「にゃー!!」
バシッ!!
「あぁ!! またですかミャオさん!!」
朝イチの混む時間をさけて『冒険者組合』の入る建物のドアを開けると、奥にあるカウンターから女性の大きな声が広間の中で響き渡っていた。
仕事を見つけた人たちがいなくなった建物の有広間の中を笑いをこらえながら歩き、その大きな声の主と思われる女性が座るカウンターの列に並ぶ。
「何度もいってるじゃないですか!! この方々ならこのランクのお仕事も大丈夫ですって!!」
「にゃ!!」
フイっと顔をそむけるのは受付の女性に『ミャオさん』と呼ばれていた白いふわっふわな毛を持つ猫。
「いいですよね!? このパーティがお持ちになられた依頼書のお仕事を承諾しても?」
「にゃ~ん……」
カウンターの奥に座る女性の前に陣取り、カウンターの上に再度女性が拾っておかれた書類を尻尾を上手く使って叩き落した。
「……と、いう事です。あなた方パーティーにはまだ早いみたいですので、今回はこの依頼よりも下のランクのものを探してお持ちください」
「はぁ~い……」
女性も大きくため息をついて、パーティメンバーに申し訳ないと頭を下げると、そう言われたパーティはちょっと肩を落としてカウンターの前から依頼が貼ってある掲示板の方へと足取り重く去っていた。
「こんにちはミャオさん。エリンさん」
「あら? カレンさんじゃないですか。今日は遅めの出勤ですか?」
エリンというのが、先ほどミャオさんと言い合いをしていた女性の名前で、僕とは既に数年の付き合いがある。だからこうして顔を合わせるとちょっとした会話が出来るのだ。
「えぇ。昨日仕事を終えたばかりなので、今日はお休みしようかなと思いまして、とりあえず次の仕事の情報を集めに来ただけですよ」
「そうですか。お仕事お疲れ様です」
「エリンさんも、ミャオさんもね」
エリンさんにだけ労いの言葉を伝えると、カウンターの上で僕を見つめるミャオさんと視線が合い、ミャオさんにも声を掛けた。
「どのお仕事の情報ですか?」
「もちろん……アイツに関してです……」
「…………」
「……にゃぁ~」
エリンが黙ってしまったけど、少し開けてミャオさんが声を上げ、スッとカウンターから降りると、奥の方へと歩いて行き、姿が見えなくなった。
「そうですか……。今の所、情報は無いんですよね。数か月前にここから北東のカンザス王国で見かけたという情報がある位で……」
「被害は?」
「……今回は本当に飛んでいるのを見かけただけらしいですので、本当にそれがカレンさんが探している『アイツ』なのかどうかは分かりません。が……」
「ん?」
「もしかしたら、副支部長が知っているかもしれませんので、一緒に聞きに行きますか?」
「え? 良いのかな?」
「いいんじゃないですか?」
何故かエリンがミャオさんの歩いて行った方を見ながら返事を返した。
「じゃぁ……案内お願いしてもいいかな?」
「いいですよ!! じゃぁ行きましょうか」
スッと椅子から立ち上がると、僕を先導するように歩きだした。
そのエリンの後ろで、ふわっと白い尻尾が揺れる。
そう。エリンは人族の女性ではなく、犬人族の女性である。頭の上にはピンと立った耳が二つあり、立ち上がってもさほど人間族なかでもさほど大きくない僕よりも、頭一つ分程度小さい。
ただ、僕が所属している冒険者組合の支部では、ミャオさんと共にその容姿で人気な受付嬢なのである。
何処の街にもある『冒険者協会』という組織。
街の所用を片づける軽微なモノから、害悪なるモンスターと呼ばれるモノたちを退治するものまで、その境界が請け負う『仕事』は多岐にわたる。
冒険者になるには、特に何か必要な資格とかは無い。15歳以上の男女で無犯罪歴の者ならば誰でも加入は原則できるが、それ以降は実力の世界故、毎日の生活費を稼ぐ事が出来るようになるまでは、割と時間がかかる事は周知の事実。
そんな『冒険者組合』に所属するものが目指すものは、たいていが高位ランクの冒険者として名を売る事なのだが、実際にはそんなに甘いもんじゃない。
僕ことカレンが住んでいるアストロス王国は、世界の中でも面積的にも、軍事力的にも大きな部類に入るのだけど、それらを全力で余すことなく投入しても、敵わないと言われている人物達がいる。
