誰かの温もりが欲しくて、誰かの匂いを感じたくて、ベッドに横たわり布団をくるまって、自分の体温で自分を慰めるように温めていた。レイラの匂い、石鹸のような優しい良い香り。香水のようなギラついた香りじゃなくて落ち着く。
「はぁ、よく眠れそう……」
「イル、こんなところにいたんだね」
彼はベッドルームの扉を開けて、俺に微笑みかける。今さっきまで浴びていたシャワーのせいか、彼の髪の毛の毛先が少し湿っている。そして、俺と同じシャンプーのいい匂いがした。
「ご主人様、布団を温めておいたよ」
ベッドの縁に座る彼に後ろから抱きついて、少し頬擦りをした。彼はそんな俺の頭を撫でて、嬉しそうにする。
「ありがとう。じゃあ、一緒に寝よっか」
「え……?一緒に……??」
「ん?ダメかな??」
彼は不思議そうな顔をする。俺が断るのを予想していなかったみたいに。でも、だって、一緒に寝てしまったら、俺は、襲うに違いない。
「ご主人様、俺と一緒に寝るって……んっ、こういうことだよ?」
彼をベッドに押し倒して、彼の唇を奪ってわからせた。俺がどんな男か。彼の上気した頬に今でさえ、もう我慢の限界だ。
「ダメ……君は僕の飼い犬だから……」
嫌がる素振りもいじらしい。あぁ、ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。
「ねぇ、ちゃんと男として見てよ」
また唇を重ねる。こんなことしたって、無意味なことわかってる。でも、
「ダメ……んっ、ダメだよ……イル……」
って軽く抵抗する彼にどうしようもなく情欲を掻き立てられる。もう、狂ってしまってるんだ。
「レイラ、こんな俺を赦してよ」
心臓がきゅっと痛む。地獄から救いを求めるように彼に縋る。でも彼は俺と同じ地獄にいるような苦しそうな顔をして、俺の頬を叩いた。その瞬間、俺はぐちゃぐちゃな感情を全部吐き出すかのように思いっきり泣いてしまった。
「ごめん、イル。ごめんね」
彼は泣きじゃくっている俺を抱きしめて背中をさすってくれる。このいつも生殺しにされる優しさが俺にとっては刃物で刺されるより痛かった。
「やめて。俺に優しくしないで!」
と俺は彼の胸を強く叩いた。彼はちょっぴり顔を歪ませて、俺のその暴力に耐えている。そんな彼を見ていると、もっといじめたくなってしまって、そんな自分に自己嫌悪した。
「イル、聞いて?」
「嫌だ!聞かない!!」
と子供っぽくそっぽを向いた。
「僕はイルのことがとっても大切なんだ」
「じゃあ、何でセックスしてくれないの?」
「それは……身体の繋がりと心の繋がりは、別物だから……」
俺の顔色を伺いながら、彼は申し訳なさそうに、そう口にした。俺は今までの恋愛を全否定された気がして、涙が止まらなくなってしまった。
「それは違う!!俺は、俺は……みんなを愛していた!!!愛されていた……決して、性処理道具なんかじゃ……」
自分で言ってて、悲しくなってきた。俺はただの性処理道具なんだって、認められないが何となく気がついていたから。
「大丈夫だよ、イル。大丈夫。僕は君のことを愛しているからね」
酷く泣きじゃくって、過呼吸になるくらい呼吸を乱して、自分を殺したくて仕方がない。そんな俺にずっと寄り添って、優しく抱きしめてくれて、愛を囁いてくれる。そんな彼を突き飛ばしてもう死にたいけれど、そんな彼の愛を信じていたくてその甘さに浸ってしまっている。
ぐすん、と目の下に貯まった涙を、彼は人差し指で軽くすくう。
「すっきりした……?」
と小首を傾げる彼を見て、俺は情けなく微笑んだ。
「もう、どうでもいいや」
俺はふらっとベッドから立ち上がって、玄関の外へと裸足で出て行った。
「……っ、待って。いなくならないで、イル」
俺のところへと焦って駆けてくる彼の足音が聞こえてくる。それが愛おしくもあり、鬱陶しくもあった。
「ふふっ、自分と向き合うのってこんなにもつらいんだね」
車道の真ん中で振り返って、彼に微笑んだ。このまま死んでもいいやって。大型トラックに轢かれる夢を見た。眩しいライトが俺を照らしている。
「ダメダメダメ!!まだやり直せるからっ!!!」
彼はサンダルを脱ぎ捨てそうな勢いで走ってきて、俺はそんな彼を見て、馬鹿だなぁ、と思いながら目を閉じた。
ブーーーッ!!!という身体が震えるような大音量のクラクション。
パッと手を引かれて、引かれるがまま駆けていく。目を開けると、目の前ではレイラが必死に走っている。後ろを振り返ってみると、恐ろしく唸っているトラックが暴走していた。レイラが俺のことを死ぬ気で守ってくれた。
「何で、こんなことするの……?だって、俺は殺人鬼だよ?俺が死ねばみんな喜ぶよ、きっと」
「ダメだ。死んじゃダメだ。イルは僕の飼い犬なんだ。車道に飛び出した飼い犬は放っておけない」
彼は俺を殺人鬼の前に僕の飼い犬だと言いたげで、そのように自己暗示しているように見えた。
「ご主人様には、ご家族がいる?もし俺が、そのご家族を殺したとして……」
「僕の両親は事故で亡くなった」
もう心の整理がついているように淡々とそう話した彼。だけど俺を言ってはいけないことを言ってしまった気がして、虫の居所が悪かった。
「それは、ご冥福をお祈りします……」
「だから僕は、大切な人を失う恐怖を身に染みて知ってるんだ」
そんなことを言いながら、彼は俺の頭を撫でた。俺はもう、彼にとっての大切な人に、なれているのだろうか?
彼に手を握られ、ボロアパートまで連れられていく。裸足のまま駆け出しちゃったから、足の皮が剥けて血が出ていた。
「イル、ここ座って」
濡れタオルで俺の足を丁寧に拭いてくれる。そして、絆創膏を血が出ているところに貼ってくれた。
「ごめんね、レイラ」
「良いんだよ。イルが生きてればそれでいいんだ」
そう言って、俺の足に絆創膏を貼り終わると、少しの間だけハグをしてくれた。
「……一緒に、寝てもいいかな?ここで一人寝るのは寂しい」
「良いよ。一緒に寝よう」
彼と同じベッドに入って、彼の息遣いを感じる距離で目を閉じる。彼のことを襲いたいという気持ちはまだちょっぴり残っていたが、そんな罰当たりなことはもうできなかった。