そんなアマガエルよりも、苦手――というか、嫌いな相手がいる。高校二年になって同じクラスになった、
高身長、イケメン、スタイル良し。ついでに声良しと、神様にかなりひいきされて作られたらしい彼は、所謂スクールカーストの頂点に君臨している王様だ。真夏という名前に反して、涼やかでクールな風貌。噂によればモデル事務所にスカウトされたとか、そんなエピソードに事欠かない。
不機嫌なとき大翔は真夏のことを「アマガエル野郎」と思っているし、真夏も多分大翔のことを「面倒なヤツ」とか「ウザいヤツ」とか思っているはずで、普段の相性は最悪だった。そんな大翔と真夏がカップルチャンネルをやっているのには、少々理由がある――。
◆ ◆ ◆
「――ノート回収、っすか……」
職員室の椅子にでっかりと座った、目の前の担任教師に言われた言葉に、大翔は内心げんなりしていた。数学教師である担任によれば、藍川真夏がノートを未提出らしい――そして、その回収を、本日の日直である大翔に頼んできたのだ。
他のヤツならば、二つ返事でOKしただろう。大翔は基本的に断ったり、文句を言ったりしない。親でも、友達でも、教師でも。だが、真夏が相手となれば、それ別だ。真夏は大翔にとって、アマガエルなのである。
(うわ、だるっ……)
そう思うが、顔には出さずに頷いておく。たかがノートだ。それも、未提出なのは真夏の方に問題があるのだ。堂々としていれば良い。
時刻はもう下校時刻をとっくに過ぎていて、真夏がまだ校舎内にいるとは思えない。明日の朝一番に捕まえて、ノートを回収するだけの簡単なミッションだ。明日はもう、日直ではないのだが……。
「ああ、そうだ。橙乃」
「なんすか?」
担任は渋い顔をして、ペラリと書類を捲る。大翔の方は見ていなかった。
「お前、M大学志望だったよな。判定Cだぞ?」
「うっ……。そこは、今から頑張りますよ」
進路の話は、周囲でもにわかに騒がしくなってきたように思える。まだ高校二年なのに、大翔には正直、実感がなかった。
「まあ、今からしっかり頑張れば、なんとかなるだろう。ああ、志望学部だがな」
「あ、はい。商学部です」
「今年で最後。来年からは募集がないそうだから」
「――は?」
驚くくらい感情のない声で、あっさりとそう言いきられ、大翔は一瞬、何を言われたのか解らなかった。
(え? 募集がない?)
無くなった。そう把握するまでに、かなり時間がかかった気がする。
曖昧ながらに、なんとなく想像していたキャンパスライフが、ガラガラと音を立てて崩れていくような気持ちだった。
なんと言って職員室から出ていったのか、記憶がないままに、大翔は呆然としたまま廊下をトボトボと歩く。肩から鞄がずり落ちて、ほとんど引きずって歩く様は、さながらゾンビのようだった。
(学部が無くなるとかマジ……? そんなことあんの……?)
ただでさえやる気のなかった進学への気持ちが、一気に萎んでしまう。どうしても、そこに入りたかった訳ではない。従兄弟が通っていて、楽しそうな話を聞いていたから、そこにしようと思っただけだ。
だが、新しく別の進路を探す気持ちになど、なれる気がしない。
「――終わった……」
幼馴染みの
ハァ。重い溜め息を吐き出して、トボトボと昇降口へと向かう。
(―――あ)
靴箱の手前に来て、大翔は昇降口にその人物がいるのに気がついた。怒っているようにも見える、少し不機嫌そうな唇。藍川真夏だ。
(まだ残ってたのか……)
この時間まで残っている生徒は、大抵は部活のせいだが、大翔は真夏が部活に入っているかどうか、気にしたこともないし知らなかった。ただ、偶然遭遇してしまったことに、なんとなく嫌な気分になる。
大翔は彼を、条件反射で避けようとして、思い止まった。そういえば、担任にノート回収を頼まれている。
「おい藍川」
大翔の声に、真夏がのそりと顔を上げた。相変わらず無表情のまま、チラリと視線だけをこちらに寄越す。
「お前、ノート提出してないだろ。里ちゃんが怒ってたぞ」
実際には担任の里中は怒っていたわけではないが、方便というヤツだ。さぞかし、焦ると思いきや、真夏の反応はまるで違うものだった。
「あ? ああ――小さくて気がつかなかったわ。居たの?」
「はっ!? テメエ、ふざけんなよ! 誰が小さいってんだよ! 俺は一七〇あるっての!」
本当は一六十九センチなのだが、一センチなんて誤差だろう。わざわざ見下して言う真夏に、大翔は思わず歯を剥く。
「で、なんだっけ。ああ、お使い頼まれたんだっけ? 偉いでちゅねー」
わざわざそんな言葉を言って煽って来る真夏に、大翔の頭がブチンと切れた。
「テメエ、表に出ろーーーっ!!」