その姿を探し、戦いたいと願ったその相手が今目の前にいる。
――こんな時に!!
チッと無意識に舌打ちする。
モンスターの集団移動からはぐれた個体が少数だったとはいえ、弱い個体から強い個体まで様々いたので、冒険者体の対応も間に合ってはいるとはいうものの、既に動けなくなっているものが多く、その上更に『暴虐王』の異名を持つドラゴンが相手となると、絶望的な戦力差である。
「う、動けるものは動けないものを連れて町へ戻れ!!」
「いやでも!!」
「この状態で戦えると思うな!! ここは何とかして僕が時間を稼ぐ!! その隙に逃げろ!!」
「ぐぅ……す、すまねぇ……」
大きな声で指示を出すと、一緒に戦っていた冒険者たちは、負傷したものを連れてすぐに下がっていく。
――なんとか時間を稼がないと!!
奥歯がギリギリと音を鳴らすほど食いしばり、重い体を引きずるようにして、僕は暴虐王の前へと進み出た。
「よう!! トカゲさんよぉ!! ようやく会えたな!!」
GyoRAA?
GYAGYA
僕の事を見て、少しだけ笑みを見せたような気がするけど、きっと僕の事などちっぽけな存在としか認識していないのだろう。
「わらってるんじゃねぇ!! くらえ!!」
両手剣を肩に構え、羽ばたく『暴虐王』に向けて剣を振り下ろす。
毎日剣を振り続けてようやく実に着いた、真空斬という技を、ありったけの力を込めて放った。
キン……。
暴虐王はそれを避けるでもなく、そのまま何もせずに正面から受けたが、金属同士が打ち合ったかのような高音残して消え去った。
「は?」
そうして暴虐王は僕をしっかりと『相手』として認識させることには成功したが、思いっきり放った技が、暴虐王に傷一つ吐けることが出来ていない事に気が付き、僕は絶望に似た感情が湧きだしてきた。
「おいおい……。さすがにちょっとは
しかし、打ちひしがれるのも少しの間で、未だに町へと退いている冒険者たちは待避が間に合っていない。
「くそ!! 何度でも放ってやるぞ!!」
僕は何度も何度も、暴虐王に向け剣を振り下ろす。然しどれも弾かれるようにして、暴虐王にはダメージが入った様子はなかった。
チラリと振り返り、冒険者たちが無事に引いたことを確認して、暴虐王の攻撃が町へ閉胸しない様に、射線を少しずつずらしていく。
GUWAaa?
Gau!!
ニタリと笑みを見せたように見えた瞬間に、暴虐王から凄まじい圧がかかり、僕は瞬間的に体が硬直してしまった。
――あ……僕、死んだかも……。
そう思った瞬間に、僕に向けて放たれたブレス。硬直してしまっている体ではどうしようもなく、まともにくらうと覚悟した瞬間――。
「にゃぁ!!」
「え?」
僕の頭上を通り越し、目の前に一匹の白猫が舞い降りてきて、僕の服を噛み思いっきり下方向へと引き下ろす。
「おわぁ!!」
ぼふぁぁ!!
