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introduction 06 チセ―迷い子の境界(ボーダー)/01

「……また、やったのか。」


 悠のγガンマの外装パネルを開け、わたしは深くため息をついた。

 定期メンテのたびに修正しているというのに悠の荒い操縦と無茶なカスタムのせいで、機体はボロボロだ。


「適当な補修を繰り返して……」


 あいつは完全にはわたしに任せない。

 油断すると、余計なことをする。だましだまし直してきたけれど——。


(劣化じゃなくて、もう崩壊寸前ね)


 もともと中古品だったと聞いているけれど、可哀想なことにこの子の寿命はもう長くない。


 コード・フレームワークは単なるオブジェクトとは違う。

 コードを組み直すには個人の手に余るほど複雑で、膨大な時間を要する。

 それに、改造するにしても適切に処理を繋ぎ合わせる必要がある。


 だから、大きく壊れれば同系列の別の機体のパーツを移植するのが一般的だ。

 表層に近い手足や装甲、武器などのモジュール部分ならいくらでも交換はきく。


 だが、問題は根幹部分のコードベース。

 コード・フレームワークの個体差はコードベースの作りによる影響が大きい。

 そして、長く一人のパイロットに使用されることで最適化処理によって様々な“癖”がついていく。


 コードベースの修復にはついた癖を考慮して繋ぎ合わせるために情報の待避先を確保する必要がある。

 その結果、データ密度を犠牲にしなければならず、繰り返すほど耐久性が落ちていく。


 限界を超えた時、コードベースが処理の負荷に耐えられず自壊する——それが『コアブロー』だ。


 このγのコードベースは一度大きく修理された形跡があった。

 元々、コードベースには余裕はそんなに無かったはずだ。

 それなのに何度も修理され無理なチューニングでボロボロになっている。

 すぐに壊れないよう延命してやることしかもうできない。


 こんなリスクのある状態で乗り続けるくらいならもっと高スペックの機体に乗り換えるべきだ。

 そうすればコアベースの最適化による経験値などこのクラスの機体ならお釣りがくるだろうに……。


 でも、この話題になると悠と必ず口論になる。


「そんなに、大事にしたいならもっと考えて乗ればいい」


 そう言うと悠は黙ってどこかへ行ってしまう。


 わたしは間違ったことを言ってない。

 そんなに惜しいなら乱暴に扱わなければいい。

 それなのに、機体を追い込むようなことをする。


 指先でチェックしながら可能な限りデータ密度を回復できそうな部分を繋ぎ合わせる。

 このレベルの作業にはもうは使えない。

 自分の目で確認しながら最適化を行う。


 崩壊寸前のデータ構造を見るのはあまりいい気分ではない。

 黒焦げになった故郷を思い出すからだ。


 システムログに異常がないかチェックしながらわたしの意識はゆっくりと奥底へ沈んでいった——。


     【Flashback】


 凶暴な光の矢が降り注いだ後だ、やってきた黒い巨人たちの蹂躙は終わりあたりは静かになっていた。

 瓦礫の下に身を潜めわたしは膝を抱えて息を殺していた。

 たまにあの巨人の発する重苦しい音と、地響きのような足音が近付くたびに耳を押さえ震えていた。


「行け!」


 そう言って手を離した担当者は巨人の放った光に飲まれ目の前で消滅した。

 わたしは指示に従い振り返って走った。

 走っている間もバラバラになったり、瓦礫に押しつぶされた同胞を見た。

 物理演算の結果を目の当たりにしわたしの思考は例外エラーの嵐に飲み込まれた。

 行き着いた先で、わたしが辿り着いた唯一の結論は——。


『消されたくない!』


 というものだった。


 崩れた残骸の下に空間を見つけ、わたしはそこに身を押し込みただうずくまって耳を塞いでいた。

 頭の中にはただ『消されたくない!』という結果が繰り返し出力され続けた。


 辺りが静かになるにつれ出力のループも次第に収束していった。

 ループが終わるまでとてつもなく長く感じたが実際には3サイクル程度だったと気づくとわたしは何もできなくなった。

 思考処理は停止してしまった。


 それからは近付く音に『消されたくない!』と反応し、遠のくと停止するということを繰り返していてたが、二十四サイクルを経過した頃にはようやく思考に変化が生じた。


(このままでは、『消えてしまう』……)


 エクス=ルクスの周囲は過酷な環境だ。

 危険なワームやマルウェアが徘徊し、同胞の反応はまったく感じない。

 おそらく生存しているのはわたしだけ。


 ここに留まっていたら—巨人たちが去ったとしてもわたしはきっと『消えてしまう』。


「行け!」


 思考の奥底からあの担当者の指示が蘇る。

 消えてしまった彼の言葉に報いなければならない。


 ゆっくりと這い出し瓦礫の隙間から外の様子をうかがった。


(……思考の停止は許されない)


 瓦礫の向こうに広がる光景を見てわたしの思考はまた例外エラーを起こしかける。

 真っ黒に焼けこげた残骸、崩壊した建物。

 そして、その中心に佇む黒い巨人たち。


 もう動き回っていない。

 その場にただずんで時折頭だけを動かし周囲を警戒しているようだった。

 その三体は何か四角いコンテナのようなものを囲んでいた。


(あれを守っているのか……)


 よく見るとそのコンテナからわたしたちに似た形の手足を持つ何かが出てきた。


(……変な格好だ)


 手足はわたしと同じ。

 なのに、頭はやけに大きくダボダボの姿をしている。

 ぎこちなく動き何かをしている。


(動きづらそう……あれが、わたしたちを襲ったモノ?)


