『はい、あーん』
『バカ。俺に食わせてどうすんだよ。お前に作ったんだぞ』
『あれ? 照れてる?』
スマートフォンの画面を凝視しながら、大翔は耐えきれずに床にころがってジタバタと足をバタつかせた。
(恥っず!! 恥っず!!! なにこれ恥ずかしっ!!)
やっている時は気にならなかったが、チェックのために見返してみると、酷く恥ずかしい。
なぜ、自分は真夏に「あーん♥」なんてやってしまったのか。真夏も照れているようにしか見えないし、恥ずかしすぎる。
「なんで床に転がってんだ?」
と、そこに重箱を片付け終えた真夏が戻ってくる。大翔はのそりと起き上がり、「なんでもない」と咳払いする。
「ど、動画のチェックしてただけ」
「ふーん? で、使えそうなのか?」
その言葉に、大翔はニッと笑って顔を明るくする。
「バッチリ! 想像以上!」
(想像以上にイチャイチャしてた!)
気恥ずかしさを堪えながら、そう宣言する。お陰で、良い滑り出しになりそうだ。
「ふーん。良かったじゃん。それでこの後はどうすんだ?」
「ストックも作りたいし、ゲームやろうか?」
「ゲームやるのは良いが、それってただのプレイ動画にならないか?」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
それは仕方がないだろ。そう思って、大翔はむぅと唇を曲げた。
◆ ◆ ◆
「いや、だからって、こうなるか?」
「なにか文句あるのか?」
結局、ゲームをやることにしたのだが、ゲーム画面だけを映していたのでは、カップルチャンネルの動画としてはどうなのか、と議論になり、結果、ゲーム画面の他にも自分たちの様子を撮影して、ワイプで表示させることにした。
ワイワイ遊んでいるのを見せるのは良い。大翔も賛成だ。だが。
「なんでお前に抱っこされなきゃなんないんだよ」
「カップルチャンネルだぞ」
「そうだけどっ!」
羞恥心を誤魔化すように、大翔は顔を背ける。
現在、大翔は真夏に後ろから抱き締められるような形で、真夏の脚の間にすっぽりと収まっている。その状態でコントローラーを握り、ゲームをしろと言うのだ。
「お前の小ささも際立つし、丁度良いだろ」
「ハァ!? どうみても小さくないし! お前がでかいんだろ!」
「一緒だろ」
「一緒なわけあるかっ!」
ムッとして立ち上がろうとした大翔を、真夏がぎゅっと抱きすくめる。
「っ! ちょ」
「ビジネスカップルで動画作ろうって覚悟が足りないんじゃないか? お前、わかってんの?」
「っ、そ、それは……。それくらい、わかってるっ!」
一瞬、覚悟のなさを見透かされた気がして、動揺して視線をさ迷わせた。真夏の方が、肝が据わっているらしい。
(そんなの、解ってるし)
ぐっと込み上げるものを堪え、唇を結ぶ。
「だったら、こんなことくらいで騒ぐな」
「……そ、そうだな。こんなことくらい……」
(くそ……。俺だけかよ、恥ずかしいの……)
心臓が騒がしい。密着した部分から、自分の鼓動の速さがバレてしまうのではないかと、大翔は内心ソワソワした。
「と、とにかく、ゲーム始めるからなっ」
そう言いながら、大翔はコントローラーを握りしめた。用意したゲームは、トリオブラザーズというアクションゲームだ。プレイ動画としての人気も高く、操作もしやすい。なにより、動画配信が許可されているというのが大きい。
録画開始して、前説をし終わったところで、真夏が急に話を振る。
「なあ、やっぱ買った方にご褒美が必要じゃないか?」
「え?」
(コイツ。動画撮り始めてから言いやがって)
真夏の発言に呆れたものの、最悪は編集でカットしてしまえば良い。
「んー。良いよ? 俺、負けないもんね」
「ご褒美楽しみにしておくな。ハル」
「勝った気になるなよっ」
なんだかんだノリノリじゃないか。そう胸中で毒づきながら、ゲーム勝負が始まった。
◆ ◆ ◆
「はっ!? えっ! ああっ! お前っ! それは卑怯だって!」
「卑怯とかねーだろ。戦略だ戦略」
大翔はゲームが上手い方だ。だから自信があったのだが、結果は惨敗だった。真夏のやり方は意地悪で、いやな場所にアイテムを置いたり、いやなタイミングで使ってくる。結果、惨敗となってしまった。
「最悪ーっ!」
「残念だったな」
真夏がニヤニヤと笑う。その様子が気に入らなかったが、負けは負けだ。自信があっただけに悔しいが、仕方がない。
「もう。次は勝つからなっ!」
「いつでもどうぞ? で、ハル。忘れてないよな?」
「あ――罰ゲームだっけ?」
「馬鹿。違う。ご褒美だって」
「ご褒美ぃ? 何が欲しい――」
何が欲しいんだよ。そう言いかけた大翔の言葉は、最後まで紡がれなかった。真夏の手が、大翔の顎を掴む。
「勝手に貰っていくな」
そう言って唇が近づくのを、大翔は他人事のように見つめていた。