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10 若頭と小鳥の鍵のついた部屋

 義兄とさやかが暮らす館は、来客用の部屋から書庫、地下倉庫まで、たくさんの部屋がある。

 それらは使用人が管理しているから、さやかが雑用をする必要はない。でも義兄は外で働いていて、さやかは基本的に館にいる。だからさやかは義兄のために、館の中を快適に整えるように心がけていた。

 義兄から決して無理はしないようにと言われているが、さやかの体調がいいときは掃除や料理をしていた。義兄はよく気のつく人で、さやかが料理をしたりすると「さっちゃんが作ってくれたんだね」と優しくほめてくれた。

 そんな義兄だが、外では若頭と呼ばれ、恐ろしい一面も持っているというのはさやかも知っている。

 ある日さやかは、新しくカードキーがついた部屋に気づいて立ち止まった。

「ここは……近づいちゃだめ」

 さやかは、義兄が鍵をかけた部屋には近づかないようにしていた。その部屋の中に何があるのか、どんなことをする部屋なのか、義兄に訊こうとはしなかった。

 さやかはその部屋を離れて、廊下を渡っていった。正面ホールを通り過ぎて三つ目の扉が目的の部屋だ。

 さやかが部屋の扉を開くと、天窓から光が差し込む中、無数の本がさやかを出迎えた。書庫はさやかの秘密基地のようなところで、さやかは子どもの頃からここで、夢中になって本を読みふけった。

 さやかはそこで立ったまま、少しだけ差し障りのある本を開いた。さやかは好奇心に負けてしまわないように、時々それを開くのだった。

「グリム童話の「青ひげ」?」

 ふいに義兄の声を聞いて、さやかはびくっと体を震わせた。夢中になると周りが見えなくなるさやかは、いつも義兄が側に来るまで気づかない。そういう意味では、さやかは隠し事ができない性分なのかもしれなかった。

 義兄はさやかのすぐ側に立って、さやかの後ろから興味深そうにそれを覗き込んでいた。さやかはばつの悪そうな顔をしながら、ぱたんと本を閉じる。

「……ごめんなさい。お兄ちゃんの世界にちょっと興味を持ってしまう私は、悪い子だよね」

 「青ひげ」は、開いてはいけない部屋の鍵を開けて中を見てしまった末の、罰の物語。義兄もそれがわかっていて、彼はくすくすと笑って言った。

「なぁんだ! さっちゃんの興味が引けるなら、隠してる甲斐があった。……さっちゃんにならお兄ちゃんの秘密、いつでも見せてあげるよ?」

 さやかは慌てて首を横に振って、義兄の腕をつかむ。

「ううん、知らない方がいいことなの。怖いことだと、また……し、失禁しちゃうかもしれないし。お兄ちゃんに迷惑かけたくな……」

 カチャ、と手元で鉄の擦れる音が聞こえて、さやかは言葉をやめる。

「……え?」

「あの部屋にあるのは、たとえばこういうもの」

 気づけばさやかの腕には手錠がはまっていて、その先を義兄が握っていた。

 驚いて目を見開いたさやかに、義兄は屈託なく笑う。

「他には盗聴器とか、GPSとか。怖くないでしょ。警察だって持ってるものだよ?」

「怖くな……い、かな……? どうしてそんなものを?」

 さやかはとっさにわからなくなって首をひねると、義兄は薄く口元に笑みを刻んだ。

「お兄ちゃんたちの同業者は、ちょっとだけ束縛が強くて、ちょっとだけ正常じゃない愛情を持ってる連中が多いからね。需要があるんだよ」

 義兄はふいにさやかの手錠のはまった手首を取って、愛しげに指でなぞる。

「そうだな……。さっちゃんが俺から逃げようとしたら、こういうもの山ほどつけるんだろうな。きっとそれでもさっちゃんが可愛くて、可愛くて……鍵のついた部屋に、宝物を仕舞うように閉じ込めてしまうんだろう」

 ぎゅっと後ろから抱きしめられて、さやかはくすぐったさに口元を歪める。

「「青ひげ」も本当は、そうしたかったのかな」

「うん。罰なんかより、愛しい人が自分だけ見てくれるようにしたいだろう?」

 そう言う義兄も、ちょっとだけ束縛が強くて、ちょっとだけ正常じゃない。

 さやかはそう思って、義兄の腕に頬を寄せる。

「……鍵なんてかけなくても。お兄ちゃんに、私はずっとつながれてる」

「ふふ。……わかってる」

 義兄はそれを聞いて満足そうにうなずくと、さやかの頭にそっとキスを落とした。

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