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九段下談義
九段下談義
四森
ホラー都市伝説
2025年05月25日
公開日
2.9万字
完結済
東京九段の靖国神社で出会った男子大学生ふたり。

『九段下談義』(短編全文一挙掲載)

 奇妙な男だった。

 自分と同じ大学生、あるいは大学院生であ

るのか。年齢や職業を聞いても、はぐらかさ

れるばかりで、「まあ、いいじゃんか、そう

いうのはさ」と口にするばかりだった。

 とにかく彼は、死について語るのを好んだ。

いや、好きとか嫌いとかいう問題ではないの

かもしれない。

 そういう性質なのだ。

 彼は、人間が死へと一直線で向かっている

ことをしっかりと自覚していた。きっと余命

宣告をされたとかそういうわけではないはず

だと推察している。別に、そのことに不自覚

であっても生きるためには困らないはずであ

るのに、でも生きるためにこそ死のことを常

に考えていた。

 まるで、死のことを考えないことには生き

られないみたいですらあった。

 そして、彼にとって、生きるとは、死ぬま

で死なないということに過ぎなかったのだと

いうもう一つの観点もある。

 もちろん、全ての生きる人間は刻一刻と死

に一直線で向かっている。ほとんどの人間は、

自身はいつか死ぬということを物心ついた頃

に自覚するが、学業、スポーツ、仲間、恋愛、

仕事、家庭、趣味などに打ち込んで、そのこ

とを頭の隅に追いやっているのだと思う。


 *


 ことの起こりは、東京・九段北の靖国神社

を初めて訪れた際に、彼が声をかけてきたこ

とであった。

 自分には、特段に靖国を参拝しようという

明確な心理があったわけではなかった。

 東京の桜の開花宣言の標本木が靖国神社に

ある。そろそろ桜が咲くのだという頃になる

と、気象庁の職員がやってきて、標本木を確

認し、水準に達していれば開花宣言をするの

だ。

 開花の時期がやってくるのは今しばらく先

だけれど、その標本木とやらを是非一度見て

おこうではないか、という野次馬根性が働い

ただけの理由で靖国に足を向けたといっても

過言ではない。あるいは、不敬かもしれない

が、まあ、自分の気持ちに正直に行動する。

野次馬はいかにも気楽なものだ。当事者と

違って利害関係の渦に巻き込まれることはな

いから。そして一方で、野次馬というものに

は常に寂しさと虚しさが隣合わせでもある。

境内にある能か何かを披露するためのよう

に見える舞台(「能楽堂」というのだと、後に

教えられた)のそばに、その標本木は柵に囲

われて存在する。

 ― ― 桜の標本木

 この桜(ソメイヨシノ)は、東京管区気象

台が開花を観測するために指定した「標本木」

です。

           靖国神社社務所― ―

 そのソメイヨシノの木は、もちろん自身が

標本木であることなどつゆとも知らない。標

本木というものは、あくまで人間が人間側の

都合で勝手に決めたことだ。

 ソメイヨシノの木は、ただそこにある。そ

の場所に根ざしているだけだ。むろん、自身

がソメイヨシノという名前で呼ばれることに

も頓着しない。そこに根ざす限り、自然の法

則に従って、枯れるまで根をはるのにすぎな

い。

 そのソメイヨシノの桜の木を見ても、まだ

春が到来する兆しすら見えなかった。

 もはや、いっそのこと春なんて来なければ

いいのに、とすら思える。いや、そんな破滅

的な思念は、自分には相応しくないかもしれ

ない。いつだって、春はきっと来たらよいは

ずだ。

 そんな時、彼は声をかけてきた。

「もうしばらくすると、報道陣がここを囲ん

で、気象庁の人の開花宣言を中継するんだよ」

 周りには、他に人はいない。だから、彼は

自分に話しかけているのだろうと直感した。

あるいは、独り言ちているのかしらんとも思

えるが、独り言とは声音を異にするものだと

痛く感じる。誰か他人に届けるための意欲を

はらんだ声をしていた、確実に。

 自分は女性が苦手だが、男性に近寄られる

ことに抵抗はない。むろん、いきなり話しか

けてくる相手に多少なりとも警戒はするが、

なにせ自分でいうのもなんだが平和ボケして

いる身であって、特別に危険人物がそう易々

と現れないと思い込んでいるのかもしれない

といえる。

「この木に五輪。五つ桜が咲いたら開花を宣

言するんだ」

 へえ、という声も出ない、自分の口からは。

もちろん、へえ、とか、はあ、とかいう相槌

を打ってもいいくらい、彼が提示してきた情

報をそれなりの感度で受け止めはしたのだけ

れども、反応してはいけないような気がした。

直感で。

 わりと年嵩の行った人にはだれかれ構わず

話しかけることに抵抗がないというイメージ

を持つが、見たところ同年輩の彼が話しかけ

てくるというのは、驚きを持って受け止めら

れることだ。

 そして、自分は話をずらすことを試みた。

話をずらすとは、話を広げるというのとは違

う。試みたという表現は正確ではないかもし

れない。結果的に話をずらすことになってし

まったというべきか。

 いずれにせよ、話しかけてきたのはあっち

なのだ。

 だから、自分はこの相手に対し奇妙なこと

を言っても構うまい。

 いや、奇妙なことを言う権利があるはずだ。

そうでなければ、納得がいかない。

「桜の木の下には死体が埋まってるって、言

ってたの誰でしたっけ?」

 彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてい

た。急に人に声をかけるのならば、何か訳の

分からない反応がかえってくることくらい覚

悟していなければならないと思えるのだけれ

ども。

 どうだろう。一体彼はどんな展開になるこ

とを期待して、自分に話しかけたのだろう。

あるいは、なにも展望などはなく、純粋に話

しかけたいから話しかけたのか。そんなこと

ってありえるのだろうか。

 自分と同様に眼鏡をかけている。自分は丸

眼鏡で、彼の眼鏡の縁は四角い。

 身長も同じくらい。

 自分は髪が微かに茶髪で、彼は純然に黒髪

だった。両者髪の毛は特別に長いわけでも短

いわけでもない。

「え?あん?なんだろう。武士道の話か何か

か?新渡戸稲造とか?」

「梶井基次郎ですよ」

直感で、この人は人とまともに会話を成立

させられない性質だと思った。

なにせ、他ならない自分もそうであるから

だ。大学でもろくに友人と呼べる者はいない。

一年休学していることを差し引いても、あま

りに大学で浮いている、という自覚がしっか

りとある。

 まあ、大学なんぞという場所で打ち解けて

みたところで、それは青春の一段階に過ぎず、

過去として埋もれていくものであるから構わ

ないはずだが、それはそれとして自身の地層

に「大学生時代」という一層を築くことに精

を出す人間は多い。

 そういった者たちを、自分は羨望の眼差し

で見るといったら大袈裟だけれど、高校生の

頃は、そういうモラトリアムサティスファイ

ドな大学生に当たり前のようになれるものだ

と過信していたから、典型的なコミュ障の陰

キャラに成り下がっている自分自身に思うと

ころはある。

 まともに会話を成立させられないタイプの

人間同士が絡むとどうなるか。当然、似た者

同士だからといえども会話は弾まない。しか

しながら、今回の場合、どこか言外の波長が

合い、雰囲気は決して悪くならない。

 彼は戸惑っている。自分にも分かる。話し

かけておいて、思ったようでない話の展開に

なると虚を突かれてしまうタイプなのだ。

自分もそう。

 思ったようにならないことにダメージを受

けるのならば、最初から声なんてかけるべき

でないことは重々承知しているけれども。心

に負荷をかけないことには生きていると言え

ない。もちろん、その後に心が回復されるこ

とがあってこそのストレスではある。

 彼の反応にはもしかしたら少なからず苛立

ちが含まれていたかもしれない。

「急になに?」

「たしか爆笑問題の太田光が、何かの本で書

いてたんです」

「なにを?」

「桜の木の下に死体が埋まってるって」

「ああ」

「それはまさしく梶井基次郎の引用だと思う

んですけど。… … 。いや、あなたが開花宣言

のことを教えてくれたんで、情報のお返しを

したんですよ。物々交換」

「それは… … 。どうもありがとう。いや、急

に話しかけて悪かったよ」

「いえ。全然」

「立ち話もなんだし、カフェでも行く?って

いうか、なんか、いきなりごめん。気味悪い

かな?あ、全然。なんか、本当、こんなつも

りじゃなくて」

「いいや。大丈夫ですよ。自分もちょうど暇

だったんで。行きましょう、カフェ」

初対面でカラオケやら居酒屋やらに行くの

は気が乗らないけれど、カフェなら別にいい

のではないかというハードルの低さがある。

こんなにポンポンと話が進んだはずもなく、

もっと紆余曲折あったはずなのだが、自分が

呼び起こせる記憶の限界はこれで、このよう

な流れしか記すことの出来ない。

 一塊の不甲斐なさのようなものがこみ上げ

てくるが、思い出せないものは思い出せない。

あるいは、実際には交わされていない会話

を思い出すことほど徒労であることはない。

もしかしたら、彼と交わしたことの全ては

これであるのかもしれない。

 なんだろう。自分と彼との距離感がつかめ

ていなかったのだ、この頃は。そして、その

距離感をはかりかねたまま、彼との付き合い

は続いていく。あるいは、その終わりまで彼

との距離感は掴めずじまいだったのかもしれ

ない。

 はて。彼との付き合いの終わりってなんな

んだろう?なんて、この時の自分は思念をし

ただろうか。


 自分たちは九段下駅近くのマクドナルドで

コーヒーを飲むことになった。靖国神社から

靖国通りを隔てた隣近所にカフェの類のよう

なものはないから、九段下まで下るのは仕方

がない。

 マクドナルドまで歩く道すがらにも何か話

をしたように思うが、それほど印象に残るこ

とではなかったはずだ。まあ、記憶から零れ

落ちてしまっているのだから、たいして重要

な言葉は交わさなかったと信じたいものだ。

そこで、重要な発言がされていたのに忘れた

となればあまりに不覚であるから。

 それよりも印象に残ったのは、まず靖国神

社の境内に存在する制服警察官だ。

 彼ら(もしかしたら女性警察官もいるのか