それが世界で唯一単独の組織として認知され許可されている組織に所属しているのだが、それが『冒険者組合』であり『聖貨級』と呼ばれるクラスに名を連ねる人達。
何故『聖貨級』と呼ばれるようになったかというと、仕事の報酬が最低でも『聖貨』と呼ばれる世界共通貨幣の最高額から始まるから。
因みに世界共通貨幣には、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白銀貨幣、白金貨、が有り、その上の貨幣が『聖貨』となる。
冒険者組合のランクも、この世界共通貨幣に合わせられていて、分かりやすいようになっているのだけど、実は冒険者組合のクラスには鉄貨の下のランクがある。
それが登録したばかりの人達が必ず一度は通るランクで、『木貨』ランクと呼ばれるもの。
ランクと同じ貨幣を基に作られた『冒険者章』を、冒険者は身に着けるか常時携帯することが義務付けられている。
身分の証となるように、冒険者章にはシリアルナンバーが入っており、そのナンバーを見る事で身分が証明できる仕組みになっている。
このナンバーは冒険者組合の総本部が管理していて、名を騙る等の事をすれば大きな罰が待ち受けているから、通常はそんな事をする人はいない。
通常は――と、いうだけで、中には悪用しようとする輩もいるにはいるけど、そういう者たちはどういうチカラを使っているのか不明ではあるが、本部から痛い『おしおき』又は『追放処分』などの沙汰が下される。
で、話を戻すけど、この一番下のランクである『木貨級』は、俗にいうと見習い冒険者とも呼ばれるランクで、仕事をして冒険者章が壊れるくらいまで仕事をすると、ようやく冒険者として認められるという、一種の通過儀式的なモノが存在し、本当に壊れるとかで冒険者章を破損した者たちは、その後の仕事がランクアップと共にスムーズにいくようになると言われて久しい。
僕ももちろん15歳で登録した時はこの『木貨級』から初めて、一年がかりで『鉄貨級』へランクを上げた。
これは色々な要因が考えられるけど、真面目に一生懸命になって仕事をこなす者が、冒険者の基本を覚える事で生存率を上げているからかもしれない。
そんな僕ももうすぐ18歳となるし、冒険者になって3年が経とうとしている。そうして積み上げて来田実績が評価されて、昨日までの依頼が『銀貨級』になって初めての依頼だった。
もちろん今、この場所にいるという事は無事に依頼を達成して生きて帰って来たからなのだけど、中には自分の力を過信して無謀な依頼を受けて帰ってこないモノたちも多い。
――僕は、色々な縁に活かされているのかもしれない。
そう。僕はあの時に死んでいたかもしれないのだから。
あの時、僕が住んでいた村に『アイツ』が飛来し、村に住んでいた人たちも、村自体も、僕を除いて壊滅に追い込んだモンスター。
僕が一生をかけても倒すと決めた相手である、『暴虐王』という異名持ちのブラックドラゴン。
――いつか必ず僕の手で……。
思わずグッとこぶしを強く握る。
コンコンコン
「エリンです。入りますよぉ~」
「え!? エリン!? ちょ、ちょっとま……」
考え事をしている間にも、たどり着いたドアの前で、声を掛けてすぐにガチャリとドアを開けるエリン。
「…………」
「…………」
「…………」
開けて中に入った瞬間に、エリンも僕も、そして中に居た人物も固まる。
部屋の中では一人の女性が着替えている最中で、ちょうどレギンスをこれから履こうとしているところだった。
「……失礼しました」
何もみなかったことにしたのか、エリンがドアを閉めてから、何も言わず部屋の前から歩き去る。
「こらエリン!! 今のわざとだよね!! 知っててドア開けたでしょ!! こら!! 返事をしなさい!!」
部屋の中から怒声が聞こえてくるが、その怒声の原因となった人物はもういない。
仕方が無いので、僕がもう一度しっかりとノックをする。
コンコンコン
「えぇ~っと……。エリンはもういません」
「え? その声はカレン君?」
「はい。カレンです。あの……もう入っても大丈夫でしょうか?」
