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立ち塞がる者
立ち塞がる者
fgi2411301049Ch
異世界ファンタジー内政・領地経営
2025年05月26日
公開日
1万字
完結済
ギルドの魅力的な受付嬢が登場します。魅力的ではない受付嬢も登場します。

第1話「ギルドに勤める受付嬢たちの物語」

 大宰相グプトタ・モルガノスタンリイの体調が五月に入り悪くなった。勤勉な人物で夜明けと共に宮廷へ登城し夜遅くまで政務を執ることで知られていたが、病床に伏して動けないとのことだった。

 五月中旬、その家臣によって詳しい症状が伝えられた。腹部と胸部に激しい痛みがあり、水様便の下痢が長く続き、どうにか水分は飲めるけれども食べ物は摂れず、無理に食べても嘔吐してしまう。次第に衰弱が進み、熱が出るようになってきた、とも使いの者は言った。

 予断を許さない状態であるのは明らかだった。宮廷の官僚たちは不安に慄いた。大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに万が一のことがあれば、大きな政変が起こることが予想されたからだった。

 現在の政情は不安定だった。王国は四方を外敵に囲まれている。王国の内部も諸勢力が暗闘を繰り広げており、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイの威信で抑え込んでいる状態だった。

 大宰相グプトタ・モルガノスタンリイの身に、もしものことがあった場合、それらの勢力が一斉に動き出すことが考えられた。

 王城守護の責任者で宮廷で働く官僚たちのリーダー格だったバルケモス・スウセ三世は配下の者をアクター系人材派遣ギルドへ走らせた。あえて身分を明らかにせず、ギルドの受付嬢に用向きを伝えさせる。

「役者をレンタルしたい。派遣期間は長くなると思う」

 笑顔がとても魅力的なギルドの受付嬢は依頼者に尋ねた。

「どのような俳優をご希望でしょう?」

「老人が良い。身長は高く、肌の色は浅黒い。顔つきは鋭いが、笑うと愛嬌がある。標準語を話す」

「該当する者が何名かおります」

 そう言ってギルドの受付嬢は、中高年の役者の名前が載った名簿を出した。

「役者たちの似顔絵がございますので、ご覧ください」

 依頼人の男は役者たちの似顔絵を注意深く見て、首を横に振った。

「もっと年寄りが良い」

「これらの役者では若いですか?」

「そうだな」

 ギルドの受付嬢は難しい顔をした。

「あまりにも高齢ですと、台詞覚えが悪くなります」

「そうだろうな……だが、求めているのは高齢の俳優なのだ」

 難しい要求だったが、ギルドの受付嬢は断らなかった。

「分かりました。少々お待ちください」

 彼女は受付の奥の部屋へ入っていった。受付の前で、依頼人の男が待つこと五分弱――よぼよぼの老人が奥の方から現れた。老人は手足をプルプル震わせて言った。

「おおお、お呼びですかのうぅ」

 こう書くと、はっきり聞こえたように思える。しかし実際は、依頼人は老人が何を言っているのか聞き取れなかった。唇の動きと合わせ、依頼人は老人の言葉の意味を理解したのだ。

「これは年寄りすぎる。もっとだな、かくしゃくとした爺さんが良い」

 拒否された老人の俳優はホガホガと何か言いながら奥の部屋へ戻っていった。数分後、別の老人が姿を現した。今度は、先ほどより頑健な体つきだった。顔には精力が漲り、威厳も感じられた。他の条件にも合致している。依頼人の男は満足そうに言った。

「これは先ほどの老人役者より良い。我々が求めている人物に、ぴったりだ」

 新たに現れた高年の俳優は言った。

「私でご契約を致しますか」

 依頼人の男は頷いた。

「そうしよう。だが、その前に話しておかねばならないことがある」

 彼は周囲の様子を窺った。受付の近くで耳をそばだてている者がいないことを確認して、こう言った。

「込み入った話がある。御用の筋でな。詳しい話は奥でしたい」

 高齢の役者は顔色を変えずに言った。

「それでしたら、こちらへ」

 その俳優に案内され、依頼人の男は人材派遣ギルドの建物の奥深くへ入った。アクター系人材派遣ギルドの建物は非常に大きい。内部に巨大な劇場が二つ以上あるからだ。丸い屋根のある半球状のドームや高い尖塔が幾つかあり、遠くから見ても、とても目立つ。一方、その内部は迷宮のように複雑な構造となっていた。帰りにも案内がなければ、外まで戻ることはできないだろうと彼は感じた。

