そう言うと、望と和也は美里の病室を後にした。
「とりあえず、手術まであと三時間くらいか……」
「そうだな。それまでに雄介も来てくれるといいんだけどな」
望が腕時計を確認しながら歩いていると、前方から裕二が歩いてくるのが見えた。
「あ、望。ちょうどいいところにいたね」
どうやら裕二は望を探していたらしい。その声に気づき、望は仕方なく足を止める。
そして、少し面倒くさそうな口調で答えた。
「なんでしょうか、院長……」
「今日、君は手術を担当するんだよね?」
「ええ、一応……」
病院の廊下という場所柄か、望は裕二に対して敬語で話しているようだった。
「とりあえず、動揺しないようにね」
裕二が意味深にそう言った。その言葉に望は眉をひそめる。
「……どういう意味ですか? 『動揺するな』って」
「それは君が一番分かっていることなんじゃないのかな?」
裕二の言葉に、望と和也は顔を見合わせた。裕二が何を言いたいのか、二人には察しがついたようだ。
「大丈夫です。今はプライベートのことは二の次ですから」
望は毅然とした口調でそう答えるが、裕二は微かに笑いながら言葉を重ねた。
「そう言葉にするのは簡単だけど、君の本心はどうかな? それは君自身しか分からないことだろうね」
その指摘に、望は驚いた表情を浮かべ、言葉を失った。その横で和也が顔を手で押さえ、小声で呟く。
「やっぱりか……」
「ほら、君の顔に書いてあるよ。『雄介のことが心配だ』ってね」
裕二が追い打ちをかけると、望は苛立ったように反論した。
「心配してないわけがないだろ! 動揺してないわけもない! だけど、今は雄介のことよりも美里さんの方が大事なんだ。 だから、どうにか平静を保とうとしてるのに……親父も和也も俺の気持ちを揺さぶってくるんだよ!」
望が感情を露わにすると、裕二と和也はほぼ同時にため息をついた。
「君が本音を隠すから、こうなるんだよ」
「院長の言う通りだな」
和也も同意する。
「だけど……ここで俺が雄介のことを心配したところでどうにもならないだろ。俺には俺の仕事があるんだ。美里さんの手術に集中しないといけない。それ以外に何があるんだよ!」
望は声を荒げた後、深く息を吐き、頭を振った。そして、低い声で言葉を継ぐ。
「……もう、何も言わないでくれ。手術の時間まで、一人にさせてほしい。それまでに、気持ちを切り替えて仕事モードに戻すからさ」
その言葉に、裕二と和也は一瞬だけ視線を交わし、それ以上何も言わずにうなずいた。