もしれないが)は警棒をすぐに使える状態で

手に持っていた。制服警察官が警棒を携帯し

ているところを見たことはあったが、手に持

った状態を見るというのは初めてだ。

 自分の地元にもそれなりに由緒のあるらし

い神社があるのだが、そこで警察官なんかま

るで見たことのなかった。

 靖国神社といえば、政治家が参拝だのなん

だの、とか、そもそもA級戦犯がどうのこう

の、とか、政治的思想を持った人物が一つ面

倒事を持ち上げるにはうってつけの場所とい

えるのは否定できず、警察官はその対処のた

めにいるのだ。実際に、警察官の警戒をかい

くぐって、境内で落書きをする不埒な輩がい

るなんていうニュースも耳にする。

 そして、もう一つ、興味を抱いたのが、下

校中の小学生と思える児童の集団だ。女子児

童ばかりのようにも見えるが。彼女たちは、

靖国神社の参道が学校からの帰り道であるよ

うで、参道にある大きな大きな鳥居(「第一鳥

居」というのだと後に教えられた)の下を通

るとき、社の方向に振り返ってお辞儀をする

のだ。それも、鳥居の下を通る女子児童のみ

んながみんなである。

 どういうことなのか理解しかねるけれど、

家庭あるいは学校でそのように指導されてい

るのだろうか。少なくとも自分は学校でも家

庭でも鳥居の下を通る時のしきたりなんて教

わっちゃあいない。

 靖国に宿る魂たちが肉体を持っていた頃の

活動のおかげで、今の日本人があるという教

えがあり、日々、先人への感謝の気持ちを忘

れなさるなという教育でもされているのだろ

うか。

 そのお辞儀は、例えば『君が代』の演奏の

時に、起立するみたいなことなのか。そうい

えば、スポーツの会場などでも国歌の演奏で

起立を促されることがある。

 こっちは、立ちたい時に立つし、座りたい

時には座るっつうの。いや、違う。それは核

心ではないな。起立して『君が代』を聞くこ

とに意味があるとされていることが純粋に疑

問なのだ。心の中で『君が代』に思いをはせ

れば、別に立っていようが座っていようがよ

くないか?こういう思念はあるいは青臭いの

かしらん。


 彼は、こういった警察官だの社の方向に頭

を下げる小学生だのの光景を見慣れているの

か、気にもとめないみたいだった。それによ

り、彼がそれなりにこの場所を訪れているら

しいことが分かる。

 そして、参道の途中にはテラス席もある喫

茶店らしきものがあって、ようするに「茶屋」

とでも表現するらしいのだが、そこでもいい

のではないかと自分は思ったのだけれど、彼

はあくまでマクドナルドがお望みのようだっ

た。まあ、マクドナルドのほうが安いからな。

 いや、親世代に言わせると、今どきは、マク

ドナルドもそう安くはないらしい。特にアル

バイトもせず、親からの小遣いでやりくりし

ている自分的にも参道の茶屋は却下といえる

かもしれない。


 他のどのマクドナルドとも同様に、まず先

に飲食物を買うタイプの店だった。それはそ

うだ。食後に会計をするタイプのマクドナル

ドがもし存在するのなら皆興味を持つことだ

ろう。

 マクドナルドという全世界チェーンは、エ

ジプトのギザのピラミッドの前にもあるのだ。

いや、ピラミッドの前にあるのはケンタッ

キー・フライド・チキンだったかもしれない。

まあ、いずれにせよ似たようなものだけれど

もさ。

 彼は店員に「アイスカフェラテのMサイズ

をふたつ」と告げ、代金を交通系ICカード

で支払った。アイスカフェラテが二杯用意さ

れたトレーを持って、自分たちは店内に空い

ている席を探す。ちょうど店の奥に二人席が

空いていた。

「なんで、なに飲むか聞かないんですか?」

「俺がご馳走するんだから、やいやい言わな

いでよ」

 あ。割り勘じゃないんだ。ラッキー♪

という嬉しさは隠して、なおも自分は食い

下がる。

「自分がカフェイン苦手かもしれないじゃな

いですか」

「どうせ大学生でしょ。眠気覚ましにカフェ

ラテがちょうどいいと思ってさ。それに、マ

ックにデカフェはないもん。スタバじゃない

んだからさ」

「自分が飲むやつ別に買ってこようかな。ア

イスティーとか」

 そう言って自分は立ち上がり、レジの方へ

足を一歩踏み出した。

「嘘でしょ」

「噓です」

 自分は足を引っ込め、席に戻った。

 ストローを紙袋から出し、アイスカフェラ

テに突っ込む。彼はシロップを二つ投入して

いたけれど、自分はそのままで。カフェラテ

の風味を楽しみたい。

「あんま、年上をからかっちゃダメ」

「年、いくつなんですか?自分はちょうどハ

タチになったとこですけど」

「まあ、そういうのはさ、いいじゃんか」

 ふと笑いがこみ上げてくる。靖国神社で声

をかけてきた訳の分からない男と二人で、九

段下駅近くのマクドナルドにいるのだ。

 こんなことって、あるんだなあと少し感慨

深い。

 何もしなくても誰かと巡り合えるだろうと

思い、誰とも巡り合えない日々が続いても、

それでも誰かしらとは出会えるだろうと思っ

ていたから。

 まあ、靖国で急に声をかけられるのは、思

っていた巡り会い方とちょっと違う。

 でも、思っていた巡り会い方ってなんだろ

う。野球場とか映画館で席が偶然隣り合わせ

になるようなことか。

「仕事は?大学生ですか?」

「そういうのも、いいじゃんか」

「じゃあ、怪しい人ってことでいいすか?」

「まあ、そういうことでも、いいんじゃん

か?」

「怪しいの否定しないって、変ですね」

「君も怪しいと思ってる人と、こうしてカフ

ェオレ飲んでるんだから相当変だよ」

「まあ、自分が相当変なのは否定しません。

自分で言うと白けますけど」

「たしかに、自分で自分を変です、って言う

ファッション変人とは違って、君は本当っぽ

い」

 変人になりたいファッション変人というの

は確かにいる。真の変人は、自分が変人であ

ることなど一ミリも望まないものだ。凡庸で

あるという状態は確実に得難い。そんな素晴

らしいものを手放して、変になろうなど愚の

骨頂だといえる。

「その言葉はそっくりそのままお返しします」

二人してカフェラテを飲み始めたはいいが、

特に話すべき話題も見つからないと自分は感

じた。そもそも、立ち話もなんだし、とか言

い出したのは相手のほうなのだ。ああいう局

面では、自分は返事などせずにそそくさとそ

の場から立ち去るのが正解なのだろうか。あ

まりに社交の経験値が低すぎて、自分には対

処が難しい。一般的に靖国で初体面となった

男同士二人が、どんな話をするべきなのかも、

まあ、いまいちパッと思いつかないわけだけ

れども。そもそも、一般的には靖国で初対面

を果たすなんてことまずないだろうし。

「で。なんか面白い話を聞かせてくれるんで

すか?わざわざ、こんなところに連れ込んだ

わけですし」

「ホイホイついてきたじゃんか」

「まあ、たしかに」

 彼は何かを指で挟み、口元に持っていく仕

草をした。まるで、タバコを吸うみたいに。

でも、タバコはどこにも見当たらない。禁煙

でもしていて、吸っていた時の動きでもやっ

ているのだろうか。タバコはまさしく金のか

かる嗜好品だ。本当は吸いたいけれども、買

う金がないのかもしれない。男は見る限り、

金に困っているようにはとても見えないが。

「いやー、いきすぎちゃったよな、俺」

「え?」

「いきすぎちゃったと思って」

「行きすぎちゃった?オーバーランみたい

な?」

「こんなのな、初対面で、もう二度と会うこ

ともないだろう、君に向かってだから話すん

だけどさ」

「はい」

「もう、いきすぎちゃったのよ」

「なんなんですか、さっきから、それ」

「まあ、年は言わないけどさ。君よりは年上

ってことになんのかな、一応」

「生きすぎちゃった?」

「うん。まあさ、なんか今、世界では色んな

とこで戦争があってさ」

「あ。なんか思想系の話ですか?関わるとヤ

バみの?」

「いいから聞いてくれよ」

「聞くけど」

「ほんとにしょーもないネットの憶測だけど

さ。日本も戦争するのかみたいな。徴兵制度

復活とかXのトレンド入りしてたり」

「あー。見ました、それ」

「まあ、そういうのはずいぶん極端な話なん

だろうけどさ。それに対してさ、なんか徴兵

なんか嫌だ、みたいな。戦場なんか行きたく

ないみたいなさあ」

「自分も、まあ、徴兵は嫌っすね」

「あ、そう?俺は悪くないと思うのよ。それ

は別に、戦争することに賛成だ、みたいな意

味じゃなくてで言ってるんだけどさ」

「はあ」

「だからさあ。もうハタチも過ぎたらさ。パ

ッと生きてパッと死にたいってさ」

「え、メンヘラ?」

「今の話聞いて、メンヘラと結びつく?まあ、

なんか思うのよ」

「そうですか。でも、ただのメンヘラでは。

男のメンヘラは付き合う彼女も道連れにする

らしいからメンヘラ製造機だって聞きます」

 彼は、自分が何か言葉を発することをあま

り望んでいないようだ。ようするに、話が嚙

み合わない。

「戦時中を描いた映画なんか見るとさ、戦場

に行く人の出陣を祝って万歳なんかしててさ。

でも、裏では行きたくないよ、死にたくない

よ、家族と離れたくないよ、みたいなさ。そ

ればっかりじゃん」

「あー。ありますね」

「本当にそうなのかな?別に、日本のために

死ねるとかどうこうじゃなくて、死に場所を

与えられることをありがたがることもなくは

ないんじゃないか。だから、別に、お国のた

めに命捧げるみたいなじゃなくて、純粋に死

に場所が見つかることの嬉しさがあったって

おかしくないはずだと思うのよ」

「うーん」

「やっぱり、君なら分かってくれると思った

んだ」

「いや。なんで自分がわかったように思った

んですか?全然わかってないですし。あなた

やっぱり変ですよ。気味の悪い。あなたが言

っていることは、平和ボケした日本人の戯言

です。反論できます?」

「名前は?」

 ほら。質問のやり取りさえも成立しない類

の人である。

 自分は、自分が彼の意見を戯言だと言った

ことに彼が反論できるかどうか聞いたのだ。

まず、逆質問は大人としてよくないし。それ

に、いま、自分の名前を質問するなんて、何

の脈絡もありはしないではないか。

 本名を教えるのは躊躇われた。

 そもそも、本名で人に認識されることに抵

抗がある。あれは、役所が個人を把握するた

めの道具にすぎない。

「あー、タカハシっすね。タカハシユウ」

