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ー記憶ー5

 後もう少しで久しぶりに恋人に会える。


 きっと望の胸の高鳴りは最高潮なのかもしれない。


 今はそれだけ望の方も雄介のことが好きだということだ。相手のことを好きにならなければ胸が高鳴るということはないのだから。


 そして望が消防署の近くまで来ると、雄介の姿が目に入ってくる。


 久々の再会。


 寧ろ病院では会っていたのだけど、プライベートで会うのは初めてだということだ。


 望は雄介がいる場所で車を止めて運転席側のスイッチを押し、雄介に向かって笑顔を見せる。そう望の車は外車なのだから歩道側の窓に顔を出すことができた。そんな望に雄介の方も笑顔で、


「久しぶりやんな!」


 そう声をかけてくる雄介。


 久々に聞く恋人の声に懐かしく感じてしまっているのだから望と雄介は本当にそんなに会っていなかったということだ。


 雄介が退院して約一ヶ月。


 普通に雄介と望はそれくらい会ってなかったということになる。だからなのか雄介の声が懐かしく感じてしまうのは仕方ないのかもしれない。


 少し忘れかけていた胸のトキメキが戻ってきていたのか、望は雄介のことを時が止まったかのように見つめてしまっていた。


 だが二人の間に沈黙が流れてしまい、望はそんな状況に思い出したのかのように、


「あ! そうそう! 話はさ、車の中ででいいだろう? 早く乗れよ!」


 そう言うと雄介は望の車に乗り込む。


 流石に初めて乗り込む車にこう自分から乗り込むのは失礼だと思っていたのか、どうやら雄介は望の言葉を待っていたようだ。だから二人の間に沈黙が流れていたのかもしれない。


 雄介が車に乗り込むと今まで望は雄介の顔しか見ていなかったからなのか、今日の雄介の服装に気付いたようだ。


 今日の雄介の服装というのはスーツ。今まで病院服とか消防服とかでしか見たことがなかったのだからスーツ姿というのは新鮮に感じる。


 そんな雄介に見とれていると、


「な、望? ……望!?」

「……え? あ、ああ……何だ?」

「どないしたん? さっきからボッーとしとるみたいやけど……?」

「あ! いや……なんでもない? なんでもねぇから!」


 雄介に声を掛けられて、やっと我に返ったのか望は前へと向き直すとハンドルへと手を掛ける。だが次の瞬間、唇に温かいものを感じたようだ。


「……ん」


 何だか、そのキスでさえも久しぶりに感じる。そして懐かしく感じるのは気のせいであろうか。


「……ん……ぁ、雄介……?」


 唇を離れたと同時に無意識に甘い声を出してしまっていた望。


 雄介の方はそんな望に満足したのか、それともここはまだ道路だという事を思い出したのか、


「ほな、行こうか?」

「とにかく喋りたい。何でもいいから俺に話してくれよ」


 普通に切り返してくる雄介に、望はため息を吐きそうになった。しかし、ため息を吐いてしまうと面白くないと思われるのが嫌だったのか、望はため息をこらえ、正面を向いた。


 もう少し、この状況を楽しみたい。久しぶりの恋人の再会に甘い気分に浸りたいと思ったのだが、現実世界ではそういかないようだ。雄介の方も今何もなかったかのように正面を向き直り、シートベルトを締める。


 そんな雄介に、切なそうな表情をする望。


 だって本当に久しぶりの雄介との再会にもっともっとこう恋人らしいことをしたいと思っているのに、今のこの状況でできるわけがない。鼓動だって、また早く波打っているというのに……。恋人といるといつまでもこの鼓動は遅くはならないのかもしれない。もうその鼓動があまりにも早すぎて、息が止まってしまいそうな感じにさえもなってきている様子の望。


 望は未だにハンドルを握ったまま車を動かさずにいると、


「……の……ぞむ……? ほな、何処行く?」

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