ギルドの扉が開く。
酒と煙草と、少し鉄の匂いが混ざった不快感を煽る匂いがその場所に漂う。
「あー……もうそんな時間ですか」
気怠そうにつぶやいたのは、ライトグリーンの髪を可愛らしいツインテールにして肩に垂らしている女性だった。年頃は20代ぐらいだろうか。卵型の小さな顔は目口鼻のバランスが非常に整っており、一目見て誰もが美しいと思うことだろう。けれど彼女の場合は、容姿だけで目立つわけではない。その服装が、なにより人の目を引く。特に、異性の目を。
「へへ、ここか、上玉の姉ちゃんがいるギルドは」
筋骨隆々の男たちが4人、女性を舐めまわすように見つめながら扉を通り抜けドスドスと床を踏み鳴らしながら荒々しく入場した。1人が斧、1人が大剣、1人がメリケンサック、1人が大盾という、戦闘型3人のタンクが1人と言うパーティだと一目見て判断した女性は、男たちの下品な視線に対してひるむことなくピッと姿勢を伸ばして仕事モードにスイッチを入れた。
そうすると、彼女の着ている服は猶更彼らの目に入る。
「うほ」
「こりゃたまんねぇな」
「眼福だぜ」
そんな歓喜の声が男たちから漏れる。それに対して、女性は「ああ、またか」と心中で呆れながらも、正した姿勢を崩さない。彼女自身も自分の纏っている服が普通ではないことがわかっているのだ。フリフリとした白いレースがいくつもあしらってある白黒の可愛らしいメイド服で、胸元の谷間が見えるようにハート型に穴が空いているこの服を。
しかしこの服は強要されているわけではなく、彼女が好きで着ているのだ。
彼女にとって、あらゆる手段をするにあたって便利であるから。
「ふひひ、なぁ姉ちゃん、今暇だろ?ちょいと俺らと付き合ってくれよ」
そう言って、彼女が座っている場所へ近づき、目の前のテーブルに偉そうに肘をついて姿勢をかがめる男はどうやらリーダーらしく、斧を背負っていた。しかしその表情は雌を狙う獣の目つきをしており、胸元の開いた彼女の谷間を見つめ続けていた。
大体の女性はこのように屈強な男から下賤な視線を注がれれば嫌悪と恐怖で震える事だろう。しかし、彼女は違う。彼女は女であって、中身は普通の人間ではないから。
「なぁなぁ、黙ってねぇでなんか言えよぉ?」
にやにやとした気味の悪い笑みを浮かべながら屈強な手が彼女に向かって伸ばされる。
それは間違いなく胸元へと伸びている。
「ああ、すみません、全く話を聞いていませんでした。ところで、そんなところに手を伸ばしていたらとんでもないことになりますよ?」
「は?」
男の間抜けな声は、次の瞬間ヒュッと恐怖の空気の音となる。
それも仕方がない事といえるだろう。なんせ、メイド服の受付嬢が胸の下に手を差し入れたかと思えば、ぐっと胸を持ち上げるような仕草をした瞬間。男がデレデレと見ていた谷間から鋭いものが飛び出た。
そして、男の網膜に刺さる寸前でそれは止まった。
男は言葉を発することなど出来ず、そのまま身動きを取れぬまま脂汗を顔中からだらだらと流し息を飲んでいた。
「こちらはアテンターギルド。受付嬢に舐めてかかったら寝首をかかれてしまうギルドでございます。どうぞ、ご依頼する際にはわたくしどもギルドの面々への態度にお気を付けくださいませ」
そう言ってにこやかに笑う彼女の瞳は、エメラルド色に輝いてはいるがそこに感情はない。
表情はどう見ても笑っているのに、そこから伺える雰囲気は明らかな殺気。命のやり取りをしてきた冒険者の面々にとっては馴染みのある雰囲気であり、今まで相対したものの中でも恐ろしいものだった。
「……っ!」
さっきまでデレデレとしていた男たちの表情は一変、ゾッと血の気の引いた恐怖に満ちた表情へ変わり、一番受付嬢に近づいていた男は一歩下がった。その様子から、これで落ち着いて会話が出来るだろうと判断した彼女は、ひとまず谷間から飛び出したナイフの切っ先に指を置いてそっと押してそのまま谷間の中にしまいこんだ。両手に黒い手袋をしているので防刃用なのだろう。手が傷つく様子はなかった。そんな色気漂う彼女の行動は目を離せない魅惑的なものがあるが、少しでも動けば一瞬にして首を掻っ切られてしまいそうな不穏な空気も纏わせており、その間男たちは見つめる以外何も出来なかった。
