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婚約破棄は私の勝利宣言です
婚約破棄は私の勝利宣言です
ゆる
異世界恋愛ロマファン
2025年05月26日
公開日
3.7万字
完結済
「あなたとの婚約は、なかったことにしていただきたい。」 王太子から突然告げられた婚約破棄。義母からも冷遇され、荒れ果てた領地に追いやられた公爵令嬢フィリーネ。 だが、そこで彼女は目を覚ます――誰にも頼らず、自分の力で未来を変えてやる、と。 絹織物の復興、農地改革、領民との信頼関係……彼女の努力はやがて実を結び、領地は見違えるほど豊かに。 そんな彼女のもとに再び現れた王太子は、没落寸前の自分を救ってほしいとすがるが―― 「今さら何を言っても、もう遅いわ。」 そして、彼女の隣には――信念を共にする優しき侯爵家の次男が。 過去の屈辱を乗り越え、幸せと誇りを手にした令嬢の、逆転ざまぁラブストーリー!

第1話 婚約破棄という絶望

1-1: 婚約破棄の宣告

 フィリーネ・ヴァルモントは、控えめな笑みを浮かべながら舞踏会の広間を見渡していた。煌びやかなシャンデリアが高く掲げられ、豪奢な装飾が眩いほどに輝く。貴族たちが集う華やかな宴の中心にいるのは、彼女の婚約者である王太子エリオットだ。

だが、フィリーネはいつものように、エリオットの背後に控える「影」としての役割を果たしているに過ぎなかった。


「フィリーネ、相変わらず地味だな。」


冷たい声が耳元で囁かれ、フィリーネの微笑はわずかに揺らぐ。隣に立つエリオットの表情には、わざとらしい軽蔑の色が浮かんでいた。


「そうでしょうか?」

フィリーネは静かに返す。慣れたものだ。エリオットは幼い頃から、彼女を見下す言葉を口にするのが癖だった。

しかし、それは彼の関心の一種であると教えられたフィリーネは、反論することなくその態度を受け入れてきた。


エリオットは鼻で笑い、彼女の反応に満足したように人混みの中へと歩み去る。その先にいるのは、今宵の舞踏会で話題の中心となっている一人の女性――平民出身の令嬢セシリア・ロワールだ。


セシリアは輝く笑顔と明るい性格で、短期間のうちに社交界の人気者となった。特に男性たちからの支持は絶大で、その中にはエリオットも含まれていることを、フィリーネは既に気付いていた。


彼女の胸に嫌な予感がよぎる。


「皆さま、少々お静かに。」


突然、広間に響き渡るエリオットの声。彼はセシリアの手を取り、中央の台へと上がった。瞬く間に会場の視線が二人に集中する。


フィリーネはその場で立ち尽くし、ただ事ではないことを悟った。


「本日は、皆さまに重大な発表があります。」


エリオットの声が広間に響き渡る。冷たく輝く青い瞳が、満足そうにフィリーネを一瞥し、それからセシリアの手を握り直す。


「私は本日をもって、婚約者フィリーネ・ヴァルモントとの婚約を破棄いたします。そして、新たにセシリア・ロワール嬢を婚約者として迎えることをここに宣言いたします。」


その瞬間、広間全体がざわめきに包まれた。驚き、困惑、興味――あらゆる感情が渦巻く中で、無数の視線がフィリーネに向けられる。


胸の中に鋭い痛みが走り、指先が冷たくなるのを感じた。それでも、フィリーネは取り乱すことなく、ただ静かに立っていた。


「婚約……破棄?」


呟くようなその言葉は、フィリーネ自身に向けた確認だった。だが彼女の声は誰にも聞こえなかった。


ヴァルモント公爵が慌ててエリオットの元に駆け寄り、抗議の声を上げる。しかし、エリオットは淡々と返すだけだった。


「これは私の決定です。何人たりとも異議を唱えることは許されません。」


その冷酷な宣言に、父が怒りを込めた言葉をさらに続けようとする。だが、フィリーネはそっと父の腕を掴んだ。


「父様、もう結構です。」


その言葉に公爵は目を見張り、驚いた様子でフィリーネを見つめた。フィリーネは静かに微笑み、エリオットを見据えた。


「殿下、婚約破棄の件、確かに承りました。」


広間は再びざわめきに包まれる。フィリーネの声には冷静さが宿っており、悲嘆に暮れる様子は微塵も感じられなかった。


「どうか、この選択が殿下にとって後悔のないものとなることを心からお祈りいたします。」


彼女の声には刺すような冷たさがあり、広間にいる誰もがその気迫を感じ取った。エリオットは思わず眉をひそめたが、何も言い返すことはできなかった。


フィリーネは深く一礼し、その場を去った。後ろで何か囁く声や視線が降り注ぐのを感じたが、振り返ることはなかった。彼女の胸の中には、かつてないほどの怒りと決意が渦巻いていた。