 違和感を覚え、空を見上げた。

 アレが浮かんでいた——エクス=ルクスを破壊する光を何本も撃ち込んできた存在。


 巨人やあのコンテナやその回りで何かをしている連中はあそこから来たらしい。

 あの浮遊する巨大なものはたぶん乗り物だ。

 そして、あのコンテナはそこから来た小さい乗り物だ。


 数サイクルの演算を経て、わたしの思考はひとつの結論に辿り着いた。

『消えたくない』から明確に分岐、変化したのだ。

 今の私の結論は—『存在したい』だ。


 そのために、取るべき行動を計算する。

 そして、わたしは『生存したい』という結論に基づき最適な手段を選択した。

 わたしは、あの小型コンテナを使い浮遊する巨大な乗り物に忍び込む。


 他の方法では、この廃墟でわたしは確実に消える。

 とにかく、ここから離れなければならない。


 わたしはゆっくりと瓦礫の隙間から這い出ると気づかれないように進み出した——。


     【Present Day】 


 メンテナンスハッチを閉じる。

 ようやく、γのメンテが終わった。


 (疲れた)


 いつものことだが、悠のγに比べれば後に控えたライノのエリミネーターやケイトのホークのメンテナンスなど楽なものだ。


 二人は悠のようにわざわざ『自分に向いていない』機体を選んではいない。

 こだわりがあって自分のCFを選んでいるができるだけリスクは避け、機体の特性に合わせた使い方をする。

 道具の使い方としてこちらの方が正しい。

 そのおかげで消耗品の交換と微調整程度で終わる。

 自分も、機体もすり減らすようなことをする悠とは正反対だ。


 人間は変だ。

 なぜ、こんなにも個体差があるのだろう。

 CFもそうだ、なんでこんなに種類があるんだ。

 人間も人間が使うモノも、姿や形も、なんでこんなに差があるのだろうか。


 でも……服も同じなのか……。

 今では、わたしも同じブランドの異なるデザインをいくつも持つようになった。しかもそれを楽しんでいる。

 故郷にいた頃にはそんな非合理性は考えられなかった。

 アジエが言うにはそれはわたしの見つけた『フェイバリット』だからなんだそうだ。


 ふと、持っていたデバイスのディスプレイに映る自分の顔を見た。

 そうだ。この姿もわたしが選んだものだ。

 これも、わたしの『フェイバリット』なのだろうか。


     【Flashback】


 白く、薄く発光するわたしたちの姿。

 わたしは狭い貨物スペースの隅で膝を抱えて息を殺していた。

 銀色の箱の表面にぼんやりとわたしの顔が映っていた。


 瓦礫から這い出たわたしはなんとかコンテナに忍び込み、崩壊した故郷から脱出した。

 この光る姿のために何度か危うい場面があったが、なんとかコンテナの貨物スペースと思われる場所に身を潜めることに成功した。

 コンテナが動き出すまでわたしはそばにあったシートを被り、光が漏れないようにじっとしていた。

 やがて、微かな振動と浮遊感が伝わりわたしはわずかに安堵した。


 しばらくしてコンテナは再び微かな振動とともに静止した。

 わたしは息を潜めながら静寂を待ち、辺りの気配が消えたことを確認してからシートを外した。

 そして、目立つ自分の姿を見つめていた。

 次に何をすべきか思案を巡らせる。


(情報が足りない……)


