「えとえと、ああ。次はあなたですね。ようこそ死後の世界へ〜。私、女神のアリエルって言います。以後、お見知り置きを〜」
「…………はへ?」
真っ白な部屋。その、中心で。
俺はーーーー自分でもびっくりするほどの、間抜けな声を上げた。
なんだろう、この感じは。
頭が少しぼーっとしている。身体の感覚も。あまりにぼんやりとしていて、ちゃんと自分の足で地面の上に立っているのかどうかも疑わしくなるほどだ。
ただ、そんな中でもちゃんと、投げかけられた言葉は聞き取れていて。
(死後の、世界……?)
ーーーーって、ちょっと待て。
死後の世界、ってのも気になるんだが。その前になんだこの人。自分のこと、「女神」って言ったのか?
痛い人……だろうか。いやでも、少なくとも。今俺の目に映っているその姿は、アニメや漫画で何度も目にしてきた女神そのものだ。
金色のさらさらで長い髪、美し過ぎるほどに整った顔、大きくも綺麗な形の胸。そして何より、背中に携えられたあの白い羽。そのどれもが、彼女が生物としてただの人間とは一線を画した存在なのだと、そう、主張していた。
「さて、今日は人が多いので巻きでいきますね。ーーーー綾瀬海斗さん。あなたはつい先ほど、死亡しました。つきましてはこの私、アリエルが女神の名において……って、はぁ。もう今日″女神協定″読み上げるの何千回目ですか。面倒なので省略します」
え、えぇ。省略されちゃった。
女神協定ってなんだろうか。ちゃんと教えてもらいたかったが、なんかこの人ーーーーアリエルさんはお疲れのようで。ため息まで漏らされては、とてもじゃないがこちらから聞く気にはなれなかった。
「とにかく、あなたは死にました。死因は窒息死。どうやらお正月にお餅を喉に詰まらせてそのまま、と。ご愁傷様です」
「……」
の、ノリが軽いなぁ。
でも、どうやらそういうことらしい。
俺は死んでしまったようだ。二十二歳という、とてもとても若い身空にて。
「あれ、取り乱さないんですね。自分の死を告げられた人間、それもあなたのように若い方なら、ショックで発狂する人だって決して少なくないのに」
「は、はは。つまらない人生だったもので。その、未練的なやつが特に……」
「あらあら、そうでしたか。まあこちらとしては楽で助かりますけどね〜」
アリエルさんはさっき、今日だけでも女神協定とやらを読み上げるのが″何千回目″なんて言っていた。
それだけ、多くの人の相手をたった一日でしたということだろう。何人にも死を告げて……って、凄いな女神様。たしかに中々心労の溜まりそうな職だ。
「ならもう、早速次の行程に移っちゃいましょうか。綾瀬海斗さん?」
「っ! は、はい?」
アリエルさんの美しい碧眼に見つめられて。思わず、ドキリと心臓が跳ねる。
そしてそんな俺の様子に、彼女は一度くすりと笑みを浮かべると。言った。
「あなたにはこれから、選択をしてもらいます」
刹那。それまでは何も無かったアリエルさんの背後に、プロジェクションマッピングのような映像が、二つ。現れる。
そこに映っていたのはそれぞれ、全く異なる映像。
一つはーーーー天国、だろうか。雲の上のような場所で、数多くの人々が天使(?)に囲まれながら、朗らかな表情を浮かべてのんびりと暮らしている。
そして、もう一つはーーーー
「死者が辿る道は三つ。天国、地獄、そして……転生。しかしあなたは特に罪を犯したりはしていませんので、地獄は無しで。残る二つから、自主的に進む道を選んでいただきます」
選択。その言葉を聞いた時、妙な違和感があった。
しかしその説明を聞いて、つっかえがとれたような気がする。
きっとその違和感の正体とは、俺がーーーーというか、日本人が植え付けられてきた価値観によるものだったのだろう。
どこか、勝手に思い込んでしまっていた。死後行き着く先というのは、生前の行いによって″決められる″ものだと。
だが、違った。アリエルさん曰く、どうやらそれは悪人に限った話らしい。