「もう!! エリン!! 覚えてなさいよ!! カレン君ならいいわよ。入って来なさい」
「失礼します」
しっかりと許可をもらったので、ドアを開け部屋の中へとア入っていく。
今度はしっかりと着替えが終わっている女性がソファーへと腰を下ろしていた。
「突然すみません」
「いいわよ。あの子には後でお仕置きしますから」
「ほどほどにしてあげてくださいね、副支部長」
「で? 今日はどうしたの?」
「その、エリンがアイツの事なら副支部長が何か知ってるかもしれないからって……」
僕の言葉を聞き、少しだけ眉間にしわを寄せる副支部長。
「アイツって……暴虐王?」
「はい……」
「うぅ~ん……」
背もたれにどさりと体重を預けて腕組みする副支部長。
「副支部長、何か知りませんか? 何でもいいんです」
「あのね……」
「はい」
「ソレやめてくれない?」
「はい?」
「だからその、副支部長って呼ぶのを止めてくれない?」
そういうとずいっと僕の前に顔を近づけて覗き込んでくる。
「ッ!?」
瞬間に僕は身を引いた。
「ち、近いですよ!! 副支部長!!」
「だぁかぁ~らぁ~、前みたいにシロンでいいって言ってるでしょ?」
「いや、でも、あの時はまだ受付嬢でしたけど、今は副支部長じゃないですか。そういうわけには……」
「相変わらず、あいつのこと以外は真面目ねぇ。私が良いって言ってるんだからいいのよ。堅い式典とかじゃない場では、前みたいにシロンでいいってば」
「…………ね?」
「……わかりました」
「うんうん!!」
ニパッと犬歯をみせて笑うその笑顔に、ドキリとしつつ僕は大きくため息をついた。
現在僕が住んでいる場所は、王都がある場所から遠い、隣の国と国境を接する辺境伯領なのだけど、この土地に来る前はこの辺境伯領の隣にある小さな男爵領の山脈の麓で暮らしていた。
14歳の時に村が『暴虐王』に襲われ、壊滅に追い込まれたのだけど、偶然通りかかった冒険者のパーティーに僕一人が助けられ、そのままその人達に付いて旅をする事になり、この辺境伯領にて15歳になるまで暮らし、そうして冒険者になった。
初めて訪れた冒険者組合の受付で、僕の対応をしてくれたのが、このシロンさん。
シロンさんも受付嬢になって初めて担当した冒険者志望者が僕だったらしく、それから色々とアドバイスや以来の相談などに親身になってくれて、仲良くなり、つい最近副支部長になるまで気楽に話をしてくれる相手でもあったんだけど、実はこのシロンさん、この冒険者組合支部でもどえらい人気のある人なのだ。
スッと通った鼻筋に、きりっとした大きな瞳を持ち、小さくて少し丸めの顔に、すらっとした肢体。
腰にまで届く白く長い髪をサラッと流して歩くその姿は、冒険者組合に登録しているものだけじゃなく、町を歩けば、男性がずっと見惚れるだけじゃなく、女性もまた頬を赤く染めるほど。
そういう女性がいるのだから、冒険者組合には男性も女性も多くが訪れる場所へとなったのは言うまでもない。
僕が知る限り、シロンさんにお付き合いを申し込んだ数は既に100人を超えているんじゃないかな? それも男性だけじゃなく、女性もその数に含まれるのだから凄いと思う。
「どうしたの?」
「え? あ、いえ……。ちょっとシロンさんと出会った頃を思い出して……」
「ん? あぁ……」
「あの頃は大変でしたね毎日追いかけられて」
「んん? あぁなんだ
ちょっとだけ悲しそうな顔をしたシロンさん出たけど、僕の続けた言葉で大きく目を見開いてから、ホッとした様な顔を見せた。
「え? そっち?」
「あ、いや、何でもないわよ。で? アイツの事でしたっけ?」
「え、えぇ……シロンさんの知っている事だけでも、何かありませんか?」
「ん~……。エリンからは?」
少し考えたシロンさんが、何か聞いているかと問いかけてくる。
「エリンからは、少し離れた国で見かけたと情報が有ったと聞きましたね」
「そうなのね。その情報は間違いないわよ。でも被害もないし、どこかで暴れたという情報もないの。本当に飛んでいるのを見かけたって情報だけね」
「そうですか……。支部長は何か知りませんか?」
「支部長も私と同じくらいの情報だと思うなぁ……。あの人はその辺は耳が早いし、冒険者の事を守ろうとする人だから、危ない情報などは共有してくれるはずだけど、何も言ってなかったわ」