「高橋くんね。まあ、そういうわけだから、

LINE交換しよう」

「LINEはちょっとなあ… … 。Xならいい

っすよ。DM送ってもらえれば」

「じゃあ、それで」

 彼は心の声をOUTし、カフェラテをIN

した。自分は、彼の声とカフェラテをINし

た。XとかLINEとかDMとかに影響され

て、自分の頭の中で横文字が飛び交うように

なってしまった。笑えるね。

 マクドナルドの前で彼と別れ、彼は地下鉄

の駅へと下って行き、自分はちょっと千代田

図書館にでも行こうかなと思ったが、そうい

えば彼の名前を聞き忘れたことを悟った。

Xの自分のアカウント「@takassy

uukid」を彼に教えて、彼はこのアカウ

ントをフォローしたらしい。

 XというのはもともとTwitterとい

う名前で覇権をとったSNSで、イーロン・

マスクという金持ちに度々仕様を変更される

のだけれども。もしかしたら、この文章が誰

かの目に届いた時には、Xというのも過去の

ものになっているかもしれない。もっと言え

ば、そのSNS自体が消えうせているかもし

れない。

 フォロワーとして最新に追加されたアカウ

ントとして「@yasukuni_ love

r_ forever」というものがあったの

で、それが彼のものだろうと思った。

 @yasukuni_ lover_ for

everの詳細欄には「愛国心とかは別にな

いです。」とご丁寧に書かれていた。ポスト数

はゼロ。リポストもゼロ。誰かに返信を飛ば

しているわけでもない。いいね欄を見たら、

猫とか犬の癒し系の動画ばかり、いいねされ

ていた。

 まあ、愛国心はないのかもしれないけれど、

靖国神社にはそれなりの思い入れがあるので

あろうアカウント名である。

 自分は、彼のことを靖国からとって「やっ

すー」とでも呼ぼうと思った。というか、そ

れ以外に彼のことを呼びようがない。今更、

やっすーに、「なんて呼んだらいいですか?」

なんてDMするのはあまりにもバカげている。

それに、これは直感なのだけれど、やっす

ーはきっとなんて呼ばれようとも構わない気

がする。むしろ、「なんて呼んでほしい?」

と聞いたら、おそらく彼は大変に困惑するこ

とだろう。

 靖国神社で急に話しかけられたら万に九千

九百九十九の人は相手にしないはずだ。自分

は、万に一つの人のほうで、まあ、そういう

人の話相手になるのも犯罪の抑止になるとい

う考え方というか。社会貢献のため。

 いや、素直になれ自分。こんな風に斜に構

えた思念をしているけれども、本当のところ

は嬉しいのだ。嬉しくて仕方がない。誰かと

こうして巡り会えたことが。もうちょっとで、

「こんなことって本当にあるんだな」なんて

口に出して言ってしまうところだ。BL漫画

の中で両想いだと分かった時に発される台詞

第一位の。

 その日、彼と別れてすぐに家に帰るのは、

なんだかもったいないような気がして。ちょ

っと日本武道館の前あたりまでウロウロして

その時の出会いの余韻に浸った。

 靖国通りに面した歩道で、少なくない人た

ちが政治的な演説をやっていた。

 護憲派であるというその者たちは国政与党

のことを似非保守だと糾弾していた。

 その人たちと自分とは同じ言語を有してい

るはずなのに、その人たちの言葉は自分の心

にはいっこう刺さらず、やっすーの繰り出し

た発言のほうばかり思い出している自分がい

た。

 おそらく、やっすーよりも、この演説をや

っている人たちのほうが、何か日本人にとっ

て欠かせないことを言っているような気がし

たのだが、やっすーの狂気のほうが自分の好

みに合っていると感じた。あくまでも、好み

の問題なのかもしれない。蓼食う虫も好き好

きという言葉がある。どんな価値観でも、分

かり合える者同士は分かり合えて、分かり合

えない者同士では永遠に平行線かもしれない

のだ。

 それは、ある種の譲歩の問題かもしれず、

今の世界は譲歩することよりも、誰かを屈服

させることのほうで、言葉が回りまわってい

る。


 自分は御茶ノ水にあるデジタルニューヨー

ク大学デジタルコミュニケーション学部デジ

タルコンテンツ学科の学生だ。

 デジニュー大は元々は、クールジャパンの

聖地秋葉原にキャンパスがあったが、十年以

上前に御茶ノ水に拠点を移した。秋葉原時代

は、秋葉原の各所にキャンパスが点在してい

て、教室の移動をするのが大変だったと聞い

たことがある。移転前にデジニュー大に通っ

ていて今ではITのなんだかをやっていると

いうOBの講演かなにかで聞いた話だ。

 「メディア概論」という、まるで興味深さ

のないことを美徳とするかのような講義を終

え、大教室はランチタイムを迎えていた。サ

ンドイッチの袋を破る音、卵とマヨネーズの

匂い、パリパリのオニギリの海苔を破る音、

香ばしい匂い、そんなようなものが混ぜ返っ

た。自分は一人で、コンビニで買ってきたオニ

ギリとサンドイッチを食べるのだけれど、周

囲では友人同士で食べている者もいくらかい

る。出来るだけ、そういう輪からは離れたくも

あるのに、得てして向こうたちは気が利かず、

仲間連れで近くでマクドナルドのハンバーガ

ーとフライドポテトの匂いを漂わせるなんて

いうことも無きにしも非ず。

 うん?また、マクドナルドが出てきた。む

しろ、現代においてはマクドナルドとエンカ

ウントしない生活のほうが困難なのかもしれ

ない。東京で、「マクドナルドが視界に入っ

たら即終了」ゲームなんて企画をやったら、

二十三区内ではだいぶん難易度が高いのでは

ないだろうか。

 自分はノイズキャンセリングイヤホンを耳

に装着しているけれど、アンビエントサウン

ドにしているから、周囲の音を拾っている。

周りから見たら、こいつは音楽を聞いていて、

周りの音なんて気にしちゃいない、聞きたく

もないように見えていることだろう。そう思

わせておいて、実のところ聞き耳を立ててい

るという一種の変態性が自分の中で発露され、

そして行き場はない。その変態性はただ、自

分の心の内の辺をウロウロと徘徊するだけ。

これは、よそのグループから聞こえて来た

話だ。

「靖国神社って知ってる?」

「えー、また怖い話かよ。ダルぅ」

「ダルビッシュ」

「ダルビッチュ」

「ダルビシュ」

「ファリデュ」

「んー。あれだろ?戦争で死んだ人のお墓で

しょ?」

「そうそう」

「聞きたい」

「聞かせてくれ」

「君たちはどう語るか」

「靖国神社の軍服の男の幽霊の話なんだけど

さ」

「うわー、キツそう」

「そう。キツめ」

「キツみちゃん」

「キツミーランド」

「いや、キツミーシー」

「なんか、靖国神社のお寺の前にね、軍服を

着た男が来るんだって。あ、幽霊ね。まあ、

軍服着てるから軍人なのかー」

「そーりゃ、そうじゃっ」

「オーキド博士」

「最初のポケモンなににしますぅっ?」

「で、そこで、軍人の幽霊は切腹するわけよ」

「ハラキリー」

「どんだけー、みたいに言うな」

「でさ。昔って、切腹するときさ」

「昔って、って、今、切腹なんかねえじゃん」

「うるせ。切腹するときは、切腹した人の首

を切り落とす役目の人がいたんよ。正式な切

腹ではさ」

「正式な切腹とは」

「非公式な切腹」

「しーけいっ」

「だけどさ、まあ、幽霊だしさ、その幽霊一

人ぼっちだしさ。誰も首切ってくれないわけ

よ」

「首チョンパー」

「チョッパー」

「わたあめ大好きチョッパー」

「だから、『誰か首切ってくれー』って、そ

の靖国神社の園内をウロウロしてるんだって。

怖くない?」



 やっすーからDMが来た。


 ― ― 【急募】靖国神社で焼身自殺する方法


 自分は、これを見て、なんかもう笑っちゃ

った。しかも、彼のアカウントがポストした

わけじゃなくてDMで個別に直で来てるのが

なんともね。

 これに返信するのは躊躇われる。

 そして、また、やっすーからの連絡もこの

DMで途絶えた。続けざまに何かメッセージ

を寄越すということはなかったのである。

先日初めて会ってからもう数週間経ってい

る。自分は一年間休学しているので、ようや

く大学二年生のシーズンが始まっていた。

靖国神社のソメイヨシノの標本木は、その

標本木としての勤めを終え、それどころかソ

メイヨシノの桜は綺麗さっぱり散ってしまっ

ていた。

 桜散る… …

 自分は自分のことで手一杯。レポートを書

いたり、文献にあたったりしていたので、や

っすーのことは頭の隅に追いやられていた。

むしろ、やっすーの存在は頭の隅に追いやら

れるくらいがちょうどいいとも言えるかもし

れない。

 だが、こうして、まだ、彼との繋がりは途

絶えたわけではないようだ。

 これを機に、大学の講義終わりで靖国の方

へと足を向けてみることにした。

 こちらから、やっすーにDMを送って、予

定を合わせて彼と会うのは、何かが違う気が

するのだ。

 ただ、また、フラッと偶然にも靖国で出会

えたらいいなあ、という程度の軽い付き合い

なのだ。

 もちろん、やっすーが自分をどう思ってい

るのかは知らない。行きずりで軽口を共にし

たけれどももうサヨナラという程度の仲なの

か、それともどうしてもまた会いたいと願う

仲なのか。

 こういう不思議なディスコミュニケーショ

ン(?)がなぜ生じるのかということについ

て自分なりに思い至ったのは、今ではSNS

で先に繋がるのが常識で、急に靖国神社で話

しかけるっていう出会い方が珍しいからなの

かもしれない。ある程度、SNSの投稿を見

てその人の属性を知ってから繋がれるのは安

心安全かもしれず(マッチングアプリによっ

て生じたぼったくり等の諸問題を見ると、今

やそうとばかりも言い切れないが)、一方で、

やっすーの登場の仕方はあまりにも得体の知

れなさを秘めていた。

 御茶ノ水の駅から総武線で三駅。市ヶ谷駅

から、神社まで少し歩く。少し汗ばむ。

これから春なんてものはたちどころに消え

てしまって、夏本番がやってくるのだ。今年

の夏もまた、いつもよりも暑くなるのだろう。

「例年以上に暑い」と毎年言っている気がす

る。「今年は珍しくあんまり暑くないですね」

なんていう言葉を聞いてみたいものだ。

 靖国神社の中には、いくつか立て看板があ

る。

 ― ― これより先犬を連れての参拝はご遠

慮ください     ― ― 靖国神社社務所

 盲導犬の場合はどうなんだろう?

