朝、目を覚ますと、隣りで無防備な赤ちゃんみたいな顔で寝息を立てている彼がいた。そんな彼の首を絞めてみたいけれど、彼の睡眠の邪魔もしたくなくて、ただ隣りで彼の寝顔をじっと見つめていた。
「んんっ……おはよう……」
彼は寝ぼけ眼を擦りながら、目を覚ました。
「おはよう、ご主人様!」
俺は彼が起きてくれたことが嬉しくて、彼の上に覆いかぶさって、キスをしようとすると、んんっ、と口元を手で覆われて拒まれた。
「イルぅ、今日はお散歩に出かけよう」
「お散歩!?」
俺はそのフレーズを聞いてはしゃぐ犬のように、彼よりもはやく飛び起きて靴を履いて、寝癖だって整えた。
「ふふっ、朝から元気だね」
「ご主人様、はやくお散歩!お散歩しよ!」
と玄関に手をかけて待ちきれない。
「わかったよ。じゃあ、お散歩行こっか」
まだ朝日が昇ったばかりで、外の空気は夜の静けさを残しているみたいだった。
「わあ、この時間に外に出たの久しぶり!」
「良いよね。まだ寝静まってる感じがして」
何だか俺達だけの世界みたいだ。人の目を気にせずに伸び伸びと歩きだした。
「ご主人様!お散歩って何処まで行くの?」
「そうだな、近くの公園まで行こうか」
ご主人様の指示に従って歩いている途中、目移りするものが多々あって、足を止めてはご主人様に「こっちだよ」と叱られた。
「えー、さっきのパン屋さん美味しそうだったあ」
「じゃあ、帰りに買ってあげるよ」
公園に着くと、とりあえず一服しながら、他に散歩している犬を眺めていた。
「ここの公園、犬がいっぱいいるね!」
「その中でもお前が一番可愛いけどな」
と不意にそんな甘い言葉を投げかけられて、頭を撫でられたから、俺は彼に襲うようにハグをして、キスをしようとした。
「ご主人様〜♡♡」
「イル!ダメだって。やーめーろ!!」
とご主人様は何だか嬉しそうに拒んでる。
「俺は、ご主人様に好きを伝えたくて、ちゅーしたいのに、ご主人様はしたくないの?」
「……僕は身体だけの関係になるのが怖いんだよ」
「どーゆーこと?愛は深くまで触れ合うことだよ」
俺は彼の顎を撫でて、俺の知っている愛を教えてあげた。だけど、彼はそれには納得してなくて、
「イルの心が満たされて初めて、僕はイルに身体を許すよ」
と意味がわからないことを言われた。
「んー?身体が満たされれば心も満たされる。単純なことだよ」
「僕は見えにくくて複雑な愛情を君にあげたいって言っただろ?」
「もう、ご主人様わかんないよ……」
「わかんなくていいんだよ。一緒に学んでいこう」
と頭を撫でられた。彼の言っていることは全くと言って理解できなかったが俺と共に歩んでくれる姿勢がとっても好感が持てた。
「ご主人様、ここのパンすっごくいい匂い!」
行きの時に見つけたパン屋さんにまた帰りも吸い込まれた。
「ふっくらしてて美味しそうだね!」
「このバターロール食べてみたいなぁ」
と彼の顔を覗き込むと、
「ふふっ、わかったよ」
とバターロールとチョコクロワッサンを頼んでくれた。ついでにカフェラテとブラックコーヒーも買っていた。もちろん、俺はカフェラテ派だ。
「このパン、中からバターの甘みがじわーっとしてきてすっごく美味しい!」
「そっか。幸せだね」
彼は天使のような柔らかい微笑みを見せた。窓から差し込む光が彼を照らす後光のようだった。
「幸せ……?」
これが、こんなのが、幸せなの?たかが一ドル以下のパンなのに。彼にとってはこれが……。
「イルと一緒に美味しいパンを食べられて幸せ」
「そう、なんだ……」
俺には幸せがよくわかんなくなってきた。俺の幸せは、人を殺した時だった。相手の首をぎゅって絞め落としてセックスした時、最高に気持ち良くて幸せだった。それをまた味わいたくて何回も何回も人を殺してきた。それなのに、こんなことで幸せだなんて……。
「イルは、幸せ?」
「俺は……よくわかんないや……」
「そっか」
と幸せがわかんなくなった俺にこの幸せを押し付けることもなく、優しく微笑んだ彼のその微笑みはキラキラしていた。