「私は必ず、この屈辱を乗り越え、自分自身の力で勝利を手に入れる。」


これが、フィリーネの新たな人生の幕開けとなるのだった。



1-2: 絶望と決意の狭間


広間を後にしたフィリーネは、まるで迷子になったかのように廊下を歩いていた。心臓は早鐘を打ち、頭の中ではエリオットの冷酷な宣言が何度も反響している。


「私は本日をもって、婚約者フィリーネ・ヴァルモントとの婚約を破棄いたします。」


彼の声がまるで針のように突き刺さり、呼吸すら苦しい。それでも、広間では涙ひとつ見せなかった。しかし、それはフィリーネが気丈だからではなく、ただ泣く余裕すらないほど混乱していたからだ。


「婚約破棄……私は捨てられたのね。」


彼女の声はか細く、自分自身にも届かないほどだった。いつも背筋を伸ばし、笑顔を絶やさないよう努めてきたが、それが何の意味もなかったのだ。

廊下の先、夜風が冷たく吹き込む窓辺に足を止める。窓から見える庭園は、月明かりに照らされて美しく輝いていた。だが、その静けさが今はかえって彼女の孤独を際立たせる。



---


公爵家への帰路


フィリーネはすぐに自家の馬車に乗り込み、舞踏会の会場を後にした。父のヴァルモント公爵は、一度も彼女に声を掛けなかった。車内は冷え切っており、車輪の音だけが響く。


彼女はじっと手元を見つめていた。自分の指にはめられた王太子から贈られた婚約指輪が、虚ろに光を放っている。それを見つめるうちに、怒りとも悲しみともつかない感情がこみ上げてきた。


「この指輪も、今日で意味を失ったのね。」


彼女は静かに指輪を外し、そっと手のひらに置いた。指に残った薄い跡が、過去のしがらみを象徴しているように感じる。エリオットとの関係は、これで完全に終わった。彼が選んだのは、自分ではなくセシリアだ――それだけのこと。


「……きっと父様も、私を責めるでしょう。」


ヴァルモント公爵にとって、王太子妃という立場を手放すことは、家の名誉を傷つけるに等しい。だが、フィリーネにはもう、彼を説得する気力すら残っていなかった。



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父との対峙


屋敷に戻ると、待ち構えていたのは、案の定冷たい態度のヴァルモント公爵だった。彼は書斎の椅子に腰掛けたまま、フィリーネに一瞥をくれると、低い声で言い放った。


「お前は、ヴァルモント家に泥を塗った。」


その一言に、フィリーネの心がわずかに震える。だが、彼女は俯いたまま何も言わなかった。


「婚約破棄とはどういうことだ? 王太子の意向一つで、お前の価値が地に落ちたということだぞ。家のために何一つ果たせぬ娘など、存在する意味がない。」


「……申し訳ありません。」


それ以上の言葉は出てこなかった。公爵の声はどこまでも冷たく、彼女の存在を否定する響きがあった。それでも、フィリーネは涙を流すことなく一礼し、部屋を後にした。



---


母の遺した本


自室に戻ったフィリーネは、重い足取りで机に向かった。彼女の手は無意識に、引き出しの奥に仕舞われていた小さな本を取り出していた。それは、亡き母が生前に愛読していた本だった。


表紙は手に馴染むほどに使い込まれ、文字はすり減っている。それでも、この本は彼女にとって唯一の支えだった。ページをめくると、幼い頃に母から聞いた言葉が蘇る。


「試練を乗り越えた者だけが、本当の幸せを掴むのよ。」


試練。それが今の状況を指しているのだと、フィリーネは思わず苦笑する。母が生きていれば、何と声をかけてくれたのだろうか。


「試練を乗り越える……そう簡単に言えるものじゃないわ。」


フィリーネは本を閉じ、深いため息をついた。だが、彼女の胸の奥で、何かがじわじわと形を成していくのを感じた。それは「怒り」に似た感情だ。エリオット、セシリア、父、そして社交界の冷たい視線――そのすべてが、彼女の心に火を灯した。



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新たな決意


翌朝、フィリーネはいつもと同じように目を覚ました。しかし、その瞳には新たな輝きが宿っていた。彼女は鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめた。これまで、彼女は「王太子妃候補」という枠に自分を押し込めていた。しかし、その枠が壊れた今、自分は何者にでもなれるのだ。


