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 和也は真剣に望と桜井のことについて考えていたが、望の方は急に立ち上がり、しかもその顔はどこかスッキリとした表情をしているようだ。


「さてと……そろそろ寒いし、中に入るかなぁ?」


 と、今まで悩んでいたのが嘘のように、望の方はいつもの表情に戻ったようだ。


「へ? え! だって、ほら……あのさ……その……もう、決めちまったのか!?」

「ん? あ、ああ、まぁな……」

「……で、どうする事にしたんだ?」


 もう望がそんな表情をしているのだから、結果はもう分かっている。 それでも人間というのは聞いてみたくなるもので、和也は恐る恐る聞いてみることにした。


 もう望は屋内に入ろうとしていたのか、屋上にあるドアノブに手を掛けていた状態だったのだけど、和也はそのことが気になってしまったのか、行く手を阻むかのように望が掴んでいるドアノブの上からその手を掴むのだ。


「そんなこと、お前には関係ないことだろ? だから、それに関係のないお前に話す必要なんかねぇんじゃねぇのか?」


 確かに望の言う通りなのかもしれない。


 本当に望の言う通り、今の和也には関係のない話だ。 だが望のことが好きな和也からしてみたら、今掴んでいる望の手をもう本格的に離したくはない。 この手を離してしまったら望は確実に雄介の元に行ってしまうのは間違いない。 そして望がそのことについて話さなくても第六感みたいなのが働いてしまったのだから、止めてしまったのであろう。 その反面、あくまで和也からしてみれば望への片想いなのだから、望のことを止めることができないのは確かなことだ。


「ん……まぁ、そうなんだけどさ……」


 そして和也は諦めたかのように掴んでいた望の手から離れる。 もう、ここで自分が止めていても仕方がないとでも思ったのであろう。 それにいつまでここに居ても時間が解決することでもないとでも思ったのかもしれない。


 和也が手を離すと、望の方は何事もなかったかのように、そのまま屋内へと入って行ってしまうのだ。


 ただ和也が望のことを好きなだけであって告白もしていなければ付き合ってもいない状況なのだから、今の和也には望を止めることは出来ない。 だから和也は仕方なく望の手を離したというところだろう。


 これがもし自分と望が付き合っていたのなら、いやせめて告白をしていたのなら望が桜井の所に行ってしまうことを止められていたのかもしれないのだけど、今の和也にそんなことは出来る訳もない。


 和也は望が行ってしまった後、右手を握り、拳をギュッと握りしめる。


 それほど、今の和也からすると今回の出来事は悔しいことだったのであろう。 確かに自分が望に告白をしてなかったのがいけないのも分かっている。 こう色々な感情が和也の中で渦巻いているのかもしれない。


 そしてその拳を壁へと打つける和也。


 だが、ただ自分の手が痛くなるだけで、心に空いた穴は塞がることはなかった。


 和也は息を深く吐くと、その場へとへたり座り込む。


 今の自分は本当に何も出来なかったのだから。


「これから、俺……望と一緒にこんな気持ちのままで普通に接して行けるのかな?」


 そう一人呟いても、それはただ空気に消えて行くだけだ。




 そしてその会話以降、二人の間には会話がなくなってしまっていた。


 ただただ二人共無言で仕事をしている日々。


 でも仲が悪くなった訳ではない。


 ただ単に会話が無くなったというだけだ。 そうこう自然の会話がないだけなのかもしれない。


 だけど会話がなくなったみたいなということは仲が悪くなったということなのであろう。


 そんな中でも仕事をしなければならない。 


 二人は回診で患者さんの病室へと回る。


「次は雄介の番だな……」


 そう廊下を歩きながら、そういう風に言う望。


「ん? あ、ああ……?」


 こう何か急に変わったのは気のせいであろうか。 ついこの間まで望は桜井の事を桜井と言っていた筈なのに今ではもう名前の方で呼んでいたのだから。

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