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天からうどんが降って来る 後編

 2033年3月3日。運命の日がやって来た。


 この日、朝からマスコミや世間はパニックになっていた。


 ん? 予言を信じていたからだって?


 違う、そうじゃない。饂飩爺の予言なんか、疾うの昔に忘れ去られていたさ。


『大変です! 原因不明のシステムエラーにより、日本に存在する全ての飛行場が本日閉鎖となっております。本日3月3日、飛行機が飛びません。繰り返します! 日本発着の全ての飛行機が本日欠航となっております』


 自室のテレビで状況を確認しつつ、安楽椅子へ座ったまま黙々と作業をする俺。え? 饂飩はどうした? いやいや、まだ今からさ。だいたい空から饂飩が降って来る日に飛行機なんかが飛んでいたらバードストライクならぬ饂飩ストライクが発生するだろ? 事前にAIで仕込んでおいたプログラムで日本の全飛行場のシステムが稼働しないよう仕込んでおいたのさ。


『システム正常、正午より麺つゆ免役プログラム実行予定です』

「おーけー、ハナコ。続けてくれ」

『がってん承知之助ぞなもし』


 尚、今会話をして来た相手は、俺が10年かけて完成させたAIプログラム。銀髪の美しい眼鏡女子だ。あくまでAIプログラムで、実在する企業のキャラクターや、うどんが好きな女神とは無関係だと予め伝えておく。その証拠に、ハナコの眼鏡の縁は緑だ。


 さて、そろそろか。

 デジタル表示の時計が12:00を指す。時間だ。


『やれ、ハナコ』

麺つゆ免役プログラム実行!』


 俺がEnterキーを押した瞬間、天空より虹色の光が日本全体へ向け照射される。10年かけて地球の周りを回っている全ての・・・人工衛星へ、このレーザーを設置しておいた。


 政府へ隠れ、メタバースを通じ、民間ロケット製造企業や投資家、個人的に宇宙旅行を楽しむ金持ちを味方につけ、密かに準備していたプロジェクト。


「いまこそ、俺特製、江古田麺つゆ免役プログラムにより、人類饂飩化計画を阻止するとき!」



「一体何が起きているのでしょうか? うどんです! 空からうどんが降ってきています!」


 春を告げる春雨でも、季節外れの五月雨でもない。それは饂飩という名の麺の雨。ほどよい茹で加減の饂飩麺が、日本上空より降って来ていたのだ。


「ひっ、なにこれ気持ち悪い!?」

「うげっ! 饂飩だと!?」

「ヴァッ! ズルズルズル! これは抜群の湯加減ぞなもしね。もっと、もっとお替りをクレメンス!」


 留まることを知らない饂飩の中で、逃げ惑う人々。車のフロントガラスへ張り付いた饂飩は、視界を遮ってしまい、地震災害が起きたかのようにハザードをつけて止まる車。


 しかし、やがて、その饂飩を食べた者達から歓声があがり始める。


「うまい」

「これは……」

「うまいぞぉおおおお」


 降って来る饂飩を我先にと掴み、食べ始める人々。テレビ中継をしていたマスコミの者達も、スマホで生配信をしていたライバーも、皆饂飩を食べ始めたのだ!


 中継を観ていた俺はひとこと。


「そりゃあそうさ。あの光には麺つゆの味を染み込ませておいたんだ。最高の饂飩に最高の麺つゆ。美味いに決まってるさ」


 未曾有の大災害、天空饂飩事変は、こうして人類が最高の饂飩を食すという形で幕を閉じる。マスコミは何故饂飩が降って来たのか議論に議論を重ねるが、真実は謎のまま。


 飛行機の積荷から落ちた訳では無い。日本全国で降って来る訳がなく、その日、飛行機は飛んでいなかったのだから。


 じゃあ更に上空の人工衛星から? この日の人工衛星は俺がハッキング済。俺が照射したのは饂飩の麺でなく、麺つゆだ。


 では、誰が何の目的で、天から饂飩を降らせたのか? そんなの、人類史上最高傑作であるAI、ハナコに聞くしかあるまい。


「ハナコ、江古田麺つゆ免役プログラムを俺が実行しなかったら、日本はどうなっていた?」

『はい、あの饂飩にはウイルスが仕込まれており、当たっただけで人間は饂飩しか食べることの出来ない新人類へと生まれ変わっていました。人類は饂飩を求め、他の麺の事は忘れ、饂飩のために生きていたことでしょう』


 人類饂飩化計画。この答えに行き着いた時、俺は背筋が凍りついたのを覚えている。人間の趣向そのものを変えてしまうウイルスなど、この世にあってはならない。


「誰が、何のため、実行したのか、分かるか?」

『はい、とある饂飩好きの人物が嘆いていました。人類はもっと饂飩を食べなければならないと。そして、研究を重ねて誕生したのがUDウイルスと呼ばれる饂飩依存型ウイルスだったようです』


「続けてくれ」 

『ある日、その人物は目に見えないハエ型のドローンカプセルをばら撒き、今日、この日上空より散布するよう仕込みました。ハエ型ドローンより散布された極小サイズの真空パック饂飩が、高速落下による衝撃で割れ、饂飩が大量に降るという見事な仕掛け。しかし、後悔したのです。その行いは本当によかったのかと』

「ありがとう、ハナコ。もう大丈夫だ」

『がってん承知之助です』


 俺はパソコンを操作していた手を止め、自室へ置いてある遺影へ手を合わせる。


「これで、よかったんだよな。爺ちゃん」


 爺ちゃんは世間から忘れ去られるのが怖かったんだ。きっと近いうち、今日の出来事と爺ちゃんの予言を照らし合わせて爺ちゃんの予言を持て囃す人が絶対に現れるだろう。爺ちゃんは最高の予言者だよ。だから、そんなことをしなくてもよかったんだ。俺は俺を選んでくれた爺ちゃんへ感謝したいくらいだ。


 このとき、遥か上空から俺を呼ぶ声。なんとなく、ありがとうと聞こえたような気がした。


 この事件のあと、幸いなことに饂飩の大切さを思い出した日本国民の2033年の饂飩消費率は上昇する事となる。


 そして一年後、欧州向けに極秘展開されていた人類パスタ化計画を阻止する事になるのだが、それはまた別の話だ。


 最後に俺からひとつ、爺ちゃんへ謝らなければならない事がある。


「ごめんな、爺ちゃん。俺蕎麦派なんだ」

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