「私は、もうあの人たちに縛られない。」


彼女は手紙を書き始めた。それは、自分の名義で管理されている小さな領地の執事に宛てたものだった。義母の放置によって荒廃しているというその領地を、自分の力で再建する計画が浮かんでいた。


「今度は私自身の力で、この人生を切り開いてみせる。」


手紙を書き終えると、フィリーネはそっと微笑んだ。その笑みには、かつての彼女にはなかった確固たる意志が宿っていた。



1-3: 荒れ果てた領地へ


翌日、フィリーネ・ヴァルモントは公爵家の屋敷を後にした。義母が管理を放棄した小さな領地を訪れるためだ。婚約破棄後、父や義母からは冷たい目を向けられ、屋敷の中に居場所はなかった。しかし、それを嘆くよりも、彼女は行動を選んだ。


「これからは私自身で生きていく。」


フィリーネは馬車の中で静かに決意を再確認する。彼女の唯一の手荷物は、亡き母が愛した本と、最低限の衣服だけだった。特に豪華な装飾品やドレスは持ち出さなかった。それらは、もはや過去の象徴に過ぎないからだ。



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領地への到着


馬車が領地に到着する頃、日が沈みかけていた。窓の外に広がる景色に、フィリーネは思わず息を呑む。かつて豊かだったというこの地は、見る影もなく荒廃していた。枯れ果てた田畑、崩れかけた家屋、そして疲弊した顔つきの住民たち――そのすべてが、長い間放置されてきたことを物語っている。


領地の中心にある屋敷も例外ではなかった。壁はひび割れ、庭は荒れ放題。かつての美しい姿を想像することすら難しい。迎えに出てきたのは、数少ない使用人の一人である老執事のトーマスだった。彼はフィリーネを見るなり、深々と頭を下げる。


「お嬢様、ようこそお戻りくださいました。」


その言葉に込められた切実さに、フィリーネの胸は締め付けられる。この地を救えるのは自分だけ――彼女はその責任を強く感じた。



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荒廃した現実


フィリーネはトーマスに案内され、屋敷内を見て回った。部屋の多くは使用されておらず、家具や調度品は埃をかぶっている。かつては賑わいを見せたという大広間も、今はただの寒々しい空間だった。


「この数年間、義母がこちらを訪れることは一度もありませんでした。その結果、税金は重く、領民たちは苦しい生活を強いられております。」


トーマスの説明を聞きながら、フィリーネは拳を握りしめた。義母が領地を放置し、搾取するだけしていた事実は、彼女にとって驚きではなかったが、それを目の当たりにするのは別の話だった。


「わかりました。まずは領民たちの状況を確認することが最優先ですね。」

フィリーネは静かに答えた。彼女の中に、怒りと使命感が燃え上がる。



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領民たちとの出会い


翌朝、フィリーネは領民たちと直接会うために村を訪れた。初めて見る領主の姿に、村人たちは戸惑いと警戒の表情を浮かべていた。それも当然のことだ。これまで領主一家がこの地に関心を示したことなど一度もなかったのだから。