「それでは、こちらにお入りください」

 俳優は金属製の大きな扉の前に立ち、その取っ手を片手で引いた。「ギギギ……」と重々しい音を立てて扉が開く。

 扉の向こうを見て、依頼人の男は声にならない呻き声を上げた。それから傍らに立つ役者の方を見る。驚きの感情を言葉に含ませて、彼は自分を案内した俳優に尋ねた。

「この部屋は、この建物の中なのか?」

 俳優が頷く。

「はい、そうです。ここは人材派遣ギルドの建物内でございます」

 信じられないものを見るような眼で依頼人の男は室内へ再び顔を向けた。部屋の天井には緑色に輝く第一衛星ハーバヌレートヌ、オレンジ色の光を放つ第二衛星ノットアン、紫の月明かりが美しい第三衛星グアバテラ、大きなクレーターが目立つ青い月、第四衛星ムヌーオートそして、銀河の遥か彼方から飛んできて惑星の重力に囚われ第五の衛星となった遊星ランゴバリアーズの姿があった。他にも様々な天体が見える。恋人たちの南十字星座サザンクロス・ラヴァーズ、天狼と地狼の星カッパワルスとギュディジェミュート、怒りの恒星アンブロソワール、それからクジャク使い座の茶色い伴星ドゥエゴドテンエ……まだまだいっぱいある。

「本当の星空を見ているようだ」と依頼人の男は呟いた。

 しかし驚くのは天井だけではなかった。その下には大パノラマの展望が広がっていた。色々な風景が、次々に現れるのだ。熱水を高々と噴き上げる火山の温泉、膨大な水量が流れ落ちる巨大な滝、キリン・ゾウ・シマウマ・マントヒヒにダチョウ、そしてライオンやハイエナが我が物顔に闊歩するサバンナそして血のように赤く染まった砂が風に舞い上がる砂漠まである。それらの光景は、五つもある月の光に照らされ、まるで昼間のように鮮明に見えたのだった。

「これは一体、どういうことなのだ?」

 依頼人の男に質問されて、役者は答えた。

「天井の夜空はプラネタリウムという機械が見せているものです。あらかじめ用意していある映像を天井の半球状のドームに映写機で映すのです」

「ほっほう」と依頼人の男は言った。プラネタリウムとは異国の優れた科学技術の産物だと、どこか聞いた覚えがあった。

「それでは、地上の大パノラマは、どういう原理で見せているのだ?」

「こちらはホログラム映像です。プラネタリウムと同様に、あらかじめ撮影している映像を映しているのですが、こちらは映像の立体化処理がある分、高度な技術を要します」

 説明を終えた俳優は、右手の指を「パチッ」と鳴らした。天井のプラネタリウムと地上のホログラム映像が、同時に消えた。部屋の中が暗黒に包まれる。間もなく天井に白い光が灯った。その眩しさに依頼人の男は俯いた。

「眩しかったですか? 申し訳ございません」

 依頼人の男は耳を疑った。隣から聞こえる人の声の調子が変わっていた。先ほどまで男の低い声だったのが、高いトーンの女の声になっている。顔を上げて横を見る。そこに立っていたのは高年の男性俳優ではなかった。とてもチャーミングな笑顔が印象に残るアクター系人材派遣ギルドの受付嬢が、依頼人の男に爽やかな笑みを見せている。

「君は、さっきの!」

 アクター系人材派遣ギルドの受付嬢は丁寧に頭を下げた。

「申し訳ございません。条件を満たす適当な俳優が見当たりませんでしたので、私が変装させていただきました」

 変装のレベルを超えているだろう! と依頼人の男は言いたかった。声の質が違うだけでない。身長まで違う。服装もそうだ。アクター系人材派遣ギルドの受付嬢は一瞬で着替えた。顔も瞬時に変えた。

「どういうことなのだ?」

 その質問にアクター系人材派遣ギルドの受付嬢が答える。

「先ほどご覧いただきましたプラネタリウムや大パノラマのホログラム映像と同じ原理です。私は何も変わっておりません。しかし、私の体に映像を投影することで、実際の姿を隠し、そして幻影を見せていたのです」

