奏多は痛む体に鞭を打って起き上がろうとするが、彼女に向けて優矢は弓を構える。
引かれた弓に光が集まって彼女を滅ぼそうとするが、何かに引きずられるように向きを変えて放つ。
巌本の仕業だ。 放たれた矢は彼が障壁で弾き、空で炸裂させる。
その隙に奏多は立ち上がり、自らに治癒魔法をかけながら剣を構える。
ダメージは大きいがそれ以上に優矢が自分に対して手を上げる事がショックが大きい。
奏多は優矢はおかしくなっているだけだと自分に言い聞かせて駆け出す。
方針は変わっていない。 免罪武装の破壊かできないようなら腕を切断して物理的に切り離す。
腕は魔法でくっ付く上、装備は物理的に切り離せば効果を失う事は無理矢理剥がした耳飾りで実証済みだ。
だが、問題は優矢がそれを簡単に許してくれない事だろう。
いつの間にか両腕には籠手。
鑑定結果は免罪武装で、装備している地上楽園と同様に詳細は文字化けしてい分からない。
間違いなく優矢は免罪武装を複数所持しているので、正気に戻す事が非常に困難となった。
手に持っている地上楽園だけを剥がすのと、いくつ持っているか分からない数を剥がすのとでは話が違う。
奏多は正気に戻るまで剥がし続ければいいと考えているが、巌本は内心で無理ではないかと考え始めていた。 津軽は生き残る事に必死で考えが回らない。
考えなかった訳ではなかった。 仮に免罪武装を剥がす事が不可能、または失敗した場合をだ。
無茶と無謀は意味が違う。 最初から成功確率が低い事は分かっていたが、僅かながらに勝算があったからだ。 それが存在しない以上は安全かつ手っ取り早い解決法を選ぶべきと考えていた。
これは奏多と津軽には説明しておらず、巌本と千堂だけで決めた事だ。
千堂の役目は隠れて気を窺い手足を撃ち抜いて武器を破壊または剥がす。
それができないなら最も分かり易い方法で優矢を無力化する。
――つまりは殺害を以ってこの騒動に終止符を打つ。
「頼むぞ。 千堂君、そして嫌な役目を押し付けて済まない」
巌本は口の中で千堂に詫びる。 最悪、怒り狂った奏多と敵対する事になる事も覚悟の上だ。
その場合は全ての責任を取って彼女の怒りを受け止めよう。 彼はそう考えてこの場に挑んでいた。
――中々、隙を見せない。
戦場から少し離れた位置、比較的建物が無事な区画に陣取った千堂は民家の上から弓を構えて優矢を狙っていた。 可能であれば腕を狙って武器ごと吹き飛ばすはずだったのだが、籠手が出て来た段階で無力化が不可能と悟り、目的を殺害に変更して狙いを頭部に定める。
千堂は元々、自己主張の薄い人間だった。
それは彼女自身も自覚しており、流される方が楽だからと思っている事も大きい。
だが、流れに対して何の抵抗もしないのかと言えばそうでもなかった。
流されるにしても流れる方向ぐらいは自分で決めたい。
彼女はそんな考えで今まで生きて来た。 事故に巻き込まれ、死んだと思ったら異世界だ。
突然の出来事に戸惑いはした。 それでもスキルとステータスという支給品のお陰で食うには困らないとそこまで悲観はしておらず、罪人を殺す時も出来るかどうかの自身はなかったが実際にやれてしまった。
恐らく剣や槍だった場合は葛藤や罪悪感は感じたかもしれない。
手に感触の残らない弓だからこそ、淡々と作業のように標的を射殺せたと思っていた。
同じ事故に遭い、この異世界へと迷い込んだ仲間達の事は嫌ってはいない。
家族とまでは思っていないが、この知り合いがいない世界では替えの利かない貴重な存在だと思ってはいた。 だから、可能な限りではあるが協力もする。
奏多の事も個人的には好感すら抱いているので、優矢の事は何とかしてやりたいと思ってはいた。
だが、奏多への好感だけで放置できる程、優矢は生易しい相手ではなかった。
少なくとも殺した方がいいと判断する程には危険視している。
それでも武器を剥がすだけならと最後まで迷ったが、増えた時点でもう無理だろうと諦めた。
優矢を殺す話は巌本と既に話し合ったので、選択肢としては最初から挙がっていた事だ。
奏多に話していないのは難色を示すのが分かり切っていた事で、彼女の執着を見ればとてもではないが殺すとは言えない。 津軽は隠し事が下手だと判断して伏せている。
これは奏多に知られると不味い内容なので万が一にも漏れる事は避けたかったからだ。
千堂はスキルで強化された視覚で優矢の動きを観察し続ける。
彼女は弓とそれを扱う為の各種スキルを与えられており、視覚の強化はその最たるものだった。
遠くを見通す遠視と対象の気配を追跡してその動きを細かく見る事の出来る凝視。
特に後者は周囲への警戒が疎かになる代わりに時間を引き延ばしたかのように対象の動きがゆっくり見える狙撃に必須とも言える強力な能力だ。 その他、照準に補正をかけるものなどがあるので、切り払われない限り彼女の矢は必中とも呼べる精度を誇る。
――狙いは目、次点で額だ。
巌本と同様に一撃を受けた奏多が即死していない時点で優矢自身のステータスは大した事がないと分かっていたので生身の部分を狙えば充分に殺せると判断していた。
後は何処に当てれば即死させられるか。 こうなるのならあの時に殺しておけばよかったと千堂は少しだけ後悔した。
あの時というのは最初に遭遇した時だ。 殺す判断が付かなかったので加減した一撃で意識を刈り取るつもりだったが効果がなかった。
今回は手加減は抜きで、仕留めに行く。 彼女は大きく深呼吸して集中を高める。
基本的に優矢は手に持った矢を放つだけで、接近されれば打撃。
動きも大雑把でスキルによる補正はかかっていない。
その為、隙自体は見いだせるのだが、即死させられる角度と位置にならないのだ。
これは外す訳にはいかないので、絶対の確信を持てるまでそのまま待っていた。
だが、それもそろそろ限界だ。 奏多がまた突っ込もうとしている。
ここからでは聞こえないが必死に何かを叫んでいた。 恐らく正気に戻れとでも言っているのだろう。
優矢を観察して感じた事だが、彼の目には理性の類は残っておらずカメラのレンズのように無機質に世界を映しているようだった。
明らかに壊れた人間のそれだ。 果たして人間はあんな状態になって元に戻るのだろうか?
それは千堂には判断が付かなかった。 戻るかもしれないし、そうではないかもしれない。
だが、今の彼女達にそれを選んでいる余裕はなかった。
その為、最も確実で安全な方法で危険を取り除く。
――次で行く。
もう少し機を窺いたかったが、そうもいかない。 狙うのは優矢が次に攻撃を放つ瞬間だ。
放つと同時にその額を射抜く。 彼女の視線の先で優矢が一撃を放ち――
――行け。
千堂もそれに合わせて必殺の一矢を放った。