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第八話 意外な才能



「と、ところで、何か食べる系の準備するって言ってなかった?」


 気恥ずかしさを誤魔化すように、大翔はぶっきらぼうにそう口にする。真夏は「ああ」と頷きながら、段ボールを部屋の端に積み上げる。


「朝、準備はしておいたから、いつでも始められる。この部屋で撮影すればいいと思うが、少し殺風景か?」


「うーん。本当はソファとかテーブルとかあると良いかもだけど……。まあ、良いラグもあるし、良いんじゃない?」


 物置にしていただけあって、部屋のなかは段ボールを避けると殺風景だ。毛足の長いラグが置かれている以外には、大きな姿見とオシャレなルームランプがあるだけなので、やや平面的ではある。


 その代わり、カーテンを締めてしまえばそとの景色は解らず、部屋の中を見せただけでは特定にまで繋がるような物もない。配信するには丁度良さそうだった。


(良いよなあ、ソファとかあったら)


 うんうん唸っていると、どこからか真夏がクッションを持ってきた。


「クッションくらい使うか」


「お。良いねえ」


 物置だったとはいえ、キレイ好きらしい真夏の部屋は、掃除も行き届いていた。サッとモップで掃いてコロコロでラグを撫でれば、完璧だ。


「いーじゃん。ここにカメラかな……」


 スマホ用の三脚を立てて、配置を決める。その間に、真夏がキッチンからなにやら飲み物と箱を持ってやって来た。箱は、いわゆる重箱というやつだ。大翔の家ではおせち料理ぐらいでしか出てきたことがない。


「アイスティーにした」


「わ。ありがと! ――そっちが、撮影用の?」


「ああ。中身は――カメラ回してからが良いんじゃないか」


「ん。そうだね。さっそく撮っちゃうか!」


 カメラを設置し、真夏を座らせて位置を決める。枠内に納めるように調整する大翔に、アイスティーを啜りながら真夏が問いかけてきた。


「なあ、顔出しすんの?」


「え? あー、気になる?」


「いや、そうでも」


「なんだよ。聞いただけ?」


「……まあ」


 顔出しするか否かについては、大翔も迷ったところだ。顔をステッカーなどで隠すことも考えたのだが、せっかく美形の真夏に頼んだのに、それじゃ意味がない。それに、顔出しの方が求心力がある気がする。


「取り敢えず、撮影してから考える。今日は何本か撮ってみるつもりだから、顔出しと顔を出さないの、二種類とって、見てから判断しよう」


「ああ、それが良いな」


 大翔もカメラの前に移動する。画角に収まっているか、少し心配だったので、真夏のすぐ傍に寄った。


「挨拶とか……」


「まあ、あとから編集でいれても良いんじゃないか」


「だな。……なんか、気恥ずかしくなってきた……」


「なんでだよ」


 大翔が恥ずかしそうにしていると、真夏がクスリと笑う。真夏の手が、大翔の耳に伸びた。さわり、耳の形をなぞるように触れられ、ビクッと肩を揺らす。


「言い出しっぺ。真面目にやれ。バズりたいんだろ」


「うっ……。そ、そうだな。うん」


 すぅ、と深呼吸して、大翔は真夏を見上げた。


 ビジネス。ビジネスだ。


 Uチューバーになって、バズるのだ。


(――よし)


「えっと……。ナツ?」


 首を傾げてそういう大翔に、真夏がプッと吹き出す。


「笑うなよっ!」


「いや、悪い。緊張しすぎ」


 フワリ。真夏の手が大翔の髪を撫でる。


(うおっ……。なんだ急に―――って、ああ、そうか。ビジネスか……)


 どうやら、真夏の方は既にスイッチが入っているらしい。負けじと、大翔もそのつもりで反応する。


(カップル。カップル。俺たちは恋人同士……)


「なあ、ナツ。俺が動画撮りたいって言ったから、何か用意してくれたんだろ? なに用意してくれたの?」


 目線を合わせて、大翔がそう言う。真夏は一瞬だけ惚けっとして、それから「ああ」と低く頷く。


「実は、こんなもの作った」


 そう言って、重箱を渡す。


「おお?」


(なんだろ?)


 動画を撮る前は、天敵である真夏の用意したものだしと、警戒していたが、撮影を始めるとそんな気持ちはどこかへと行ってしまった。真夏の表情や仕草に、なんとなく好意的な雰囲気がある。これが演技だと言うのだから、驚きだ。


「なになに? なにが入ってるの?」


「開けてみ」


「えー。待って。予想するから」


 重箱を持ち上げてみる。案外、ずしりと重い。軽く揺らすが、何かが動く気配はない。


「食べ物?」


「食べ物」


「うーん。わかった。卵。全部ゆで卵」


「卵好きなん?」


「いや普通」


 考えてみたが、パッと思い付かなかった。世の中の芸人さんやUチューバーは、よくもまあ、気の利いたことが言えるものだ。


「じゃあ、開けるよ―――っえ!?」


 蓋を開けると同時に、色とりどりの目にも美味しそうな弁当が出てきて、大翔は面食らう。半分はご飯エリアで、お稲荷さん、太巻き、肉巻きおにぎりに紫蘇おにぎり。おかずの方は、唐揚げに肉巻き、野菜と煮物。一つ一つが丁寧に作られているのが、見ただけでわかる。


「えっ……? えっ?」


 動揺して、重箱と真夏を、視線で行ったり来たりする。


「え、もしかして、作った? マジ?」


「マジ」


「えっ、ヤバ。すごっ」


 大翔の反応に気をよくしたのか、真夏はフンと鼻を鳴らして、箸を手渡す。


「まあ、味も見てよ」


「うわー。すっげー。いただきますっ!」


 ぱくん。一口食べると、その腕前がプロ級だとわかる。出汁もしっかり取っているのだろう。家庭の味ではない。


「え、美味っ! めちゃくちゃ美味いんだけど!」


「良かった」


 薄く笑う真夏に、ドキリと胸が鳴る。


「料理上手だったんだ……」


「意外だろ」


「うん。イケメンで家事出来て料理上手とか最高か?」


「嬉しいだろ? 彼氏が優秀で」


 ぶっ。思わず吹き出す。


「ゲホッ、ゲホッ!」


(そうだった……。彼氏だった……)


 真っ赤な顔で口許を覆う大翔を、真夏がニヤニヤと笑っている。なんとなく、意趣返しがしたくて、大翔は肉巻きを箸で掴んで真夏に差し出した。


「ナツも、食えよ」


「―――っ」


 真夏の目元が、みるみる赤くなる。その様子に、大翔はニヤリと笑った。


「恥ずかしがってんじゃん」


「うるせえ」


 そう言って真夏は、大口を開けて肉巻きにかじりついた。



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