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第七話 なんか変な空気になってるんだが?



「で、最初はどんな配信にするんだ?」


「最初は興味持ってくれるひとがどのくらい居るか解らないから、まあ、ゲームしたり遊んだりしてる配信か――なんか食ったり作ったりとかかな」


「……ふむ」


 挨拶から始めても良かったが、そんなものに興味が湧くのは、自分達に興味が湧いてからだろうと思う。まずはコンテンツがなければ始まらない。逆にいえば、コンテンツはいくらあっても良い。


 素人が拘ったところで、質などたかが知れている。まずは量だ。そして、量こそが質を産む。


 生来の守銭奴気質、商売人気質の本能で、運用や方針をバシバシ決めていく大翔に、賛同しながら補足してくれる真夏。二人のコンビは、思ったよりも順調だった。


「じゃあ、俺がなにか食い物用意するから、お前が食って感想言うのはどうだ?」


「え? 俺が食って感想言うの?」


 真夏の提案に、内心不安になる。何しろ、真夏は自分を嫌っており、今だってビジネスだから付き合っているのである。


(ゲテモノじゃないだろうな……)


 食べ物に関してNGの少ない大翔だが、虫系などは自信がない。古き時代のバラエティーを想像して、げんなりする。


(とはいえ――撮れ高か……)


「お、おう。わかった。使える映像になるかは解らないけどな」


「撮影は何処でやるんだ?」


「さすがに制服じゃまずいし、土曜にでもやるか。場所は……」


 大翔は言いながらスマートフォンを見せる。


「駅前に貸しスペースがあって、一時間いくらで貸してくれるんだよね」


「毎回レンタルスペースでは、大変じゃないか?」


「そうなんだけど……。場所もないし」


 気軽に、スマートフォンだけで始められると思ったのだが、自宅からの配信は難しそうだ。親になにか言われそうだし、自分の部屋は和室で、オシャレじゃない。なんとなく、動画のコンセプトに合わない気がするのだ。


「――うち来るか?」


「え?」


「一人暮らしだから、気兼ねなく撮影出来るし、部屋も空いてる。まあ、ちょっと荷物あるから、片付けないとだけど」


「マジで? 良いの?」


「ものもないから、写り込みもしないだろうし」


 淡々と言う真夏に、大翔は飛び上がりそうになる。


 こんなに協力的だなんて、意外に悪いヤツじゃないのかも知れない。


「じゃあ、土曜にお前の家で良い?」


「ああ」




   ◆   ◆   ◆




 真夏の家は、大翔の自宅から、自転車で四十分ほど行った場所にあるようだった。中層の五階建てほどのマンションで、目の前には散歩が出来そうな公園もある。白い壁の真新しいマンションを見上げて、大翔は素直に羨ましいと思った。


(こんなところに一人暮らしって、贅沢すぎない?)


 羨望と同時に呆れた気持ちになり、溜め息を吐く。


(確か、藍川ってネイブってでかい会社の社長さんの息子だって話だったよな)


 株式会社ネイブという、アパレルブランドからはじまり、小売りから物流、今ではコーヒーチェーンまで手掛ける会社だったはずだ。大翔がよく行くファミレス『ブルーマリン』も、ネイブの資本が入っていたハズである。


(社長の息子ともなると、こんないいマンションで一人暮らしさせて貰えるのか)


 住む世界が違う。そんな風に感じてしまう。


「ああ――でも、仕送り止められてるって……? そりゃ、ヤバそう」


 自転車を駐輪場に停めて、マンションの入り口に向かう。セキュリティもしっかりした部屋らしく、入り口で待たされた。


(――親とケンカでもしたのかな。――知らんけど)


 気にはなったものの、大翔と真夏は相談に乗るような関係ではない。あくまで、ビジネスなのだから。


 しばらくして、私服の真夏が迎えにやってきた。黒いゆるっとした、なんの変哲もないカットソーだというのに、真夏が着るとそれだけなんだか様になっている。


「おう」


「お、おう」


 内心ドギマギしながら、無意識に自分のシャツを掴んだ。大翔の格好は、オレンジのノースリーブに、白いコットンシャツを合わせた、ごくシンプルな格好だ。なんとなく子供っぽかっただろうかと、内心唸る。


「駐輪場解った?」


「うん。大丈夫」


 真夏の背中を追うようにして、エレベーターに乗り込む。なんとなく、緊張感が漂う。


 真夏がチラリと視線を寄越した。


「な、なに?」


「いや。なに持ってんだろうと思って」


 大翔の持っていた紙袋を指差す。


「ああ。一応、ゲーム機とか持ってきた。間が持たなくなったらやっても良いかなって」


「ああ、なるほどね」


 何か喋っていても、時折、ふいに沈黙が続く。どことなく、気まずい。


(まあ、今までろくに喋ったことないしな……)