 彼女は両耳のピアスを指で触れた。

「とても小さいですから、この投影機は誰も気付きません」

「声は? 声はどうやって変えたのだ?」

 細くて白い首元を飾る黒くて細いチョーカーを指差し、彼女は言った。

「これはボイスチェンジャーという機械です。話した音声を自由自在に変換できます」

 そう言って受付嬢は野太い男の声を出した。

「実際に話しているのが女だと、誰も思いません」

 その通りだと依頼人の男は思った。

「それでは中へお入りください」

 天井の白い照明が照らし出した室内は、依頼人の男が想像していたよりも狭かった。天井も四つの壁も床も白い。殺風景と言って良かった。調度品はテーブルの二辺に向かい合うよう置かれた二つの椅子と、テーブルの上に置かれた花瓶だけだ。

 その花瓶に活けられた一輪の赤い花が白い光を浴びて輝く。

 二人は花瓶を隔てて相対して座った。アクター系人材派遣ギルドの受付嬢が、依頼人の男に話を促す。

「詳しいお話を聞かせてください」

 どこまで話すべきかの判断を依頼人の男は、上司であるバルケモス・スウセ三世から一任されていた。男はすべてを話すべきだと思った。

 翌日、バルケモス・スウセ三世は依頼人である部下の紹介でアクター系人材派遣ギルドの受付嬢と対面した。

「この奇麗な娘が、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに変身するわけか。ううむ、到底、信じられぬが……報告は事実なのだと、私は確信している」

 そう言ってから、バルケモス・スウセ三世は早速、アクター系人材派遣ギルドの受付嬢に任務の開始を命じた。

「我が国を四方から包囲している四か国の代表団が、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイ様のご機嫌伺と称して参上した。その実、病気で倒れたと噂される大宰相様の顔色をこの目で確かめようというのだ。もしも大宰相様に異変があれば、すぐさま四方の軍隊が動くだろう。こんな絶好の機会を逃す手はないからな」

「分かりました。それでは、ただちに、変装を致します」

 アクター系人材派遣ギルドの受付嬢が、そう言うが早いか、その場には長身の高齢男性が立っている。どう見ても大宰相グプトタ・モルガノスタンリイその人だった。バルケモス・スウセ三世は変装の瞬間を見極めようと目を皿のようにして見ていたが、速すぎて分からなかった。息を呑む。

「人間技とは思えぬ」

「お褒め頂き、誠にありがとうございます」

 敬愛する上司の大宰相グプトタ・モルガノスタンリイから深々と頭を下げられ、バルケモス・スウセ三世は大層恐縮した。思わず苦笑いする。

「いや、違った、これは大宰相様の偽物だった」

 だが、どう見ても目の前にいるのは大宰相グプトタ・モルガノスタンリイである。軽い眩暈を感じつつバルケモス・スウセ三世は言った。

「諸外国からの代表団が話しかけてくるだろうが、簡単な受け答えだけしていれば良い。ボロを出さないことが大切なのだ」

「分かりました」

「それと、大宰相様に異変があれば謀反を企むような大貴族や将軍たちが謁見の席に現れるから、こいつらにも要注意だ。むしろ、こいつらの方が危険かもしれない。大宰相が怖くて汲々としている小物たちだが、数は無駄に多い。まるで宮中に巣食うネズミだ。だがネズミが病原菌を媒介することがあるのは広く知られている。ネズミは危険なのだ。人間も、そうだ。小人物だらけだからと言って、宮廷に蔓延る邪悪な連中を侮ってはならないだろう」

 バルケモス・スウセ三世の話を聞いて、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに扮したアクター系人材派遣ギルドの受付嬢は頷いた。

「渡しました。それでは参ります。失礼します」

「待て」

 バルケモス・スウセ三世は大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに扮したアクター系人材派遣ギルドの受付嬢の前に立った。

「今回の朝議には国王陛下もご出席なさる」

 そう言って彼は軽く咳をした。

「まさかとは思うが、畏れ多くも国王陛下の暗殺を企み、この宮廷に潜入した者であるという疑いを払拭せねばならない。王城警護の責任者として、絶対に!」

 それからバルケモス・スウセ三世は大変真面目な顔で言った。

「念のためだ。武器を隠し持っていないか調べるため、体を触らせてもらうぞ。妙齢の若い娘を辱めるような真似は、潔癖な紳士としてしたくはないのだが……」

 バルケモス・スウセ三世の手が、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに扮したアクター系人材派遣ギルドの受付嬢へ伸びる。そのときだった。

