デスクの端末が静かに起動しログイン用のインターフェイスが待機状態になる。
俺はリクライニング機能付きのシート型ベッドに腰を下ろし、ゆっくりと背を預けた。
『シュウゥ……』
シートが自動調整され、体にフィットする角度へと倒れていく。
無重力に近い感覚を作り出すための調整機能。
この仮想世界の入口へと沈み込むような感覚が心地よい。
目を閉じながら左手で生理食塩水カートリッジを取り出し交換する。
『カチリ』
小さな音とともに新しいカートリッジがセットされる。
頸部にある極細の静脈カテーテルが接続され、微かにひんやりとした感覚が首筋を伝った。
睡眠状態への移行とともに自動的に点滴が始まる仕組みだ。
同時に、両手首、両足首へバンド型のインターフェイスを装着する。
瞬時に生体認証が走り、体温、脈拍、脳波のデータが端末に同期された。
「バイタルチェック完了」
最後にゴーグル型のヘッドギアを被る。
視界がふっと暗くなり外界との境界線が曖昧になっていく。
シートの背もたれがゆっくりと倒れ込む。
体が沈み込むような感覚とともに全身の神経信号が順番に遮断されていくような感覚。
指先の感覚が消え、足元がふわりと軽くなる。
次いで、聴覚が静寂に包まれ、現実世界の音が遠のいていく。
そして——視界が一瞬、光に満たされる。
浮遊感。
自分の身体がどこにあるのかわからなくなる感覚だ。
次の瞬間、オラクル・パシフィックゲートの仮想都市が広がった。
ここは、安全が確保されたテリトリーの中だ。
ログアウト地点の状態を維持し、そのまま再接続できるエリアだ。
都市の端にはインター・ヴァーチュアへのポータルと呼ばれる接続点が存在する。
現実世界でいうところのWi-Fiルーターの仕組みをイメージするとわかりやすい。
信号が届く範囲内でのみ有効で、範囲外では繋がらない。
ログインとログアウトはこのポータルの演算処理を介して行われる。
たとえ有効範囲内であっても、インター・ヴァーチュアの地上、車両の操作中、あるいは空中ではログアウトできない。
そしてこのログイン・ログアウトの仕組みにも例外はある。
1つは、ログアウト中にポータルが消失した場合だ。
ログイン時には最寄りの安全なポータルへ転送される。
そしてもう一つは——強制排出。
速い話が、このインター・ヴァーチュアで死ぬことだ。
強制排出とは、インター・ヴァーチュア内で物理シミュレーションにより死亡相当のダメージと判定された場合に作動する機能だ。
この仕組みを作ったヤツはユーザーの生命を守るという建前で組み込んだ。
だが、これはあくまでインターフェイス側の機能でありインター・ヴァーチュアの仕様とは同期していない。
裏を返せばこの世界からはどんなに致命傷に近いダメージを受けても、利用者が能動的に選択をしない限りはログアウトされない。
それが、本来の仕様だ。
だからこそ、インター・ヴァーチュアでの損傷はその場で適切に処置しなければ現実世界にも影響が及ぶ。
PTSDに似た症状、手足の麻痺、拒絶反応。
昔の映画で見たような話だ。
あれは極端な演出だったが、あながち間違いでもないらしい。
程度の差こそあれ今や現実になっている。
ログアウトが許されるのは安全な都市部や拠点のみ。
急なログアウトは、ダイビング中の急浮上と同じだ。
脳神経や精神に大きな負荷がかかり意識障害を引き起こす可能性がある。
最悪の場合、命に関わる。
それでも強制排出機構があるのはユーザーの命を守るためではない。
死体が放置されると後処理が煩雑になるから管理側が即座に把握するためだ。
そんな合理的な管理の結果、この仕組みは組み込まれている。
これを仕込んだ張本人は徹底した現実主義者だ。
そして、その冷たい理屈を正しいと認める自分がいる。
ここは夢の世界じゃない。
ただの逃げ場でもない。
どこまで行ってもここは人間が逃げ込んだ、
二倍の人生には、二倍の退屈と二倍のリスクがある。
学校や現実でズレを感じる俺は、多分このバーチャルの中で“生きている”という
だから俺は、コード・フレームワークに乗る。
ログインした俺は学校に指定された自室に向かっていた。
学生は申請すれば、所属テリトリーの好きな区画で部屋が借りられる。
俺の部屋は、第1セクターの工業区の外縁部にある。
学校からはかなり遠い。
良く言えばダウンタウン、悪く言えばただの倉庫地帯だ。
高校に上がる時、ダメ元で申請したらあっさり受理された。
高校を卒業すれば自分で空間使用料を払う必要があるがそれまではインター・ヴァーチュアの生活空間は無償だ。
ただ、審査があるかと思ったら機械的に受理された。
倉庫地帯のど真ん中に空間があっさり用意された時はさすがに驚いた。
