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第5話  守られる男と守る女

「さて、転校生の厳島、ダンジョン研修担当の平家だ。お前のダンジョン試験では残念ながら他のチームに同行していてな直接見ることはできなかったが、こいつ、魔動ドローンの映像で見せてもらった」


 健康的な褐色肌の手でくいと親指でさした先にあったのは、魔力で動くドローン、魔動ドローン。


 魔術による設定で、特定の腕輪をつけた人物を一定距離で追い続け撮影し続けるという物。元々はダンジョンを攻略する女性冒険者たちの安全確保の為の道具だったが、現在では冒険者たちがダンジョン内での配信を行う娯楽的な要素も持つようになっている。


 田舎には存在しなかった魔動ドローン。試験の際に初めて見て、あまりにもテンションが上がってチラチラドローンの撮影を意識してしまったことを思い出し、一刀は噴き出る汗をごしごしと拭いた。


「実に興味深かった。今日もダンジョンにも入るという事だが、上が五月蠅いのでな、怪我だけにはくれぐれも気をつけてくれよ」


 平家は右目の眼帯付近を親指で掻きながらにやりと野性的に笑う。一刀はその言葉に身を引き締めるが、それ以上に緊張が走っているのが周りだった。


「え? ダンジョンに入るの?」


「ちょっと、怪我とか絶対にヤバイじゃん」


「怪我させたら、ころす」



 物騒な言葉も聞こえ、今度は一刀が周り以上に身を固くさせる。


(やっぱり都会のダンジョンはヤバいんだな。それにしても怪我させたら殺すって……都会の学校の意識は高すぎて怖い……オレ、うまくやれるかなあ)


「では! 早速だが、始めようか。今日の研修も2年研修用ダンジョン【小鬼の巣】だ。もう1カ月先に入っている女子たちは十分に理解しているだろうが、小鬼(ゴブリン)は小賢しい魔物だ。その上ある程度器用さもある為、様々な武器を使い、こちらを混乱させてくる。ここでは、短剣、槍、弓、斧を扱うゴブリンしかいないが連携してくるので、その連携に対してどう動くかが胆だ。……さて、じゃあ、早速厳島お前行くか。安心しろ、一緒に行くチームは一番良いチームをつけてやるから。神崎チーム、お前らだ!」


 平家がダンジョン突入一組目に一刀を指名したことでざわついた女子たちが、神崎チームの名を挙げたことですぐに静まり、ピリつき始める。


(やっぱり神崎さんのところだよね)


(でも、ということは、今後ダンジョン研修は優秀だったチームが厳島クンと一緒になれる!)


(アピールチャンスが、ある!)



 それぞれの思惑と視線が入り乱れる中、神崎たちが前に出てくる。その面々に一刀はほっと胸をなでおろす。

 護女子に選ばれるだけあって、やはり戦闘面でも優秀であった。神崎チームは、一刀が言葉を交わした環奈、玖須美、杏理、剣崎の4人。


 押しの強い剣崎には少し苦手意識があったが他の三人は、更衣室やダンジョンまでの移動中の動きを見ても思いやりや注意力があり、一刀にとっては心強い存在だった。


「神崎チームは、最初は通常の陣形で後衛に厳島を付けろ。厳島は後衛組の補助に回るように。いいな!? では、5分の間に確認したら突入だ!」


「「「「「はい!」」」」」



 5人は急いで円陣を組み、作戦会議を始める。


「厳島くん、ウチのパーティーの説明をするわね。私と赤城さんが前衛。私は大盾と長剣の騎士スタイル、赤城さんは双剣での攻撃的ポジション、後衛は魔法使いの九十九里さんと薬師の剣崎さん。基本的にはこのレベルのダンジョンなら全員自分のことは自分で出来るから、飽くまでアクシデントが起きた場合だけ動いて、それ以外は……剣崎さんの側で状況を見守っててほしい」


「わかった」


「厳島くん、わたしのそば離れないでね!」



 剣崎の猛アピールに、一刀は苦笑いを浮かべ、環奈は顔をひきつらせ、玖須美は困惑し、杏理は小さく舌打ちした。

 だが、今大事なのはダンジョン研修での振る舞い。環奈は気を取り直し、陣形やダンジョン情報を一刀に伝えていく。環奈の説明は無駄なくわかりやすかったので一刀は素直に感服し頷くばかり。