 スーパーマーケットなんかでは、ペットの

同伴は禁止だけれども、盲導犬は可である場

合もある。

 他にも、「どこそこで礼をしてください」

というような看板を見かけた記憶がうっすら

とある。おそらく、神社で祀られている者た

ちへ敬意を払えということなのだろう。

 『君が代』での起立が象徴するように、日

本人は形式的なマナーを重んずる。そして、

心の中では、いかに何かを侮辱していても構

わないのだ。「内心の自由」がそれを保障し

ている。内心までは強制できないので、せめ

て形式だけでも礼儀良くあれ、という。

自分はそんななんやかんやが気に食わなか

った。

 だから、特に何かの前で礼をすることもな

く、境内に入ると、標本木へと向かった。も

う今年は標本木としての役目を終え、次の出

番は来年の春だ。来年も、今年と同じような

春がやって来るのであろうか。数々の出会い

があり、数々の別れがある春は、当たり前の

ように存在し続けてほしいものだが。

 背後に何か立つ気配を感じた。振り返って

みると、やはりやっすーが苦笑しながら立っ

ていた。昔風の言葉でいうと、ニヒルな立ち

姿ってやつだろうか。

 やっすーは嬉しそうだ。

「や」

「どうも」

「奇遇だ」

「毎日、ここに来てるんですか?」

「なんでよ?」

「自分に会いたくて」

「そんなことあるわけない。たまたまだよ。

偶然以外のなにものでもない」

「偶然かなあ?」

「ここに来れば俺に会えると思った?」

「こっちの台詞じゃい」

「ふ」

 また、今日も、立ち話もなんだし、という

ことで、参道を経由して例のマクドナルドへ

やって来た。九段下駅近。靖国通りのところ

にもカフェがなければ、千代田区役所のほう

へ行ってしまうとそちらはそちらであまり店

がなく、結局、九段下駅近のマクドナルドに

腰を据えることで落ち着く。頑なにというわ

けでもないはずだが、二人して「靖国の参道

にある茶屋に入ろう」ということにはならな

い。自分たちの経済状況の象徴というわけで

もなく、なんとなく茶屋は横目に見てスルー

するのが礼儀ですらあるような気さえしてく

る。もしかしたら靖国の標本木からマクドナ

ルドまでの移動を楽しんでいるのか。そんな

ことはないか。

「DM見ましたよ」

「なら、返事してよね」

「怖いっすね。靖国神社で焼身自殺」

 やっすーは慌てて周囲を見回した。そして、

小声で言う。

「あんまり、大きい声で言うようなことじゃ

ない」

 思わず自分も声を潜める。

「まあ、たしかに」

「なあ、ちょっとその」

 やっすーは「焼身自殺」とやけに小声で言

った。周りに聞かれたくないみたいだ。じゃ

あ、そんなこと言わなきゃいいのに。あるい

は、思わなきゃいいのに。人に聞かれたくな

いことを言ったり思いついたりするものかね

え。しかし、やっすーは多くの人には聞かれた

くない話を自分にはしてくれるのだというこ

とに気付き、特別感を得る。でも、それは態

度には出さない。こっちが嬉しがっているこ

とをやっすーに知られるわけにはいかない。

あくまで、自分はなかば嫌々に彼の話に付き

合っているというポーズをとらなくてはなら

ない。何か、自分のプライドのためとかいう

わけではなく、そうしたほうがいいように思

えるという理由に過ぎないのだけれど。

「の話の前に、雑談していい?」

「自分らの会話はぜんぶ雑談ですけどね」

「靖国神社で軍服を着た男の幽霊が出るのよ」

「初耳です」と自分は噓をついた。こんな

にも奇遇なことがあるものなのか。

 大学で面識のない学生が話していた記憶が

デジャヴってる可能性も考えてみる。あの学

生たちの話を聞いたのが誤った記憶であると

いうことにも思いを致すのだが。しかし、だ

ったら目の前のこのやっすーのほうが誤った

存在である… … 。いや、いや。目の前の光景

すら疑うようになったら終わりだ。この目の

前には、確かに、やっすー(と自分が認識し

ている何者か)/Xのアカウント・@yas

ukuni_ lover_ foreverと

紐づいた人間存在、が、い、る。

「そして、社の前までやってきて、自らの腹

を切る。でも、介錯をしてくれる人がいない

から、そいつは腸が出たまま境内をうろつく

んだよ。『首を落としてくれー』ってさまよ

い歩く。腹から腸なんか飛び出ちゃってさ、

腸の端っこを引きずりながら境内を歩くわけ。

腸を引きずったところには、もちろん血の跡

が残る」

 自分は、しかし、聞いたことのあるような

話にも関わらず、動揺を悟られまいと冷静に

相槌を打つことに努める。あと、ちょっとニ

ュアンスが違うような気がする。というか、

学生たちとやっすーの怪談話との関係性が無

性に気になる。

 つまり、学生たちとやっすーが同じような

発信源を頼りに、この怪談話を知ったのか。

あるいは、学生たちが発信源である怪談話

をやっすーが知った。これはありえないよう

な気がする。

 それとも、やっすーが発信源である怪談話

を学生たちが知った。これは、ありえそうで、

怪談話そのもよりも怖い。

 まあ、順当に考えれば一番最初に候補にあ

げた、発信源を共有しているという説だろう。

今やSNSで、ありとあらゆることが共有で

きるのだ。怪談話の一つを共有するぐらいわ

けはない。でも、やっすーに、「その話をど

こで聞いたんですか?」と問うのは躊躇われ

た。なんとなく、やっすーにしても所在なく

なってしまうかもしれないし。そういう、あ

えてベールに包んでおきたいと思える部分を

残しておかなくては。それは、その部分を明

らかにしたいという欲求と同程度に、明かさ

ないでおきたいという欲求が残るもの。

 とにかく、自分は話を合わせてさえいれば

よいのだ。あまり出しゃばったことをするも

のではない。

 そう。やっすーは話を聞かせたいという純

粋欲求を発露しているのだ。その会話から何

か建設的なことに発展させようなんて気持ち

はまるでないはず。

 適当に相槌を打つ。

「靖国神社にありそうな怪談話ですね」

「でしょ?でも、これが例えばピエロの幽霊

だったら、怖くないじゃない」

 あ、なんか。ここらへんから、学生たちの

トーンとは、雲行きが変わってくるみたいだ

ぞ。その、本編は同じで、後日譚が違う、み

たいな。それでいて、このやっすーの場合、

後日譚の方に重きを置くパターンもありえそ

う。

「スティーブン・キングの『IT― イット― 』

なら話は別だと思うけど」

「やいのやいの、と言うね」

「幽霊も適材適所ってことですか、今の話の

教訓は。神社では軍人の幽霊で、アメリカの

移動遊園地ではピエロの幽霊」

 やっすーはカフェラテを一息に飲んでしま

った。

「まあ、軍服の幽霊の話に戻るけどさ」

「あ。戻るんだ」

「幽霊だから切腹できるんだよ」

「はい?」

 思わぬ着眼点から、この怪談話が語られる。

その観点は、やっすーのオリジナリティ溢れ

るものだ。

「あそこの境内ってさ、警察官もいれば、社

務所の警備員もいるじゃない。だから、幽霊

じゃない生身の人間があそこの場所に行って、

切腹をしようなんて思ってみても、どだい無

理な話なわけ」

「もしかして、それって焼身自殺の話と関係

してきます?」

 やっすーは指をパチンッと鳴らした。マク

ドナルドの店内に響いて何人かがこちらを見

たし、もっといえばやっすー本人もそんな音

が出たことに驚いているみたいだった。

「鋭いね、君。冴えてる」

「こんなことで冴えたくないんだけどな」

偽らざる本音だった。だって、やっすーの

心を読み取るなんていう芸当は身につけたく

ないもの。

「靖国神社の境内で、切腹するのも難しけれ

ば、焼身自殺もこれがなかなかに難しいもん

なんだ」

「まあ、わかりますけど。たしかに、おまわ

りさんとか警備員とかいますもんね。それを

見とがめられないわけない」

「石油を持ってきて、それをかぶり、火をつ

ける。これを警備員とか警察官に邪魔されず

にやるのは至難の業だよ」

「でも。これは言っときたいんですけど、自

分に聞かれても、その方法なんて答えられな

いですからね」

 やっすーは自分の手を握ってきた。別に、

気色悪いとかはない。

なんだろう。やっすー自身が、自身が幽霊

ではないことを確かめようとしているみたい

だ。自分もやっすーの手を握り返す。やっすー

が幽霊でないことを確かめるために。