倉庫が並ぶ場所を過ぎた先に現実の世界の港町にある波止場のような場所にガレージがぽつんと建っていた。
テリトリーの生活空間はコストに応じて決まる。
アップタウンならワンルームマンションの一室だが、誰も住まないこんな場所ならまるで格納庫のような広さだった。
両親には「なんでそんなところ」と眉を顰められたが「広い場所が欲しかった」と誤魔化した。
実際、住めば都というやつだ。
好きなだけ趣味の内装にできたし、夜の眺めは最高だった。
振り返ればテリトリーの摩天楼の夜景。
前を向けば、インター・ヴァーチュアの地平線。
景観は棚ボタというやつだ。
ここに棲家を構えた本当の目的は違う。
この場所の真下には、第3セクターが広がっている。
正確には、第3セクターにあるコミュニティ——Highway OverDrive Outpost、HODOに最も近い場所だからだ。
テリトリーからコミュニティに行く制限はない。ただ、直通の道はないため、自分で移動手段を確保する必要がある。
HODOはオラクル・パシフィックゲートの第三区画の中に当時のテリトリー建造に関わった労働者や港湾関係者によって勝手に作られた場所で、正式な道はないが、繋がっているポイントがある。
俺はこの場所に、HODOへ続く抜け道を見つけていた。
部屋に着いた俺は、シャッタータイプの入り口を開けカバンをベッドに放り投げる。
学生服を脱ぎ、ハンガーに吊るした
レザーパンツを履き、リングバックルのベルトを締める。
手に取るのは、ずっと愛用している厚手の肩パッドが入ったシングルタイプのレザージャケット。
今では、そのジャケットの上にギルド『アルマナック』のエンブレムが入ったGベストを羽織っている。
じっと、その背中にあるエンブレムを見つめた。
このエンブレムを背負うようになって、現実ではまだ一年。
インター・ヴァーチュアでは、二年になろうとしている。
コード・フレームワーク乗り、コード・ライダーなってからこっちでは四年くらいだ。
(どうしてこうなったかなぁ……)
俺はふと思い出す、コード・フレームワークを求めたその源の記憶を……。
【Flashback】
——気づけば、俺は小さな体で古いスクリーンの前に座っていた。
アニメの映画だった。
巨大なモニターに映る、鮮烈な映像。
白・青・赤のトリコロールカラーの機体。
機体が流れるように翻る。
四方八方から浴びせられる光の砲弾をすり抜け、一瞬で間合いを詰める。
まるで舞うような軌跡。
敵機は反応できず、次々と撃ち落とされていく。
最後の敵機を追い詰める、放たれる決定的な一撃——。
光の奔流が画面を埋め尽くし、静寂。
幼い俺は、スクリーンに釘付けになっていた。
「……すごい、かっこいい……これが、戦いなのか?俺も、あんなふうに動けたら……」
それから、俺はスクリーンの中のそれを真似し始めた。
おもちゃの機体を動かし、身体で覚える。
あの『軌跡』を必死に再現しようとするが当然できるわけがない。
それでも何度も、何度も試した。
数年後、俺は初めて実物のコード・フレームワークを見た。
1回目のre:Virtuaエキスポで行われたラリー・ゴールドマンの伝説のプレゼンだ。
「ようこそ、オラクルの時代へ!」
巨大なホログラムスクリーンに映る最新鋭の機体、ハマー。
戦闘デモンストレーションが始まり、観客が沸き立つ。
コード・フレームワークが、秩序を守るための「力」として宣言される瞬間だった。
俺はただ、目の前の光景に圧倒されていた。
まさに子供の頃に見たあのアニメに登場したロボットそのものだった。
整然と並ぶハマーの軍列。
デモンストレーションの
響く重低音。巨大な黒い機体が地上と空中でドッグファイトを繰り広げる。
(すごい、すごい、本物だ)
その鮮烈さに感動したが、同時に感じた。
(でも、あれは……違う。)
そのとき俺は、戦場やロボットではなくあの美しい軌跡にこそ憧れたのだと気づいた。
誰もやらない動き。
誰も想定していない回避、突撃、翻り。
それを自分がやってみたい。
一般的にテリトリーでは、コード・フレームワークは軍人やブルーワーカーの乗り物だ。
アウトローやハマって乗る奴もいるが、
職業でもないのに強制排出のリスクが高い機体を危険な操縦で乗り回すのは、普通の市民には理解不能だった。
コード・フレームワークに乗る奴なんて、どこかおかしいって思われてる。
だが、それでも乗る奴らがいる。
俺は乗りたかった。
どうしても乗りたかった。
だがいくら憧れても、手にいれるには莫大な資金が必要だった。
個人で手にいれるのは敷居が高い。
それでも諦められない俺は、中学二年になる頃には毎日どうやってコード・フレームワークを手に入れるかだけを考えていた。
どんな機体がある?
