「と、ところで、何か食べる系の準備するって言ってなかった?」
気恥ずかしさを誤魔化すように、大翔はぶっきらぼうにそう口にする。真夏は「ああ」と頷きながら、段ボールを部屋の端に積み上げる。
「朝、準備はしておいたから、いつでも始められる。この部屋で撮影すればいいと思うが、少し殺風景か?」
「うーん。本当はソファとかテーブルとかあると良いかもだけど……。まあ、良いラグもあるし、良いんじゃない?」
物置にしていただけあって、部屋のなかは段ボールを避けると殺風景だ。毛足の長いラグが置かれている以外には、大きな姿見とオシャレなルームランプがあるだけなので、やや平面的ではある。
その代わり、カーテンを締めてしまえばそとの景色は解らず、部屋の中を見せただけでは特定にまで繋がるような物もない。配信するには丁度良さそうだった。
(良いよなあ、ソファとかあったら)
うんうん唸っていると、どこからか真夏がクッションを持ってきた。
「クッションくらい使うか」
「お。良いねえ」
物置だったとはいえ、キレイ好きらしい真夏の部屋は、掃除も行き届いていた。サッとモップで掃いてコロコロでラグを撫でれば、完璧だ。
「いーじゃん。ここにカメラかな……」
スマホ用の三脚を立てて、配置を決める。その間に、真夏がキッチンからなにやら飲み物と箱を持ってやって来た。箱は、いわゆる重箱というやつだ。大翔の家ではおせち料理ぐらいでしか出てきたことがない。
「アイスティーにした」
「わ。ありがと! ――そっちが、撮影用の?」
「ああ。中身は――カメラ回してからが良いんじゃないか」
「ん。そうだね。さっそく撮っちゃうか!」
カメラを設置し、真夏を座らせて位置を決める。枠内に納めるように調整する大翔に、アイスティーを啜りながら真夏が問いかけてきた。
「なあ、顔出しすんの?」
「え? あー、気になる?」
「いや、そうでも」
「なんだよ。聞いただけ?」
「……まあ」
顔出しするか否かについては、大翔も迷ったところだ。顔をステッカーなどで隠すことも考えたのだが、せっかく美形の真夏に頼んだのに、それじゃ意味がない。それに、顔出しの方が求心力がある気がする。
「取り敢えず、撮影してから考える。今日は何本か撮ってみるつもりだから、顔出しと顔を出さないの、二種類とって、見てから判断しよう」
「ああ、それが良いな」
大翔もカメラの前に移動する。画角に収まっているか、少し心配だったので、真夏のすぐ傍に寄った。
「挨拶とか……」
「まあ、あとから編集でいれても良いんじゃないか」
「だな。……なんか、気恥ずかしくなってきた……」
「なんでだよ」
大翔が恥ずかしそうにしていると、真夏がクスリと笑う。真夏の手が、大翔の耳に伸びた。さわり、耳の形をなぞるように触れられ、ビクッと肩を揺らす。
「言い出しっぺ。真面目にやれ。バズりたいんだろ」
「うっ……。そ、そうだな。うん」
すぅ、と深呼吸して、大翔は真夏を見上げた。
ビジネス。ビジネスだ。
Uチューバーになって、バズるのだ。
(――よし)
「えっと……。ナツ?」
首を傾げてそういう大翔に、真夏がプッと吹き出す。
「笑うなよっ!」
「いや、悪い。緊張しすぎ」
フワリ。真夏の手が大翔の髪を撫でる。
(うおっ……。なんだ急に―――って、ああ、そうか。ビジネスか……)
どうやら、真夏の方は既にスイッチが入っているらしい。負けじと、大翔もそのつもりで反応する。
(カップル。カップル。俺たちは恋人同士……)
「なあ、ナツ。俺が動画撮りたいって言ったから、何か用意してくれたんだろ? なに用意してくれたの?」
目線を合わせて、大翔がそう言う。真夏は一瞬だけ惚けっとして、それから「ああ」と低く頷く。
「実は、こんなもの作った」
そう言って、重箱を渡す。
「おお?」
(なんだろ?)
動画を撮る前は、天敵である真夏の用意したものだしと、警戒していたが、撮影を始めるとそんな気持ちはどこかへと行ってしまった。真夏の表情や仕草に、なんとなく好意的な雰囲気がある。これが演技だと言うのだから、驚きだ。
「なになに? なにが入ってるの?」
「開けてみ」
「えー。待って。予想するから」
重箱を持ち上げてみる。案外、ずしりと重い。軽く揺らすが、何かが動く気配はない。
「食べ物?」
「食べ物」
「うーん。わかった。卵。全部ゆで卵」
「卵好きなん?」
「いや普通」
考えてみたが、パッと思い付かなかった。世の中の芸人さんやUチューバーは、よくもまあ、気の利いたことが言えるものだ。
「じゃあ、開けるよ―――っえ!?」
蓋を開けると同時に、色とりどりの目にも美味しそうな弁当が出てきて、大翔は面食らう。半分はご飯エリアで、お稲荷さん、太巻き、肉巻きおにぎりに紫蘇おにぎり。おかずの方は、唐揚げに肉巻き、野菜と煮物。一つ一つが丁寧に作られているのが、見ただけでわかる。
「えっ……? えっ?」
動揺して、重箱と真夏を、視線で行ったり来たりする。
「え、もしかして、作った? マジ?」
「マジ」
「えっ、ヤバ。すごっ」
大翔の反応に気をよくしたのか、真夏はフンと鼻を鳴らして、箸を手渡す。
「まあ、味も見てよ」
「うわー。すっげー。いただきますっ!」
ぱくん。一口食べると、その腕前がプロ級だとわかる。出汁もしっかり取っているのだろう。家庭の味ではない。
「え、美味っ! めちゃくちゃ美味いんだけど!」
「良かった」
薄く笑う真夏に、ドキリと胸が鳴る。
「料理上手だったんだ……」
「意外だろ」
「うん。イケメンで家事出来て料理上手とか最高か?」
「嬉しいだろ? 彼氏が優秀で」
ぶっ。思わず吹き出す。
「ゲホッ、ゲホッ!」
(そうだった……。彼氏だった……)
真っ赤な顔で口許を覆う大翔を、真夏がニヤニヤと笑っている。なんとなく、意趣返しがしたくて、大翔は肉巻きを箸で掴んで真夏に差し出した。
「ナツも、食えよ」
「―――っ」
真夏の目元が、みるみる赤くなる。その様子に、大翔はニヤリと笑った。
「恥ずかしがってんじゃん」
「うるせえ」
そう言って真夏は、大口を開けて肉巻きにかじりついた。