 あるいは、両者とも手の感触があったとこ

ろで、お互いともに幽霊であった場合は困っ

てしまうのだけれど。

「だから、一緒に考えようというんじゃない

か」

「はあ」

「焼身自殺をする理由なんだが」

「別に聞いてないですけどね」

「君が聞かないから自分から言うんじゃない

か」

「なるほど」

「やっぱり、生きすぎちゃったってやつだよ」

「ああ。こないだも言ってた」

「三島由紀夫だってさ、市ヶ谷駐屯地で割腹

自殺したじゃないか。あれも、きっと、行き

つくところは生きすぎちゃった、ってことな

んだろうよ」

「市ヶ谷って、ここから近いですよね。防衛

省のほうか」

「あの時代の人間は、どこかで『戦争で死ぬ

はずだったんだ』『死にぞこなったんだ』っ

ていう意識を持った人が多いね」

「でも、あなたは別に戦後生まれでしょう。

そこの人たちと同じ枠組で語れるんですか?」

「まあ、たしかに。そこと一緒にするのは違

うかったな。ごめん」

「責めたかったわけじゃないんですけど。す

みません」

「実際のところ、少なくとも、警備員とか警

察官のおとりになってくれる協力者が必要な

んだよ」

「あ。焼身自殺の話に戻ったんすね」

「うん」

「自分、嫌ですからね。そんなの。公務執行

妨害と、自殺幇助、建造物侵入じゃないです

か」

「だったら、せめてアイデアくらい出してく

れ」

「それも、共謀罪とかになりそうだけどなあ」

「小さい男だな」

 自分はかつて読んだ本の記憶を頼りにこん

な話をしてみることにした。

 あるいは、自分はこの話をしてやっすーの

本気度を試そうとしているのかもしれない。

だとしたら、挑発をしているみたいでちょっ

と心苦しいかも。

「昔、ある死刑囚の手記かなんかを本で読ん

だんですけどね。その死刑囚は子どもを何人

も殺して、結局死刑になったんですけど。た

しか、死刑になることが目的で事件を起こし

たんだっけかな。『事件現場で自分自身の命

を落とさないために殺害方法が制限された』

と、『その場で自分が死んでしまっても構わ

ないつもりなら、もっとたくさん殺せた』み

たいな冗談じゃないことを言ってるわけです

よ。なんだったっけかな。カバンにポリ袋を

入れて、その中にガソリンを入れておくみた

いな。『それを持って満員電車に乗って、ガ

ソリンをばらまいて火をつければ、たくさん

殺せるんだ』ってことが書いてあって。これ

は、自分が考えたことじゃないですからね。

元死刑囚のアイデアってだけで。まあ、その

元死刑囚は、死刑になることが目的で事件を

起こしたみたいで。事件の実行中に自分自身

も死んでしまったのなら、その人にとって意

味はなかったみたいです。いずれにせよ、迷

惑な話ですけれども」

 やっすーは黙り込んでしまった。

 靖国神社で焼身自殺をしようという男をど

うやら引かせてしまったらしい。まあ、急に

凶悪犯罪者の手記の話なんかを持ちだしたら

誰だって引いてしまうか。でも、仕方がない。

自分の頭の中の引き出しには、その手記のこ

とがしまわれていたのだから。そして、しま

われたものはいつか引き出しから出てこなけ

ればもったいなく。

「ま。まあ、そうだな。ガソリンの持ち込み

方は、まあ、それでいいかもしれないな。あ

とは、まあ、すぐに消火器か何かで鎮火され

てしまったら、自殺未遂になるからな。やっ

ぱり、警備員を足止めしてくれる人がいない

と。一人ではやっぱり無理っぽいんだよなあ。

うん」

 あるいは。やっすーは焼身自殺なんかこれ

っぽっちもしたくないのかもしれない。

 靖国神社で焼身自殺をしたい、でも、現実

的にそれは出来ない。

 その板挟みで死ぬことを先送りにし、ずる

ずると生き続ける腹積もりかもしれない。

 あれ。これじゃあまるで、自分はやっすー

に死んでほしいみたいではないか。もちろん、

そんなつもりは一ミリもないはずなのだけれ

ど。どうも、物事の筋が通っていないと落ち

着かない性分のようだ、自分は。別に、やっ

すーが死ねばいいなんて思わないし、なんな

ら生き続けてこうやって自分とバカ話をして

ほしい。

 でも、やる気もない焼身自殺の話なんかを

持ち出されるのが、なんだか無性に許せない

気がするのだ。

 ただ、それだけだ。やっすーへのヘイトな

んてない。でも、じゃあ、自分はやっすーに

対し「焼身自殺なんかやめましょうよ」とか

「もっと楽しいこと考えましょうよ」とは言

えない。

 なんだろう。あくまで、自分はやっすーの

価値観を尊重したい。いや、そんなのは言い

訳だな。干渉して拒まれるのが怖いだけだ、

はっきり言えば。


 やっすーとは、時おり会って、マクドナル

ドでカフェをするだけに留まらず、ちょっと

した散歩を共にするようにまでなった。

 特別にXのDMで日時を示し合わせるわけ

でもなく、自分が大学の講義終わりに、靖国

神社を訪れ、例の標本木を眺めていると、五

回中に一回は背後から声をかけられるのだ。

振り返ればやっすーがいる。

 まさか、地縛霊でもあるまいに、少ないと

はいえない頻度で靖国へとやって来る彼は暇

人の誹りを免れない。自分も同程度の暇さ加

減であることを棚に上げておいてなんだけれ

ども。

 なんというべきか、親にそれなりの財産が

あり、それを頼りにぶらぶらしている人なの

だろうか。昔風に言えば高等遊民ってやつ。

そういう意味でいうと、もしかしたら、これ

は未来の自分自身と邂逅しているのかもしれ

ない。それは考えすぎか。市川拓司の小説み

たいだ。

 もちろん、やっすーの暇さ加減を自分自身

もバカに出来たものではないことは確か。

だが、自分は自分で、やっすーにめぐりあ

えなかった時は、それこそいつものマクドナ

ルドでレポートを書いたり、資料の読み込み

をしたりしている。

 やっすーのことを想像してみる。やっすー

が靖国で自分を捕まえられなかった日は、他

の青年に声をかけて、例の焼身自殺の話を披

露しているのではあるまいか。

 ありえそうな気もするし、でも、どこかで、

彼の良き話し相手は自分だけであってほしい

という独占欲のような思いも湧いて出てくる。

おおよそ確かであると思えることは、彼が

たくさんの人々に声をかけているにせよ、そ

れなりの話し相手として継続しているのはお

そらく自分だけであるのだろうということだ。

まず、並大抵の人間は彼の話にまともに耳

を傾けてはいられない。

 自分とやっすーを例えていうとするのなら

ば、不協和音同士がぶつかり合ってお互いい

くらか相殺された結果、聴くに堪えるハーモ

ニーを奏でているとでもいおうか。

 やっすーも自分も、お互いに、頭の中のど

こかのネジが緩んでいて、そして緩み具合が

似ているからこそ、こうして仲良くとはいわ

ないまでも、それなりに関係性を保ってゆけ

ているわけだ。

 ともあれ、やっすーに見つけてもらえなか

った時の一人マクドナルドには少なくないも

の寂しさがある。話し相手がいないことと、

カフェオレ代が浮かないという不満も相まっ

て。結局、二人の時はいつもやっすーが会計

を持ってくれている。たかがマックのカフェ

オレ一杯といえども、おごってもらえるのは

嬉しいもの。

 自分たちの散歩コースとなるのは、靖国神

社の第二鳥居を起点として、いつものマクド

ナルドがある九段下駅方面へ向かうのではな

く、千鳥ヶ淵方面へと進み、国会議事堂を見

据えて、いわゆる皇居(昔は宮城といったら

しいが)の周りを一周して靖国へと戻ってく

るコースである。今も、皇居の周りには皇居

ランなるジョギングコースとしてそれなりに

ランナーを認めることが出来る。

 時々、皇居を囲うお堀で泳ぐ人(川やプー

ルと勘違いしているのだろうか?)が現れる

らしいけれども、それは稀なことで、日常で

はランナーがもくもくと有酸素運動をしてい

るゆっくりした時間が流れるばかりだ。

 とはいえ、特に国会議事堂の近くなんかに

は、制服警察官の姿も複数見られ、ピリピリ

とした雰囲気に小心者の自分は少しばかり緊

張するのだが、対して一方のやっすーは堂々

としたものだ。

「警察官は市民から敬礼をされたら、敬礼を

返さなきゃいけないんだ。もちろん、手の空

いてない時は出来ない時もあるだろうけど。

警察礼式ってので定められてる」

「へえ。実際に敬礼してみてくださいよ。本

当にし返してくれるか気になる」

「自分でやって」