 仕方がない。そう思って顔を上げると、思いのほか近くに真夏の顔があって、ドキリと心臓が跳ねる。


「な、なに?」


「着いた」


「あ、ああ……」


 急に止まるから、驚いてしまった。真夏が扉を開けるのに、大翔も続いて部屋に入る。


「お邪魔します」


 玄関に入ると、靴が二足しかなかった。スニーカーと、革靴のみ。どちらも、真夏のものだろう。家族分の靴がたくさん並んでいる大翔の家とは、大違いだ。


「昨日、少し片付けたんだけど。ちょっと荷物多くて」


「あ、手伝おうか?」


「あー……」


 部屋を貸して貰うのだし、掃除くらい手伝おう。そう思っての提案だったが、真夏は歯切れが悪かった。


 リビングに案内され、荷物を適当に置くように言われる。


「すっげ。広いし――綺麗じゃん。正直、散らかってると思ってた」


 男の一人暮らしなんて、きっと汚いに違いないと思っていた大翔だったが、真夏はずいぶん、綺麗にしているようだった。


「衛生は基本だし。それに、散らかしても片付けすんの自分だろ」


「あー、確かに」


 納得して、改めて部屋を眺めた。


 白っぽい床材のフローリングに、大きくて寛ぎやすそうなソファ。大翔の家のリビングにあるテレビより、新しくて大きなテレビが壁に掛けられている。書棚には画集や専門書、料理の本などが置かれていた。リビングだけでも、かなり広い。


「うわー。良いなあ。フローリング綺麗」


「普通だろ。……向こうの部屋が物置になってて」


 そう言って、部屋の扉を開ける。物置と言っていたが、広い洋間だ。部屋の中には段ボールが三つほど積み上がっていた。


「でっかい段ボール!」


「服が入ってんだよ。うち、アパレルやってるから。見本品とかそういうの、送ってくるんだ」


「ええーっ。この中、全部、服なの? 見てもいい?」


「良いけど」


 真夏はそう言って、段ボールを開く。サンプルというシールが貼られ、ビニール袋に入った服の山が、段ボールにぎっしりと詰められている。


 大翔は思わず感嘆の声を上げて、中を物色し始めた。


「えーっ。これカッコいい! こっちも、超クールじゃない?」


 素材も色も、さまざまだ。店頭に置いてある商品より、少し個性的にも見える。


「なんでどれも開いてないの?」


「面倒だし、そんなに着ないだろ」


「まあ、確かに? でも、勿体ない」


 これだけ選び放題だと、着きれないのかもしれない。だが、真夏が着ているシンプルなカットソーは、自社製品ではなさそうだ。単純に、好みの問題かも知れない。


「あ、これ良い。どう? めっちゃ可愛い――」


 そう言って服を身体にあて、思わず意見を聞いてしまい、大翔はハタと気がついた。相手は藍川真夏だ。こんなことを気安く聞く相手ではなかったし、どうせ意地悪なことを言ってくるに決まっている――。


 そう思ったが、真夏の反応はまるで違った。初めて見る、薄く笑った顔。穏やかな瞳で、まるで愛おしいものを見るように、大翔を見ている――。


「似合うじゃん」


「っ、ど、どうもっ……。あっ! これっ!」


 目についたカットソーを手に取り、真夏の身体に当てる。


「これ、お前に似合いそう――」


 驚いた様子の真夏と目が合い、気恥ずかしさに赤くなる。


(って、俺、なに言ってんだよっ……!)


 鼻で笑われるか、馬鹿にされるか。そんな反応をされると思っていたのに。


 真夏が、気恥ずかしそうに目元を赤くして、服を受けとる。


(え)


「へえ。自分じゃ選ばないけど――」


 そう言って、真夏が突然、目の前で脱ぎ始める。ぎょっとして、大翔は慌てる。


「な、なんで脱ぐんだよっ!?」


「なんでって――」


 何故慌てているのかわからない顔をしながら、真夏は先ほど大翔が選んだカットソーに着替えてみせた。


 その姿に、ドクンと鼓動が跳ねる。


 背が高く肩幅のある真夏に、良く似合う。黒い生地の上に透け感のある布が被せられており、なんとなくオシャレで個性的な雰囲気があった。


「――モデルみたい……」


 思わず呟いた言葉に、真夏がフッと笑う。


「お前も、それ着てみれば」


「えっ」


「配信、取るんだろ? どうせなら、ちょっと目立つ服でも良いかも」


「あっ。た、確かに」


 真夏の言葉に納得して、羽織っていたシャツを脱ぐ。ノースリーブに手を掛けたところで真夏の視線が気になり、つい、後ろを向いてしまった。


「ど――どうかな……」


 なんとなく、やり取りがむず痒い。これが冬羽だったなら、こんな風には思わないハズなのに。なんとなく、調子が狂う。


「ああ。良いな。かわ――モデルみたいじゃん」


「イヤミなんだよ!」


 そんなこと、思っていないくせに。そう言って怒る大翔に、真夏は妙に機嫌良く笑っていた。






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