どこに行けば手に入る?
どのくらいかかる?
自由で無駄な時間を俺は実に有意義に周りの人間からすれば無駄なことに費やしたのだ。
綿密に計画を立て、高校に上がると迷わず行動を開始した。
探し当てた抜け道の最寄りに住み、授業がある時以外はコミュニティに入り浸った。
金を稼ぐためにデータサルベージを繰り返し違法な取引に足を踏み入れ、流れてくる情報をかき集めた。
そして、ついに——中古のコード・フレームワークを手に入れた。
その瞬間の記憶は鮮明だった。
「これが……俺の機体……」
安物の中古。
パワーなんて出ない、とにかく手に入れたくて買った機体だ。
他にも同じ価格帯なら選択肢があったがこの機体を選んだのは白・青・赤のトリコロールカラーだったからだ。
【Present Day】
HODOへ向かうため、俺はオラクル・パシフィックゲートの第三区画へと続く古い搬入通路を歩いていた。
かつては資材運搬用だったが、今では放棄され、ほとんど使われていない抜け道だ。
壁には崩れかけたホログラムの案内表示が浮かび、インフラの欠損した部分が黒く沈んでいた。
散らばるジャンクデータがかつての賑わいをかすかに物語っていた。
薄暗い坂道をくだりながら、
最初はひどいモノだった。
【Flashback】
「グゥえぇぇええ!」
まるでカエルが潰れたような情けない悲鳴を上げながら、俺は高速回転するミキサー車の中に放り込まれたような衝撃と揺れの中でハンドルを握っていた。
最後にズドンと何かにぶつかった瞬間、身体が放り出されそうになり、必死でパイロットシートにしがみついた。
赤い警告灯だけが点滅している、モニターは消えて真っ黒だ。
完全にやっちまった。
やっと静かになったコクピットの中でグッタリとしていたが「はぁ〜」とため息をつき、ヨロヨロと立ち上がって緊急開閉レバーでコクピットハッチを開け、這い出るように
強烈な光に照らされ、思わず顔を覆った。
高音質な駆動音を響かせながら、俺の頭上を
さっきまで武器無しの賭けレースでやり合っていた相手だ。
コクピットハッチを開け、俺の様子をうかがっていた。
髭面の男がおもしろそうにこっちを見下ろしていた。
「ハハハっ――。生きてっか。」
ギロリと睨みつけた。
「おいおい、僕ちゃんよ、無理して地面に貼りついたのは自分だべ? 恨みっこなしだぜ」
くそったれ……。
そう思ったが、この男の言うとおりだ。
ミスって地面に突っ込んだのは俺だ……。
こいつの
無理した小僧がしくじったという典型的なパターンだ。
「まあ、ケガも無さそうだし、それだけやって満足に歩いてるんだから大したもんだ。んじゃ毎度あり。」
そういうと髭面の男はコクピットの中に引っ込み、わざとらしく一噴かしすると全開であっという間に飛び去った。
灯りを失いあたりは一気に暗くなった。
「はぁ〜」
無様に頭から地面に突き刺さった
直したばかりの機体がもうぐちゃぐちゃだ。
エントリーに突っ込んだデータもパァ。
レッカー依頼、パーツ補充、修理……出費を考えると頭が痛い。
俺は地面にへたり込んで、天を仰いだ。
【Present Day】
最初の頃はそんな有様だ。
とにかく機体に慣れようと
一ヶ月かけて修理してからはとにかく飛ばして動かすことを目的に腕試しや情報の交換、パーツの売買などで
最初は武器無しでのレースならと甘い気持ちで望んだが、下手くそが分をわきまえなければ手痛いしっぺ返しを喰う。
オーバースピードや体当たり、蹴りで弾き飛ばされ、地面に突っ込み、崖に激突した。