「自分は恥ずかしいですもん」

「俺は警官に余計な手間をとらせたくない」

「またまたー。警察の目を盗んで」

 声を潜めて、やっすーの耳元で「焼身自殺」

と言い、「しようとしてる人がよく言うよー」

とからかった。

 やっすーはムッとした表情を見せたものの、

本気で怒っているというわけではなさそうだ。

そんな見積もりもあるいは浅はかだったかも

しれないけれども。

 その約一時間半におよぶ散歩はもはや散歩

でなく、ちょっとした労働といってもいいよ

うなものだけれど、途中でランナーズハイな

らぬ、ウォーカーズハイとでも言うべき状態

に陥る。格好よく言うなら、ゾーンに入るっ

てやつ。

「この国のために命を落とした人の魂も、自

分らみたいに皇居の周りを歩いて警備してる

かもしれませんね」

「歩いてはいるけど、警備なんてしてないが

な、俺たちは」

「なんだろう。そんな感傷に浸りたいんです、

今は」

「わからなくもない」

「でも、どうなんでしょうね?」

「何が?」

「あの世に行ってからも、国に仕えることに

喜びを感じるのか。それとも、あの世でくら

いゆっくり休ませてほしいと思うのか」

「その主語は『英霊が』ってこと?」

「もちろん」

「興味深い問いだな。今度、靖国で手を合わ

せて心の中で問いかけてみたらどうだ。意外

と返事が聞こえてくるかもしれないぞ」

 やっすーの言葉を聞いて、自分は黙り込ん

でしまった。

 沈黙。

「うん?」

「自分。あんまり。これ、言っていいことか

分かんないんですけど」

「今更そんなことあるかよ。チーム焼身自殺

の仲間じゃないか」

「そんなチーム組んでない」というツッコミ

をせずに、自分は心中を吐露していた。ふざ

けたくない気持ちだったのだろう。

 本当はおどけて言うことが出来たら楽なん

だろうけれど、変なところで真面目になって

しまう。

「靖国神社でお参りをしたことがないんです。

神前で一度も手を合わせたこともない。二礼

二拍手一礼っていうんですか?二拝二拍手一

拝?そういうのも全く。どう思います?」

「どうって」

「色々考えちゃって。今の日本があることと

か、自分の命があることとか、あの場所で眠

ってる、いや、宿ってる?表現わかんないで

すけど、その人たちのおかげなのは認めます。

でも、今の日本になったこととか、自分の命

があることとかを自分自身どうしても肯定で

きなくて」

 だんだんと自分で自分が何を言っているの

かわからなくなり、声も小さくなって最終的

には出なくなった。

 やっすーは自分の肩をポンッと叩いた。振

動が心の臓にまで伝わるようだ。

「何も考えずに、ただそういう場所だからと

手を合わせるよりは、よっぽど高橋君はちゃ

んと何かに向き合っているんだろうよ」

 やっすーの言葉を聞いて、自分はホッとし

た気持ちになりたかった。でも、現実では決

して自分の中の気持ちのザワザワはいっこう

おさまらなかった。

 皇居周りのコースも最終盤。

 あとは、日本武道館めがけて真っ直ぐに進

むべきところで、傍らには科学技術館がある。

「昔、ここの科学技術館に、もう何年も前の

中学生の頃に、友だちと一緒に入ったんだ。

なんでこんなところに行ってみようと思った

んだろうな。まあ、地学部だったから」

「地学部?」

「あの、化石とか鉱石とかを採集しにいくよ

うな」

「ああ」

「まあ、そういうのはどこか特別な場所に巡

検しに行ったときだけで、普段はサッカーと

かしてたけどな」

「帰らない帰宅部じゃないですか」

「それで、地震の揺れを体験できる、アトラ

クションといったら語弊ありありだけど、乗

り物みたいな装置があってさ。それで俺は乗

らないで、友だちが体験してたんだけど。緊

急停止ボタンみたいなのが目に入って、思わ

ずそれを押しちゃったんだ。そしたら、警報

みたいのがビービーなってさ。友だちも急い

で装置から降りて、みんなで逃げ出したよ。

あの時は焦ったな」

 自分の深刻な話を打ち消すかのように、や

っすーは思い出話をしてくれたのかもしれな

い。確かなことは、自分が少し楽になれたと言

えること。心の中のザワザワしたものを吐露

できて楽になれたことと、それに伴う気まず

さを解消できて楽になれたことと。

「谷崎潤一郎の『細雪』にも、ボタンってな

んであんなに押したくなるものなんだろう、

みたいなことが書いてあるんだよな。今も昔

も変わらないものは変わらないね」

 自分は谷崎潤一郎を名前しか知らない。や

っすーは知っているんだ。未来の自分がちゃ

んと谷崎を読む大人になれているといいけど

な。もう何もかも自分の戸惑いをやっすーにぶ

ちまけてしまえ、ぶつけてしまえ、はきだし

てしまえ、とそう思った。

勢いに乗る。

「今、実家の埼玉から大学に通ってて」

「大学どこだっけ?」

「御茶ノ水のデジタルニューヨーク大学です。

ネットとかではちょっと有名だったりするん

だけど」

「聞いたことないな。デジタルには疎いんだ」

「それで。実家出て『一人暮らししてみたい

なー』と思いつつ。九段下近辺で物件探して

るんですけど、家賃高くて。なかなか親を説

得する勇気も出ないし。築四十年とかだと、

七万円で借りられるところもあるんですけど」

 あるいは、「一人暮らしをしたい」と言う

ばかりで、高い家賃という分かりやすい障害

を強調することにより、「だから一人暮らし

出来ないんだ」と言い訳するかのようにも思

える。

 自分もやっすーも、あるいは問題の解決を

先延ばしにしているだけなのかもしれない。

いや、やっすーのことを巻き込むのは違うな。

自分はそうなんだ。問題の解決を先送りにし

ている。そして、気づいた時には大学を卒業

していることだろう。「結局、一人暮らし出

来なかったなあ」とか言ってみて。自分が変

われなかったことを、時間に飲み込まれてし

まったせいにするんだ、自分は、きっと。自

分は、きっとそうなのだ。その点、はたして

やっすーは?… …

 やっすーは何でもないことのように、ざっ

くばらんな感じでこう言った。

「じゃあさ。目ぼしい物件を今度、XのDM

で何軒か送っといてよ。もしかしたら、力に

なれることがあるかもしれない」

 やっすーは向日葵のような満面の笑みを自

分に向けてくれた。お互いに陰の部分が大き

い二人であるものの、全てが陰でなく、陽の

部分も持つ。当たり前だ。それが人間である

のだから。両極端に分かれるなんてことはな

い。



 やっすーは自分にとって、靖国で会う友人

だった。せいぜいマクドナルドでカフェをす

る。皇居周りを散歩する。

 一緒に映画を見に行ったり、一緒にディズ

ニーランドに行ったり、一緒にスポーツ観戦

に行ったりする仲にはならないだろう。

 もちろん、自分としてはそういうことを一

緒に出来る友人というものを所望している部

分はある。けれども、やっすーはあくまで、

靖国での、靖国近辺での友人。

 それ以上になりたいと思わないのではない。

それ以上にはなれないだろうなという諦観が

そこにはあるだけである。

 自分とやっすーとのあいだの結びつきは、

靖国での焼身自殺という議題があることによ

って存在する。会えばいつもその話だ。

「そもそも。なんで、焼身自殺なんですか?」

「海外だな。特に仏教国なんかではさ、僧侶

が焼身自殺するってことあるだろう。昔の日

本でもそう珍しいことじゃない」

「でも。あなたの場合は、焼身自殺をするこ

とが目的で、それによって何らかのメッセー

ジを発信したいわけじゃないんでしょう?」

「どうだろうな。なにか書き置きでも残して

おいたほうがいいか」

「自分にも言ったみたいに、『生きすぎちゃ

った』ってことを書き残すわけですか?」

「まあ、特に思想なんてものはない。昔で言

えば厭世的な自殺ってことになるのかな」

「でも、世の中はそうは思いませんよ。場所

が場所だけに」

「え?」

「靖国神社でことを起こすっていうのは、ど

うしたって反日的とか左翼的な文脈として読

み取られないわけにはいかなくなります。な

んで、靖国にこだわるんですか?もっと他の

警察やら警備員やらがいない場所のほうが簡

単に焼身自殺できるはずなのに」

「それは、やっぱり、ミッションにはある程

度の難易度がないとな」

「ある意味、ご自身の命の消費を、そんなに

軽視していないということにもなるわけか」

「わかるようでわからない」