そのすぐ後に僕の上半身があった所をブレスが吹き抜けていった。
「にゃ!!」
「え? え? まさか……」
僕の服から口を放し、一鳴きしたその白猫は、僕の方を一度振り返ると、そのままタタタと走り出した。
少し走り立ち止ると、」また僕の方を振り返る。
「にゃぁ!!」
「え? ま、まさか……ついて来いって行ってえるのか?」
「にゃ!!」
猫の言葉が分かるわけ無いけど、何となくそう言っている気がして、僕はその白猫の後を追った。
ちょっと走り気が茂っているところにたどり着くと、白猫がちょこんと座っており、僕の方を見ていた。
「ま、まさか……君はミャオさんなの?」
「にゃ」
こくりと頷く白猫――いや、たぶんミャオさん。
少し暴虐王の方へと視線を向けると、そのまま更に木の茂る方へと入っていた。
――あれ? そういえば……こんな事が前にも有ったな……。確か村が襲われて、冒険者の人が来る前に……。
僕の村が襲われてしまった時、僕だけが助かったわけだけど、一人の冒険者が僕の前に現れる前、僕の事を見つけてくれたのが、一匹の白い猫だった。
その時もついて来いという様な素振りをするねこの後を追って家の陰に隠れていた記憶がある。
まさか、あの時の猫とミャオさんが同一な存在という事はないだろうけど、偶然にしては出来過ぎだ。
ミャオさんが歩いて行った方へと僕も進むと、そこには一人の女性の姿が有って、いそいそと着替えているのが見て取れた。
――どうしてこんなところで!? って……ん? まさか……。
「シロンさん!?」
「きゃぁ!! び、ビックリした!!」
「やっぱりシロンさんだ!! どうしてこんなところに!?」
「どうしてって……ごほん。まずはちょっとソッチ向いててくれない?」
「え? あ……はい……」
じぃ~っと僕を見つめるシロンさん。着替えている女性を見つめるという、その場にそぐわないような状況ではあるけど、いわれる通りに僕はシロンさんとは反対方向へと体勢を向け変える。
「ほい!! もういいわよ」
「あ、はい」
向き直ると、そこには動き易そうではあるものの、全身が白銀色に光る胸当てを付け、足元も同じく白銀色をしたブーツをはいたシロンさんがいた。
「シロンさん……ソレって……」
「あぁ、これは私の装備よ」
「シロンさんて冒険者だったんですか!?」
「元……ね」
少しばかり恥ずかしそうにニコリとほほ笑むシロンさん。
「町のピンチなんだもの、元とか言ってられないじゃない? 私も参加しようと思って持ってきたのよ。そうしたらカレン君が一人でアイツに立ち向かってるんだもん。焦っちゃったわ」
「え? でもようやってここまで?」
「どうやっても何も……さっき会ったじゃない」
「僕が会ったのはミャオさんだけですよ?」
僕がシロンさに返事すると、シロンさんは自分の方を指差しながらこくりと頷いた。
「それ、私よ」
「え? は? え?」
「だぁかぁらぁ、ミャオは私!!」
「そんなまさかぁ!!」
「幻猫族って聞いたこと無い?」
「幻猫族ってまさかあの……幻想種族の……?」
「そうそう。その幻想種族の1つが私たちね」
何でもない事のようにあっさりと口にしたシロンさん。
幻想種とは、滅多に人前に現れない事で有名な種族で、存在しているとは話に出るが、実際にそれを確認したことがない種族たちの事を指す。
そしてその幻想種族には色々なタイプがあり、力が別次元に強いモノや、幻術のような物を使うモノ、返信できる力を持つものなど多種にわたる。
その中でも幻猫族は、瞬発力に優れる種族として有名で、中には返信できる能力を持っている人達もいると聞いたことが有る。
そう言われてしっかりとシロンさんの方へ視線を向けると、確かに頭の上にはぴこっと動く猫耳が有り、お知りの方からは真っ白い尻尾が伸びてふらふらと揺れていた。
「ほ、本当にミャオさんがシロンさん……」
「もう!! 今目の前でまた見てるでしょ? 二度目なのに信じられない?」
「二度目? いやいや、初めて見ましたよ!!」
「そう? なら、これでどうかしら?」
「え?」
シロンさんは地面に置いてあったものを手に持って頭へと乗せる。すると尻尾もいつの間にか見えなくなっていた。
そうして再び僕の方へ全体の姿が見えるようにして立つ。
「え? ま、まさか……あの時の!?」
「そうね。この姿で会うのは久しぶりかしら?」
シロンさんの姿。それは僕が助けられたあの時の冒険者の姿によく似ている。
「久し振りという事は……。やっぱりシロンさんが……」
「うん」
――あれ? でもそうなるとシロンさんっていったいいくつなんだろう? 僕はあの時14だったのだから……。それに幻想種族は人族よりも長命だったはず……。
「あぁ!! 今変なこと考えてるでしょ!?」