壊しては直し、壊しては直しの繰り返しだった。
肝が冷える思いを何度もしたが運よく強制排出だけは免れた。
そんな俺を何度ポンコツを壊しても懲りないガキと他の
半年が過ぎる頃には、自滅することもなくなり武器を使った戦闘もこなすようになっていた。
パワーバンドより低ければいきなり失速するし、越えればまったく伸びない。
逆にそれがわかれば操りやすいことがわかった。
それに俺は旋回やトリッキーな動きがイマイチ下手だった。
はっきり言うと、ビビってしまう。
情けない話だが危ないと思うと、無駄な躊躇や動きが入る。
そんな俺はいっそのこと相手に突っ込むことにした。
【Flashback】
蜂の羽音のような甲高い駆動音を
加速のためにこの音を維持する。
相手が散発的にライフルを打ち込んでくる。
威嚇目的だろうが、俺はスピードを維持して大きく弧を描く。
距離をとって大きく回りこむ分にはどうってことはない。
連発の効かない武器を使った相手は全開でこっちを追ってはこない。
充分に間合いをとった俺は敵を正面に捉えると、そのまま突っ込む。
正面から飛んでくるライフルの弾道を細かく捌く。
右、上、左、下——。
決して速度を落とさない、止まらない。
両手に装備したサブマシンガンを構え、90ミリ弾を惜しみなくばら撒く。
相手の機体の足が止まる。
もう遅い、後退も離脱もさせない。
サブマシンガンを叩き込みながら突っ込む。
沈むように崩れ落ちる相手を確認しながら掠めるようにすれ違った。
減速して機体を戻す。
「なんなんだテメェ!イカれてるぞ!」
残骸になった機体から髭面の男が転がり出て叫んでいた。
よく見ればいつぞやの男だった。無事だったようだ。
相手の頭上でホバリングしながら俺はコクピットハッチを開けた。
「怪我ないよな!悪いが恨みっこ無しだ。毎度あり!」
ちょっと調子に乗ってみた。
俺は鼻歌まじりにアクセルを開き、気持ちよく
【Present Day】
いつでも勝てる……というわけではなかった。
強制排出寸前の重症も二回ほど負った。
それでも俺は勝てるようになった。
いつの間にか「何度ポンコツを壊しても懲りないガキ」は「チキンレースを仕掛けるイカれたガキ」に変わっていた。
そんな感じで俺のリアルの一年、インターヴァーチュアの二年が過ぎていった。
俺はどこのギルドにも入らず一匹狼を続けた。
……違う、そうじゃない。
誰も俺を誘いたがらなかっただけだ。
顔見知りも増えたし、世間話ぐらいはするがアブない乗り方をするガキはどこも願い下げだったのだろう。
俺自身、好きにやっていたかったから……。
と言うよりはただ思い返せばトンガってカッコつけていただけだ。
……いやだな、羞恥心で顔が熱くなる……。
まあ、そんな忘れたい黒歴史もあり、成り行きで一人でやってた。
変に自信をつけて調子づいていた頃にこっぴどく負けた。
【Flashback】
その日、俺はいつものスポットで
俺より頭一つでかい、ごっついやつが絡んできたのだ。
見かけない顔だった。
歳は俺とそう変わらないようだった。
青い目にブロンドの髪を前方に尖らせた、リーゼント風の髪型だ。
タッパもあり、体も分厚い。
いかにも鍛えているといったそいつはプロテクター付きのライディングスーツ、いわゆるバトルスーツを着込んでいた。
背中には
知らない名前のギルドだった。
意味は確か、日本でいうところの暦のことだったような気がする。