「わかりました。では何か新しい情報が入ったら教えてくださいね」
「うん」
スッと立ち上がって、ドアの方へ歩いて向かう。
「カレン君」
「はい?」
名を呼ばれて振り向く。
「もし、もしだけど、アイツが近くに現れたって情報が入ったらどうするの?」
「どうする? そんなの決まってますよ。あいつをヤりに行きます。絶対に」
「そう……。今のあなたじゃ難しいって事は……」
「知ってますよ。無謀だって事くらいは。でも……僕は、アイツを許せないんです。あの時、助けてくれた冒険者の方々には本当に感謝してますけど、でも、この身が滅んだとしても、負けたとしても、僕はアイツの元に向かいますよ」
「……そっか。うん。わかったわ。ごめんね引き留めちゃって……」
「いえ。あ、でも……」
「ん?」
「もしもあいつとヤるとしたら、その前にこれを返さないといけないんですよね」
「え? それって……」
僕は自分の首にかけてある冒険者章を服の中から引っ張り出し、同じように首にかけてある毛筆の冒険者章をシロンさんにみせた。
「聖貨……よね?」
「えぇアイツが村で暴れていた時に、真っ先に駆け付けて来てくれた冒険者の人のです。僕を守るためにアイツの攻撃を防いでくれた時に、はじけ飛んでしまったみたいで、僕がソレを拾っておいたんですけど……。いつの間にか気を失ってしまった僕が目を覚ました時には、その人はもう次の依頼に行ってしまったのか、会う事も話すこともできなくて……」
「…………」
「シロンさん?」
「いや。何でもない。そうかカレン君が……」
ブツブツを何か言い始めたシロンさん。
僕の事など意識からそれてしまっているかのように独り言をつぶやいているので、僕は一礼して部屋から出て行った。
僕のランクは『銀貨級』という、冒険者としてはようやく一人前というか、他の人達からも目を掛けてもらえる立場になっているんだけど、実の所、18歳になるこの歳に銀貨級にランクアップするのは結構早い方で、僕の年で銀貨級はこの伯爵領には僕しかいない。
僕よりも年上の人は金貨級の方々が多いし、僕と同じ位の歳か、歳下の子達はまだ銅貨級で頑張っている。
金貨級ともなると、主戦場としている街だけではなく、知り合いから頼まれたりすれば、指名依頼なども入って町にいる事も少なくなるので、急を要するような依頼が舞い込んだ時などは、僕が前面に出る事になる。
僕は出来る限り情報を収集したいという事もあり、基本的にはあまり町から離れる事はない。
だから割と急な依頼を受ける頻度は高くなって、その分評価も加算されやすくはある。
僕がいるこの町は人同士の治安という事に関しては、辺境伯様の治世が機能しており、辺境という事も相まって兵力はそれなりにあるから、争いごとのような物は、酔っ払い同士のケンカなど些細なことぐらいしか起きない。
それでも戦力を有しているのには訳があって、僕が生まれ育った村があった山脈と、この辺境領にある山々は連なっている。
つまりはモンスターと呼ばれる、一般の人達には到底抗う事が出来ないモノたちを相手にする事もあるというのが、その真相なのだけど、それでも数年に何度かある位で、今迄深刻な状態になる事は無かったと聞いている。
今までは――
「た、たいへんだぁ!!」
「にゃ!?」
「きゃぁ!!」
バン!! と冒険者協会の入り口のドアをぶち破る勢いで、一人の辺境伯領兵士が駆けこんで来た。
音の大きさにミャオさんと、この日冒険者組合のカウンターに座っていたのは、へろっと耳の先が垂れている兎耳を持つ、兎人のピットさん。その一人と一匹が驚く。
「ど、どうしました!?」
そのピットさんが慌てて駆けこんで来た兵士に、カウンターをひょいと飛び越えて駆け寄った。
基本的に瞬発系の能力は獣人族と呼ばれる方の方が、人間族よりも高い。
「も、モンスターが隣領との堺の森から次々と出て来ていて、警備兵だけじゃ対応できてないんだ!!」
「そ、それは辺境伯様はご存じなのですか?」
「いま、俺ともう一人が緊急で冒険者組合と、町の守備兵に知らせに来たんだよ!!」
息を切らせて一気に話す兵士に、僕は水の入ったコップを差し出した。