「無礼者!」

 大宰相グプトタ・モルガノスタンリイは大声を上げ、バルケモス・スウセ三世の手を払いのけた。

「余は大宰相グプトタ・モルガノスタンリイである! バルケモス・スウセ三世よ! 我が身に触れることは一切許されん! もしも再び、その卑しい手を伸ばしたら、手首から先がなくなると思え!」

 バルケモス・スウセ三世は震撼した。アクター系人材派遣ギルドの受付嬢が発した大宰相グプトタ・モルガノスタンリイの声は、本人そっくり……いや、近年になって少しずつ衰えを感じさせる声と違い、昔通りの雷鳴のような叱責だった。

 思わずバルケモス・スウセ三世は平伏し、許しを請うた。大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに扮した人材派遣ギルドの受付嬢は、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに何かあれば政権の指導者になると噂される切れ者に、顔を上げるよう命じた。

「朝議に向かうぞ。バルケモス・スウセ三世よ、我に続け」

 威厳に満ちた声に撃たれたバルケモス・スウセ三世は、その命令に従った。静々と上役の後を追う。その顔が緊張していたのは、人材派遣ギルドの受付嬢の変装が発覚することを恐れたというよりも、鬼と呼ばれる大宰相を怒らせてしまったからだと事情を知っている依頼人の男さえも思った。

 その男にバルケモス・スウセ三世は尋ねた。

「お前から見て、どうだった?」

 バルケモス・スウセ三世の配下で、アクター系人材派遣ギルドへ出向いてアクター系人材派遣ギルドの受付嬢に大宰相グプトタ・モルガノスタンリイの替え玉となるよう依頼した男は答えた。

「誰一人、あの場にいたのが大宰相グプトタ・モルガノスタンリイの偽物だと思わなかったと確信しております」

 その答えを聞き、バルケモス・スウセ三世は我が意を得たりと大きく頷いた。

「そうだな、うむ、そうだと私も感じた」

 大宰相グプトタ・モルガノスタンリイに扮しているのが真っ赤な偽物、その正体がアクター系人材派遣ギルドの受付嬢だと、あの朝議に出席していた人間で気付いた者はいないだろう、と二人は話し合った。

「一つ目の危機は、乗り越えられたかもしれない。だが、所詮は付け焼き刃の応急処置に過ぎない」

 バルケモス・スウセ三世は腕を組んだ。

「自宅で病の床にある大宰相様が宮廷に登城し、朝議に参加したことが知られたら、大騒ぎだ。アクター系人材派遣ギルドの受付嬢が頑張ろうとも、秘密がバレる」

 切れ者として知られるバルケモス・スウセ三世の配下の男も、当然ながら切れ者である。

「大宰相グプトタ・モルガノスタンリイ様のご家族や、ごく少数の家臣に事情を説明するほかないでしょう。そして、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイ様をお屋敷から秘密裏に運び出します」

 ギラリと目を光らせてバルケモス・スウセ三世は言った。

「人材派遣ギルドの受付嬢と大宰相様を、すっかりスリ替えるのか」

「御意」

 バルケモス・スウセ三世は深い溜め息を吐いた。

「それが安全なやり方かもしれぬな。だが、大宰相様のお身体が、極秘での移動に耐えられるか……」

 心配そうなバルケモス・スウセ三世に部下の男は言った。

「問題は、その他にもございます。宮廷内には、様々な敵対勢力が放ったスパイがウヨウヨおります」

「うむ」

「大宰相様が快癒し、政務に復帰なさったという情報は四方八方に流れたことでしょう。ですが、なにぶん、大宰相様はご高齢でいらっしゃいます。病が再燃するのではないかと、目を光らせている輩が数多くいるものと思われます」

