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第17話 ミーナと海辺の午後 - 夕暮れ編

──午後4時すぎ。


遊び疲れた2人は、茅ヶ浜の“C”のモニュメントに並んで腰かけていた。

潮風は昼より少し涼しくなり、背後の空はオレンジ色に染まっていた。


「……ほんとに、きれい」


ミーナはぽつりとつぶやき、夕日に目を細めた。

風になびいて、スカートのすそが小さく揺れる。


「ああ! 今日は……天気も晴れて、気持ち良くて。本ッ当に、最高だったな!」


優の言葉に、ミーナは小さく頷く。


波打ち際には、カップルや家族連れがぽつぽつと見えていた。

誰もが、今日という日の終わりを惜しむように、夕日の中で静かに過ごしている。


ミーナは目を伏せて黙った。

最初はその景色に見とれているのだと思ったが、優はふと気づく。

その表情には、いつもの無邪気さとは違う、かすかな曇りが差していた。


「……どうした?」


優が問いかけると、ミーナはゆっくりと口を開いた。


「ねえ、ユウ……」


「ん?」


「ボクね、ずっと──こういう時間を、夢みてたんだ」


「……」


「魔界にいたときは……ずっと門番で。だから寂しくて…。

 毎日、同じ場所にいて、そして誰かに必要とされるわけでもなくて……

 おとぎ話で聞いた、“人間の世界”っていう異世界の話が、すっっごく羨ましかった……」


優は黙って耳を傾ける。


「歌ったり、踊ったり、好きなことを見つけたり……そして、恋をしたり……

 そういうことができる人間って、いいなーって。ずっと羨ましかった。」


ミーナの声は少しずつ震えていた。


「そんなボクの、……いや、ボクたちの願いを“エデュシオンの首飾り”が、きっと叶えてくれたんだと思う。

魔王城の最深部に封印されていた、

ほんの一握りの者しか、その存在を知らないはずの秘宝……。」


ミーナは指を組みながら、ぽつりぽつりと語る。


「その首飾りにはね、“心に抱いた理想を現実に変える”っていう不思議な力があるんだって。だから今、こうしてここにいられるのは──あの首飾りのおかげなんだと思う」


そこまで話して、ミーナははっとしたように目を伏せた。


「……でも、首飾りは……消えちゃった。

勇者が魔王城から盗み出そうとして……。

そして、どっかにいっちゃった……。」


「……」


「だから……いつ、この世界から、ボクたちが消えてしまうか、分からないの。

この“今”が、いつ終わってもおかしくない。

……ねえ、ユウ。さっきまであんなに楽しかったのに、夕日を見てたら……なんだか、急に……寂しくなっちゃった……」


ミーナの目が潤む。


「なんか……ボクらしくないよね……?」


「……そんなことねえよ。

それに…さ。」


夕日に照らされた優の顔は、ほんの少し赤く染まっていた。そんな頬をかきながら、照れくさそうに…


「仮にさ、ミーナが元の世界に戻ることになったとしても……ふとしたときに思い出せるような、“楽しかったな”って思える思い出を、これからたくさん増やせばいいんじゃねえか?」


ミーナの瞳が、かすかに揺れた。

それは涙のせいか、それとも胸の奥に差し込んだ言葉のせいかは分からなかった。


「……っ」


そして──ほんの少しだけ、微笑んだ。


「うんっ」


涙がこぼれる寸前の笑顔だった。

でもその“うん”には、確かに“ここにいたい”という彼女の願いが込められていた。



──



やがて陽が沈み、空が深い藍色に染まりはじめる。


ふたりはモニュメントを後にして、静かに歩いた。

もう、潮風の匂いも少し弱くなってきていた。


道の途中、ミーナがふと立ち止まり、振り返る。


そこには、さっきまでふたりで座っていた“C”のモニュメントと、夕焼けの残光があった。


「……エデュシオンの首飾りが消えても……

 この時間は、きっと本物だって信じたいな」


つぶやくように、ミーナが言った。


優は、黙ってうなずいた。


「信じれば、きっと本物になる。……そうだろ?」


その返事に、ミーナはもう一度、小さく頷いた。

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