頭を下げて僕の差し出したコップを掴み、一気にあおると続けて兵士は支部長に伝達を頼むと言い残して、冒険者組合の建物から走って出て行った。
「ど、どうしましょうか」
「今、支部長っていましたっけ?」
「支部長は本部に行っていまして、副支部長しかいません」
「では副支部長に――」
「話は聞いたわよ」
ピットさんに確認を取ってシロンさんの所へ連絡してもらおうとしたら、二回の階段からシロンさんが降りて来ていた。
「緊急事態の様ね。これから辺境伯様の屋敷に行ってくるわ」
「では僕達は、町にいる冒険者に声をかけて出来るだけ集ってもらいます」
「うん。よろしくお願いするわね」
「「じゃぁ――」」
二人で頷きあい、同時に動き出した。
それから僕は町の中を駆け回り、出来る限り冒険者仲間へ声を掛けて周った。
その日に偶然休みを取っていた人たちや、依頼をこなして帰って来たばかりの冒険者などにも声を掛け、更にその人達の助けも借りて、町にいる冒険者を招集する。
運が悪い事に、町に唯一いる金貨級の冒険者パーティは依頼の為に町をあけていて、帰りは早くても7日~10日はかかる場所で、仕事をしている。
そのパーティにも一応の連絡を入れるため、足が自慢の冒険者にすぐに連絡係となって向かってもらう。
そうしている間にも時間が進み、日が落ちる頃には、多くの冒険者が建物の中に集っていた。
「みんないる?」
声がした方へと皆が視線を向ける。
ギギッと木がきしむ音をたて、入り口のドアが開かれると、そこにはシロンさんと、壮年の男性が兵士を引き連れて入って来た。
「みんないるかな? まぁいない人達は仕方ないけど、ちょっと聞いてね」
シロンさんとその男性がカウンターの前へと移動し、俺達もその人達へと視線を向けた。
「私はこの辺境伯領を治める、キット・オサメ・ルールである。忙しいところ急に参集して申し訳ない」
スッと男性が前に出て声を張る。
「現在、我が領内に大量のモンスターが流入してきているという情報がもたらされた。大至急その鎮圧に兵を送るつもりではあるが、少し気がかりもある」
男性――ルール卿――とシロンさんが顔を合わせ、こくりと頷く。
スッとシロンさんも前に出て男性に並ぶ。
「モンスターだが、どうにも普通に移動してきているわけではないという情報も入った」
広間の中がざわつく。
「どういうこった副支部長さん」
「普通じゃねぇってなんだ? スタンピードでも起きたのか?」
冒険者の中から質問が飛ぶ。
「領堺の兵士の証言によると、こちらを攻めるためになだれ込んできている感じではないと……。いや、むしろそこにある物が邪魔であるかのように、出来る限り無視しているらしい」
「つまり?」
「なんだよハッキリ言えよ」
どうにも理由が判断できかねるのか、二人も冒険者の質問や疑問に表情を曇らせる。
「つまりは……。何かから逃げているかのようだと……」
「そこに住んでいるモンスターたちが、自分達のテリトリーを犯して侵入してきたモノに対して、攻撃するんじゃなく逃げている、それが何を意味するのかというと――」
「かなり高ランクのモンスターが現れた」
僕がぼそりとこぼした声が、広間の中で思った以上に響く。
「そう。カレンの言った通りだ。元々境界の森には、高ランクのモンスターも確認はされていたが、その確認されている個体ですらも、逃げ出し、こちら側に流入してきていると聞いてるわ」
「じゃぁ、それ以上の? その確認されているモンスターってのは、推奨討伐ランクは?」
「…………白銀貨級以上。いえ……数も併せると、白金貨級かと思われるわ」
広間の中が騒然とし始めた。
「でも、そいつらが逃げて来てるって事はおそらく、それ以上のバケモンが来てるって事だよな?」
「そう……なるわね……」
下を向いたシロンさん。
「慌てないでくれ!! 逃げてきているモンスターは、こちらから手を出さない限りは、逃げる事を目的としている様で、数は膨大ではあるが、このまま進めばこの町の北部を通り、更に北上していくと考えられている。われら領内の兵士で何とかそのモンスターたちを監視して、森から出ないように努めるように動く。だから、冒険者組合の皆に力を貸してもらいたいのだ」
