【Flashback】
全身が汗でべっとりと張り付いている。
まだ熱が残る
「今日はちょっと洒落にならないんじゃないの……」
通信越しのケイトの声にも、いつもの強気な調子はなかった。
完全に消耗しきっているようだ。
モニターを見ると、彼女はすでにホークから這い出しハンガーの床で大の字になって寝転がっている。
疲労で重くなった腕をなんとか動かし、ハッチを開けると冷えた空気が一気に流れ込んで熱気をさらっていった。
よろよろとコクピットを出ると、ライノがエリミネーターから上半身裸で降り立ち、ウォーターボトルの水を頭から浴びていた。
苛立ちに任せて、俺はライノに叫んだ。
「なあライノ、宝探しって毎回あんな風にV5のアーミーが絡んでくるのかよ?」
ライノは水滴を乱暴に払うと、眉間に皺を寄せ少し考え込んだ。
「んー……毎回ってわけじゃないけど、今日はやけにしつこかったなぁ」
そう言うとボトルの水を豪快に飲み干した。
ライノの表情がいつになく真面目で、俺は普段の「宝探し」と違うことを改めて感じる。
「あいつら、何をそんなに必死に隠してるんだ?」
思わず口をついて出た問いかけに、ライノはさらに深く顔を曇らせた。
「でもさ悠、オズの遺産ってヤツ、本当にあると思うか?」
「オズって、コード・フレームワークの生みの親のビリー・オズニアックだろ?」
ライノは頷いた。
「じゃあ話くらい聞いたことあんだろ。プライマル・フォーってやつ」
——プライマル・フォー。
コード・ライダーなら一度は耳にしたことのある都市伝説だ。
オズニアックが晩年に作ったとされる、四機のコード・フレームワーク。
圧倒的な性能を持つとも、この世界の秘密を暴くとも、触れた者は破滅するとも言われる、信じる方がどうかしてる話だ。
「まさかアルマナックの宝探しって、そいつなのか?」
「リーダーは何も言わねぇし……」
いつの間にか胡座で座っていたケイトが話に割り込む。
「お前ら聞いてないのかよ?」
「無理だろ、リーダーだぜ? 下手に聞けばぶん殴られるか、スミーをけしかけられるだけだ」
ライノが大げさに首を振った。
「うちもさ……それ聞いたらもう引き返せない気がするんだよねぇ」
ケイトが珍しく神妙な顔で呟いた。
プライマル・フォーか……。
俺たちにとってビリー・オズニアックは、学校の授業で聞きかじった歴史上の偉人でしかない。
インター・ヴァーチュアを創り、コード・フレームワークやライナーを生み出した天才エンジニア。
だが、ブラックアウト事件の後は忘れられたように孤独に死んだ。
記録映像の中のオズはいかにもギークなオジサンにしか見えなかった。
ただプライマル・フォーに関しては妙にリアルだ。
オズの死後に流出したとされる研究資料やテスト映像、真偽不明の写真が大量に出回った。機体名が明確に知られたのもその資料からだ。
マッハ。
マジック・ナイン。
ブレードの四体。
これらの情報が流出するや否や、オラクルを筆頭にV5が『保全と保護』という名目で厳重管理を始めた。
その過敏な対応が、余計に真実味を帯びさせることになった。
最近よく耳にする離散量生命体とかいうUMA話と比べればよほど現実味がある。
実際、どこかでとんでもない速度で飛ぶCFを見ただとか、V5のアーミーが謎のCFに襲われたとかいう話がいまだに絶えない。
だから、V5がすでにそれを確保していて密かに試験しているだとか、逆に必死で追いかけてるだとか噂されて話題が尽きないのだ。
とはいえ一般的には昔のオカルト番組みたいな話だ。
—「山の向こうに変な光が……」という類のものだ。
でも、実際にV5のアーミーに追い回されると案外嘘でもないかもなんて思えてくる。
「まあ、あるならみてみたいじゃない。」
ライノはいつもの調子に戻ってそう言った。
確かにコード・ライダーとしてはほんとにあるなら見てみたいとは思う。
「男子は元気だよね。命あってのモノダネでしょ、うちは強制排出なんてごめんだし」
ケイトは髪をかきあげながらそう言って気だるげに伸びをした。
これもまた正しい。
オカルトを追いかけ人生詰むというのもいかがなものかという話だ。
