩いていくと足元に〈ナニカ〉がぶつかった。
視界をそちらに向けると、雑草に埋もれていた━━ 一冊の雑誌。
視界に入ると、無意識に手に取ってしまうものだ。
手に収まった雑誌の表紙には、二人組の男がいた。一人は肩を組みつつ、互いを見つめ合っていた。
その見つめ方が、相手の唇を重ねる手前のポーズ。タイトル名が、英文字で〈LOVE BOYS〉とシンプルな赤のゴシック体で飾られていた。
うまく言えないが……自分の知らない世界の本だと子供ながら察してしまった。
それでも、中身が気になる嵐。
視界に映し出されている砂埃で薄汚れている紙。見た感じ、この場所に捨てられてそんなに経っていないのだろう。精々、放置されて一週間といったところか。
そして、頭の中では警告音が鳴り響いていた。これ以上、踏み入れるな、と言わんばかりに。
それでも、好奇心の歯車は動き出すと止まらないもの。左手に置かれた雑誌を利き手である右手で表紙に添える。丁度、右側にいる男性の唇に指を置くと、ふと違和感が生まれる。
(このお兄さん……、誰かに似ている?)
そう、面影が似ていた。目尻が涼しげな切れ長の美人。
色白できめ細やかな肌に、ぽってりとした桃色の唇。癖のないストレートな青竹色まじりの艶やかな黒髪。曲線美のある喉仏に、華奢な体つき。
これらのパーツで一瞬、頭の中で過ぎった身内の一人。濃く描いてしまった違和感の正体を無意識に口にしてしまう。
「この人……、海里に似ているような?」
正確には、海里の大人バージョンの未来予想図。
今の海里と嵐の喉仏には、まだ発達途中。なので、声はまだ透き通ったアルト調である。
海里とは、嵐と同じ六つ子の兄弟であり。長男坊。その人物と雰囲気がそっくりだったのだ。
だが、表紙に載っている美丈夫は、頬に手を添えている相手を見つめていた。
その瞳の奥は憂いを帯びている。蕩けた視線で相手の男に早く欲しいと強請るような━━━、甘い雰囲気が溢れていた。
今の海里と違う魅惑。
それはそうだ。海里はまだ小学生の子供だから。
この雑誌から溢れんばかりの情欲の色気に、嵐の胸の奥が鷲掴みされる。ただ逸れられた中指が、無意識に自身の兄に似た人の唇をなぞっていた。
その動作を繰り返すほど、頭の中で鳴っている警音が大きくなっていくばかり。
しかも、海里に似た男性を視界に入れてから好奇心はいつの間にか消えてしまった。
代わりに灼けるように熱くなった脳は、理性のネジが溶けてしまったのか。今は、表紙を捲った先に、また撮影されている可能性のあるその美人への期待が大きくなっている。
(このお兄さん、次のページにもいるのかな……?もしかしたら、この表紙みたいに蜂蜜みたいに甘い雰囲気な写真が載っているのかな⁇)
━━━もっと、もっと見たい。色んな表情を。
その言葉一色が染まっていく感覚が広がっていく。
同時に、心臓の鼓動のドッ、ドッ、と活発になる。全身の血流が熱い。加速していく、込み上がってくる欲求。
この欲求の名前を、嵐は知らない。初めての感覚だから。
だから、ーー何故。見たいのか、と問われるとどう答えて良いのか……分からない。
その写真に載っている男性自身に興味を持ったから?
━━━それとは違う。
自身の身内に似た男性が載っていたから?
━━━正解だが、違う。
それとも━━━……
ここで僅かに残っていた理性の問いかけは、無意味に終わり消滅する。
我慢できなくなった嵐。いつの間にか手汗が流れている右手が小さく震えている中。鳴り響いている警音を無視して勢いよく表紙を開いた。