「では、改めまして。わたくしの名前はディファナ。独自で調査した高額依頼を主に取り扱っておりますが、全て実際にこちらで事前の調査したものとなります。しかし、同時に報酬も破格でございます。ただし、命の保障は――ございません。覚悟がおありでしたら、高額依頼を。まだ命を失う覚悟がないのであれば、どこにでもあるようなご依頼をお受けくださいませ。また、高額依頼の場合は実力的に可能かどうかの実験をわたくしの手で実際に試させていただきます。勿論ですが、それもタダというわけにはまいりません。こちらも仕事ですので、お試しをする場合は1人あたり5万ゴールドの支払いをよろしくお願いいたします」
暫く彼女の行動や言動に呆然としていた男たちであったが、最後の台詞に「な、5万ゴールドだと!?」と声をひっくり返した。
「そうですね、一般的にどんな依頼も1000ゴールドが最高価格でしょう。しかしわたくしが勤めるアテンターギルドはいつでも死と隣り合わせ。命を失うか、失わずに無難にお金を稼ぐ道を選ぶか。そのためにも必要な支払い資金なのでございます。こちらとしても、命をかけてご依頼を取りに行っていますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします」
機械のように繰り返す説明に男たちの眉間には怒りの滲んだ青筋が立った。どうやら彼らは短気のようだ。そういった冒険者を何人も見てきたディファナは、リーダー格の男が抗議するように力強くドンっとテーブルを叩いてもどこ吹く風といった調子を崩さなかった。
「ざけんじゃねぇ!お前ら受付嬢はここにいるだけでいいんだろ!?いい思いもさせてくれねぇ分際で金はぶんどるとは詐欺じゃねぇか!」
「詐欺、ねぇ。では、お試しをせずに高額依頼をお受けになられてはいかがでしょうか?勿論命の保障はいたしません。何も収穫なしで戻って来られてもこちらは何も文句を言いません。ただ、他のギルドと同じように仲介料を一人当たり1000ゴールドはお出しくださいませ」
「それじゃあもし俺たちが依頼を失敗すりゃあただ金を失うだけじゃねぇか!くそっ、その試しってのは何をやりゃあいいんだ!?」
「私との手合わせです」
「はぁ?」
再びリーダー格の男の声がひっくり返った。
同時に、まじまじとディファナのことを上から下まで舐めまわすように見る。
「そうですね、テーブル越しでは見づらいでしょう。どうぞ、わたくしの鑑賞はご自由に」
そう言ってディファナは席を立つと、ひらっと跳び箱を超えるようにテーブルを綺麗な身のこなしで飛び越え、男たちの前に立った。
身長は160センチぐらいだろうか。それほど高身長でもないが、低くもない。ヒールは履いておらず、メイド服に似合う黒い靴を履いていた。胸元にハートの穴が空いていることで谷間が見えることが目立っていたが、テーブルで見えなかった腰から下は膝までふんわりと白と黒のふわふわとしたスカートで包まれており、黒いタイツで肌が隠されている。
改めてディファナの姿を見た男たちは、彼女の肌が露出しているのは首元と胸の谷間だけだということをこの時初めて知った。
「まさか、そんな細くて弱っちい身体で俺たちの相手が出来るとでも?まさか、服装もそのままとでも言うんじゃないだろうな?」
「察しが良くて助かります。その通りでございます」
「……俺らは相当舐められているようだな」
ディファナは男の言葉にため息をつきそうになるがぐっと飲み込むことで、笑みを浮かべて平常心を保つ。今までだって、ディファナの見た目が可愛らしくおしとやかであるからと下に見てくる冒険者は何人もいた。最初は苛立ちを感じていたものだが、こうも繰り返されると、表情や感情をぐっと押し殺して柔らかく笑顔を浮かべる方がこの見た目には好都合だと経験上わかっていた。
その方が、面白くなるということも。