「そろそろ時間ね。じゃあ、行きましょうか」



 平家の声よりも早く立ち上がった環奈たちは、打ち合わせ通りに陣形を組みダンジョンに入っていく。そして、少し遅れて平家を先頭に生徒たちがぞろぞろとついていく。


「す、すごい……」


 一刀にとって最初のダンジョン研修だったが、一刀の出番は全くと言っていいほどなかった。


「赤城さん、前出すぎないで! 私が引き付ける」


「ごめん! 一旦引く! 剣崎、回復お願い!」


「了解。九十九里さん!」


「ええ、援護します。火炎級(ファイアボール)!」



 環奈が広い視野と抜群の判断力でゴブリンの攻撃のほとんどを請け負い、チームに指示を出していく。双剣による波状攻撃で大量のゴブリンを倒していた杏理もチームプレイがうまく、環奈とスイッチして後ろに下がると剣崎の元に行き、じっと次の状況、展開を考える。


 一刀にべったりの剣崎も、多少一刀への過剰なアピールはあったが、杏理が剣崎の元にたどり着くまでに適切な回復薬を準備しておりすかさず回復、そして、支援魔法をかけていく。

 その間に玖須美は詠唱を終えて、巨大な炎の球を3つ放ち、ゴブリンたちに前進を許さないどころか、どんどんと焼き払っていく。


(おお~……すげえ! めちゃくちゃかっこいいチームプレイだ!)


 一刀は初めて見るチームプレイに目を輝かせる。と同時に困惑する。


(俺にこんなすごい連携ができるんだろうか……! いや、できなきゃダメなんだ! 俺も役に立たなきゃ!)


 チームプレイが何故ここまで完璧なのか、その原因は一刀にあった。


 男子にいいところを見せたい!


 それがチーム全員の思いであり、その思いはチームを一つにした。春の段階では普通ありえないほど噛み合った連携を見せる環奈たち。

 だがその原因一刀本人はそのことを知るはずもなく、両手に拳を作り、ぐっと気合を入れる。


「いっとーくん! 肩に力入りすぎ。ほら、リラックスリラックス」


 一刀の様子を逐一見ていた剣崎がしなだれかかるように一刀に張り付き、肩をもみ始めると、全女子たちの意識が、というより、殺意が剣崎に向かう。

 それは学級委員である環奈も同じ。いや、現状チームの和を乱しかねない行動を隙あらばとる剣崎に一番苛立ちを抱えていたのは環奈だった。


 だが、先に爆発したのは別の女子。


「ちょっと! 剣崎ぃ! さっきからべたべた厳島をさわってんじゃねえよ」



 杏理がじろりと剣崎を睨みつけると、剣崎も一瞬たじろぐが、再び一刀の身体に軽く抱き着きながら笑う。


「あら、珍しいわね。赤城さんが男子を気に掛けるなんて。でも、そんな大声出すのははしたないんじゃないかな? ね、一刀くん?」


「あんた……!」


「赤城さん、落ち着いてくださいまし!」


「ちょっと! みんな集中、し、て……!」



 環奈が全員に対し注意しようとしたその時……ダンジョンが揺れた。


 震度にして2程度の揺れだったが、全員の集中力が欠け始めていた神崎チームにとっては予想外のトラブルに女性陣全員が態勢をわずかに崩す。

 そして、ツイていないときはとことんツイていないもの。飛び込んできた為に揺れの影響を全く受けなかった小鬼が、よろめく環奈に襲い掛かる。


「神崎さん!」「環奈ちゃん!」


 後ろでドローン映像を見ていたクラスメイト達が悲鳴を上げる。だが、その甲高い声を低く鋭い声が切り裂く。


「厳島! かまわん! 出ろ!」


 平家の言葉に女子たちの『え?』という声がいくつも上がった時には、もうその男子は走り出していた。その勢いに剣崎は後ろに倒れ、したたかに尻を打つ。痛みをこらえ、身体を起こした時剣崎が見たのは、初めての光景。

 男子が女子を庇うという創作物でしか存在しないはずのワンシーン。


「おい……てめえ、女に手をあげるとか絶対に許さねえぞ……!」

「ギ!?」


 小鬼は女性達の中にいた異質な存在に驚き、目を丸くさせる。あからさまに違う匂いをさせるそれに小鬼は湧き上がる憎悪にも似た感情に身を任せ、真っ二つにしようと思いきり持っていた斧を振りかぶる。


「おっせえ」


 そう呟いた男子は、身体を捻り回転させ、持っていた短剣を横一文字に振り抜く。上げていた両腕ごと宙を舞う首。


「……大丈夫!? 神崎さん!」


「だいじょぶ、じゃないかも、でふ……!」



 颯爽と助けに現れ、女子を守っただけでなく、その筋肉質な腕で一瞬で魔物を倒した男子。

 そんな彼に心配された上に抱きかかえられた環奈は、再び混乱防止の魔道具のキャパを超えてしまうほどの衝撃に鼻血を垂らしながら幸せそうに気絶した。


 それはそれは幸せそうな顔だったと久須美は後にクラスメイトに語った。

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