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ー記憶ー63

 部屋内はテレビの音と時折聞こえてくる望の寝息だけが、部屋に静かな空間をもたらしていた。


 雄介は今まで意識していなかったが、望の体からは病院特有の匂いでもある消毒液の香りが漂っていることに気付く。


 そう、望は医者として働いているのだから、この匂いは当然のことなのだが、今まであまり意識していなかった。望がしている仕事は人の命を救う仕事で、何百人、いや何千人とその細い手で人の命を救ってきたことだろうか。


 雄介もこの手で一度は助けられた一人である。雄介はそっと望の手を包み込む。


 雄介の手とは異なり、細くてしなやかで白い手。雄介はその腕を愛おしそうに撫でながら、望が何人もの人を救い、幸せや喜びを見てきたことを考える。


 雄介も人の命を救う仕事をしている。家族が喜びの笑顔を見せる瞬間は、雄介にとっても忘れがたいものだ。雄介が人の命のために働いているのは、それが自分にとっても幸せなことであり、かつ小さい頃からの憧れの仕事だからだ。


 人を助けたとき、その家族の笑顔は忘れることができない。人の命のために働くことで、雄介はきっと幸せを感じているのだろう。


 人の幸せを願っていれば、いつか自分も幸せになれる。そう信じているからこそ、雄介は今、望と一緒に幸せを手に入れたのかもしれない。


「……ん」


 という声と共に、望は目を覚ます。


「もう、起きてしもうたんか?」

「あ、ああ……悪ぃ……。お前んとこで寝ちまったみたいで……」

「そこは別に気にしてへんから。それに、今日の望は疲れてたんと違う?」

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