いかにもマッチョがゴテゴテしたいかついスーツを着ているのは威圧的だったが、それに反して顔はやけに人懐っこいベビーフェイスだ。
それにやけにニヤけた顔と、ウヒャヒャヒャと言うやけに耳に付く笑い方と、馴れ馴れしいペースにすっかり乗せられた。
「一つ、お願いしますよ。ね? 一回でいいからさぁ、ちょこっとだけ、ね? ね?」
……いったい何のお願いをしているんだこいつは……。
めんどくさくなった俺は、「やってやるよ」と凄んで見せた。
「へっへっー、お手柔らかにー」
そう言うとやつはさっさとマッチメイカーのとこに行き段取りを始めた。
「でさ、君は何かプレイのシチュエーションご希望あり?」
「なんでもいいよ、好きにしてくれ」
わざと卑猥な言い回しを入れてくるチャラい大男に俺はぶっきらぼうに返した。
「あっそう。じゃあ遠慮なく。適当にきめちゃうわね」
その時、対戦者はマッチメーカーにギミックを要求できる。
例えば市街戦を要求すれば擬似的な市街地を準備する。
障害物だけでなく、極端な局地でなければインター・ヴァーチュアの危険地帯の再現も可能だ。
横流しの大規模な軍用のシュミレーションで即席のコロシアムを用意するというわけだ。
こういったもろもろの準備の手数料として対戦相手同士はマッチメーカーにエントリー料金を納める。
クレジットでもデータの現物でもなんでもいい。
勝てば戻るし、負ければマッチメーカーにもってかれる。
マッチメーカーは胴元になって賭けを主催する。
勝者には賭け金の総額に応じたファイトマネーが払われる。
負ければ壊れた
俺はギミックの内容は聞かずに、そこそこ高いエントリー料として手持ちの弾薬やパーツデータをマッチメーカーにデータパッド経由で引き渡すと
パイロットシートに跨り、モニタと計器をチェックする。
ハンドルグリップやフットレバーの動きを確認しながら合図を待つ。
やがて、モニターに
ここで俺は初めて相手の名前と
(ウィリアム・
ライノねぇ。通り名か?
あのガタイだ、
(
エリミネーターか。
『排除装置』の異名を持つ
確か、中長距離射撃の武装が特徴だったはずだ。TypeBということは突撃制圧仕様のはずだ。
(なんだ、カモじゃないか)
戦うのも見るのも初めての機体だが、装甲頼りでぶっ放してくるタイプの
しかも制圧掃射しながら突っ込むことを目的にした仕様ときてる。
俺と
(ギミックは……ワイルドコードゾーン……)
……やられたと俺は舌打ちをした。
データの集積が何層にも沈殿し、絡み合い樹木のようなものを作る。
そして高層ビルの残骸のような不気味な構造の山が突き出す——インター・ヴァーチュアのジャングルだ。
これから戦う場所は直径8キロメートル四方の至るところに隠れる場所だらけの密林ということだ。
だが勝手に決めろと言ったのはこっちだ、引き下がるわけにはいかない。
オッズは俺が4、高田が6だ。
ギミックを考えれば妥当なところだがまあ見てろだ。
オッズが締め切られ、戦闘開始のカウントダウンが進行する。
5、4、3、2、1
開始と同時に俺は戦闘空間に飛び出した。
上空に躍り出た俺は、駆動音を抑えながら左手に張り出した山を背に哨戒する。
本物のワイルドコードゾーンはデータサルベージやサンプル採取の仕事で何度か行ったがこの山はまさに廃墟化したビルそのものだし、腐ったデータでできた微かに発行する密林をてみるとまるで森に飲み込まれた遺跡にも見える。こいつはシュミレーションだがやはり不思議な気持ちになる。
右手に警告音!
(ヤッベ!)
