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第十話 ちょまっ……!?



 真夏の綺麗な顔が、ゆっくりと近づいてくる。大翔はそれをただ、じっと見つめていた。真夏の瞳に、自分の顔が映る。唇が軽く触れ合った時も、大翔はまだキスをされているという自覚がなかった。


(あ、れ……?)


 ふに。と、柔らかな感触が唇に触れる。同時に、濡れた感覚がした。唇を舐められたのだと気づき、ゾクリと背筋が粟立つ。ビクッと肩を揺らして身を引いた大翔を引き留めるように、真夏の腕がそれを制した。


「っ……!」


(なんっ、えっ、ちょっ)


 軽くパニックになりながら、大翔は真夏の腕から逃げられなかった。咄嗟に身を捩って逃げようとして、今が動画撮影中だということに気がついた。カメラの画角的に大翔と真夏のキスはばっちりカメラに収まっており、『ご褒美』という流れからのキスは自然な流れだったはずだ。


「んっ……」


 ぬるり、舌がねじ込まれる。ゾクゾクと皮膚が粟立つ。真夏の服をぎゅっと握りしめる。服が皺になるほど握った大翔に、真夏が僅かに瞳を開いた。


「っあ……」


 捻じ込まれていた舌が引き抜かれ、ぞわっと全身が震える。潤んだ瞳で真夏を見上げる。視界がクラクラした。


 真夏がニヤリと唇端を上げながら笑う。


「ご馳走様」


「っ……! お、まえっ……!」


 思わず口にした言葉に、真夏が手を掴んでギュッと握りしめた。腕を引かれ、さりげなくカメラの方へと意識を向けさせられる。


(あ――っ、そう、だ……、動画……)


「ご馳走様じゃねえっ! 恥ずかしいっ!」


「照れてんの。続きする?」


 ぐい、腰を掴まれ、抱き寄せられる。


「――っ……」


 真夏の目が、大翔をじっと見る。


(ああ、これは)


 何を言われなくとも、真夏の言いたいことが解ってしまった。そんなに付き合いが長いわけじゃないのに、何故か、やけに意思の疎通が出来る。


(締めろってことだな……)


 あとは任せたという雰囲気の真夏に、じゃあ乗ってやるかと、大翔は気を引き締めた。演技に見えないよう。自然に見えるよう。意識しながら、真夏の胸を押し返す。


「馬鹿。そう言うのは、後で二人の時に言えよっ」


「アハハ」


 真夏が、見たことがない笑顔で笑う。その顔に、不覚にも大翔はドキリとしてしまった。


(――こんな顔、すんのかよ)


 普段の自分相手じゃ、絶対に見せないような笑顔。自分に向けられているはずの顔なのに、そうではないという事実に、胸の奥がもやりとした。


「じゃあ、早く二人きりになろう。ハル」


 甘い声で耳元に囁く真夏に、心臓がキュッと音を立てる。


「っ! 耳元で喋んなっ!」


 顔を赤くしながらそう言って、大翔はホッと息を吐くとスマートフォンの録画ボタンを停止にした。多分、丁度いい編集点が作れたはずだ。


(お――、終わった……。なんか、疲れた……って――)


 ハッとして、真夏のほうを振り返る。


「お前っ!!」


「なに」


 ケロッとした顔をして、真夏が首を捻る。先ほどまで『恋人』役を演じていた真夏は、いまはすっかりいつもと同じふてぶてしい雰囲気でクッションに寄り掛かっている。


「なっ、何だよっ、アレ――」


 キス。というのが気恥ずかしくて、ついそう言ってしまう。自慢じゃないが、大翔は経験値は低いほうだ。中学校の時になんとなく「お付き合い」みたいなことはあったが、恋愛というよりは彼氏・彼女という関係に憧れて付き合っただけで、それほど長く続かなかった。キスといっても触れ合うようなキスをしたことがあるだけの、完全な初心者である。


「アレ? ああ――」


 真夏がずい、と近づいてくる。すぐ目の前までやって来て顔を覗き込む真夏に、ビクリと肩を揺らした。一瞬、またキスをされるのかと、身構えてしまう。


「お前さ」


「な、なんだよっ!?」


「自覚あんの?」


 じっと大翔を見つめながらそう言う真夏に、「は?」と反応する。


「な、なにがだよっ」


「カップルチャンネル――。それをやる自覚、あるわけ?」


「えっ?」


「当然、こういう接触や反応を求められるって、解んないで始めたの?」


「――」


 真夏の言葉に、大翔は反論できなかった。


 大翔が見た動画はオムライスを作ったり、一緒に遊んだりしているような、それだけの動画だったが、サムネイルを見る限り、確かにそう言う接触を思わせる内容の動画もあったはずだ。規約がある以上、過激な表現はないはずだが――。


 それでも、視聴者は過激な内容を期待する。少なくとも、キスでBANされるようなことはないだろう――。


「わ、解ってるっ」


 反射的にそう言った大翔に、真夏がフッと笑う。何処か馬鹿にされたような笑い方だったが、反応すれば強がりだとバレてしまいそうだったので、敢えて乗らずにスルーする。


「ふうん?」


「いきなりでビックリしただけだしっ。打ち合わせにないことするからっ……」


「キス動画撮るって最初に言ってたら、不自然だっただろ。アレくらいで良いだろ。どうせ生放送じゃないんだ」


「……ま、まあ……」


 そのうち生配信をすることになれば、そう言う部分も考えなければいけないだろう。だが、今回は事前に撮影した動画を編集してアップロードする予定である。そう言われてしまえば、反論も出来ない。


「まあ、俺は、覚悟があるなら、それで良い」


「なんでお前が偉そうなんだよ……」


 そもそも、始めたのは自分のはずなのに。どこか納得がいかない大翔だった。







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