「今日は早かっ――」
「おりゃっ」
「痛い」
今日も今日とて、机に突っ伏している星波の頭を本と机で挟む。
「何事かと思えば、なんでわたしの名前で注文してるの? 自分が呼ばれる手間を省くんじゃない!」
「なんだ、分かっているじゃないか。さすが私検定準一級だ」
かりなの手から本をひったくった星波は余裕の笑みを浮かべる。
「それわたし宛の本なんだけど?」
「金は私が払った」
「じゃあ星波からのプレゼントだ」
「それも悪くないが、お前には必要ないだろ? だから私が貰う。ありがとう」
素直に礼を言われれば、かりなはこれ以上文句を言いにくい。
星波はその美しく整ったつり目でかりなを見上げる。
「これはなんだと思う?」
「海外旅行でしょ」
「そうだ」
「なんで旅行雑誌じゃないの?」
「写真集の方が色んな国が載っているだろ」
「まあそうだけどさ」
「なんだ。私がこの本を選んだ理由が分からないのか?」
「考えてる途中。でももういいや、なんで?」
「少しは考えろ」
「って言われても……」
改めて今日届いた本を見る。何度見てもそれはかわいい村と街の写真集。星波から本を受け取り、中身をパラパラ。特に有名な名所など載っていない、海外の――主にヨーロッパだろうか、田舎の写真集だ。これでは海外旅行には不向きに思える。
「分かんないな……」
かりなは降参だと、本を星波に返して答えを待つ。
「ほら、ヨーロッパの田舎はファンタジーっぽいだろ? 落ち着いたスローライフを送れそうだ。それに比べ、どの国でも、都心や観光名所の喧騒が私にとっては煩わしいものだ。急かされている気がする。私はそこまで生き急ぎたくない。ゆっくりと、心穏やかに暮らしたいんだ。どうだ? お前もそう思うだろう?」
そんな星波の答えを聞いて、かりなは納得したがある疑問も生じた。
「星波の言っていることは納得できたよ。でもさ、田舎でスローライフって言うけど、田舎は人間関係大変だと思うんだよね。都心とかの方が、意外と自分のペースで生きれると思うよ」
「やはりお前は馬鹿だな」
「誰が馬鹿じゃい」
先週と同じやり取り。般若の面でも着けたのか、怖い顔をするかりなに、頬に汗を流した星波は早口で言う。
「先週も言っただろ。本気で移住する訳ない。ただ想像力を使って海外旅行に行くだけだ。それだったら落ち着いた村とか街の方が、写真でも人が多い都心や観光名所の掲載された旅行雑誌よりもはるかにマシだ」
「あっ、そっかあ」
「納得したな。しただろ? ならなぜ拳を下ろさない? やめろそれは痛いからやめろやめろ、今の世の中暴力は良くない痛いっ」
納得したがそれとこれとは話は別だ。
しっかりと、かりなのゲンコツをくらった星波である。