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 そうして、望は桜井に向かって優しく微笑むと、桜井も望が伝えたいことを理解してくれたようで、体から力を抜いた。桜井はひと息吐きながら言った。


「そうなんですよね……確かに先生の言う通り、俺以外にも消防士さんは沢山いるんですもんね」


 望が言ってくれた言葉に桜井は安心したのか、リクライニングベッドの背もたれに体を預けるのだ。


「俺が言った言葉を理解していただけて良かったですよ。逆に俺の言う事を聞いてくれないと、退院が長引くだけですからね」


 望も桜井が理解してくれて安心したのか、桜井の病室を出ようとしたが、


「あ、あのー……先生……その……まだ、話したい事があるので、戻ってきてもらえませんか?」


 そう何か言いにくそうに桜井は自分の頰を掻きながら望に声をかける。


「あー……それと、看護師さんの方は行ってても構いませんよ」


 望の方は桜井に止められたが、その一方で看護師である和也の方は桜井に追い出されてしまった。


 そこに和也は何かを感じたのか、その桜井の病室の前で様子を伺うことにしたようだ。


 望は一旦病室を出ようとしていたが、桜井に足を止められ、足を翻し再び桜井のいるベッドの近くへと足を向ける。


「……って、話というのは?」

「あ、そのな……」


 桜井は何かこう言いにくそうに顔を俯けてしまう。望はそんな桜井の様子に首を傾げる。


「あの……そのな……まぁ、なんつーか……その、先生の事が……」


 桜井はまたそこで言葉を止めてしまい、なかなかその先の言葉が出てこないようだ。未だに何かを考えているのか、桜井は顔を俯けたままだった。


 桜井は今何を考えているのであろう。望からしてみれば、そんな桜井の様子が不思議でたまらなく、時折目をパチクリとさせながら見つめている。


 しかし、そんなに言いにくい事なんてあるのであろうか。


 二人の間に沈黙が流れている中、桜井が頭を掻く音だけが病室内に響き渡るだけだ。


「あの、すみませんけど、俺にはまだ……仕事があるので……その……早めに、お願いしますね」


 そうなかなか言わない雄介に痺れを切らしたのか、本当に申し訳なさそうに言う望。


「あー! せやから、そのな……」


 もうその言葉を何回聞いたか分からない位になってきている望。仕事をしている望からしてみれば早くここから去りたい。だけどこうしてなかなか話を進ませてくれない雄介にどうしたらいいのか、分からなくなってきているようだ。そう、既に困っているような表情をしているのだから。


「俺が先生の事を引き止めた理由って言うのは……あの……その……俺の事、変だって思うのかもしれないんですけど……その……俺は……先生の事を……」

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