罪を犯さなかった人間は、自分で「選択」することができる。これから進んでいく、道を。
「ふふっ。ああでも、本人が望むのであれば地獄も可ですよ? たま〜に、そういう物好きな″変態さん″もいらっしゃることがあるので」
「ご冗談を……」
天国か、はたまた転生か。
改めて、二つの映像を交互に見比べる。……答えが出るのに、そう時間はかからなかった。
そしてそのことを、俺が表情に出してしまっていたのか。はたまた、女神様の読心術か何かか。口に出すよりも早く、アリエルさんは察したようで。
映像が一つーーーー消える。
言わずもがな。消えたのは、俺が選ばなかったもう一つの「道」。やがてその場には、俺がーーーー他の誰でもない俺自身が選択した、これからの「道」だけが。残されていた。
「やっぱり男の子ですね。こういうの、憧れちゃいました?」
「……わ、悪いですか?」
「いえいえ〜。ただ、見せた″甲斐″があったな、と」
「へ?」
俺が見たもう一つの映像。そこでは多種多様な″異世界″のような場所で魔物と戦ったり、可愛いヒロインと恋愛したり。そんな、どこか非日常的な光景が広がっていた。そして俺はそれにーーーー憧れた。
実はこう見えてそれなりにヲタクやってたもんでな。そもそもの話、異世界転生ってやつに端から憧れに近い感情を持っていたり、なんて。
だからどうせ、俺はこの二択を迫られた時十中八九転生を選んでいたことだろうが。……あのアリエルさんの顔に浮かんだ意味深な笑みが、どうにも気になって仕方ない。
それにあの言い草。まるで俺に転生を″選ばせたがっていた″かのようなーーーー
「いやぁ、ほんとよかったです。実は最近、天国を選ぶ人が結構多くて。管理大変なのでこれ以上あまり人を増やしたくなかったんですよぉ〜」
なんだろう。凄く嫌な予感がする。
ざわっ、と。不可解な心情に感情が揺らいだ。
「まあ天国って言うなれば″安定択″ですからねぇ。ランダムで飛ばされた先の異世界がどんな感じなのかは私たちにも分かりかねますし、そのうえでやれチートだの無双だのをするための特典? みたいなのが付いてこないってのにも不満を示す人が多くて〜。でも、海斗さんはそうじゃないみたいで安心しました〜」
待て待て待て。ペラペラと……。なんだその初出し情報。聞いてないんですけど。
え? 今ランダムって言った? 第二の人生を決める転生先が、そんなガチャみたいな……
駄目だ。決めるには早計過ぎたかもしれない。
俺は焦りを露わにしながら、言う。
「ちょ、ちょっと待ってください!? やっぱり一旦考え直しーーーー」
「ぶっ○すと心の中で思ったなら、その時すでに行動は終わっているもの」
「……は!? なんですか急に!! ぶっ○す!?」
「私の愛した推しの台詞です。名言ですよね」
「話の脈絡!! 方向転換どころじゃないですよこれ!?」
あ、ヤバい。ヤバいってこれ!!
なんかアリエルさんの足元ににょきって魔法陣生えてる! し、神秘的なオーラまで纏い始めて……この人、もしかして!?
「あなたは素晴らしい選択をしました。ーーーー落ちていくんだなァ! 時速百五十キロの異世界へ!!」
「ふぁっ!?」
気づいた時にはもう、遅かった。
俺は異世界転生を望んだ。そして女神であるアリエルさんはそれに応え、異世界転生″させよう″と。心の中でそう思った。思ってしまった。
某奇妙な冒険の兄貴に悪影響を受けた女神はもはや、俺の言葉に聞く耳を持たない。何故なら言葉を聞くまでもなく、推しの名言に乗っ取りーーーー行動を、終えていなければならないのだから。
「アリーヴェデルチ(さよならだ)」
「おんぎゃぁぁぁぁああああっっ!?!?」
ビッ。アリエルさんがーーーーいや、このクソ女神が額に指を当て、顔の彫りを深くしてキメ顔でそう言い放った、その刹那。俺の足元にはまるで落とし穴のような奈落が現れて。……落ちていく。
(最後のは別のキャラの台詞だろうがぁぁぁぁあっ!!!)
落下は、止まらない。
ーーーー異世界へと、辿り着くまで。