スキルに引き続き、支給された武具を用いた訓練が行われ少し経った頃だ。
そろそろ違う訓練を行うように言われるだろうと考えていた。
深谷はこの流れなら連携の訓練ではないかと予想していたが、そんな気楽なものではなかったと悟るのにそう時間はかからなかった。
場所はいつもの訓練場。 全員が装備を纏ってその場に並ぶ。
ただ、いつもと違うのは古藤や巌本まで短剣を持たされている事だ。
明らかに殺傷を目的とした刃物を握らされて古藤は嫌そうにしており、他の面子は目の前の光景に構っている余裕がなかった。
彼等の前に並んでいるのは麻袋のような物を被せられた動く塊。
地面に立てられた柱に縛り付けられているそれはどう見ても人間にしか見えない。
恐らく口を何かで覆われているのかくぐもった呻き声が聞こえる。
その光景を見て奏多が最初に抱いた印象は処刑場だ。
映画などのフィクションで銃殺される罪人がこんな感じに並べられている姿を思い出した。
いや、処刑場のようではなく、実際そうなのだろう。 そしてこんな所に奏多達を呼び出す理由は考えるまでもない。
「はは、レベリングってこれかぁ……」
深谷が渇いた声でそう呟く。
ゲームなどに疎い奏多でもレベルを上げるにはどうすればいいのかは知っている。
敵を倒す事だ。 そしてそれを現実に置き換えれば生き物を殺傷する事だと思い至るのは難しくない。
「ここに並ぶのは罪人。 勇者様達の糧となる事で彼等は全ての罪を許されます」
この場を取り仕切る騎士は迂遠な表現ではあったが、はっきりと奏多達にこいつらを殺してレベルを上げろと言っている。
奥を見ると似たような麻袋を被せられた者達が数十名、地面に転がっていた。
明らかに
奏多達は思わず顔を見合わせるが、一人だけ態度が違う者が居た。
千堂だ。 彼女は特に表情を変えずに弓を構えた。
「殺せばいいの?」
騎士にそう尋ね、頷きで返された後、何の躊躇もなく矢を生み出すと放った。
魔力で生み出された光の矢は狙いを過たず拘束された人間の頭部に命中する。
それにより、射られた者はビクリと体を震わせ――動かなくなった。
奏多は慌てて鑑定スキルで確認するとステータスではなく、死体と表示される。
死んだ? 人が? こんなにも呆気なく?
「それで? 私のノルマは何人?」
「今日は十五名となります」
「そう」
千堂はそう呟くとさっきと同様に次々と罪人を射殺す。
三人、五人、十人、十五人とあっという間に言われた人数を殺害すると弓を下ろした。
「終わったけど、もう帰っていいかしら?」
「はい、お疲れ様でした」
千堂はそのまま踵を返すとさっさと帰って行った。
その姿に奏多は勿論、巌本も津軽ですら何も言えずに見送る。
ただ、深谷には別の意味で効果があったらしく、彼は魔法で火球を生み出すと罪人に放って焼き殺す。
「はは、凄いぞ! レベルが上がった!」
千堂の行動に背中を押された形ではあるが、深谷も躊躇いを捨てて早々にノルマを消化。
ただ、何も感じないわけではなかったのか終わった後も死体に向けて魔法を放ち完全に跡形もなく消し去っていた。 まるで自分のやった事から目を逸らすかのように。
「はは、はは、見てくださいよ! もうレベルが十も上がって――あれ?」
深谷は白目を剥いて倒れた。
騎士達が慌てて駆け寄り調べると魔法を一気に使った事で気を失ったとの事。
運び出された深谷の後は津軽がやや引き攣った表情で槍をサクリと突き刺す。
国が支給した槍は頭蓋骨の存在を感じさせない程の抵抗感であっさりと突き刺さってその命を奪った。
「マジか。 これで死ぬのかよ……」
流石の津軽も殺人をゲーム感覚で行えるほどに倫理観を捨てていなかったのか顔色はあまり良くない。
ただ、一度目で慣れたのか二度目以降は割り切ったのか作業のように頭部に槍を突き刺し、淡々とノルマを消化。 終わった後は余裕がないのかそのまま去って行った。
そろそろ奏多の番なのだろうが、足が動かない。
古藤も同様で彼女は怯えて身を震わせていた。
「……次は私が行こう」
奏多達を見て巌本が渋々と言った調子で前に出ると、小さくすまないと罪人に詫びてその首に短剣を突き刺した。 彼も津軽と同様に淡々と処理した後、彼女達は免除して欲しいと騎士に頼んだが、首を振って拒否された。
巌本は食い下がろうとしたが、途中でどうにもならないと悟って力なく首を振る。
彼の考えは正しい。 今は訓練だがその内、実戦に投入されるのは目に見えている。
そうなれば生き残る為には高いステータスが必須だ。 そしてステータスを得る為にはレベルアップが必須。 レベルアップには目の前の罪人達を殺す必要がある。
――つまりはここで殺人に手を染める以外の選択肢がないのだ。
古藤は過呼吸気味になっているのか呼吸が荒くなっている。
何とか助けたいとは思ったが、奏多にもどうする事も出来ずに巌本と同様に内心で小さく首を振って目の前の現実を受け入れるしかできなかった。
罪人の前に立つ。 顔も見えないその人物は自身に何が起こるのか悟っているのか激しく暴れる。
剣を握る手が震える。 自分はこれから人殺しになってしまう。
自身が酷く汚れた存在になろうとしている。 そんな思いが嫌悪感となって喉元からせり上がって来るような錯覚に襲われ、無意識に喉を締めた。
何度か深呼吸をして剣を一振り。
緊張で強張っていたので碌に力も入っていない一撃だったが、何の抵抗もなく――野菜か何かを切断するかのようにあっさりと、本当にあっさりと人の命を奪った。
津軽が驚いていた理由が今になって分かった。
こんなにもあっさりと人が死ぬ。 まるで現実感がなかった。
剣を振っただけで人が死ぬ事も、振っただけで殺せる事にもまるで現実感がない。
ただ、他もそうだったように二人目以降は抵抗感が薄れ、剣を振る事へのハードルが下がった。
奏多は無心で斬り続け――気が付けば十五人の命を奪い、周囲を見ると騎士達が死体を運び出している姿が見える。 お疲れさまでしたと言われようやく終わったと理解した。
――優矢、優矢に会いたい。
幼馴染の彼であるなら私の話も聞いて慰めてくれるはずだ。
どうしていないの?と思い、悲しくなってくる。
自室に戻った後、奏多はトイレで吐いた。