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introduction 07 九能 悠の時間―彷徨うラップタイム(Lap Time)/03

「ごちそうさん」


「へい。まいど」


 蕎麦をたいらげ俺たちはスタンドを後にした。


「おじちゃん、また来るからねー!」


 店主は苦笑しながら手を振り返す。

 ぶっきらぼうだが、ライノとのやり取りを見る限り、結局は仲がいいらしい。


 そう言えば少し前のことだが、この店主があるギルドと揉めたことがあった。

 この店主が自分の土地でやっていた小さな商売を、ヴォルフ・ブラトヴァというプライベティア私掠ギルドが嫌がらせして追い出そうとしたのだ。


 大航海時代に国家が敵国船への略奪を海賊に許可したのが『私掠船プライベティア』。

 この世界では企業がそれをギルドにやらせている。

 ヴォルフ・ブラトヴァもノイエ・グラーフのプライベティアだ。


 HODOはオラクルのテリトリーの中にあるが、勝手に作られた港町だ。

 来るのも去るのも自由だ。

 だからそんなプライベティアの連中も、自由気ままにやっているギルドも、ブラックマーケットなどの裏社会の連中も集まってくる。


 ヴォルフ・ブラトヴァが特に目的を持って店主に嫌がらせをしたとは思えない。

 天下のV5の一角であるノイエ・グラーフがスタンディング・ヌードルスタンドを欲しがるなんてことはないだろう。


 気に入らないから連中が嫌がらせをした……そんなところだろう。

 ただ面白半分の嫌がらせだ。

 人でなしの理屈など、だいたいそんなもんだ。


 だが運が悪かったのはその店がアルマナック御用達、しかもリーダーのお気に入りだったことだ。

 特大の人でなしであるリーダーは即日、俺たちに連中を叩き潰せと命じた。

 普通はプライベティアとは揉めたくない。


 だが俺たちは違った。

 むしろ鼻持ちならない連中を叩きのめす絶好のチャンスだと喜んだ。


 港で連中を待ち伏せて、機体は片っ端から叩き落とした。

  それ以来、HODOで連中を見かけることはなくなった。


 外では報復のつもりか襲撃してきたこともあった。

 それも返り討ちにしているうちに、いつの間にか見かけなくなった。

 その一件以来、店主はトッピングをサービスしてくれるようになった。


 リーダーは揉めごとに首を突っ込むのが大好きだ。

 特に気に入らない連中を叩き潰すのが趣味だとしか思えない。

  だが、損得度外視のリーダーの行動を何とか利益に結びつけているのは、経理を預かるママ・アジエだ。


 HODOに住む住人もテリトリーから外れた人々で、一癖も二癖もある連中ばかりだ。

  世の中、と疑う奴らだ。

  だから報酬を要求することの方がむしろ信用されるらしい。

 そのあたりの匙加減は、アジエは本当に巧い。


「悠、今回はどう思うよ?」


 ライノが満腹気味に腹を叩きながら、いつもの軽い口調で俺に話しかけてくる。


「今回の宝探しはパンドラ・グローブだろ? 表向きはオラクルのセキュリティアーミーの演習地とか言ってる場所だぜ。IPS部隊は実際に駐屯してるし、プライベティアも巡回してるコースだって話だろ? 正直、やりあいたくねぇな」


