目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話 僕と彼女と初恋

 あれから奏は部屋に籠ってしまい、僕らは渋々帰ることにした。

 本当はあんな風に悲しませるつもりはなかったんだ。でもあれが僕の本音だった。

 僕と同じような境遇で育った奏に対して、僕は仲間意識のようなものを抱いていた。

 だから奏は友達よりも深い位置に居て、だけど決して恋人とかにはならない。

 僕にとっては妹みたいだけど妹じゃない。そんな相手だったんだ。

 対して俺の初恋相手の女の子は――


「後悔してますか? 奏ちゃんの告白を断ったこと」

「そういう後悔はないかな。ただ、あんな風に泣かれるとちょっとね……」


 彼女はいつも僕が折れそうな時、声を掛けてくれた。

 それはいつも偶然だったのかもしれない。

 でも確かに折れそうな脆い心を支えてもらった。

 子供の頃、二人で巻き込まれた事件にしてもそうだ。

 きっと隣に彼女がいなかったら、僕は今頃ここにいない。

 とっくに命を投げ捨てていたと思う。

 しかも自分ではそれが正しいと思って。

 だから今ここに僕がいるのは、初恋の相手――姫柊姫と出会ったおかげ。

 小学校に入って彼女と関わるようになって、僕は明確に変わったんだ。


「ところで緋色君。話は変わりますが」

「な、何かな?」


 隣を歩く姫の横顔を見ていた僕は、慌てて彼女から視線を逸らす。

 恋人同士なんだから焦る必要はなかったけど、考えていた内容の所為で妙に気恥ずかしかったんだ。だけど僕のその気持ちを知らない姫は、あっさりと雰囲気をぶち壊す。


「さっき奏ちゃんに話してた。緋色君の初恋の女の子って誰ですか?」

「はい?」


 あんまりにもな質問で思わず声が出た。

 え? もしかして姫、気づいてないの?

 僕の初恋の相手が姫自身だって。

 てっきりもう姫にはもうバレてるものかと。


「この件も奏ちゃんの件同様。彼女の私には知る権利があると思うんです」


 何も気づいていない姫が、グイグイ尋ねてくる。

 よっぽど僕の初恋相手が気になるみたいだ。

 まさか姫本人も思わないだろうね。

 その質問の答えが自分だなんて。


「ぼ、僕の初恋相手は……」


 言い掛けて僕の声が止まる。

 改めて言うとなると、なんでこんなに恥ずかしいんだろう。

 さっきは奏に対して、視線誘導でなんとか示せてたのに。

 姫相手にはそれすら使えない。となると――

 夕暮れで赤く――僕の名前みたいな緋色に染まった空。

 その下で僕はピタリと足を止める。

 それに釣られて姫の足も止まった。


「どうしたんですか? まさか逃げるつもり――」


 僕を疑う姫。彼女が喋り続ける中、僕は俯いたままゆっくりと手を前へ水平に上げる。

 そして震える人差し指で、眼前に立つ女の子は弱々しく指差した。


「こ、これがさっきの質問の答えだよ」


 うわ‼ 思った以上にこれ、すごく恥ずかしいんだけど⁉

 お願いだから早く気づいてよ、姫‼


「緋色君は一体何をして……さっきの質問の答え?」


 流石は学年主席。恋で盲目になることはあっても、もう首を傾げて考え始めてる。

 それから十秒も掛からないウチにだった。

 ゆっくりと姫が自分の顔を指差して、今度は彼女から僕に聞き返してくる。


「も、もしかして私、ですか?」


 その問いに僕はゆっくりと数回だけ首を縦に振った。

 それを見て、僕と同じように顔を真っ赤に染める奏。

 二人揃って夕陽とは無関係に顔が赤くなっていた。


「い、いつからですか?」

「……誘拐事件の時から」

「そんな‼ あの事件で緋色君に助けられたのは私ですよ‼」

「僕は助けてないよ。君が僕を助けてくれたんだ」


 子供の頃、二人揃って誘拐された誘拐事件。

 僕は無謀にも素手で銃を持った犯人に挑もうとしていた。

 そんな僕に声を掛けてくれたのが姫だ。


 当時の僕はまだ色々なことを拭い切れてなく、さらに奏とも突然の別れを迎えていた。

 一番心が脆くて一番無理をしていた時期。たぶん半分自暴自棄気味に生きてたと思う。

 だから無意識に『死』への躊躇いがなかったんだ。

 それに気づいていたのかはわからないけど、当時の姫はそんな僕に言った。


『大丈夫?』


 って、心配そうに。それでいて優しい声で。

 間違いなく僕よりも余裕なんてなかったはずなのに。

 それでも彼女は確かに言った。

 それが姫を意識するようになったきっかけだ。


 姫がそれを覚えていないのは、彼女にとっては当たり前のことだったから。

 そういうところにも僕は、強い魅力を感じている。

 まあ恥ずかしくて、そんなこと今は簡単に言えないけど。

 でもいつか、ちゃんと全部言って見せるよ。

 僕の中にある君への気持ちを全部。

 例えば六〇年後ぐらいまでにはね。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?