「自殺なんて、命を粗末にする行為以外の何

ものでもないじゃないですか。もちろん、命

を粗末にしてはいけないのは何故か、という

のは議論の余地があるけど。でも、あなたは

その命を捨てるにしても、警備員やら何やら

障害のある場所で決行することを選択してる。

それって、命を粗末にするにしても、それな

りにそう簡単には命を捨てないという。もち

ろん、命を捨てるサイドの人間の中では、命

を大事にしているように見える」

「言いたいことは、その… … 。わかるような

わからないような」

 自分はやっすーの核心に触れてみたくなっ

た。心臓を、いや、脳髄を握りつぶしてやろ

うと思った。

 このことを聞いたら、もう今までの関係性

は保てないかもしれないというリスクを背負

って。

「本当に死ぬんですか?」

「え?」

「生きすぎちゃった。でも、靖国で死ぬのは

そう簡単じゃない。ある意味、靖国で死のう

とすることにこだわるのは、自殺を決行しな

い言い訳のように感じるんです」

 やっすーはムッとした。時おりこの表情を

するから見慣れたものだ。

 そして、彼の中でそれが心からの怒りなの

かどうか判別しかねているような、逡巡する

ような、困惑するような怒りの相を自分には

見せている。

「たしかに、先送りにしているのかもな。問

題を。でも、死に場所が靖国であることがど

うして重要だと思う?」

「あなたにとって?」

「いや、靖国の歴史的な背景も交えた考察を

してほしい」

「さあ。あなたの考えが読めるようになった

ら、自分はもう終わりだと思っているので」

「戦争中、出征する兵士たちは、『靖国で会

おう』と言い合った。『また生きて会えると

いいな』なんてのは士道不覚悟だもんな。戦

死してしまったら、英霊となって靖国で会え

る。よその土地で死んでも魂は靖国にくる。

だとしたら。最初から靖国で死んだら、魂は

どこへ行くのか?」

「いやいや。同列に語れないでしょう。ここ

で焼身自殺するのは、戦死するのと全く違う

ことです」

「本当に?」

「え?」

「この国のために死ぬという意味合いでは、

そう変わらないように思えるけどね」

「それってどういう」

「いや。自分でも、うまく整理できてる考え

じゃない。忘れてくれ」

 やっすーは靖国神社で焼身自殺をすること

に何か意味を見出しているらしい。そして、

それを理路整然と語り上げることが出来ない

みたい。

 一方で、自分は、靖国神社で焼身自殺する

ことも、あるいは、線路に飛び込むことも、

橋から身を投げるのも、首を吊るのも、バカ

げたことだと思う。

 でも、彼が言うところ、自分と彼は同じベ

クトルを向いている。いや、向かざるを得な

い。あるいは、そういうことを彼は言いたか

ったのだろうか。



 それでも、自分は、やっすー(@yasu

kuni_ lover_ forever)の

自決に対する思いに真摯であろうとした。

そのことと真剣に向かい合ったのだ。

自分なりに一つ参考になるのではないかと

いう事案を見つけ出した。

 それが、『金閣寺』を記した文豪・三島由

紀夫らが起こした「三島事件」だった。思い

起こせば、他ならないやっすー自身が三島の

名前を口にしていたんだっけか。

 事件は靖国神社から江戸城の外堀である市

ヶ谷濠を渡った隣近所である陸上自衛隊市ヶ

谷駐屯地で起こった。

 この事件について要約すると(あらゆる要

約というものは常に不正確であることを先に

述べておいて弁解したいのだが)三島由紀夫

ら「楯の会」のメンバーが市ヶ谷駐屯地で当

時の陸上自衛隊東部方面総監と面会した際、

彼らが自衛官複数を負傷させ、バルコニーか

ら三島が肉声で自衛隊員たちに決起を促した

のち、三島らが割腹自殺をしたということに

なる。

 自分はwikipediaでこの事件の概

略を知覚したわけだが、とにかくもったいな

いなあ、と思うばかりだった。

 三島はこの時に死んでいなければ、間違い

なくノーベル文学賞を受けていたはずだ。も

ちろん、三島本人が受賞を喜んだのかどうか

はさておいて。

 そして、三島がこの時死ななかった世界線

が存在したのであれば、川端康成がノーベル

文学賞を受けるかどうかの歴史も変わってく

ることになるのかもしれない。川端康成の生

涯がガス自殺によって幕を閉じるという歴史

も変わってくるかもしれない。

 なんていう想像をすることはあまりにも無

遠慮であるといえるのかもしれないけれども。

この事件もつまるところ、やっすーが言う

「生きすぎちゃった」に通ずるところがある

のかもしれない。(これもまた、やっすーが

言っていたことだということに気づかされる。

彼と会話を重ねるうちに、彼の思想が自分の

中の養分にでもなってしまったのだろうか)

三島は表現によって究極の世界までたどり

着いた人間。漫画『ワンピース』でいうとこ

ろの「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を

探し当てた文学的海賊王とでもいおうか。

数々の名作を残し、日本の文学界における

名声を欲しいままにした。そんな者が何故、

表現ではなく暴力でことを起こしたのかにつ

いて思いを馳せる。

 表現で行きつくところまで行きついた結果、

表現ではどこにも行けないというほどまでに、

つまり「書きすぎちゃった」のかもしれない。

三島の演説は、野次などにかき消されて、

 どうもその場にいた自衛隊員の心には響かな

かったらしいという記録がある。

 三島がその決起を促すのと同程度の熱量を

込めて新たに小説を書いていれば、あるいは

三島の最高傑作を更新する小説が生み出され

たかもしれない。

 三島はこの時まだ四十五歳。

 あの夏目漱石ですら四十九歳まで生きてい

るわけで(そして漱石は自殺でない)、小説家

としてはまだまだこれからの展望があるはず

の年齢ではないか。それでも、彼は暴力に走

った。これは、ある種、表現の敗北の瞬間で

あるとも捉えられる。

 この世界から表現が奪われれば、たちまち

暴力が支配する。ただでさえ、言語や翻訳、

通訳という分かり合えるためのツールが存在

している状態ですら、各地で戦争や紛争は絶

えないのだから。

 これだけ戦争の歴史が繰り返されるなかで、

三島は悟ってしまったのか。

 この世には表現ではどうにもならないこと

もある。

 暴力という存在は排除できないのだと。

この事件に関する考察というものは、あり

とあらゆる方面からされつくしていて、自分

なんかが考えを申し挟む余地はない。

 ただ、一つ想像するのは、三島の魂は、外

堀を超えて、靖国までたどり着くことが出来

たのかどうかということ。

 彼はこの国のために戦死をしたわけではな

いけれども、この国の何かのためには命を落

としたはずだ。決して気が狂ったとか犬死に

とかではないはず。

 三島は彼の武士道を果たすため、この国の

ために命を落とすよりほかになかったのかも

しれないといえる。本人にこの国のためとい

う意図があったかは不明だが結果的に。


 この世界において、あらゆる表現は無価値。

意味をなす表現というのは法律だけだ。

そして、日本の法律は死刑という暴力を肯

定している。

 三島が改正を促した日本国憲法からはごっ

そりそぎ落とされている「暴力」の気配が、

刑法にはちゃんと明記されているわけだ。

 ■■■■(※編集の都合上、一部を伏せ字にして掲載します)は日本国憲法のことを「みっともない憲法」と言って憚らなかった。

 ■■は凶弾に倒れた。

 奇しくも、■■を倒したものの不満

は、憲法とは何ら関わりのないところにあっ

た。いや、信教の自由とはかかわりがあるけ

れど、それは憲法のなかで■■が問題

にしていた部分ではない。

 憲法という怪物を倒したかった■■

は、あるいは憲法に倒されるべきであった。

でも、こんなことはどうでも構わない。

結局のところ、死は死だ。

 三島も■■も、日本国憲法に不満を

抱き、そして、結局は死んでしまった。その

死が、憲法と接しているかどうかというのに

は全く左右されず、結局のところ、死んでし

まったというところだけが共通する。

 表現は本来、違う価値観の者たちが歩み寄

るために使われるべきだ。ところが、今では

SNSで、違う価値観の者たちで分断を深め

るように使う愚物(ぐぶつ/愚者ですらない)

