──午後4時すぎ。
遊び疲れた2人は、茅ヶ浜の“C”のモニュメントに並んで腰かけていた。
潮風は昼より少し涼しくなり、背後の空はオレンジ色に染まっていた。
「……ほんとに、きれい」
ミーナはぽつりとつぶやき、夕日に目を細めた。
風になびいて、スカートのすそが小さく揺れる。
「ああ! 今日は……天気も晴れて、気持ち良くて。本ッ当に、最高だったな!」
優の言葉に、ミーナは小さく頷く。
波打ち際には、カップルや家族連れがぽつぽつと見えていた。
誰もが、今日という日の終わりを惜しむように、夕日の中で静かに過ごしている。
ミーナは目を伏せて黙った。
最初はその景色に見とれているのだと思ったが、優はふと気づく。
その表情には、いつもの無邪気さとは違う、かすかな曇りが差していた。
「……どうした?」
優が問いかけると、ミーナはゆっくりと口を開いた。
「ねえ、ユウ……」
「ん?」
「ボクね、ずっと──こういう時間を、夢みてたんだ」
「……」
「魔界にいたときは……ずっと門番で。だから寂しくて…。
毎日、同じ場所にいて、そして誰かに必要とされるわけでもなくて……
おとぎ話で聞いた、“人間の世界”っていう異世界の話が、すっっごく羨ましかった……」
優は黙って耳を傾ける。
「歌ったり、踊ったり、好きなことを見つけたり……そして、恋をしたり……
そういうことができる人間って、いいなーって。ずっと羨ましかった。」
ミーナの声は少しずつ震えていた。
「そんなボクの、……いや、ボクたちの願いを“エデュシオンの首飾り”が、きっと叶えてくれたんだと思う。
魔王城の最深部に封印されていた、
ほんの一握りの者しか、その存在を知らないはずの秘宝……。」
ミーナは指を組みながら、ぽつりぽつりと語る。
「その首飾りにはね、“心に抱いた理想を現実に変える”っていう不思議な力があるんだって。だから今、こうしてここにいられるのは──あの首飾りのおかげなんだと思う」
そこまで話して、ミーナははっとしたように目を伏せた。
「……でも、首飾りは……消えちゃった。
勇者が魔王城から盗み出そうとして……。
そして、どっかにいっちゃった……。」
「……」
「だから……いつ、この世界から、ボクたちが消えてしまうか、分からないの。
この“今”が、いつ終わってもおかしくない。
……ねえ、ユウ。さっきまであんなに楽しかったのに、夕日を見てたら……なんだか、急に……寂しくなっちゃった……」
ミーナの目が潤む。
「なんか……ボクらしくないよね……?」
「……そんなことねえよ。
それに…さ。」
夕日に照らされた優の顔は、ほんの少し赤く染まっていた。そんな頬をかきながら、照れくさそうに…
「仮にさ、ミーナが元の世界に戻ることになったとしても……ふとしたときに思い出せるような、“楽しかったな”って思える思い出を、これからたくさん増やせばいいんじゃねえか?」
ミーナの瞳が、かすかに揺れた。
それは涙のせいか、それとも胸の奥に差し込んだ言葉のせいかは分からなかった。
「……っ」
そして──ほんの少しだけ、微笑んだ。
「うんっ」
涙がこぼれる寸前の笑顔だった。
でもその“うん”には、確かに“ここにいたい”という彼女の願いが込められていた。
──
やがて陽が沈み、空が深い藍色に染まりはじめる。
ふたりはモニュメントを後にして、静かに歩いた。
もう、潮風の匂いも少し弱くなってきていた。
道の途中、ミーナがふと立ち止まり、振り返る。
そこには、さっきまでふたりで座っていた“C”のモニュメントと、夕焼けの残光があった。
「……エデュシオンの首飾りが消えても……
この時間は、きっと本物だって信じたいな」
つぶやくように、ミーナが言った。
優は、黙ってうなずいた。
「信じれば、きっと本物になる。……そうだろ?」
その返事に、ミーナはもう一度、小さく頷いた。