「うわあああああああぁぁーーーーーーーー!!!!!!」
やっちまった。
いつも僕はこうだ。
恐くて、悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
「うぎゃあああぁぁぁーーーー!!!!」
「なんだー!!?? なんだーーー!!!!??」
「くそーー、逃げたぞーー!! 勇者が逃げたーー!!!!」
「なんてはずれの勇者なんだーー!!」
「ぎゃあああぁぁぁぁーーーーっっ!!!!」
僕の部隊は魔王軍に突っ込まれてパニックにおちいっている。
まあ、僕の部隊がやられても他に6人の勇者がいるから、どうという事も無いだろう。
僕は、目の前の森に逃込んだ。
「わあああああーーーーーーぁぁぁ…………」
森の奥に入るに従って喚声が小さくなる。
「この森は酷いなあ。足元が何も見えやしない」
僕は独り言を言って、何度も転びそうになりながら森の奥へ奥へ逃げた。
「僕は、普通の……いや、駄目な人間だぞーー!! いきなり勇者様ってなんだよーー!! 戦争なんて恐くて参加出来るかよーー!!」
僕は天に向って怒鳴った。
「声がしたぞーー!! こっちだーー!!」
「さがせーー!! さがせーー!!」
「敵前逃亡だーー!! ぶち殺せーー!!」
「ころせーー!! ころせーー!!」
――げっ!!
追っ手がかかったみたいだ。
しかも、大勢の声がする。
捕まれば殺されるのだろうか?
――逃げなければ!
僕は恐ろしさから必死に走った。
森の木が、残像のように後ろに流れる。
――なんで、こうなった。
走りながら思い出していた。
僕は施設警備員をやっていた。
月給は今時、基本給十一万円。そこに手当が付いて手取り十五万円。
残業と夜勤をやって、各種税金と独身税を引かれるとこの金額だ。
既に三十五歳。
超絶底辺のおっさんだ。人生終わっている。
派遣隊の隊長が糞野郎で、ずっとやめたかった。
でも、やめなかったのは、やめたら他に就職出来るほど優秀な人間じゃないからだ。
直前の記憶は守衛室で深夜の警備中、気持ちよく居眠りをしている最中だった。
――はっ!! もしかしてこれは夢なのか?
「うわあああああああぁぁぁーーーーーーーーっっ!!!!!!」
やってしまった。
必死で走っていたら、地面がなくなった。
振り返ったら、崖になっている。
――あんな所から落ちたのか。
既に踏み外した場所が遠くに見える。
下を見ると、ゴツゴツした大きな岩ばかりだ。
その向こうに細い川がある。
このまま落ちればどう転んでも岩の上だ。
川には届かないだろう。もし届いたとしても浅い川のように見える。
「た、たすけてくれぇぇぇーーーー!!」
走馬灯なのか?
景色がゆっくり流れていく。
美しい女神が出て来て、お前はトラックにはねられて死んだ。
世界を救うため、魔法と力を与えよう。
そんなアニメを見た事を思い出した。
「がふっ!!」
とがった岩の上に落ちて、胸を強く打った。
滅茶苦茶痛い。
これは、夢では無さそうだ。
「があぁぁぁぁーーーげぼぉーーーーーぉぉ」
汚い話だが、ゲロを吐いている。
でも、そんな自分を俯瞰で見ている。
痛みが消えた。
ああ、これが幽体離脱か。
これは、死んだのだろうなー。
「ぐはっ!!」
どの位時間が立ったのだろう。気がついた。
周囲は真っ暗だ。
ここは地獄か? いや、空には星がある。目の前には川もある。
恐る恐る胸を触ってみた。
あれだけの打撃を受けたのなら肋骨が折れているはずだ。
「おかしい」
肋骨が折れていれば、グニャグニャのはずだが硬いままだ。
考えられることは2つ。
あれだけ強打をしてもケガをしなかった。
もう一つはケガをしたのだけど、そのケガが治ったということだ。
どちらにしても、普通ではない。
僕はたしか警備中居眠りをしていたはず。
それが、気がついたら荒野の魔法陣の中にいた。
他にも6人の人がいた。
男が3人、女が3人。
僕は警備員の制服を着ていた。
他の3人の男は軍服が一人と甲冑姿が2人だった。
女性は3人とも美人だった。
あーー、女性は顔しかみていねー。
「勇者様、これをどうぞ」
僕達7人に、1番偉そうなおじさんが剣と皮の防具を渡してくれた。
そして、部下が千人。
目の前には魔王軍がいるようだ。
魔王と書いた旗が立っている。
「全軍、突撃ーー!!!!」
僕達の装備が終わると。
偉そうなおじさんが大声を出した。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!」
喊声と共に全員が走りだした。
何だかわからないうちに、僕は千人隊の隊長にされていた。
幸いにして、僕の隊は1番右端で少し向こうに森がみえる。
魔人達はみんな異様な姿で恐ろしい勢いでこちらに向ってくる。
手には武器を持ち殺気があふれ出している。
僕はそれを見て全身が震えた。
気がつけば、悲鳴を上げて森へ逃込んでいた。
「やべーー、ここはどこだーー?」
声を出しても、何も返ってこないのだけれど言わずにはいられない。
僕には、サバイバルの経験はない。それどころかキャンプもしたことは無い。
アウトドアの趣味は何も無い。
でも、サバイバルの知識は漫画やアニメで少しだけ見た事がある。
そんなんで果たして生きていけるのだろうか。
生きていてどうなるのだろうか?
僕は、ゆっくり体を動かしてみた。
痛みはない。
追っ手が心配なので、川沿いを流れと逆に歩いた。
流れに従って歩くと下流にむかうことになり、村に出てしまうと思ったからだ。
少し歩くと、断崖絶壁の滝が出て来た。
日本では見た事も無いほどの大きな規模の滝だ。
ドドドドと重い音がして、水のなんともいえないにおいがする。
回りを見ても全部絶壁だ。
この先へ進むためには、上るしか無いということなのだろう。
腰に手をあてて見上げてみた。
恐らく首が90度曲がっているだろう。
僕は、追っ手が恐くてのぼる決心をした。
「ふむ」
こう言うのをロッククライミングと言うのだろう。
恐る恐る最初の一歩を踏み出した。
あんがい、楽々で上ることが出来る。
もしかするとやったことが無かっただけで、僕には才能があったのかも知れない。
垂直の壁に見えた崖が、なんの苦も無くすぐに登り終われた。
登り終わるとまた深い森だ。
僕は、川の横を脇目も振らずに走った。
ものすごい勢いで景色が流れていく。
「ぐぅーーっ」
腹がしゃべった。
「ふふふ、くっくっくっ」
僕はなにか可笑しかった。
なぜ腹がなるのか、はじめて意味がわかった気がする。
僕は命の危機から、腹がすくのも忘れて走っていたようだ。
腹がなってはじめて空いているのに気がついた。
もし鳴らなければ腹が空いていることに、永久に気がつかなかっただろう。