「その通りだ」

「それは大宰相様のお屋敷に勤める家来たちも同じこと。いえ、むしろ昨日まで高熱を出して臥せっていた主人が復帰したことを不思議に思うことでしょう」

「そうだな……そこから秘密が露見することが大いにあり得る」

 配下の男は平伏した。

「実は、僭越でございますが、既に手を打っております」

「なんと!」

 バルケモス・スウセ三世は部下の男に顔を近付けた。

「どうやったのだ? 早く申せ」

「実は……かくかくしかじか」

 思いっきり膝を叩いてバルケモス・スウセ三世は言った。

「でかした! いや待て待て、さっぱり分からん」

「そうですな、詳しくご説明を致しましょう」

 この日に先立つこと数日前、バルケモス・スウセ三世の配下の男は、市中に出向いた。行先は街のダウンタウンにある商業ギルドの建物である。商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は、彼と旧知の間柄だった。

「しばらくだな」

 ぶっきらぼうに言う男に、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は愛想笑いを浮かべて見せた。

「本当にしばらくぶりね、元気にしてた?」

「ああ……あのさ」

「なに」

「子どもたちは、元気にしているか?」

「みんな元気いっぱい。みんなね、大きくなって、あたしの元から巣立って行ったよ」

「そうか」

「うん」

「なあ」

「なにさ」

「ありがとうな」

「礼を言われる筋合いじゃないよ。あたしの子どもでもあるんだから」

「だけど」

「ん?」

「たった一人で育てたんだろ? シンママの苦労話は、よく聞くから知ってんだ」

 商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)はグスリと笑った。

「あなたの口から、シンママの苦労話なんて言葉が出るとは思わなかったわよ」

 男は少し俯き、一瞬の間を開けて、ポツリと言った。

「俺も今、一人だよ」

「そう」

「この先も、ずっと一人だろうさ」

 商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は男の後ろに並ぶ依頼者たちに言った。

「ここ、話が長くなりそうだから、隣に並んで」

 待っていた依頼者たちは一斉にブーイングしたが、冒険者ギルドからバイトで来た激カワ美少女受付嬢の窓口や同じく職人ギルドからヘルプで来たクール塩対応受付嬢の座る臨時窓口の方が、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)よりも好ましいようで、彼らは二つの窓口へ別れた。

 自分の窓口の前に「混雑しております。ご迷惑をお掛けしますが、他の窓口へお回りください」と書いた札を立てかけて、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は男を職員食堂へ誘った。彼女は食堂のおばちゃんたちに笑顔で挨拶し、しばらく場所を借りると言った。食堂のおばちゃんたちは休憩室に向かった。女は薬缶に入っている茶を、二人分の茶碗に注いだ。一つは男の前に、もう一つは自分の前のテーブルに置く。

 ぬるいが濃い茶を啜り、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は茶碗越しに男の目を見た

「別れてから、ずっと一人ってわけ?」

 その質問に男は頷いた。だが、聞いた方の人間は、その回答に強い興味を示さなかった。

「そうね、あなたの性格だと、結婚生活を長く続けるのは無理よね。ところで、何の用?」

「商業ギルドに秘密の頼みがある」

 商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は「ほほほ」と笑った。

「あたしは単なる受付係よ。秘密の頼みがあるのなら、商業ギルドを牛耳っている頭取に言ってよ」

「だから、お前に話しているんだ」

 男は商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)に顔を近付けた。脂っぽい女の体臭が懐かしく感じられた。一瞬、女の顔に手を伸ばしかけた。止める。

「商業ギルドを裏で牛耳っている闇の頭取にお願いだ。昔のよしみで、力を貸して欲しい」

 商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)はポケットから禁煙用の偽タバコを取り出しかけた手を止めた。

「やーね、そんなに老いぼれる年になっちゃったの?」

「しらばっくれるな」

「だ~か~ら、あたしはね、しがない商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)なのよ」

「うそぶくのはやめな」

「なによ」

「お前は心にやましいことがあると、左手の薬指をピッと上に立てる」

 その言葉を聞き、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)はテーブルの下から左手を出した。真っすぐだ。彼女の左手の薬指は、真っすぐに伸びていた。

 それを見て、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢は溜め息を吐いた。

「ま~た、あんたに騙されちゃったのね」

「すまないな」

「あたしが裏頭取をやっているって話、誰から聞いたの?」

「すまないが、その話の出どころは話せない」

 禁煙用の偽タバコを口に銜えて、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は言った。

「オーケイ。それは言えないっていうのは分かったわ。世の中、仁義があるもんね」

「すまん」

「何度も謝らないでよ。そんな癖、昔はなかったでしょ」

 その通りだった。商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)との長いとも短いとも言える結婚生活の間に、男が謝った回数は五回あるかないかだった。

