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ー平和ー28

 望が目を丸くしてその人物を見つめていると、彼は静かに口を開いた。


「やっぱり、兄さんだね。兄さんの名前は吉良望。そして、僕の名前は吉良朔望(きら さくむ)……これで、僕が誰だか分かったかな?」


 突然、望たちの前に現れたその人物は自己紹介を始め、自分の苗字が望と同じ「吉良」であることを告げた。さらに、望を「兄さん」と呼んだ。望の兄弟には間違いないようだが、望にはその記憶がないようで戸惑った表情を浮かべていた。


「……兄さん? ってことは俺の兄弟だってことだろ? 歩夢は知ってるけど……お前は?」

「もしかして、兄さんは前に記憶喪失になったことがあったようだから、僕たちのことを忘れてしまったのかな?歩夢とはだいぶ前に会ったみたいだけど、僕は最近、日本に戻ってきたばかりだからね。僕は、とりあえず望兄さんとは双子で弟の朔望だよ」


 望の隣でその会話を聞いていた和也が、ぼそりと呟いた。


「ドッペルゲンガーではなかったって訳ね……」


 その声は小さかったため、望や朔望には届いていなかったようだ。


「……俺の双子の弟?」

「やっぱり、兄さんは僕のことを記憶にないみたいだね。僕たちが小さい頃、父さんが勉強のためにアメリカに行くって言って、僕は父さんと母さんと一緒に行ったんだけど……兄さんは婆ちゃんが好きだったみたいで、婆ちゃんから離れなかったんだよ。病院の方は爺ちゃんがまだ現役だったから、父さんと僕と母さんはアメリカに行ったんだ。父さんも母さんも初めは兄さんも一緒に連れて行くつもりだったんだけど、兄さんはずっと婆ちゃんの傍にいて離れようとしなかった。それで、父さんは兄さんを連れて行くのを諦めたんだよ。こうして僕たちはずっと離れ離れだったんだ。僕も医者にはなったけど、小児科医になったんだよね。……で、兄さんは外科の道を選んだって訳だ」


 朔望の話を聞きながら、望はまだ理解が追いつかない様子だった。過去に記憶を失った経験がある彼の脳は、朔望の話すその頃の記憶を思い出してはくれないようだ。


 いや、望が幼すぎて記憶が定着していないだけなのかもしれない。


 ただ一つ確かなのは、望には祖母と過ごしていた記憶があることだった。以前、彼がそのことを語っていたのだから。

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