「Hey! お疲れー」
ハンガーのタラップからママ・アジエが軽い口調で声をかけてきた。
「あれだけ派手にやった割には、機体は綺麗じゃん。上出来、上出来」
アジエは満足そうに笑っていたが、その表情はすぐにニヤリとしたものに変わった。
「でさ、いい話と悪い話があるんだけど、おまえらどっちから聞きたい?」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
ケイトとライノは明らかに嫌そうな顔だ。
新入りの俺にはまだよく流れがわからない。
「……じゃあ悪い方から頼むわ」
代表してライノがうんざりした口調で返した。
「はいよ。じゃあまず今日の収穫だけど、金目になるモンはゼロでしたー」
「えぇー、またかよ……」
ケイトがため息まじりにぼやき、胡座のまま不機嫌そうに頬杖をついた。
正直俺も呆れた。
あれだけ派手なドンパチを繰り広げ、命懸けで逃げた挙句に成果ゼロとは……。
「ちょっとママ、そりゃないんじゃね……うわっ!あっぶね!」
文句を言おうとしたライノの頭を、アジエが工具を放り投げて掠めた。
「ママ言うんじゃねぇって、何回言わせんだ!」
ライノが慌てて頭を下げるのを横目にアジエは続けた。
「まあ、バシは喜んでるけどな。お宝じゃないが、手がかりは掴めたみたいだよ」
ライノがピンときたように頭を上げる。
「おお、それなら話が違いますねぇ」
手がかり? あのプライマル・フォーの話なのか?
俺はとっさに口を挟んだ。
「つまり、まだ次があるってことか?」
アジエが興味深そうに俺の方を向き、ニヤッと口元を歪めた。
「あら、新入りの悠だったか?意外に察しがいいじゃん。やる気があってよろしい」
アジエは満足げに腕を組むと、大げさに肩をすくめた。
「でも、その『次』に行く金がないんだよね。すっからかんのスッテンテンよ」
「……なんですと……?」
あまりに堂々としたカミングアウトに、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「つーわけで、ここからが『いい話』だ。おまえら喜べ、HODOに戻ったらちゃんと儲けの出るお仕事が待ってるからね」
「いや、全然よくねーし!」
ライノが露骨にがっくり肩を落とす。
「帰っていきなり労働とかマジ勘弁してほしいんだけどー!」
ケイトも不満たっぷりだ。
アジエはそんな文句を気にもせず、手をパシパシ叩いて俺たちを追い立てた。
「はいはい、貧乏暇なしってね! 汗水垂らしてしっかり稼ぐ! CFはあたしらが面倒見るから、おまえらさっさと滝沢先生にチェックしてもらいな。はい、行った行った!」
いつの間にか集まっていたメカニックたちにCFハンガーを追い出されるように押し出され、俺たちは仕方なく滝沢先生のメディカルチェックへと向かう。
「なんつーか……とんでもねえとこに入っちまったな」
俺は独り言のように呟き、軽くため息をついた。
それでも心のどこかでこんな無茶苦茶なギルドを嫌いになれない自分がいた。
【Present Day】
俺とライノはHODOの喧騒を抜けて外縁部にあるライナーのドック区画へと向かった。
遠くに停泊しているオーシャンライナーの巨大な影が淡く光るデータラインに縁取られてゆっくりと揺れている。
ところどころデータが不安定なのか、発光現象による歪みやちらつきが視界の端で揺らめいていた。
リアルに見えてどこまでもデジタルだ。
この世界のそんな奇妙な冷たさがなぜか俺は好きだった。
「ほいよ、ブラックね」
ライノがコーヒー缶を投げてきた。
キャッチするとアイスの缶コーヒーがひんやりと手の中に収まった。
蓋を開け一口啜る。
ライノはやけに甘ったるそうなカフェオレを喉に流し込んでいる。
俺たちはジクサーが停泊している階層へ降りるための貨物エレベーターを待っていた。
HODOではこの貨物エレベーターが七つの階層を結ぶ住人の公共交通機関のようなものだった。
第1セクター直下の階層から最下層のドック区画までを一時間おきに往復する。
