「はい、それは間違いないです。僕とボスは同じ癖があるんです。仕込み武器がそうです」
「え、てことはそのフリフリな服をお前のボスさんも着てるってことか?」
「いえ、ボスはきっともっとかっこいいものをお召しになっているはずです。僕は性別が変わってしまった為、この身体も武器にするためにこの格好を選んだだけにすぎません。武器も隠しやすいですしね。使えるものは使っておくものに限ります」
「まるで自分のことを道具のように言うのが危ういんだよなぁ、お前」
「僕は道具です。間違っていないですよ」
心底不思議そうに首をかしげるディファナにクロリィは諦めのようなため息を零しつつ、会話を続けた。
「で?そのボスさんがいるっていう確証は何処で得たんだよ?」
「この間、女性1人と男性3人のパーティが来られたでしょう?その時、女性の方がおっしゃっていったんです。まるで、S級冒険者のマードのような戦い方だと」
「あー、なんか言ってたなぁ。他の男たちがお前にデレデレなのが許せなくて変な嫉妬で暗殺を企んでいた女か」
「え、あの人暗殺をしようとしていたんですか?てっきり、僕に武器をくれたのかと思っていました。お陰で沢山の種類の毒針が手に入りましたから。また来ないかなぁ」
「……殺されかけたと思ってないことが怖ぇよ」
突如、どこか恍惚とした表情を浮かべるディファナにぞっとしたものを感じながらも、このサイコパスじみた思考には概ね慣れてき始めているクロリィはため息を零すことで平常心を取り戻すことにした。
「ま、だから受付嬢がしたいってことだったもんな」
「はい。お金も稼ぎやすいですし、S級冒険者のマードというお方が本当に手練れなのでしたら、僕たちが推薦する超危険度の高い依頼に挑みたいと思ってくれるはずです。そのために、難易度の高い依頼をこの足で探してきたのですから。来てもらわないと困ります」
「俺の足では到底いけねぇ場所にずんずん行って大量の土産を持って帰って来たお前を見た時は心臓止まるかと思ったよ」
「でも、僕が居ると便利でしょ?」
「まぁそりゃあ便利だが……はぁ、その言動が心配だ。本当、お前はどんな生き様を送ってきたんだか。いいか、よく聞けよ。俺にとって、このギルドで一緒に働いている間はディファナ。お前は俺の家族だ」
「かぞ、く?」
言い聞かせるように言ったクロリィの言葉に対し、ディファナは聞いたことのない単語だとでも言いたげに不思議そうに首を傾げた。こういった愛情などの話を振った時、ディファナは本気で困ったようなわからないといった顔をする。そこに人間らしさが伺えず、クロリィは少しでも目を離してしまえば『不要な道具になったのであれば』などと言ってディファナが消えてしまうのではないかと言う不安に駆られてしまうのだ。
「お前が危険になったら俺が守りたくなるものって意味だ」
「でも僕は自分の身を自分で守れますよ?」
「うーん、そうじゃなくてだなぁ……」
「むしろ僕がクロリィを守っていますよ、いつも」
「確かにそうなんだけど、うーん、うーん、なんて言えばいいかわかんねぇが、あれだ、俺にとってお前は俺の宝物でもあるんだ」
「宝物。奪われたら困る大事なものですね」
「おお、そういうのは知っていたか。まぁ、ひとまずそういうことだ。だからよ。勿論お前がボスさんってのを早く探してぇのはわかる。けど、いなくなる時は黙っていなくなるな。そしてここをお前の家だと思え。この世界でお前の帰る場所はここだと覚えておけ。俺はな、お前が大事なんだ。何度でも言うぞ。お前が大事だから、色々と心配して色々言っちまうのさ」
そう言って、クロリィはディファナの頭を撫でた。
「そう、ですか。僕が、宝物……クロリィって、変な人ですね」
「お前に言われたがねぇが、まぁ変な人ってことでいいよ。こんな俺をお前は嫌いか?」
「いえ、むしろ大好きですよ」
「う……おま、そういう言葉はストレートに言うのな。ちゃんと意味は分かってんのか?」
「はい。他人ではない人、です」
「そう言われると微妙な気持ちになるなぁ」
「今の所、僕の視界に入る人の中では一番という意味ですよ」
「……じゃあまぁ、いっか」
「? よくわかりませんが、納得されたのならよかったです」
「とにかく、無茶はしすぎるな。俺も手伝ってやれる限りのことは手伝ってやるからよ。命を捨てるような真似はすんなよ」
クロリィはそう言ってディファナの頭をわしわしと今度は乱暴に撫でた。
そのせいで髪型が崩れてしまったが、ディファナは直すこともせず、クロリィの言葉を噛みしめていた。
『命を捨てるような真似はするな』
ボスを抱えて海に飛び込む直前。
血だらけのボスが必死に叫んだ言葉だった。
今、自分が自分でない人間になっている時点で、結局あの行動は、命を捨てる行動になってしまった。
そして、ボスも守れなかった。
命を捨てるような真似をしたからこそ、守れなかった。
「はい、もうしません。僕は自分の命を大事にしながら、守りたいものを守ります」
「ん、その言葉忘れんなよ。さて、今日は屈強な馬鹿どもが逃げ出した直後だし暫くは客がこねぇだろ。ゆっくり飯でも食うか」
「じゃあ僕はシュークリームが食べたいです。イチゴケーキも欲しいです。ミルクティーはありますか?」
「それはごはんじゃなくてデザートな。たっく、そういう好みは見た目通りなんだから調子狂うぜ。まぁ待ってな。ギルドの長であり料理の腕にも長けている俺に全部お任せあれ」
「はい、楽しみに待っています」
そんな会話をして、クロリィが裏の方に引っ込んだ後。
背後でギルドの扉が開く音がした。
振り向けば、先ほどの屈強な男たちが仲間を連れてやってきたようだ。
その数は、10人ほどだろうか。
「お腹を減らすための運動には、丁度いいかもしれません」
なんせ、クロリィのご飯は美味しい。
そう知っているディファナは、他の女性がこんな光景を目にしたならば怯えて当たり前の状況である筈なのに、最高の幸せだとばかりにふんわりとした柔らかい笑みを浮かべ、お辞儀をした。それは、「僕」というプライべートの一人称を使うのではなく、「わたくし」という仕事モードの一人称を使うためのスイッチの入れ替え儀式でもあった。
「アテントギルドへようこそおこしくださり誠にありがとうございます。10名様、特訓プランをご希望のご様子ですので、今回はサービスなしで1人5万ゴールドを徴収させていただきます。では、諸々ご覚悟をなさってくださいね。わたくしが全てお相手してさしあげます」
そうしてディファナは。
後でクロリィに「店の中じゃなくて下の訓練場で暴れろっつってんだろがぁこの馬鹿野郎!!」と怒鳴られるほど、ギルドの中で大暴れしてしまうことになるのだった。