「え!? いえ!! まさかそんな!! シロンさんが今いくつなんだろうなぁなんて考えてませんよ!!」
「もう!! 言ってる!! 全部口に出してるよ!!」
「あ!!」
僕が口を押えると、シロンさんはクスリと笑った。
「あの、シロンさん……」
「なに?」
「
「うぅ~ん……。それはアイツをどうにかしてからでいいわよ。あいつには逃げられちゃった借りを返さないといけないしね!!」
「……わかりました」
「うん!! じゃぁ……」
僕へ向け、にこりと微笑む。
「今度こそ、アイツを
「はい!!」
僕とシロンさんは再び、木陰から飛び出して、暴虐王の前へと駆け出した――。
「それからカレン君」
「はい?」
「私、君よりも4つだけ年上なだけだからね」
「いま、それどころじゃないでしょぉぉおおおおおおおお!!」
ウインクしながらそんな事を言うシロンさん。その顔はいたずらに成功した時のように、凄く楽しそうだった。
僕の住んでいる街の側をモンスターが集団で逃避し、暴虐王が飛来するという緊急事態に見舞われて半年後――。
町にも住人にも被害はさほどなく事が済んだ事で、現在では依然と同じように活気が町全体――いや、領全体に戻って来ている。
のちの褒賞などで、領都へと赴いた際に、何故シロンさんが副支部長になったのかその経緯を聞いてみたのだけど、ぼくの村が襲われていたところに駆けつけた時、『聖貨級』のシンボルである『聖貨』を落としてしまったらしい。
当時最年少で『聖貨級』冒険者になったは良いものの、自分に冒険者は合っていないんじゃないかと悩んでいた時でもあったので、『聖貨』を失くした事が後押しとなり、冒険者を一時的に休業することを決意した。
何かやらないといけないなと思っていた時に、辺境伯領の冒険者支部を任されることになったのが、同じ幻想種族で冒険者の先輩だった今の支部長で、後輩の指導などをしてみないかと誘われ、一緒に移住してきたそうだ。
まさかそこで、アイツに襲われているところを助けた僕に遭遇するなんて思っていなかったそうだけど、僕もシロンがまさか当の本人だったなんて思ってなかったから、あまり接することもなく過ごしていた。
しかし、いつも僕の事は気にかけてくれていたそうだ。
何しろ僕がまだ低級ランクの冒険者だった時は、毎日の様にカウンターの上に居たくらいだから。
何時かは僕に打ち明ける日が来るかもしれないと思いつつ、シロンさんも暴虐王の事はその動向を追っていたらしい。
あの日、僕とシロンさんは暴虐王の前にて再会を果たすことが出来たというわけ。
「にゃぁ!!」
ぺしん
「あ!! ニャオさん……。このパーティはまだこのランクダメなんですか?」
「にゃぁ~」
こくりと頷くニャオさん。
「はぁ~……。という事で残念ですけど、違う依頼を持ってきてください」
僕が朝、冒険者組合へと顔を出すと、受付のカウンターの上ではいつもと同じようにミャオさんとエリンの掛け合いが始まっていた。
「今日も仲が良いね」
「あ、カレンさん!! 聞いてくださいよ!! ミャオさんがまだまだだって言って持ってくる依頼を却下しまくるもんだから、若手の人達がしょんぼりしちゃってるんですよぉ」
「にゃん!!」
胸を張るミャオさん。
「あはははは。でも、それはミャオさんがしっかりと若手を見ている、見守っている証拠じゃない?」
「それはそうなんですけど……」
「じゃぁ、はいこれ」
エリンの前に依頼書を差し出した。
エリンとミャオさんがその依頼所へと視線を向ける。
「どうですかミャオさん」
エリンがミャオさんに声を掛けると、ミャオさんは何も発することなく、エリンの前において有る赤い朱肉へと自分の手をポンポンと数度叩く。
そうして僕の方へと近寄ってきて、首を下げろと頭を下げた。何のことかわからないけど、とりあえず顔を下げる。
「にゃん」
ぽふ
「は?」
「にゃん」
僕の頬にミャオさんが手を押しつけた。そこにはしっかりと可愛い肉球の後が赤く残る。
「え? なにこれ……」
「えっと……なんでしょうね?」
エリンもどうしていいかわからない様子で困惑している。
「了承したって事でいいのかな?」
「にゃん!!」
フンスと荒く息を吐きながら、胸を張るミャオさん。
「あははははは。まぁとりあえず行ってきます」
「気を付けてね」
「にゃぁー!!」
二人(?)に見送られながら、僕は冒険者組合の建物から出ようと歩き出す。
「にゃにゃ!!」
「あ!! また!! そんなに飛ばさないでくださいよぉ!!」
出る手前で聞こえて来たエリンとミャオさんの声。
その声を聴きながら、気合を入れてドアを開き、外へと歩き出した――。
僕の住む町にある冒険者組合。その受付には真っ白で可愛い受付嬢が、今日も冒険者を見守っている。