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祠の呪い - 血に染まりし隠れ里
祠の呪い - 血に染まりし隠れ里
熊さと
ホラー都市伝説
2025年05月26日
公開日
1.6万字
完結済
美しい山村の隠れた観光地を訪れたカップルたち。宿の主人から祠に触れるなと警告されるが、傲慢な政治家の息子が封印を破る。次々と起こる不可解な死と化け物の襲撃が始まり、カップルたちの運命はどうなるのでしょうか?

第1話 悪夢の始まり

深い霧に覆われた山道を、一台の軽自動車がゆっくりと登っていく


運転席の田中健は、助手席で眠る恋人の美咲の寝顔を時折振り返りながら、カーナビの示す目的地への道のりを確認していた


「本当にこんな山奥に宿があるのかな・・・」


健の不安は的中しかけていた


舗装された道路は既に終わり、砂利道が続いている


携帯電話の電波も圏外表示のままだ


しかし、インターネットで見つけた『山桜亭』の写真は確かに美しく


都会の喧騒に疲れた二人には理想的な隠れ家に思えたのだ


「ん・・・着いた?」


美咲が目を覚ました


「もうすぐみたい、でも本当に人里離れた場所だな」


曲がりくねった山道を更に二十分ほど走ると、突然視界が開けた


そこには確かに、昔ながらの日本家屋が軒を連ねる小さな集落があった


『白峰里』看板にはそう書かれている


夕闇が迫る中、村の中央付近に建つ大きな旅館『山桜亭』の看板が目に入った


しかし健は違和感を覚えた・・・


この時間帯にしては、村全体があまりにも静かすぎるのだ


人の気配がほとんど感じられない


「なんか・・・不気味ね」


美咲も同じことを感じていた。


山桜亭の駐車場には既に何台かの車が停まっていた


都市部のナンバーが付いた普通乗用車


ファミリー向けのワゴン車


そして一際目を引く黒塗りの高級セダン


玄関で出迎えたのは、七十代と思われる痩せた老人だった


深く刻まれた皺、濁った瞳・・・


そして何よりも不気味だったのは・・・


常に口元に浮かべている薄い笑みだった


「田中様でございますね、お待ちしておりました、私、この宿の主人の倉田源蔵と申します」


老人の声は思いのほか低く、どこか湿り気を帯びていた


健と美咲を案内しながら、源蔵は他の宿泊客について説明した


「今夜は珍しく満室でございまして、ご家族連れの佐藤様、若いカップルの山田様、それから・・・」


源蔵は一瞬言葉を濁した


「政界でご活躍の橋本様ご一家もお越しになっております」


・・・・・


夕食は大広間で、全ての宿泊客が一堂に会して取ることになっていた


佐藤家は両親と小学生の息子の三人家族で


父親の浩二は温厚そうな印象だったが


母親の順子はなぜか終始不安そうな表情を浮かべていた


八歳の息子、翔太は人懐っこい笑顔を見せていたが


時折、大人たちの顔色を伺うような仕草を見せた


山田と由紀のカップルは二十代前半と若く


SNS映えする写真を撮るためにこの村を訪れたという


しかし山田の方は、到着してからずっと携帯電話の電波を探し続けており、明らかにいら立ちを見せていた


そして最も印象的だったのが、橋本家の三人だった


橋本清は六十代半ばの貫禄ある男性で


その風格からは確かに大物政治家の雰囲気が漂っていた


妻の雅子は上品な美しさを保っているが、どこか緊張した面持ちだった


そして問題は息子の慎一郎だった


三十代前半の慎一郎は、生まれながらの特権階級として育ったことが一目で分かる傲慢さを全身から醸し出していた


食事中も他の客を見下すような視線を送り、仲居の女性に対して横柄な態度を取っていた


「こんな辺鄙な場所に来て、まともな料理が食べられるとは思えないがな」


慎一郎の声は大きく、明らかに他の客にも聞こえるように話していた


父親の清が小声で


「慎一郎、声が大きい」


と、注意したが、息子は聞く耳を持たなかった


夕食が進む中、源蔵が立ち上がった


彼の表情は昼間よりもさらに深刻になっており


薄暗い照明の下でその顔は まるで能面のようだった


「皆様、楽しい夕食の最中に申し訳ございませんが、どうしてもお伝えしなければならないことがございます」


広間に緊張が走った


源蔵の声は震えており、まるで何か恐ろしいことを語ろうとしているかのようだった


「この村の奥、山の中腹に古い祠がございます。地元では『封印の祠』と呼ばれております」


源蔵は一度言葉を切り、宿泊客全員の顔を見回した


「決して、決してその『祠』に近づいたり、触れたりしないでください」


健が質問した


「何か危険があるのですか?」


源蔵の顔がさらに青ざめた


「その祠には、数百年前から恐ろしい妖怪が封印されております・・・村に伝わる言い伝えによれば・・・もし誰かがその封印を破れば・・・この村にいる人間すべてが・・・その妖怪によって呪い殺されるのです」


佐藤家の母親、順子が小さく息を呑んだ


息子の翔太は不安そうに両親を見上げている


「そんな迷信、今時信じる人がいるんですか?」


慎一郎が嘲笑を浮かべて言った


「科学的根拠のない話を、客に向かってするなんて非常識ですね」


源蔵の表情が一瞬だけ険しくなったが、すぐに元の薄笑いに戻った


「確かに迷信かもしれません・・・しかし、この村では過去に実際に・・・・」


「もういい!!!」


慎一郎が遮った


「そんな話、聞きたくありません、それより部屋の暖房は大丈夫なんでしょうね?山の中は寒いんですから」


源蔵は深々と頭を下げた


「申し訳ございませんでした。ただ、本当にお気をつけください」


その夜、健と美咲は自分たちの部屋で源蔵の話について語り合った


「本当にそんな祠があるのかな」


美咲は不安そうだった


「たぶん、観光客を怖がらせて楽しんでるんじゃないかな。田舎にはそういう人もいるし」


健は合理的に考えようとしたが、心の奥底では何か嫌な予感を感じていた


しかし隣の部屋からは、橋本家の言い争う声が聞こえてきた


「慎一郎、あの老人の話を軽く考えるべきではない」


父親の清の声だった


「何を言ってるんですか。迷信に振り回されるなんて、政治家としてあるまじき行為でしょう」


慎一郎の反論は辛辣だった


「お前は昔から人の忠告を聞かない。それがお前の最大の欠点だ」


「はい、はい。じゃあ明日、その祠とやらを実際に見に行ってみますよ。何も起こらないことを証明してあげます」


母親の雅子の制止する声も聞こえたが、慎一郎の決意は固いようだった


その夜、健は妙な夢を見た・・・


深い霧の中を一人で歩いている


周りには古い木々が立ち並び


そして霧の向こうから、何かが近づいてくる気配がした


顔は見えないが、それは明らかに人間ではなかった


健は汗びっしょりで目を覚ました


時計を見ると午前三時


隣で眠る美咲の寝息が、妙に大きく聞こえた


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