 俺がそう答えるとライノも露骨に顔をしかめて苦笑した。


「ほんとそれなぁ。 リーダーは相変わらず無茶ばっかり。 ハマー相手にしたら、こっちは分が悪すぎるっつの。 まったく、どこからネタ仕入れてくるんだか」


 俺がため息まじりに言うとライノは肩をすくめる。


「あの人は、面倒ごとが好きだからねぇ。 とはいえ、リーダーのお陰でこうやってトッピングが増えるんだから、悪くはないけどさ」


「ま、それは否定しないけどな」


 いつものような軽口を叩きながら歩いているうちに、俺はふと、自分がアルマナックに来てからの日々を振り返っていた。



   【Flashback】


 俺がワイルドコードゾーンで山の壁をマシンガンで崩壊させてから数ヶ月がたとうとしていた。

 ケイトは相変わらず毒を吐くが、俺をイジる程度であの時のようなトゲのある物言いは無くなった。

 俺の方も今まで一人で気ままにやっていたつもりだが、実際はただもがいていただけだったんだなと思い知った。


 アルマナックのコード・ライダーは俺とライノ、ケイトの三人だ。

 戦う相手ではなく、味方のCFと飛ぶ。

 弾を打ち込むのではく一緒に飛ぶというのはなにか世界が広がっていくように感じた。


 俺にはライノとケイトの二人とチームとしてCFに乗るのがとても新鮮なことだった。

 それにあのマシンガン乱射事件で欠点をあからさまに見られたおかげで何かを必死で隠していたような自分がバカバカしくなっていた。


 自分の欠点を認めると、相手が上手い部分を認めることができるようになった。

 そうすると逆に自分ができることもハッキリと見えてきた。


 それまでは自分が出来ないことに腹を立てていただけだったということに気付かされた。

 気取っていたって仕方ない。

 そう思えるようになったのだ。


 すると、俺は背中をメンバに任せることができるようになり、メンバは俺に背中を任せてくれるようになった。


「なんだ。 やりゃ、できるじゃねーかボウズ」


 訓練がわりに模擬戦マッチをして、なんとんなく様になった動きができるようになったときリーダーにそう言われた。


「弱いとか強いとか以前によ、数とか装備とか関係なく制圧するなら死角が邪魔だ。 死角を潰せば、ある程度、数の不利はハンデにならない」


そう淡々と俺に教えるリーダーの目はあの凶暴なものとは違う冷たい感情が抜けたようなものだった。


「グループでメンバー同士が自分の死角がわかればそれをお互い補える。 そりゃな、敵の死角もわかるってことだ。 じゃあ、その相手の死角に入っていけばいい。 数が多くても一匹ずつ袋叩きだ。 もし相手が多すぎる場合でも同じように隙をついて突破口を開ける」