柱に取り付けられたニキシー管時計を見上げると次の到着まではあと十五分ほどだった。
「確かに最近、近づいてる気がするよな……」
俺は口に含んだコーヒーの苦味を飲み込み、静かに呟いた。
「ああ。ここ半年くらいの宝探しは、毎回プライベティアとやり合ってるし、V5の正規軍との遭遇率も異常だよな」
ライノは指を折りながらCFの名前を挙げ始めた。
それはV5で正式配備されている機体のものだ。
「エンフィールド、アチャラ、
そう言ってライノは肩をすくめた。
「俺たち、これだけ正規軍に絡まれてよく生きてるよな」
確かにその通りだ。
これまでの自分たちを振り返ると練度が上がったというより、アウトローとしての振る舞いに慣れてしまったというのが実情だろう。
V5の正規軍なんてのは基本的に遭遇即攻撃だ。
警察じゃないから逮捕はしない。
ただ単に消えるまで撃ってくるだけだ。
テリトリーの外では正義や秩序なんて建前はまるで意味をなさない。
あるのは力だけ。
逃げ切れば問題ないという思考にすっかり馴染んでしまったことが、自分でも恐ろしい。
最初の頃にあった、あの追われることへの恐怖や罪悪感みたいなものはいつの間にか消え去っていた。
気がつけば、ただのアウトローだ。
最初から俺はこんなだったのか、それともリーダーの影響を結構受けているのだろうか——。
そういえば、コード・ライダーが着ているパイロットジャケットは昔現実世界にあったアウトローなオートバイ乗りの集団、モーターサイクルクラブが由来らしい。
皮肉なものだな、と思う。
「なあ、ライノ」
俺はふと、ぼんやりした口調で問いかけた。
「なんだよ」
「例のCFだけどさ、本当にあったとしたら……」
そこで言葉を切った。
自分でも何を言おうとしたのかわからなかった。
「手に入ったら入ったで、どうするんだろな。まあ、飾っておくなんてことでも無いだろうしな。」
ライノは悪戯っぽく笑い、目を細めて遠くを見つめた。
「なんにせよリーダー次第だな。」
俺は缶コーヒーをもう一口含み、遠くに広がる仮想の海原を見ながら、言葉にならない不安と微かな期待を胸に抱いていた。
しばらくすると足元の振動と共に巨大なプラットフォームが迫り上がり、停止した。
俺たちは吹きっさらしのだだっ広い鉄板の上に移動した。
CFが数機は乗せられる大きさだが、こんな時間では誰もいない。
(もしプライマル・フォーを手に入れたら、それをどうするんだろうか。リーダーはその力を使って何をしようとしているのか?)
心の中でそんな考えがグルグルと巡っていた。
俺たちは無言で残りのコーヒーを啜りながらエレベーターが動き出すのを待った。
リーダーは何をしたいとか、どんな思いがあってギルドを率いているのかほんとにわからない。
あの人は興味の無いやつの名前や顔なんて覚えもしない。
それれこそ、そこいらの石ころ扱いだ。
あの人の、ドン引きする苛烈な暴力の場を見たことも一度や二度じゃない。
そのくせ、一度関わったやつが困っていればお人好しとも言えるぐらい首を突っ込み、頼み事があれば受けてしまう。
そんなリーダーの癖をわかっているママ・アジエがうまくまとめてアルマナックのなんでも屋家業を成立させているわけだが。
そんな人がなんで伝説のCFを追い求めて、手に入れて何をしたいのか。俺には何かピースのはまらないパズルみたいにモヤモヤとする。
はっきり言って人間として、破綻しているというのを絵に描いたような人だ。
そんな人だが俺たちは間違いなく柳橋亮平というアルマナックのリーダーを認めてついていっている。
ただのバイオレンスなアブナイ人ではないのだ。
V5の正規軍や大手のプライベータと渡り合えるように俺たちを鍛えたのはリーダーだ。
プランや戦闘時の指示展開の的確さは俺たちにとってはまさに指揮官なのだ。
そういやリーダーのカオスな側面が全部詰まったような事件があったな。
またミツエ婆さんに頼まれて、これまた以前に因縁のできた密売人のところからある女を救出してくれなんて話だ。
面倒な話だったし、その女を見つけた後もいろいろあった――。
あれもまた一つの転機だったんだ。