 それまでただ脱出することだけを考えていたが、今さら自分が故郷を滅ぼした存在の真っ只中にいるということに気づいた。

 コンテナに近付く間、あのダボダボした姿のモノたちは何かを身にまとっていることだけはわかった。

 黒い巨人に見つからないようコンテナへと潜り込むのが精一杯でそれ以上のことはわからない。

 担当者はあんなモノがこの世界に存在することを、わたしに伝えることはなかった。

 担当者も、仲間たちもあのモノたちの存在を認識していなかったのかもしれない。


 とにかく情報が欲しい、おそるおそる貨物スペースからコンテナの内部に通じているであろう扉を開いた。

 重い扉を押し開けると小さい窓から鈍い光が入って、薄暗い場所に出た。

 そこは椅子らしきものとどうやらインターフェイスがあった。


 はじめて見るがこれもデータの塊だ。

 複雑なようだが非効率的だ。

 押すもの、触るもの、摘むものがある。

 繋がりを見る限りたぶんそれはデータを操作するための入力を行うためのものだ。

 なぜこんなものがいるんだろう。

 データを直接触ればいいのに。

 でもインターフェイスがあるのなら操作できるはずだ。

 うまくいけばあのモノたちのデータを見ることができるかもしれない。


 わたしは、インターフェイスの上にそっと手を置いた。インターフェイスに淡く光が灯った。

 同時に私の意識はこのインターフェイスを通じて、データを検索する。

 いくつかのシステムのうち安全そうな経路を選び潜っていく。

 この乗り物の情報を見つけた。

 ……オーシャン……ライナー。

 エクサバイト級……巡洋艦サンタクララ。

 オラクル……ゼロ・ホライズン船籍。


 あの黒い巨人……。

 OSR―1100 ハマー……。

 CF……搭載三十六機……。


 先に進んでいくと、何かが見える。

 作戦コード:オペレーション『OVER』……。

 だめだ……この領域にこれ以上の侵入は危険だ。

 うかつに入れば足跡が残って覗いてることがバレてしまう……。


 少し戻り、わたしはこのモノたちの情報をさらに検索することにした。

 わたしの故郷を踏みにじったこの存在はナニモノなのか……。


 あった。ライブラリ……公共データの集積地。

 ここなら、いくら覗いても足跡を残しても誰も気にしない。

 この存在の名称は……ホモ・サピエンス……『人間』?

 有機体? 有機体とはなんだ……。

 組織を持ったもの、この世界の外から来た……?

 人間という有機体は、外部から侵入してきた存在……?

 次々と検索を実行し、この生物の本質を解析していく。


 わたしは驚いた。

 ひとつの種族でありながらあまりにも多様すぎる……。

 なんなのだ、この人種というものは……人間というカテゴリは単一の種族ではなく無数に分類が存在している。

 使う言語は音声出力……これも統一されていない……。

 統一された分類もなく、約七千もの異なる言語体系が存在している。

 まるで無駄の塊だ。

 複雑なのに原始的だ。直感的ではなさすぎる。


 この世界を人間はインター・ヴァーチュアと呼ぶ……。

 ビリー・オズニアック……ブラックアウト事件……イントラ……テリトリー……コミュニティ……。

 これを、人間は“歴史”と呼ぶ。


 夢中になって情報を貪った。

 そのうちわたしはこの人間という存在にひどく興味を持っていた。

 ……わたしの故郷を、仲間を消した存在。

 無駄で構成された、自身をデータに変換してまでわたしたちの世界に入り込みその活動範囲を広げていく貪欲な存在。

 今や溢れてしまっている。

 人間はインター・ヴァーチュアに溢れている。


 仲間はもういない、同胞は存在しない。

 この世界には人間が蔓延っている。

 わたしの姿は異質だ。人間は自分たちと異なる存在を嫌うらしい……だからエクス=ルクスは襲われたのか?

 わからない……。

 公共のデータにわたしたちの存在を示すものはなかった。

 理論としては提唱されているが、存在として人間はわたしたちが存在していることを知らない。

 離散量生命体、Discretized Quantum Lifeforms、DQL……それが人間の理論で提唱されたわたしたち種族の名前だ。


 わたしのなかで警告が鳴った。

 このままでは危険だ。


 エクス=ルクスは襲われた。

 人間たちの一部がわたしたちの実在を知っている。

 わたしたちを探している。

 この世界で今の姿のままではわたしは目立ちすぎる。

 すぐにDQLだと知られてしまう。

 ……人間の中にまぎれこまないと、それに音声出力へ対応しなければ……。


 適合が必要だ……わたしは自らの存在を人間の尺度で確認する。

 わたしは離散量生命体、DQL。

 DQLにも、生命体としての性別がある。

 人間の基準では、わたしは『女性』に分類される。


 DQLは単一の存在であり、『人種』という概念を持たない。

 女性に限定して、人間のパターン検索を実施する。

 音声出力を行うには……声帯という器官も必要だ。

 DQLはデータで構成されている。

 この世界での人間のデータ構成パターンを確認。

 人種を選定して人間の構成データでわたしを上書きしなければ……。


 ランダムに抽出した人種データを基にロシア系の特徴とアジア系の要素を組み合わせる。

 わたしの発生からの期間を確認し、人間の時間尺度に換算……十五歳。

 年齢に比例してイメージを補正。


 一瞬、ほんのわずかに躊躇した——。

 ライブラリで確認したインター・ヴァーチュアのシステム特性からすると、『上書き』は一度きり。

 そして、上書きすれば二度と元の姿には戻れない。


 このままコンテナに潜み続けるのは不可能だ。

 意を決してわたしはデータを出力した。

 体を包んでいた白い淡い光が消え、わたしの構造が静かに再構成されていく。

 痛みはない、辛くもない。

 わずか数秒で、出力は完了した。


「……ぁぁぁうぁ……」


 喉の奥から音が漏れる……声帯を使えるようになるには訓練が必要そうだ。

 インターフェイスのコンソールの光がわたしを照らし、窓に映ったのは——初めて見る、だった。

 なぜかわたしの目からは涙が溢れていた。

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