が目立つのだ。

 日本国憲法下では、どんな価値観の所有者

であっても尊重される。「人を殺すことは素

晴らしいことだ」という価値観さえも、価値

観にとどまるあいだは尊重される。否定され

るべきものではない。

 ところが、その価値観を現実に反映しよう

とし、実際に人を殺すと、死刑執行や正当防

衛でもない限り、刑法によって罰される。

SNSでの誹謗中傷は、表現の暴力化では

ない。それを「言葉の暴力」と評価する者が

いるが、誹謗中傷は実は表現ではないとすら

言えるのだ。だって、他人を攻撃したければ

殴ったり蹴ったりすることで足りる。ようは、

言葉の暴力なんてのは、本当ではなくあくま

で疑似行為でしかない。

 暴力の域に達した表現といえるのは、例え

ば、サルマン・ラシュディの『悪魔の詩』。ム

ハンマドの生涯を(イスラームから見ればと

いうことになるけれども)きわめて侮辱的に

描いた。

 この作者はこれを書いたことにより、イス

ラーム世界から死刑を宣告された。

 『悪魔の詩』を邦訳した日本人が殺害され

るという(未解決事件なので、動機が『悪魔

の詩』を訳したことにあるのかは不明)事件

も起こった。

 イスラーム圏からしたら、英米文学は害悪

でしかないのかもしれず、文化的、民族的、

人種的背景によって、あらゆる表現は暴力に

なりうる。

 だから、表現の暴力化は、そういった物理

的・文化的距離感により生じるべきものであ

って、これを日本人同士でやりあっていると

いうのは、まさに愚物といわずに何と評価し

よう。



 自分は言うべきだった。

「あなたは死ななくていいじゃないか」と。

「どうせ嫌でもいつか死ぬんだから、それを

前倒しにすることはないじゃないか」

「あなたの命に価値があるとは言いません。

でも、誰の命にも価値なんてないと思うんで

す。だからこそ、靖国通りでスピード違反し

てるドライバーとか、タバコをポイ捨てして

る輩とか、いいや、そんなこと関係なく、あ

なたより死んだほうがいい人間はいっぱいい

ると思う。まだ、あなたが死ぬ順番じゃない。

あなたより死ぬべき人間が死んでから、晴れ

てあなたも死んだらいい」

 こんな言葉で、果たしてやっすーの心は動

かせただろうか。きっと、ダメだったろうな。

でも、彼の心を動かせなかったとしても言う

べきだった。



 やっすーからXのDMで、URLが送られ

てきた。

 スマートフォンで、そのURLのウェブサ

イトに飛ぶと、ただ真っ白のページの中央で、

数字でカウントダウンがされていた。

【06・・13・・21・・45】

 六日後の十三時間二十一分四十五秒後に向

かってカウントダウンは進行しているらしか

った。

 そのときに、またこのウェブサイトにアク

セスすれば、何か更新でもあるのだろう。

クリエイターなどが何か発表をするときに、

このようなカウントダウン方式のページを設

けることはよくあるので、自分にはすぐに理

解できたのだった。



 カウントダウンが進行する数日間というも

のは、まるで死刑の執行を待つみたいな気分

で落ち着かなかった。もっとも、日本では、

死刑囚に対しいつ刑を執行するかは事前に伝

えないことになっている。

 やっすーに、XのDMで「なんのカウント

ダウン?笑」という返信を送っても、彼は無

反応に徹するばかりだ。



 そして、そのカウントダウンが終わった後

にサイトにアクセスすると、文章が表示され

た。



  ― ― 高橋君へ

 あなたと出会えて良かったです。

 靖国神社での焼身自殺は諦めることにしま

した。

 その代わりに、自分の命をもっと生産性の

あることに使おうと思いました。

 高橋君が先日送ってくれた一人暮らしの引

っ越し先候補の物件なんだけどね。その物件

候補リストの中から一つを選んで、その空き

部屋で俺は死のうと思ってます。

 そうしたらその部屋は事故物件になる。心

理的瑕疵のある物件。

 そしたらさ、高橋君は、本当は月十万円以

上する物件も、もっと安く借りることが出来

ますよね。

 まあ、この文章を書いている段階では俺は

生きていますが、ちゃんとカウントダウンが

終わってこの文章がサイトに表示される頃に

は、俺は予定通りに死ねているはずだと思い

ます。

 カウントダウン方式は、エヴァンゲリオン

の続編発表でも気取ってるみたいでちょっと

仰々しすぎたかな。

 高橋君のためになることが出来るはずだか

ら良かったと思ってます。

 この命を意義あることに消費できてよかっ

た。念願の一人暮らし、楽しんでください。

俺がもし地縛霊になってたら、ルームシェ

アってことになるね。まあ、でも、そんなこ

とは気にせず、あなたの部屋なのだから自由

に生活してください。

 俺のことは早く忘れるように。

 靖国神社で焼身自殺をするのは叶わなかっ

たけど、自分の命をこうやって消費できるこ

とに満足しています。

 高橋君は、英霊とかのことも気にしないく

らいだから、別に幽霊とかも気にしないはず

だよね?

 事故物件なんかの霊障なんかもどうせ全部

気のせい、気のものなんだから気にしなけれ

ば格安のお得な物件です。

 とにかく、良い一人暮らしライフをエンジ

ョイしてください。

             @yasuku

ni_ lover_ foreverより― ― 


 *


 自 分は慌ててスマホのページを閉じ、閲覧

履歴を消去した。

 空き部屋で自殺をして、その部屋を事故物

件にする?

 そして、その部屋を安く借りられたら、自

分が喜ぶ?

 ふっ。いやいや、たちの悪い冗談なのだろ

う。それにしても人が悪い。

 自分はやっすーのことを少し見損なった。

いや、冗談だよね。笑えないブラックジョー

ク。やっすーはこういう笑えない冗談を言う男

だよ。

 やっすーってそうなのか?

自分はいったいやっすーの何を知ってい

る?



 自分は、結局、一人暮らしをすることを諦

めた。大学には今まで通り埼玉から通う。

あれ以来、物件情報なんかは一切シャット

アウトしている。

 急に家賃が安くなった物件の情報なんかに

は意地でも触れるまい。

 自分が一人暮らしの引っ越し先として候補

に入れていた九段下エリアで、不審死があっ

たという情報も入ってきていない。

 やっすーにXでDMを送っても、もちろん

返信なんてない。そもそも、彼が生きている

うちから(彼が死んだというのは冗談だと思

いたいからこの表現は不適格か)あまりX上

ではやりとりが少なかった。

 靖国神社でたまたま会えた時に会話をする

くらいの仲だったのだ。

 とにかく、空き部屋で自殺して、事故物件

にして、その部屋を友だちが安い家賃で借り

られるためにだって?

 なんて、バカバカしい。

 もう、やっすーにはガッカリだ。

 わからない。

 もしかしたら、靖国の神前で手を合わせら

れない自分に嫌がらせのつもりか?

そもそも、自分が候補に選んでいたのは築

浅の物件なのだ、そのセキュリティを突破し

て空き部屋で自殺なんか出来るはずがない。

そうだ、そうだ。

 だいたい、そんな空き部屋での怪死なんて

発覚したら大ニュースになること間違いなし

じゃないか。嫌でも自分の耳にも入ってくる

ことだろう。

 でも、不動産屋が事実をもみ消している可

能性も… …

 いや、そんなことしてたら信用がなくなる。

『大島てる』で確認してみるか?

 いいや。そんなアイデアはNOだ。

 やっすーの死は嘘だ。

 やっすーはまだ生きている。

 やっすーも、そして他のどこかの誰かも、

 九段下の空き部屋で自殺なんかしていない。

しているはずがない。

 そうに違いない。

 これは、何もかもが上手くない冗談だ。

 そうに違いない。

 決定。

 最終決定。



 講義終わりの大教室でまた。

 怪談好きのグループが自分の近くでランチ

をしている。

「靖国神社の怪談なんだけどさ」

「あ。軍服の男のやつ、前に聞いたってー」

「全体止まれ、右へ倣え。敬礼っ」

「それ、古いからな。アップデートされてま

すう」

「アップデート、アップルシード」

「なになに。聞かせて」

「九段下のほうからね、靖国神社の参道を歩

く男がいるんです」

「参道イッチマン」

「もういいぜ」

「その男は、靖国神社のお寺に向かってるん

だけどさ。ポリバケツにガソリンか何かを入

れてるみたいで、ガソリンをポタポタたらし

ながら歩いてるわけよ」

「ぽたぽた焼き」

「ポタポタ、ポタラ」

「うーんっ、合体っ」

「で、靖国神社のお寺の前に来ました。頭か

らガソリンを被ります。火をつけます。焼け

死にます。っていうさ」

「あー、焼身自殺っていうんだっけ?」

「小心者が焼身自殺」

「焼身自殺で、会社で昇進」

「これはガチなんだな。幽霊だけじゃなく、

ちゃあんと、お寺の前で火の玉も目撃されて

るから」

「うわー、なんか、ベタ。ベタベター」

「火の玉ストレート食らえ」

「ほんと、ちゃんと聞けよ」

「いや。所詮怪談だろ」

「それを言ったら元も子も」

「血も涙も情けもない」

「世知がらい」

 九段下の空き部屋で死んだ、やっすーの魂

が、生きている時に叶わなかった焼身自殺を

幽霊になってやっているのか?なんてことを

想像してしまった自分は相当に神経が疲弊し

ているのに違いない。

 でも、自分の世界からあなたはすっかり消

えてしまい、不在という形で自分の中に留ま

り続けるだろう。自分が死ぬまで、この喪失

感は続くのか。それとも、数年も経ったら、

それこそ大学を卒業する頃には、あなたのこ

とやあなたとの出会い、あなたとの会話なん

てきれいさっぱり忘れてしまうのか。

 今は、あなたのことを忘れたくないという

強い気持ちでいるけれど、それとは裏腹に、

時間は感情にプレスをかけるだろう。あなた

への気持ちが薄くなってゆくようにと。これ

ばかりは、自分の意志一つの問題ではない。



 その日の夕方、自分は初めて靖国の神前で

手を合わせた。

 あなたがたの死を無駄にしないと誓って。

 でも、自分がどう行動したら、彼らの死が

無駄にならないことになるのかは、皆目見当

もつかない。

 もしかしたら、やっすーの表現を否定する

ことこそ、彼らの死を無駄にしないことの第

一歩のような気もするけれども。でも、ごめ

ん。やっぱり、なんにもわからないや

【了】

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