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第19話 「焚火」

 魔族からの非友好的な視線を浴びながら奏多達はその場を離れた。

 移動して近くの森の中へ。 食料は襲って来た魔獣という巨大な生き物を殺して調理した。

 バチバチと音を立てて燃える焚火で肉を焼き、食べられるようになるのを待っている間、誰も言葉を発しない。


 巌本はぼんやりと焼ける肉を見つめ、津軽は焦りから苛々と貧乏ゆすりを行い、千堂は木に背を預けて周囲を警戒。 そんな中、奏多は自分のやるべき事を決めつつあった。


 「私はこれから優矢を追います」


 不意に奏多はそう口にする。 突然ではあるが、彼女のこれまでの反応を見れば驚く程の事ではなかった。


 「……追ってどうするつもりだね?」

 「あの免罪武装とかいう武器を破壊して正気に戻します」


 口で言うだけなら簡単だが、実際に実行するとなると非常にハードルが高い。

 事実、彼の一撃をまともに受ければこの場にいる全員が即死する事となるだろう。

 そんな攻撃を掻い潜って本人を殺さずに武器だけを破壊する。


 はっきり言って現実的ではなかった。


 「止めておいた方がいい。 彼の様子を見ただろう? 仲が良かった事は分かるが、彼はもう君をまともに認識できていない」


 巌本は殺されるだけだと付け加えた。


 「お、俺も巌本サンと同じ意見だ。 止めとけって、殺されるのがオチだ」


 津軽も同調し、千堂は何も言わない。 奏多は無言で首を振る。


 「それでも行きます」


 悩んでいるのではなく彼女の中では決定した事だった。

 それを察した巌本は大きく溜息を吐く。 


 「……分かった。 私も一緒に行こう」

 「巌本サン!?」

 「どうせここに居てもやる事はない。 魔族は我々を受け入れないだろうし、帰還が叶わない以上は人族に肩入れする理由もない。 なら、せめて仲間の為に戦おうと思ってね。 ――津軽君、千堂君、君達はどうする?」

 「私は一緒に行きますよ。 特にやる事もないので」


 巌本はあまり乗り気ではないが、他にできる事もないので協力する事にした。

 言った通り、もう帰れない以上は他にやれる事はない。 それに、あの状態の優矢を放置する事は危険でもあったので、それを止める意味でも奏多に協力する事にしたのだ。


 千堂は全体の意見に従う方針だったので二人以上が賛成した行動に乗るつもりだった事もあり、そのままついて行く事を決めていたので即答する。

 ただ一人、津軽だけは踏ん切りがつかずにいた。 優矢の力を見た事で心が完全に折れており、前に立つ事が恐ろしくて仕方がない。 あの攻撃を受けて跡形もなく消し飛ぶ自分の姿を想像すると恐怖に震える。


 少し前までの自分は勇者だ最強だと思い込んでいた姿は既になく、そこにはスキルやステータスという鎧を剥ぎ取られた無力な男が一人。

 かといって行かないとも言えなかった。 何故なら、ここで自分だけ抜けるとこの魔族の国でたった一人で生きて行かなければならない。 帰って来るとは思いたいが、可能性は低い。


 だから、最も可能性の高い未来を津軽は想像してしまうのだ。

 こんな知り合いもいない知らない土地で独りぼっち。 心細さに震えてしまう。

 自分の命を優先するなら行かずに待つ事が最上だろう。 ただ、全員の生存率を上げたいのなら同行するべきだ。 津軽は悩む。 どうするべきかを。


 「……すぐに決めろとは言わない。 動くにしても明日からだ。 それまでに答えを出せばいい。 神野君もそれでいいね?」

 「でも――」

 「闇雲に突っ込んでは成功するものも成功しない。 分かるね?」

 「……分かりました」


 一先ずではあるが方針は決まった。 




 焼いた肉を食いながら奏多達は作戦会議を始めた。

 目的は優矢の持つ免罪武装の破壊だ。


 「――まず、第一目的はあの武器の破壊だが、できない可能性もある」


 巌本はそう前置きする。 この世界はステータスという数字が絶対だ。

 免罪武装・地上楽園の性能値は文字化けしていて詳細は不明だったが、桁数から数十万から数百万。

 攻撃力と耐久力は別だろうが、そこまで破格のステータスを誇っている武具が簡単に壊せるとは思えないからだ。


 「その場合は何か考えているかね?」

 「単純に取り上げようと思っています」

 「――剥がすのが分かり易い対処法か」


 あの武器の影響を受けて正気を失ったのなら原因を排除すれば元に戻る可能性は充分にある。

 ただ、あの変化が不可逆のものである可能性も存在するが、流石に奏多の前で口にはできなかった。

 問題はあのステータスの優矢から取り上げる事ができるのかどうかだ。


 優矢のステータスも文字化けこそしていたが、正気を失う直前よりも遥かに高くなっている。

 そんな相手から武器を取り上げる事が果たして可能なのだろうか?

 巌本はやる事は決めていたが、成功するビジョンが浮かばなかった。


 「……最悪、腕の切断も視野に入れたらいいんじゃない?」


 千堂の提案に奏多が露骨に難色を示し、反射的に止めろと言いかけたが優矢の能力を考えれば彼女の提案は正しい。 下手をすれば確実に殺されるので、手段を選んでいられないのだ。

 加減をして失敗すればそれは奏多達の命で贖う事になる。


 それに――


 「この世界には治癒魔法もある。 腕を失ってもどうにでもなる。 幸い、霜原君は魔族からは好意的に扱われているようなので頼めば治療ぐらいはしてくれるかもしれない」


 その後は対優矢を想定した動きの打ち合わせ、現状で把握している攻撃に対する対処。

 少しのミスが死に繋がるので今までのように雑に攻めるだけでは無理だ。

 自身も動く事になるので珍しく千堂も積極的に意見を言う。 


 徐々にだが形になってきている作戦を黙って聞いていた津軽は頭を掻き毟ると「分かったよ!」と叫ぶ。


 「俺も行く。 前衛が二人いれば成功率も上がるだろ!」

 「津軽君。 無理はしなくてもいいんだぞ?」

 「あんたらが死んだら俺は一人でこの世界で生きて行かなきゃならないんだ。 人族に騙されてた事もあるから戻れないし、合流しても耳飾りを捨てた事がバレたら消されかねない」

 「珍しく考えたじゃない」


 そう言って千堂が小さく笑う。


 「何も考えていないみたいな言い方は止めてくれ。 自覚はしてるけどたまにはちゃんと考える」

 「よし、全員参加という事で何とか霜原君を正気に戻すとしよう」


 巌本はそう言って皆を奮い立たせるが、敢えて考えていない事があった。

 仮に優矢を元に戻したとする。 だが、その後は?

 現状は何も変わらない。 だから目の前の目的に集中する事で未来から目を逸らしたのだ。


 ――今はただ、やるべき事をやる。


 未来の事を考えるのはその後でいい。

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