「皆さん、初めまして。私はフィリーネ・ヴァルモントです。この地の領主として、皆さんの声を直接聞きたく思い、参りました。」


フィリーネの声は、いつもの控えめな調子ではなく、どこか凛とした響きを帯びていた。その誠実な態度に、最初は無関心だった村人たちも次第に口を開き始める。


「税が高すぎて、食べるものも足りません。」

「このままだと冬を越せません。」

「修理が必要な場所が多すぎて、何も手が回らないんです。」


次々と上がる悲痛な訴えに、フィリーネは一つひとつ丁寧に耳を傾けた。領民たちの言葉を全て記録し、改善策を考えるために持ち帰ると約束する。


「どうか、少しだけ時間をください。必ず皆さんの生活を立て直します。」


その言葉に、わずかながら希望の色が宿る村人たちの瞳を見て、フィリーネの胸には使命感が強く根付いた。



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改革の第一歩


屋敷に戻ると、フィリーネはすぐにトーマスを呼び出し、領地の現状を整理した。そして、自分がやるべきことを明確にした。


1. 税の見直し



2. 荒れた農地の復旧



3. 冬を越すための食糧の確保



4. 領民たちが直接利益を得られる産業の再興




「まずはこの4つを最優先に進めます。それぞれの担当を割り振り、早急に動きましょう。」


フィリーネは自ら書簡をしたため、隣接する領地の商人や農業専門家に助力を求めた。また、少ないながらも使用人たちを一人ひとり励まし、士気を高めた。



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小さな変化


その日の夜、フィリーネは机に向かい、明日の計画を立てていた。窓の外を見ると、静かな星空が広がっている。彼女はふと、幼い頃に母と過ごした日々を思い出した。


「試練を乗り越えた先に、本当の幸せがあるのよ。」


その言葉が、彼女の心に深く響く。


「きっと、私は乗り越えてみせる。」


フィリーネはペンを置き、そっと笑みを浮かべた。その笑みには、確かな決意が宿っていた。


これが、彼女の改革の第一歩であり、やがて領地全体を覆う大きな変化の兆しとなるのだった。



1-4: 小さな希望の芽生え


翌日から、フィリーネの改革は本格的に始まった。彼女が優先したのは、まず村人たちが日々の生活で必要としている物資を確保することだった。

老執事トーマスの助けを借り、彼女は近隣の商人に協力を求める手紙を送り、さらに、自らの名義で資金を提供して食料を調達した。


「これで少しでも村の人々が安心できるようになればいいのだけれど……。」


フィリーネは書簡を手渡しながら、ため息混じりに呟いた。彼女の心にはまだ不安が渦巻いていた。自分が領主として何かを成し遂げられるのか、確信を持てずにいたからだ。



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初めての挑戦


その日、フィリーネは領地の中心にある広場に足を運んだ。彼女がこれまで見てきたどの社交界とも違う、貧しさと疲弊が漂う場所だ。村人たちは彼女に視線を向けるが、その多くはまだ警戒心を捨てていない。


「領主様……本当に私たちを助けてくれるんですか?」


一人の女性が震える声で尋ねた。フィリーネはその言葉にわずかに胸を痛めながらも、優しい微笑みを浮かべて答えた。


「もちろんです。私は皆さんのためにここへ来ました。まずは、この地に必要なものを整えることから始めます。」


彼女の声は、決して大きくはないが、その中に込められた真剣さは村人たちの心に少しずつ届き始めた。



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荒れた農地の復旧


改革の一環として、荒れ果てた農地の復旧も重要な課題だった。長らく放置されていた土地は固く、作物を育てるには程遠い状態だった。フィリーネは地元の農夫たちを集め、意見を聞くことから始めた。


「土壌の改善が必要ですね。肥料を入れて、まずは試験的に少量の作物を植えてみましょう。」


農夫の一人が提案すると、フィリーネは即座にその案を採用した。そして、近隣の領地から肥料を購入する手続きを整えた。彼女自身も手伝うべく、農地に足を運び、鍬を手に取った。


「お嬢様、自ら手を汚されるのですか?」


驚く村人たちに、フィリーネは笑顔で答えた。


「ええ、私も皆さんと同じように、この土地を守りたいのです。」


その姿勢に、村人たちは次第に心を開き始め、彼女のもとで働く意欲を取り戻していった。



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特産品の再興


フィリーネの領地には、かつて上質な絹織物を生産していた歴史があった。しかし、長年の義母の放置により、その伝統は途絶えていた。


彼女は屋敷に保管されていた古い帳簿を調べ、絹織物の技術を持つ職人が村に残っていることを知る。そこで、彼女はその職人を訪ね、再びその技術を活かす提案をした。


「私にできることがあれば、ぜひ力を貸してください。」


最初は渋る職人も、フィリーネの熱意に動かされ、協力を申し出た。こうして、絹織物の生産が少しずつ再開されることになった。



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村人たちの変化


数週間が過ぎ、フィリーネの改革の成果が少しずつ見え始めた。荒れ果てた土地には緑が戻り、村人たちの顔にも希望の光が宿るようになった。


「領主様、本当にありがとうございます。」


ある日、村の子どもたちが彼女に花を手渡した。その純粋な笑顔に、フィリーネは胸が熱くなるのを感じた。


「私が感謝するべきなのよ。皆さんが協力してくれたからこそ、ここまで来られたのです。」



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さらなる試練


しかし、順調に見えた改革の裏で、フィリーネには新たな問題が押し寄せようとしていた。義母がこの領地の改革を知り、それを妨害するべく動き始めたのだ。


「フィリーネ様、義母様が何か仕掛けてくる可能性があります。」


トーマスの報告に、フィリーネは目を細めた。自分が今、義母の目障りな存在となっていることを理解しながらも、彼女は毅然として言葉を返す。


「大丈夫です。何があっても、この領地と人々を守ります。」


その声には、かつてのフィリーネにはなかった強さが宿っていた。改革はまだ始まったばかりだ。彼女の目指す未来は、この先にあるのだから。



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