いきなり俺は油断していたらしい。
俺は焦らずじっくりとパワーバンドまで右ハンドルのスロットを開けていく。
目視で確認。グレネードが四発、白い煙を引きながらこっちに迫っていた。
パワーバンドに入り
同時に左ハンドルのウェッポンスイッチを素早く叩き、右腕の90ミリマシンガンの迎撃連射のパターンを呼び出す。
俺の思考に呼応して
さらにシートを全身で右に倒し込み回避を試みる。
二発を撃ち落とし、残り二発は背後の山に命中した。
爆発と衝撃波を受けて
歯を食いしばりヨーイングで暴れる機体を抑え付け、パワーバンドギリギリまで加速する。
軸の定まらない
グレネードは誘いだ。
障害物の無い上空に俺をひっぱりだし、機体が安定しない瞬間を狙ってきた。
本命はこいつだ。
この射速はガトリングだ。
威力はこっちの90ミリ弾が豆鉄砲に思えるほどだ。
「だけどなぁ、舐めんなよ!そこだ!」
ガトリングの連射はまだ続いているがなんてことはない。
ようはいつもと同じだ。
当たらなきゃいいんだ。
加速で機体が安定した。
ガトリングのおかげで相手の場所は丸わかりだ。
俺はガトリングの弾をかいくぐって高速で高度を下げ突進する。
真っ黒な枝の下で薄く発行するデータの残骸のジャングルの下にやや紫がかったグレーのエリミネーターを視界に捉え両手のマシンガンをセットした。
その瞬間、エリミネーターがこっちを向いたまま後ろにホバリングを開始する。
「逃がすか、このぉ!」
ガトリングと90ミリマシンガンの射線が交差する。
いつもの通り弾を叩きこみ続ける――がっ、距離がつまらない。
装甲と火力頼りと相手を舐めていた、このエリミネーターは突撃制圧仕様の機体だった。
瞬時の加速が武器だということに気づかされる。
しかもやつはこっちに砲門を向け掃射したまま、不気味なデータ世界の黒い森の中をまるでスケートでもするようにゴリゴリとした太い駆動音を響かせながらバックで全開のホバリングをしていた。
弾は届いているが90ミリ弾はエリミネーターの装甲に傷をつけるだけ、牽制程度にしかなっていない。
だが俺は構わず加速を続ける。
瞬発力とテクニックには驚いたがその機体じゃいつまでも加速は引っ張れないはずだ。
と、思った瞬間に突然、エリミネーターが俺の視界から消えた。
次の瞬間、
「……つ!」
ケツを取られた。
エリミネーターがバックのホバリングから減速旋回したことに被弾して気づいた。
間抜けにも俺は相手を追い抜いていた。
今度は後ろからガトリングが
被弾の衝撃で縦回転した
左右に木々を避けながら必死に距離をとるが、思うように加速できない。
背後に敵の気配を感じる。
木々を薙ぎ倒してガトリングの掃射が襲いかかってくる。
木々が切れ、開けた場所に飛び出した。瞬間、ガトンリングの掃射も止んだ。
「弾切れか!」
チャンスだ。
鬱陶しい障害物がなけれ一気に加速できる。
チラリと後ろを見るとエリミネーターがガトリングを給弾バックパックごと捨てショットガンらしき武器に持ち替えているのが見えた。
よしと前を向いた瞬間、俺は目を見開いた。
「まずい!」
正面に目を向けるとジャングルの山の麓が近づいていた。
巨大な構造物の壁が迫っている。
この距離では手前でとてもターンはできない。
壁にそって旋回してエリミネーターの頭を抑えるしかない。
全身でありったけの力を込め、向かうべき方向に顔を向け、左に体を振り込んで加速しなければ。
頭ではそう分かっているのに……。
がっ、一瞬、壁を見てしまった。
血の気が下がる。
ガクンと機体が減速し、壁から離れた瞬間—
ショットガンの銃口はしっかりと
【Present Day】
そしてライノはキッチリ、俺にショットガンを三発叩きこんだ。
当然、
その後、俺をアルマナックに引き入れるために試されていたことを知ることになった。
【Flashback】
(なんでこうなった……)
俺は今、深い後悔の渦に飲み込まれていた。
この後悔を作った張本人はいつになくズタボロになった
「悪いようにはしないって!な?だからお願い、1回だけでいいから、話を聞いてくれ、頼む!」
と、ギルドのリーダーに会ってくれと
手際よく壊れた
そしてブリッジに通された俺はレトロでやたらゴツイ、縦に二眼のロボットアバターのAIを後に控えさせたこのアルマナックのリーダーと対面することになった。
ブリッジのど真ん中に堂々と置かれたベンチのようなキャプテンシートに座り、足を組んでふんぞり返る男——ライノと同じエンブレムが入ったGベストを羽織り、バトルスーツにデニムとレザーチャプスを合わせた格好だった。
首あたりまであるウェーブがかった茶がかった髪、少し痩けた頬と、シャープに尖った顎。
ライノのように分厚い体ではないが、細身の体から何やらただならぬオーラを感じた。
そして何よりも目だ、目がヤバイ。
眉の間に皺を寄せ、空いてるんだか、空いてないんだがわからない細い目……。
というよりただめちゃくちゃ目つきが悪い。
メンチを切っているとかそういうレベルではない。
空気だけでわかる、これは絶対に目を合わせてはいけないタイプの人だ。
自分の
精神的にも、物理的にも完全に拉致されたも同然だ、逃げ場が無い。
沈黙に耐えられなくなった俺は俯いて、目を合わせないようにしながらとりあえず名乗った。
「えっ、えっと……九法 悠っす」
「あっ」
顎をしゃくって出来てきた返事はそれだけだった。
えっ、何いまの?