「何をすればいいんですか?」
僕の周りは動揺する冒険者も少なくなかった。それもそのはずで、ここに集っているのは僕よりランクが低い冒険者たちなのだ。
推奨討伐ランクが高いモンスター相手に『手伝って』とお願いをされても、何が出来るのか分からない。
下手をすれば、命にもかかわる事で、彼らには家族もいるし、明日の生活費もかかっているものもいる。
「皆には、兵士たちが対応できなかったモンスターを、はぐれたモンスターを討伐または元の集団に戻すように動いてもらいたい。お願い申し上げる」
スッと頭を下げた辺境伯に驚くが、それほどまでに今の状況がひっ迫しているのだと皆が理解するには十分だった。
「もちろん褒賞は出す!! 討伐したモンスターの素材は討伐した者たちのモノにして構わない。ケガをした時の回復材などは全て辺境伯と、冒険者組合から出す。どうかな? 皆でこの町を領を守って欲しいの……」
シロンさんの話を聞いてもシンと静まる広間。
スッと僕は手を上げる。
「その依頼、カレンが承諾した」
「ッ!?」
俺が手を上げるとシロンさんは大きな目をさらに見開いて、ジッと見つめてくる。
――あれ? あの目……どこかで……。
デジャヴのような感覚が僕の中に沸き上がるが、僕の言葉を聞いた何人かが手を上げたのを確認し、僕はスッと後ろを向いてみんなの方を見つめた。
「僕が生まれ育った村は、もうこの世にはありません。どのような気持ちでそんな事をしたのか今では知り様も無いんですけど、とあるバケモノが暴れたせいで、僕一人だけを残して、皆がこの世を去ってしまいました」
今集っている冒険者は、僕と同年代か、それよりも若い子達が多い。その中には僕の素性を知っているモノたちも多くいる。
「僕は……。僕は、二度と町の人達を犠牲にしたくない……。僕一人で出来る事なんて限られてます。だから皆で、この町の人達を守りましょう!! それが出来るのは皆さんしかいないんです!!」
「わかったぜ!!」
「カレンに言われちゃな」
「んだんだ!! 俺達でやるしかねぇ!!」
次第に皆が依頼を受けると名乗り上げてくれた。
「カレン君……」
冒険者の仲間たちの中、声を掛けられる僕の事を、シロンさんがジッと見つめているのを、僕は知らなかった。
そうして始まった防衛戦。
辺境伯様との情報交換により、兵士たちからの報告が逐一冒険者側にも通達され、町の外側、モンスターたちが近づいて来るであろうと思われる線状に、高ランクの冒険者から隊列を組んで待ち構える。
情報では半日余りでモンスター集団の先頭が町に到達するという情報がもたらされている。
冒険者たちの顔は、見ただけで緊張しているのが分かるほどこわばっているが、どの人も町を守るという気概が見て取れた。
「来たぞ!!」
「見えた!!」
モンスターの先頭に張り付いている領兵の姿を、物見に出ていた冒険者が確認して戻って来た。
「総員!! 戦闘準備!!」
「「「「「おう!!」」」」」
僕達は近づいて来る騒音に耳を傾ける。
どど
どどど
ドドドドド!!
だんだん近づく騒音。
そうして見えて来たモンスターの集団と思われる土煙。
「総員討ち漏らすなよ!!」
「一人じゃなくて数人で掛かれ!!」
「怪我したら直ぐに引くんだぞ!!」
事前に決めていた事を再度確認。
そうして準備ができた僕達の前を横切っていくモンスターたち。
その周りを領兵たちが広がらない様にと取り囲んでいる。しかしやはり何体かのモンスターがそれるので、それを順次討っていく作業が続く。
何刻も、何体も、もう体感でどのくらいそうしているか分からない状況になり、冒険者たちもケガするものが増え、戦えないものが徐々に増加していく。
――このまま何とか押し切れば!!
遠くまで続いていた土煙も、ようやく近場にまで迫って来た時、そいつは突然現れた。
GYAOoooooNnnn!!
僕の頭上に一筋の黒い線が引かれたと思うと、そいつはその体を僕達に見せつけるかのように、静かに影を大きくしていった。
BRAaaGAaaaaa!!
バッサバッサと背に持つ翼を羽ばたかせ、僕らの前に現れそのモンスターは――。
「暴虐……王……」
会いたいと願い、