「そうだったな、確かに、そうだったな」

 嚙みしめるように語る男に、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は言った。

「あのとき、あたしに謝ってくれたら、別の未来があったのかもね」

 男は寂しそうに笑った。

「そうかもしれない。だが、時は巻き戻せないからな」

 二人は黙って茶を飲んだ。ホッと一息ついて、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は言った。

「あたしに用って、何なのか、ずっと考えていたんだけどさ」

 ポケットから取り出した禁煙用の偽タバコを口に銜えたり指の間に挟んだりを繰り返して、彼女は続けた。

「予想を言わないことにする。そっちから言って」

「信用できる傭兵を貸して欲しい」

 高価な商品を扱う商業ギルドは盗賊の魔の手から大事な品物を守るため、信用できる傭兵を数多く雇っていた。物資の保管だけではない。遠くまで旅するキャラバンの護衛に凄腕の兵士が必要なのだ。男は、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイを自宅から運び出し秘密の療養施設へ入れるために、商業ギルドが誇る強力な傭兵を借り受けたかったのである。

 大宰相グプトタ・モルガノスタンリイの容体が悪いことを噂で聞いていた商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は、事態が予想よりも遥かに悪化していることを聞かされ、男に傭兵たちを貸し出すことを許した。

 商業ギルド訪問の目的を果たした男は心の奥で安堵した。そして、別のお願いをしたくなる。

 元妻である商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は、左の薬指に指輪を嵌めていなかった。

 お前も一人なら、一緒に暮らさないか? 男は、そう提案しかったのだ。

 だが、言えなかった。

「恩に着る」

「数は? いつまでに用意すればいい?」

「出来るだけ早く、人数は目立たないよう、少なくていい。その代わり、一騎当千の兵を頼む」

「分かった。今夜ね」

 茶碗を飲み干すと男は立ち上がり、職員食堂の端にある使用済み食器の回収棚に、空の茶碗を入れた。

 その様子を見て、商業ギルドの肝っ玉母ちゃん系受付嬢(!?)は笑った。

「あたしと暮らしていた頃は、そんな習慣、なかったわよね」

 男は苦く笑い、職員食堂を出た。

 商業ギルドの派遣した傭兵たちが、秘密の療養施設に大宰相グプトタ・モルガノスタンリイを運び込むのを見届け、男は立ち去った。秘密とはいえ、その療養施設の設備は大病院と同等か、それ以上のレベルにある。その警備は厳重だ。大宰相グプトタ・モルガノスタンリイが入所したという情報を聞きつけ、療養施設に潜入しようとする輩は、全員が病院行きになるだろう。あるいは、墓場か? それは男にとって、どうでもいいことだった。男が向かうのは、上司であるバルケモス・スウセ三世の屋敷である。バルケモス・スウセ三世は、大宰相グプトタ・モルガノスタンリイが無事に施設へ運ばれたという報告を待ち望んでいた。

 上司に吉報を届けられることに満足しながらも、男の心に不安の影が差す。ネオページが募集しているのは〈異世界ファンタジー〉であり、そのテーマは「ギルドの魅力的な受付嬢」なのだ。果たして、ここまでの物語は、テーマで求められているものを書ききっているのだろうか? 男には分からない。とりあえず話が一万字を越えたのは確かのようだった。それでいい、と男は思う。暗い夜道を、ただひたすらに走る。苦い笑みを浮かべて。

 しかし、男の笑いは凍りついた。文字数が一万に達していないことが明らかになったのだ。

 原因は明白である。この物語の書き手は、この物語をネオページで書いていない。このサイトは執筆しにくいため、他の小説投稿サイトで下書きしているのだ。そこで表示される文字数から最低文字数である一万字を超えたものと判断したが、ネオページでは一万字を超えていないとジャッジされたのである。

 男は苦渋の表情を浮かべた。一万字の件は、この際、関係がなかった。男の前に人影が立ち塞がったためだ。

 何者だ! と尋ねかけて、やめる。「ギルドの魅力的な受付嬢」であることに間違いないだろうから。

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