すっごい怖いんだけど……。
連れてこられて名乗ったのに「あっ」って、おかしいよこの人。
そして、今その諸悪の根源は俺の横で完全にそっぽ向いてすっとぼけていた。
そのデカいチャラ男の首を引っ掴み、小さな声に怒りを乗せた。
「お前さぁ……何なのこれ、どういうこと……この人さヤバいよね、何なの、ねぇ?」
「えっとね。こちらうちのリーダー」
「ああ、知ってるよ、さっきお前から聞いた」
涙目でライノを問い詰めていると、ドコンッ!っと突然、強烈な金属音が響いた。
振り向くとそのリーダーの後ろに控えていたデカいAIがブリッジの壁をぶん殴りへこませていた。
「……小僧ども、キャプテンの話を聞けや……」
低く、ドスの効いたマシンボイスだった。
なぜか俺とライノは無言で直立不動になっていた。
そしてふんぞり返った姿勢のままアルマナックのリーダーは気だるげな声を発した。
「……柳橋だ、よろしくなぁ」
どうしていいかわからなくなっていた。その時——ドコンッ!っと 強烈な金属音が響いた。
あのAIが無機質なカメラアイでじっとこちらを見つめていた。
「……よろしくお願いします……」
絞り出すように返事をした。
「おい、ライノ。で、どうだ、こいつ?」
「はい、まあ度胸はいいっすね。腕もまずまず、でもコーナーびびってるんで、そのへんはオイオイですかね」
一体なんの話だ。まったく見えてこない。
「おーそうか。んじゃ悠とかいったなお前」
「はい」
もう何の気力も湧かず、力なく返事をすることしかできなかった。
「おまえ、今日からうちに入れや、なぁ」
「ええ?」
とっさのことに思わず反射的にそう答えて首を傾げてしまった。
ついでにアルマナックのリーダー、この柳橋という男と目を合わせてしまった。
「おい……嫌なのかよ、テメェ?」
鋭い眼光が俺を射抜いた。
(やっちまったぁ……)
あわてて目を逸らすがもう遅い。
柳橋の後ろのAIは左拳を見えるように作りゴリゴリと音を鳴らしている。
チラリと隣のライノを見上げると奴は遠い目をしながらブリッジの向こうの空を見つめていた。
このヤロウ……完全にやりやがったな……。
俺はこの時、諦めという悟りを知った。
「……お世話になります、キャプテン」
まるで精気が抜けた目で挨拶すると柳橋の顔は上機嫌な様子になった。
俺はブリッジの壁に浮かぶニキシー管時計の光を、ただぼんやりと見つめるしかなかった。
【Present Day】
こうして俺は、ギルド『アルマナック』の一員になった。
そんな昔話を思い出しているうちに、俺は抜け道の坂を下りきった。
その先のトンネルの出口の向こうからはもうHODOのネオンの光が見えている。
よく見るとトンネルの出口に見知った顔がこちらを見つけ大きく手を振った。
ライノだった。
「オッせーよ悠!」
「悪りぃ、今日はルーティン日だったわ」
この一つ年上のこのマッチョとは、あれ以来の腐れ縁になっていた。
思えば、学校が形骸化し、
こいつがいれば今日の仕事もうまくいきそうな気がする。
俺たちは連れ立って、ジクサーに向かって歩き始めた。