 闘神のコード・ライダーというのはこういう目をするにかと思うのと、ちょっとした違和感があった。

 なんというのだろう…… 軍隊の教官ってこんな感じなのかなって連想したのだ。


「でもよ、お前は今のところ六十点だ。まあ、そのうち嫌でも気づくだろうがよ。 頑張れや」


 最後にそう締め括られた。

 その時はまたいつものリーダーの顔だった。

 リーダーはそのうちわかると言ってるが、俺には残りの四十点が埋まる気がしない。

 そもそも何がダメなのかわからない。


 そのあとだ、俺はアルマナックのメンバーとしていくつかの仕事に連れて行かれるようになった。

 HODOとは別コミュニティへの荷物の輸送が二件、ワイルドコードなどのいわゆるインター・ヴァーチュアの局地と呼ばれる場所での調査やデータ取得が一件。

 そして荒事が二件あった。


 一件はHODOでリーダーの行きつけの立ち食いそば屋がヴォルフ・ブラトヴァという私掠のギルドプライベティアに嫌がらせをされた、その仕返しだ。


 これは仕事と言うよりはリーダーが行きつけに難癖つけた連中が気に入らなかったと言う方が正しい。

 店主に事情を聞いたリーダーは港にある中立領域を出た連中のライナーに後からジクサーをぶつけて喧嘩をふっかけた。


 俺たちは三機で十二機のCFを相手することになった。

 この時、リーダーの言ってたことがよくわかった。

 規模で言えばヴォルフ・ブラトヴァのCFは中隊編成の数だ。

 だが、はっきり言って拍子抜けだった。

 数は多いが隙だらけ。

 せっかくの装備もお互いが邪魔して使えない。

 俺たちはと言えば、三機で的確に一機づつ落としていった。

 あっという間に全滅させて、ついでにライナーも容赦なく沈めた。


 二件目はHODOの露天商を取りまとめるミツエという婆さんの依頼で頼まれた仲裁の仕事だった。

 HODOの露天商はテキヤという組織が仕切り、ミツエ婆さんがそのテキヤの代表だ。


 リーダーとアジエはミツエ婆さんとは闘神時代からの旧知の仲なのだそうだ。

 そのミツエ婆さんから最近、霊峰公司レイホウコンスーのテリトリーから入り込んできた密売屋と話をつけて欲しいという依頼がきたのだ。


 ミツエ婆さんの条件は、真っ当な品とグレーな品はテキヤが扱う、ブラックマーケットは勝手にやれという実にHODOの住人らしい要求だった。

 リーダーとアジエが密売屋の頭目の鄭にメッセージを伝えたに言ったら何故か、スポットの模擬戦マッチでケリをつけるという話になっていたのだ。


「このチンピラが、身の程を教えてやるぞ!」


 話し合いの場であった部屋から爆笑して出てきたリーダーに鄭は口から唾を飛ばして怒鳴り散らしていた。


 アジエは目を吊り上げて、先を行くリーダーの尻や足に後からゲシゲシと蹴りを入れていた。

 リーダーはまっく意に介さず「ウヒヒヒ」と笑いながら歩いて行く。


 仲裁に行ったのに、わざと相手を挑発して喧嘩を売ってきたのだろう。

 正直、この時の密売人たちがよこしてきた代理人たちは手強かった。

 勝つには勝ったが、ギリギリだった。


 連携も、動きもヴォルフ・ブラトヴァとは比べものにならない。

 リーダーが教えてくれた連携を相手も仕掛けて来ていたのだ。

 たぶん一人でもがいていた頃の俺なら一分も持たず、バラバラにされていただろう。


 統率力だけでいけば、相手の方が上。

 敵は明らかに軍人プロだと感じた。

 この時、俺たちが勝てたのは多分、運だ。


 そう考えるとそんな連中に食い下がれるよう、俺たちを仕込んでるリーダーという人物はやっぱり謎だ。

 ともかく依頼は果たされ、それ以来、テキヤと密売人はうまく棲み分けて商売しているらしい。


 どうやらこういうのがギルドという集団の中での生活なのか、なんてことを考えはじめていた時だ。

 ジクサーへ顔を出したらスミーに機体のチェックを指示された。

 他の二人はもう作業を始めていた。

 軽く挨拶してツールボックスから工具を取りながら聞いた。


「なあ、今日は何するんだ?」


「今日は久々にバイトじゃないよ」


そうケイトに言われた。


「バイトじゃないって…… それってどういうこと?」


「あー、そっか悠はアルマナックの本業は初めてだっけ?」


「そういや、そうだな。 悠が入ったあたりは金欠だったから最近は便利屋の仕事しかしてなかったわな」


 ケイトの言葉を聞いて、ライノがエリミネーターのコクピットから顔を出してそう言った。


「……便利屋の仕事って…… あれバイトなの?」


「うちの本業は儲からないからね。 ライノさ、最後に当たり引いたのいつだっけ?」


「うーん?思い出せにゃい。 というか当たったことあったっけ?」


「いいや、覚えてにゃい」


 二人は笑いながらフィストバンプして「イェーイ」とかやっている。


「あのさ、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、じゃあアルマナックの本業って何よ?」


 二人は顔を見合わせ、揃って俺に向き直った。


「宝探し」


 二人の声がハモった。


「……なんですと?……」


 あまりにも予想外の答えに俺は素になっていた。


     【Present Day】


「でも、まあよ、宝探しとか言ってもいつもたいしたモン出ないよな」


 ライノが首をひねりながら呟く。


 「今回もアレだろ、オラクルの領域に行く理由はさ」


 俺は半ばうんざりした口調で返した。


「ああ、リーダーがまたあの伝説のCFとやらを追っかけてんだよ。毎度のことだけどな」


 ライノはニヤついた表情を崩さない。


「オズのプライマル・フォーだっけか?」


「そう、それそれ。ま、今回もガセだろうけど、アーミーあいつらがあれだけしつこく追いかけるんだから何かあるのかもなぁ」


 これまでも『トレジャーハンティング』の先で他のギルドやテリトリーの正規軍とやり合うことはあった。


 でも私掠の連中なだまだしも、正規軍相手にはまともに戦えない。

 腕ではアーミーのパイロットに負けるとは思ってないが、装備と数でこられたらこっちに勝ち目はないからだ。


 ある程度、牽制で時間稼いだら逃げの一手で振り切るしかない。

 それにオラクル正規軍のハマーなんて性能や装備もこちらのものとは桁違いの代物だ。

 束でこられたらそれこそ勝ち目なんてあるものか。


 とは言っても、個人的にはハマー相手にどこまでやれるかは興味があるのだが……。


 ハマーは規制が厳しすぎて出回らない機体だ。

 オラクル所属のプライベティアでよほどの成果をあげた連中に払い下げられている場合がある。

 一機だけ知らないこともない。

 自己顕示欲丸出しの偽装でベースがハマーだということはバレバレの趣味の悪いカスタム機に乗ってる奴がいたよなぁ。


「なんつったけか…… そうそう、『オラクルが隠す秘密の森林に、伝説のCFを柳橋探検隊が追う! ジャ〜ン!』みたいな?」


「なんだそれ」


 俺が呆れると、ライノは面白がったように言った。


「あれ、知らない? 昔の日本のテレビ番組。 水曜スペシャルってやつ。 悠も日本人なら見とけよー」


「知らねーよ。 つか、それ本当に日本の番組か?」


 俺はうんざりしたが、ライノはニヤニヤしている。


 アルマナックに入ってわかったことだが、どうやら俺たちのリーダーはあの最強ギルド『闘神』の元メンバーであるにもかかわらず、噂話や都市伝説の類を本気で追いかける趣味があるようだ。


 アルマナックはHODOの町で様々な雑多な仕事を受けつつ、HODOで稼いだバイト代を宝探しに注ぎ込んでるというのが実態だ。


 実際本業での収穫なんてほんとんどない。

 突き止めてみたら、正体見たり枯れ尾花なんてことがほとんどだ。


 でも実際、稀に世紀の大発見なんてこともある。

 ただ、それはまた別のお話だ。


 とにかく、なんやかんやで今となっては俺もライノと同じく楽しんでる側なのだ。

 とはいえ今回は楽しむなんてことが言えるかどうかさえ不安なのだ。


 それにしても、元闘神のコード・ライダーがなんで宝探しのためにギルドを作ったのか。

 俺にはいまだにわからないままだ。


 しかも追っているのは伝説のCF、『オズのプライマル・フォー』。

グレート・オズことビリー・オズニアックが残したと言われる伝説のCF群。

 コード・ライダーなら、一度は耳にしたことのある怪しげな都市伝説だ。

 実在するかどうかもわからないそんな代物をリーダーは信じているのか、それともただ遊び半分なのかはわからないがを探しているのだ。


 ライノの表情がほんの一瞬だけ真面目になった。


「まあ、今回はさすがに何かあるんじゃねーの?」


「……だといいけどな」


 俺たちは顔を見合わせて小さくため息をついた。

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